#マーケティング #マーケティングリサーチ #AI

いま、AI の普及によってマーケティングリサーチのやり方が大きく変わり始めています。

では、AI を活用したリサーチは、何をどう変えるのでしょうか?

今回は、ウーブン・バイ・トヨタの先進事例をヒントに、AI を効果的に取り入れるマーケティングリサーチについて考えます。

ウーブン・バイ・トヨタの AI 活用調査

出典: arxiv

ウーブン・バイ・トヨタに所属する研究者らが 2025 年 6 月、最大 100 万人の仮想住民を生成 AI で再現し、都市全体の行動、交通、社会動態をシミュレーションできるシステム 「CitySim (シティシム) 」 を開発したとする論文を発表しました (論文はこちら) 。

ウーブン・バイ・トヨタは、次世代のモビリティのためのソフトウエアや自動運転の研究開発を行う会社です (トヨタ自動車の 100% 子会社) 。この論文では、特定の人格を持たせた AI エージェントを大量につくり、一定期間の中で好きな場所に行くことを決定させるという実験を行いました。

人格形成には記憶、嗜好、信念、心理、人口統計学的属性をインプットし、特定の重み付けをしています。その後、1000 人の AI エージェントに東京・渋谷の街を自由に探索してもらうというシミュレーション実験をしました。

興味深いのは、実験結果を実際の渋谷で人々の行動を探索した結果と比較したところ、類似傾向が見られたとのことです。

渋谷駅周辺の群集密度ヒートマップ。左: 実測, 右: CitySim による予測 (出典: arxiv

この研究は都市空間における人間行動のシミュレーションですが、マーケティングリサーチのあり方を変える可能性を示します。

AI 活用によるマーケティングリサーチの進化

マーケティングリサーチの存在意義は、調査結果や示唆がいかにビジネスに活用され貢献できるかにあります。

どんなに膨大なデータを集め、見た目の美しいレポートを作成しても、それが次のアクションに、未来への意思決定につながらなければ、ビジネスの現場では価値を持ちません。

その分水嶺となるのが、調査を走らせる前段階での 「調査設計」 です。そして、この設計プロセスにおいて AI を有効に活用することで、リサーチの精度と価値を高められる時代が、もう始まっています。

目的設定

マーケティングリサーチの成否は、出発点である目的設定で決まると言っても過言ではありません。

そもそもこの調査は何の意思決定のためにあるのか、誰がなぜ必要としているのかという存在意義が、マーケティングリサーチ全体の羅針盤となります。

目的設定の段階で、AI はパートナーとなります。具体的には、AI のディープリサーチによる課題の発見と具体化です。

例えば、「若者の 〇〇 離れを調査したい」 といった漠然としたテーマがあったとします。

これまでは、担当者の経験や勘に頼って仮説を立てることが多かったかもしれません。しかし、AI を用いれば、SNS 、ニュース記事、学術論文、公開されている市場データといったウェブ上の膨大な情報を瞬時に分析させることができます。

すると、AI は人間だけでは見つけられなかったかもしれない視点を提示してくれます。例えば、「若者の間ではこういった価値観を重視する傾向があり、それが 〇〇 離れの一因ではないか」 「競合の A 社は手軽さを訴求することで若者層の支持を得ている」 といった、より具体的で議論に値する複数の論点 (= マーケティングリサーチで解明すべき調査課題) を発見できるでしょう。

このプロセスを経ることで、マーケティングリサーチの目的は 「単なる現状把握」 から、「自社の次の一手の意思決定のため」 という、明確で力強い目的を持ったものへと昇華されていくのです。

成果物と活用イメージの明確化

マーケティングリサーチからどんなアウトプットであれば意思決定の議論がしやすいかを、グラフや図といったアウトプットイメージも設計時点でつくっておくといいでしょう。

ここでも AI は最終ゴールの解像度を高めます。例えば、アウトプットイメージのプロトタイピングです。

調査設計の段階で、生成 AI に 「もし若者の最近の価値観と ○○ の関係性についてこのような結果が出た場合の経営層向けの報告書を 1 枚で作成して。グラフと重要な示唆を 3 点含めて」 といった指示を出してみます。

これにより、関係者全員が最終的にこのような形で情報が得られ、マーケティングリサーチのレポートをもとにこういう議論ができるという共通認識を持つことができます。事前にアウトプットが具体的になることで、このグラフを出すためには、あの質問が必要だといった逆算の思考が働き、調査票の設計ミスを防ぎます。

他には、マーケティングリサーチから 「わかること・わからないことの線引き」 にも AI は有効です。

人間の調査への前に AI のペルソナにあらかじめ質問を投げかけておきます。そうすれば、「この問いは AI ペルソナでも回答の傾向が見出せるが、こちらの消費者心理の微妙なところに関わる問いは、やはり実際の消費者に聞かないと本質はわからないだろう」 というような調査手法の切り分けが、設計段階でより明確になります。

問いと仮説の磨き込み

マーケティングリサーチの調査設計で重要なのは 「問いと仮説」 の磨き込みです。

調査課題というビジネスの意思決定への論点を問いという形にし、それぞれの問いを全体で構造化します。そして、各論点に対して現時点での仮説も問いとセットで言語化します。

問いと仮説の精緻化は、AI の活用によってリサーチの質を向上させられる部分です。

AI との壁打ち的な議論から、目的を達成するために出した問いをもとに広く発散させます。広げた問いの構造化や優先順位をつけることで、問いを収束させ本当に大事な問いを選定することができます。

次に問いへの仮説に対しては、仮説の量産と質の向上にも AI が使えます。まず、AI で膨大な情報を分析し、なぜ注力顧客がその消費行動をしないのか、例えば 「□□ を買わないのか」 という大きな問いに対する仮説のリストを数十個単位で洗い出します。

価格が高いからといった自明なものから、友人にどう見られるかが不安だから、購入後の手続きが面倒だと感じているからといった仮説まで網羅的に抽出していきます。

次に、仮説の一次的な検証では AI ペルソナによるシミュレーションを実施します。洗い出された仮説を検証するために、AI ペルソナに対して定性的・定量的な調査を実施します。

定性調査では AI へのインタビューを用います。詳細なペルソナ設定をした AI (例: 都内在住の22 歳で流行にはあまり敏感ではない大学生) に対し、友人にどう見られるか不安とは具体的にどういうことなのかと深掘りインタビューを行い、仮説の解像度を高めます。

定量調査では、数千から数万体の AI ペルソナにアンケート調査を実施し、数十個ある仮説のうち、特に支持率が高かったり、さらに仮説の検証が必要なものはどれかを絞り込んでいきます。

人は 「人間理解」 に集中する

AI による一連の事前調査プロセスを経ることで起こるのは、人間を対象とする本調査の段階で、調査目的が明確になり、調査結果の活用イメージがそろい、相対的に重要ではない調査課題と仮説は取り除かれているということです。

これにより、AI だけでは掘り下げられない領域に、人の知性と感性を集中させることができます。

マーケティングリサーチの本質が 「人間理解」 にあることは、これからも決して変わらないでしょう。AI はその本質を奪うのではなく、むしろ、私たちがその本質にたどり着くまでの道のりを、よりスムーズに、より確実なものにしてくれる存在なのです。

まとめ

今回は、ウーブン・バイ・トヨタの AI 活用調査の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

AI を取り入れたマーケティングリサーチは以下のようなプロセスになります。

  1. 目的設定: AI で市場・競合・生活者の動向をマクロに探索し、ビジネスインパクトの大きい 「解くべき問い」 を発見・設定する
  2. 活用設計: AI で最終アウトプットのプロトタイプを作成し、関係者間での共通認識を形成する
  3. 仮説構築: AI のディープリサーチで、問いに対する仮説を網羅的に洗い出す
  4. 仮説検証 1: AI ペルソナ調査で、大量の仮説を高速でスクリーニングし、有望な仮説群に絞り込む
  5. 仮説検証 2: 人間への調査 (本調査) で、絞り込まれた仮説を深く検証し、AI では得られない 「人間理解」 を獲得する
  6. 意思決定: 質の高い洞察にもとづき、目的に沿った精度の高いビジネスアクションへとつなげる

AI はマーケティングリサーチャーやマーケターが、自らの思考を何倍にも増幅させ、より速く、より深く、より確実な成果を出すためのパートナーとなります。

マーケティングリサーチとは、つまるところ人間理解です。調査対象者のことを人として、どれだけ人間理解を深められるかにあります。AI の登場は、私たちがマーケティングリサーチの本質により集中できる環境を整えてくれます。