#マーケティング #顧客理解 #顧客ニーズ
お客さんのニーズを把握しているはずなのに、なぜか響かない──
それは、顧客ニーズを表面的にしか捉えられていないからかもしれません。
商品を 「欲しい (Get) 」 と感じる手前には、「それを使って何かをしたい (Do) 」 、そして 「自分はこうありたい (Be) 」 という深い欲求が潜んでいます。
本当の顧客価値の実現とは、顧客ニーズや背後にある文脈まで理解し、意味ある便益として届けることにあります。
今回は、パナソニックのシェーバーを事例から、顧客ニーズという切り口からマーケティングに学べることを紐解きます。
ラムダッシュ パームイン
出典: Panasonic
パナソニックの 「ラムダッシュ パームイン」 は、ひげそり製品です。
手のひらサイズの小型筐体 (きょうたい) が最大の特徴で、見た目はワイヤレスイヤホンのケースのようなスタイリッシュなデザインです。リニアモーターや制御基板、電池を小型化してヘッド部分に内蔵し、5 枚刃の性能はそのままに携帯性を実現しました。
ボディには海水由来のミネラル成分でできた高級素材 「NAGORI」 を採用し、一つとして同じ模様が出ない独自性があります。
価格ですが、4 万 1580 円 (税込み) という強気の価格設定で、一般的な 5 枚刃シェーバー (約 2 万 5000 円) の約 1.7 倍の値段です。
ラムダッシュ パームインの開発背景も見ておきます。
縮小するシェーバー市場において、従来の 「肌に優しく深剃りできる」 という機能的価値ではなく、 「シェーバーを持つことでかっこいい自分を表現できる」 という情緒的価値を新たに提示することで、同質競争から脱却し新市場を創造することを目指しました。
結果、高価格でありながら発売 8 ヶ月で計画比の 10 倍となる 10 万台を達成するヒット商品となりました。
三種類のニーズ
ビジネスでは、顧客ニーズを理解することはお客さんに響く商品やサービスをつくるために重要です。
カタカナにした日本語での 「ニーズ」 という言葉は意味する範囲が広く、顧客ニーズを的確に捉えるためにはニーズへの解像度を高めることが大事になります。
そこで、ニーズを大きく三種類に、すなわち 「手に入れたいニーズ (Get) 」 、「やりたいニーズ (Do) 」 、「こうありたいニーズ (Be) 」 に分類し、それぞれの特徴と相互関係を詳しく見ていきましょう。
手に入れたいニーズ (Get)
人が 「これが欲しい」 や 「あのブランドのものがいい」 と具体的な対象への入手や所有 (Get) を求めるニーズです。
- 新製品が欲しい
- より高性能なものが欲しい
- 限定カラーのレアアイテムを手に入れたい
- 他では手に入らない自分だけの特別なものが欲しい
シェーバーの場合で考えてみると、ひげを剃るための物理的な 「道具」 を手に入れたいという最も基本的な所有欲求がこれにあたります。
やりたいニーズ (Do)
三種類のニーズの 2 つ目は、人が 「これをやりたい」 や 「こうしたい」 という行為 (Do) を求めるニーズです。やりたいニーズは、行為そのものが目的化しています。
- おいしい料理を食べたい
- 友人と一緒に使って楽しみたい
- SNS で映える写真を撮って投稿したい
- ゲームのようにチャレンジしたい
- 普段は行けない場所で特別な体験をしたい
シェーバーのケースでは、シェーバーを使って 「ひげを剃る」 という行為を完了し、「肌をツルツルにする」 「時短する」 という目的を達成したいという機能的・結果的欲求となります。
こうありたいニーズ (Be)
人が 「こうありたい」 や 「こうなりたい」 と願う、自分自身やまわりとの関係性について状態や存在 (Be) に関わるニーズです。
- コミュニティやグループに所属し仲間に受け入れられている自分でいたい
- 周囲の人たちから一目置かれる存在でありたい
- 達成感や充実感を得ていたい
- 素のままの自分らしく自分でありたい
- 幸せにすごしたい
シェーバーに当てはめると、その商品を持つ・使うことを通じて、「こうありたい」 という理想の自分を実現したい、あるいは 「自分はこういう人間だ」 と表現したいという自己実現・自己表現の欲求です。
望ましい状態や存在を求める Be ニーズは、普遍的かつ根源的な動機から生まれます。
ラムダッシュ パームインのマーケティング
それでは、Get, Do, Be という三種類のニーズの視点から、「ラムダッシュ パームイン」 がいかに消費者心理を捉えたのかを紐解いていきましょう。
従来のシェーバー市場は Do ニーズを巡る戦い
これまでの髭剃りのシェーバー市場は、主に Do ニーズのレベルで競争が繰り広げられていました。
訴求ポイントは、5 枚刃で深剃りできる、肌に優しくヒリヒリしない、お風呂で剃れるといった機能的便益が中心でした。
消費者は 「より良く剃れるか?」 が最大の関心事であり、メーカーは刃の枚数やモーターの性能といったスペック競争に陥っていました。
しかし、技術が成熟し、どのメーカーの製品でもよく剃れるようになると、機能での差別化が難しくなります。顧客は満足しており、乗り換える動機が生まれない同質競争の状態でした。このレベルの戦いでは、価格競争に陥ります。
ラムダッシュ パームインが挑戦した Be ニーズへの飛躍
パナソニックは膠着状態を打破するために、戦いの次元を変えました。
Get (モノ) の再定義
まず、所有欲の対象となる 「モノ」 自体を再定義しました。
従来の 「髭剃り製品」 ではなく、まるでワイヤレスイヤホンのような 「洗練されたガジェット」 「ライフスタイルを彩るオブジェ」 としてデザインしたのです。
海水由来の新素材 「NAGORI」 の採用は、手に取った時の質感や唯一無二の模様という付加価値を与え、「ただの家電ではない、特別なモノを手に入れたい」 という Get ニーズを刺激します。
Do (コト) の担保
もちろん、シェーバーである以上、ひげを剃るという Do ニーズを満たすことは大前提です。
パナソニックは、コンパクトな筐体に 5 枚刃の性能と技術を凝縮させ、「デザインは斬新でも、剃り味は本物である」 という信頼性を確保しました。
Be (あり方) への昇華
ここが最も重要なポイントです。ラムダッシュ パームインが顧客に提供したのは 「理想の自分」 という体験でした。
注力顧客の明確化として、「ライフスタイルにこだわりがある層」 「デザインやファッションへの感度が高い層」 に絞り込みました。この層は、持ち物を通じて自分を表現することに価値を感じる人々です。
Be ニーズに応える顧客価値とは、ラムダッシュ パームインを所有し、使うことにより次のような自分を表現・実現できることです。
- 感度の高いセンスの良い自分: みんなと同じ T 字型のシェーバーではなく、新しく洗練されたデザインの製品を選ぶことで、自分の審美眼を表現できる
- 本質を理解している自分: 多機能でゴテゴテしたものではなく、機能を研ぎ澄ませたミニマルな製品を選ぶことで、「自分は物事の本質が分かっている」 という知的な満足感を得られる
- 丁寧な暮らしを送るスタイリッシュな自分: 朝の習慣的な行為のルーティンでさえも、美しい道具を使うことにより、自分のライフスタイル全体が上質であると感じられる
シェーバーを持つことでかっこいい自分を表現できるという価値は、こうした Be ニーズに応えるものです。
Be ニーズへの価値が実現する高価格設定
ニーズの次元が上がるほど、お客さんが感じる価値も高まり、価格決定権を売り手が握れます。
シェーバーへの Do ニーズを満たす価値の 「深剃りできる」 という機能には、消費者の中である程度の相場観があることでしょう。剃り味に払える金額には限界があり、他社製品とも比較されやすいです。
一方、Be ニーズの価値である 「センスの良い自分でいられる」 「ライフスタイルが豊かになる」 という自己実現の価値は、価格で測りにくい要素です。感情的な価値であり、深く刺されば刺さるほど、「高くても欲しい」 と思わせる動機になります。
むしろ、ラムダッシュ パームインの 4 万円を超える高価格が、「これは一般的なシェーバーとは違う、特別な製品だ」 というメッセージとなり、Be ニーズをさらに強化する役割も果たします。もし安価であれば、それは単なる 「変わった形の携帯用シェーバー」 という Do ニーズの製品に格下げされてしまったことでしょう。
お客さんにとっての価値をもたらすために
ではお客さんのニーズを満たし、顧客価値をつくるためにはどうすればいいかを掘り下げてみましょう。
そのためにまず大事なのは、顧客起点になることです。
顧客起点になるとはどういうことか?
ビジネスにおいて顧客起点になることの重要性は、今さら声を大にして言うことではないかもしれません。
しかしあらためて今回の議論を踏まえると、顧客起点になるとは、お客さんの 「状況」 「状態 (心理状態と身体的状態)」 「ニーズ」 を起点として、こうした顧客文脈に沿った価値は何かをお客さんの立場になって考えることです。
ニーズを 「点」 として見るのではなく、背景にある状況と状態を結ぶことで、ニーズをストーリーのある 「線」 として理解することが大切です。
例えば、ある人が 「自分だけの特別なものが欲しい (Get) 」 という手に入れたいニーズを持っている場合、その背景に 「今までは中古品でずっと我慢して使っていた」 という状態で、「前からずっと欲しかったブランドの新製品は初回限定で、自分の名前や好きな言葉が入れられるのを知ってどうしも欲しくなった」 という心理状態があるかもしれません。
そう考えると 「顧客価値とは何か」 が見えてきます。
商品の顧客価値とは、文脈に意味を与えること
お客さんにとっての商品やサービスがもたらす顧客価値とは、その状況でその状態にあるお客さんにとっての 「意味のある便益」 のことです。
点ではなく線としての顧客理解は、的確な価値提案を可能にします。このアプローチは、次のような重要なポイントがあります。
- 状況に合った価値提案: お客さんが特定の状況に置かれたとき、その状況に寄り添った便益 (推し活の記念にできる, お祝いができる) を提供する
- 状態をより良く変える価値: お客さんの感情をより良い状態 (喜び, 満足感, 仲間との一体感) に変える価値をつくり出す
大事なのは、商品そのものに価値があるというよりも、商品がお客さんの文脈において使われたり保有されることで意味を持ち、初めてお客さんにとっての価値が生まれるということです。
お客さんにとっての文脈において価値という意味を与えることが、ニーズに応えるということの本質なのです。
顧客文脈を理解することが価値創出の源泉
売り手や作り手が、お客さんの状況や状態と結びついたニーズを深く理解することは、お客さんにとって 「価値とは何か」 を見極めるために重要なことです。
置かれた状況や状態というお客さんの文脈を理解しないままでは、自社商品やサービスが本当にお客さんにとって意味を持つかどうかを判断することはできず、当然ながらニーズを満たせません。顧客文脈までの理解こそが 「お客さんにとっての価値」 を定義する起点になるのです。
文脈を把握し、お客さんのニーズとその背後にある状況と状態に寄り添うことが、顧客起点でマーケティングを行うということです。
まとめ
今回は、パナソニックの 「ラムダッシュ パームイン」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客ニーズは 3 つに分解できる
- ① Get ニーズ (モノ) は商品を所有したいという欲求
② Do ニーズ (コト) は商品を使って何かを達成したいという行為への欲求
③ Be ニーズ (あり方) は商品を通じて 「こうありたい」 という理想の自分を実現・表現したいという自己実現の欲求 - 本当の顧客価値の実現とは、お客さん一人ひとりの 「状況」 や 「心理状態」 といった文脈への顧客理解にもとづき、顧客文脈の中で商品が 「意味のある便益」 をもたらすこと
- お客さんの文脈をつなげて線として捉え、お客さんの立場になり寄り添うことが顧客起点マーケティング

