#マーケティング #価値の再定義 #視点の転換

CO₂ (二酸化炭素) と聞くと、「地球温暖化の元凶」 「削減すべき厄介者」 といったネガティブなイメージがあります。

しかし、もしその CO₂ が、「事業の成長を促す持続可能な価値ある資源」 になるとしたらどうでしょうか?

今回は、佐賀市が取り組む 「グリーンアグリバレー計画」 を事例に、視点の転換によって 「価値」 に転換し、新たな市場をつくるマーケティングを考えます。

グリーンアグリバレー計画

出典: グリーンプロダクション

清掃工場から出る CO₂ を、ただの排出物ではなく地域資源として活用する。それが佐賀市の挑戦です。

負のイメージを持つ施設から産業拠点へ

清掃工場といえば、「迷惑施設」 として地域住民から敬遠される存在でした。しかし佐賀市は、この常識を覆そうとしています。

佐賀市は 「バイオマス産業都市さが構想」 を掲げます。

焼却プロセスで発生する排ガス、余熱、CO₂ をすべて地域資源として回収し、利活用する仕組みを構築しました。清掃工場の排ガスから CO₂ を高純度 (99.5%) で分離回収するこの設備は、ごみ焼却施設としては日本初の CCU (Carbon dioxide Capture and Utilization) プラントです。

佐賀市の取り組みは環境対策だけにとどまりません。

清掃工場周辺に農園や養殖場といった形で民間企業を誘致し、広大なビジネスエリアにしようという試みです。

工場周辺の 15 ~ 20ha の用地の中で、すでに約 7ha ほどの場所に複数の企業が進出しています。佐賀市は、「清掃工場由来の資源を活用して、農業、養殖、藻類培養などを展開することで、環境改善と経済発展を両立させる」 というビジョンのもと、「グリーンアグリバレー計画」 として戦略的に推進しています。

3 つの柱で支える産業創出

グリーンアグリバレー計画は、3 つの柱で構成されています。

  • グリーンアグリバレー計画: 清掃工場周辺を脱炭素農業の拠点化
  • 産業グリーン化の推進: CCU 技術開発と企業マッチング支援
  • GX (グリーントランスフォーメーション) 事業環境の創出: 制度整備と国庫補助金の活用

実際に誘致し、展開している産業は多岐にわたります。

例えば、「株式会社アルビータ」 はヘマトコッカス藻を培養し、化粧品やサプリメント向けのアスタキサンチンを生産しています。「ゆめファーム全農 SAGA」 はキュウリ栽培で全国平均の約 4 倍の収量を達成しました。

 「橋本農園」 はミニトマト栽培で 10a あたり 30 トンという高収量を目指し、「花王」 は化粧品原料向けの植物工場 「SMART GARDEN」 を展開。ゼネコンの 「熊谷組」 は魚の陸上養殖と野菜の水耕栽培を組み合わせた 「SAGA アクポニサーモン」 の試験販売まで開始しています。

佐賀のグリーンアグリバレー構想と実現によって、2017 年から 2021 年で 50 億円以上の経済波及効果が確認され、今後の拡大では直接投資額 70 億円超という見込みも出ています。

 「厄介者」 から 「価値ある資源」 へと再定義

佐賀のグリーンアグリバレーの取り組みが、マーケティングの視点で興味深いのは、「価値の再定義 (リフレーミング) 」 です。

CO₂ の 「常識」 を疑う視点

CO₂ は一般的には、気候変動を悪化させる厄介者、削減すべき排出物として語られます。企業にとってはコスト要因であり、人々にとっては温暖化や異常気象・気候変動の原因でした。

しかし佐賀市は、この前提をひっくり返しています。清掃工場の排ガスから CO₂ を分離回収し、成長を促すための有用な資源として利活用しているのです。

注目したいのは、CO₂ を必要とする産業と結びつけたことです。施設園芸のトマトやキュウリ、藻類培養、化粧品の原料、養殖といった 「成長に CO₂ が必要な産業やビジネス」 にとって、CO₂ は有益な存在になります。

組み合わせで生まれる新たな価値

CO₂ 単体ではなく、「CO₂ + 温度 + 蒸気」 という組み合わせが、植物や藻類の成長を促進します。CO₂ が成長を加速するエンジンとして機能し、収量の増加、商品の高付加価値化につながります。

実際に、例えば 「ゆめファーム全農 SAGA」 のキュウリ栽培では、10a あたり約 55.6 トンという全国平均の約 4 倍の収量を実現。橋本農園のミニトマトは 10a あたり 30 トンを目指し、花王の植物工場では生長速度が約 20% 向上し、水の使用量も露地栽培比で約 40% に抑えられています。

佐賀のグリーンアグリバレーは、マーケティングでいう 「価値の再定義」 の好例です。顧客が気づいていなかった側面に光を当て、価値を再発見し、新しいビジネスの機会を創り出しているのです。

世の中でマイナスと見られてきた CO₂ を、成長を加速する持続可能な資源に転換する。この視点の転換こそが、学べるひとつめのポイントです。

Who と What をつなげてのポジショニング

佐賀市が構築しているグリーンアグリバレーは、マーケティングのフレームである STP (セグメンテーション, ターゲティング, ポジショニング) で見ても示唆に富みます。

 「誰に (Who) 」 「何を (What) 」 を明確にし、戦略的に 「ポジション」 を築こうとしている点です。

注力顧客

佐賀市が注力顧客として定めているのは、次のような企業です。

  • 脱炭素志向の企業
  • 施設園芸の農業者
  • バイオ企業
  • 養殖・アクアポニックス事業者
  • 化粧品メーカーなど高付加価値原料を求める企業

共通するのは、「環境負荷を下げながら高付加価値を実現したい企業」 です。

顧客選定が巧みなのは、CO₂ 利用量が多く、かつ高付加価値製品を生むというふたつの条件を満たす企業に絞り込んでいる点です。

ただ単に環境に良いことだけでなく、経済合理性と環境価値の両立を実現できる顧客を選んでいます。

提供価値

注力顧客に対して、グリーンアグリバレーが提供している価値は次の通りです。

  • 清掃工場由来の高純度 CO₂ の安定供給 (世界初の ISCC PLUS 認証取得) 
  • 余熱を使った省エネ型ハウス環境
  • 高効率で成長する施設園芸環境
  • 藻類バイオマスを起点にした原料産業基盤
  • 魚類養殖と植物工場のハイブリッドモデルによる実証フィールド
  • 化粧品原料の国内生産基盤

CO₂ と熱という資源、価値提案に昇華しているのがポイントです。

ポジション

グリーンアグリバレーは、注力顧客と提供価値によって、市場や想定顧客からどう見られるかというポジションに独自性を持たせようとしています。

清掃工場という負のイメージが持たれやすい施設のことを、農業・バイオ・養殖の産業クラスターへと転換しました。

一般的な農業や従来型の植物工場とは違い、CO₂ 供給インフラ、余熱、用地集積、官民連携を組み合わせた独自のポジショニングができます。

近接立地を活用するので投資を効率化し、誘致企業間でのシナジーも生まれます。例えば、アルビータの藻類が鶏の飼料に活用され、その卵が特産品やふるさと納税の返礼品になるといった有機的な相乗効果が形成されます。

視察効果も起こります。グリーンアグリバレーでの集積に興味を持った、全国や海外からの人や企業の視察が引く手あまたです。例えばオーストラリアに本部を置く世界規模の NPO 団体グローバル 「CCS インスティテュート」 は、佐賀市の取り組みを 「他の都市が佐賀市モデルを倣えば、気候変動はすぐに過去のものとなるだろう」 と紹介しました。

学びの整理

では最後に、佐賀のグリーンアグリバレーの事例から、いくつかの学びを整理しておきます。

  • 負の資産を価値資産に転換できる。価値は素材そのものではなく、見立て方によって生まれる
  • CO₂ を 「厄介者」 から 「持続可能な資源」 という文脈に置き換えることで、新しい市場が生み出された。清掃工場という迷惑施設が、グリーンアグリバレーという産業創造の拠点へと変わった
  • 注力顧客と提供価値を組み合わせることで、市場を再定義したりポジションがつくれる。脱炭素志向の企業に、CO₂ と熱のパッケージを価値にして提供するという組み合わせが、独自のポジションを生んでいる

マーケティングにおける 「顧客文脈の理解と価値の再定義」 によって、関わる地域、産業・企業・環境のすべてにメリットが生まれる。佐賀市グリーンアグリバレーは、新しい市場を創造した好例です。