#マーケティング #八段階の変革プロセス #AI導入

AI ツールやサービスを導入したものの現場に定着せず、結局使われない…。

新しい取り組みや仕組みが浸透しない原因は、ツール導入自体が目的化し、挑戦や変革を組織文化として根付かせるための明確なプロセスが欠けているからかもしれません。

今回は、積水ハウスの AI 改革を 「八段階の変革プロセス」 に沿って詳しく見ていきます。

積水ハウスの全社的な AI 導入

積水ハウスが 2024 年 2 月、新会社 「積水ハウスイノベーション & コミュニケーション (以下イノコム) 」 を設立しました。

イノコムは AI を中核としたオープンイノベーションを通じて社会課題の対処に取り組みます。

注目したいのは、組織への AI 導入そのものを目的化しないという姿勢です。

導入すること自体が目的になってしまうと、現場に根づかず成果につながりません。

そこで積水ハウスが目指すのは、住宅というハードの価値を超え、健康・つながり・学びというソフト的な価値で暮らしの質を高めること。そのビジョンは " 「わが家」 を世界一幸せな場所にする" という未来像です。

八段階の変革プロセス

ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授であるジョン・P・コッターが提唱した 「八段階の変革プロセス」 というものがあります。

  1. 危機意識を高める
  2. 推進チームをつくる
  3. ビジョンと戦略を立てる
  4. ビジョンを周知する
  5. メンバーが行動しやすい環境を整える
  6. 短期的な成果を生む
  7. さらなる変革を進める
  8. 新しい方法を文化として根づかせる

八段階の変革プロセスは、多くの企業変革の成功と失敗を分析して導き出された理論です。変革を成功に導くための普遍的なステップを示します。

積水ハウスの AI 導入の事例は、八段階の変革プロセスを実践している好例です。8 つの各ステップに具体的に当てはめて見ていきましょう。

危機意識を高める

変革の第一歩は、現状のままでは将来立ち行かないという問題意識を共有することです。

積水ハウスは、住宅というハード価値の提供だけでは持続的な成長が難しいという危機感を抱いていました。少子高齢化、地方の過疎化、独居高齢者の増加。こうした社会全体で解決すべき問題を前に、住宅メーカーから 「幸せな暮らしをつくる企業」 への転換が必須であると判断したわけです。

この危機意識がイノコムによる AI 改革の出発点となりました。

推進チームをつくる

変革を力強く進められるかは、リードするチームの存在が鍵を握ります。

積水ハウスは、実行主体となる子会社として積水ハウスイノベーション & コミュニケーション (イノコム) を設立しました。

イノコムでは AI ビジネスチーム TL 兼 CAIO (最高 AI 責任者) 、CMO (最高マーケティング責任者) 兼 CDDO (最高データ・デジタル責任者) が中心となり、AI とオープンイノベーションによる新しい価値の創造を目指します (参考情報) 。

イノコムでは AI ビジネスチームをゼロから立ち上げました。採用や教育を主導し、事業推進や人材育成も担います。

また、東京・赤坂に開設した共創拠点 「InnoCom Square (イノコム・スクエア) 」 には、社内外のスタートアップや研究機関が集い、共創チームとして機能します。

ビジョンと戦略を立てる

組織の変革には、目指す姿を明確にし、実現するための方針を描くことが重要です。

積水ハウスが掲げているビジョンは " 「わが家」 を世界一幸せな場所にする" です。これを実現するために、イノコムが主導する AI 導入では、業務効率化を目的とせず人の創造性を高める手段として AI 活用すると定義しました。

戦略は 「内向き」 と 「外向き」 の二層構造です。内向きには社内業務変革、外向きには社会・市場への価値創出です。

内向きは住宅設計業務のサポート、CRM の強化、IoT サービスで得られる居住データの活用などがあります。従来のノウハウに AI を組み合わせ、パーソナライズされた体験を実現しようとしています。

同時に外向きとして、CVC (コーポレート・ベンチャー・キャピタル) ファンドを通じて AI 開発の最前線を走る Preferred Networks への出資をはじめ、スタートアップとの協業も推進。社会課題への対応と新しい事業機会の創出を両立させる構想です。

AI 導入を目的化しないという原則も、戦略を貫く重要な軸になります。

ビジョンを周知する

ビジョンや戦略を絵に描いた餅で終わらせないために、組織全体にビジョンを繰り返し伝え続けることが大事です。

イノコムでは、最高 AI 責任者である CAIO 自らが積水ハウスグループの経営層向けに AI に関連したテーマの講義を定期的に実施しているとのことです。各部署へのワークショップや生成 AI を使った実験を通じて、AI は創造性を高めるパートナーだというメッセージを繰り返し発信しています。

InnoCom Square を共創拠点として設け、社内外の人が交わる場をつくることで、ビジョンを体感できる仕組みも整えました。

積水ハウスのグループ社員はもちろん、社外の専門家やクリエイターも集い、AI と人の力を掛け合わせた実証実験やアイデア創出が進んでいます。

メンバーが行動しやすい環境を整える

変革を障害なく進めるために、古くなってしまった仕組みや心理的な障壁を取り除き、挑戦を促す環境をつくることが必要です。

イノコムが強調するのは、DX ブームの二の舞いにしないことでした。ツールを導入すること自体が目的になってしまうと、現場に根づかず、結局は成果につながりません。

イノコムは失敗を許容する文化を醸成することを目指しています。また、AI ビジネスチームが現場に伴走し、ツール選定や運用を支援する体制を整えました。

イノコムでは AI を事業成果に結びつける橋渡し役として 「ビジネストランスレーター」 の育成にも注力しています。AI などの新しい技術の可能性を正しく理解し、現場の課題を的確に言語化して開発に反映させる人材を、年に 20 人規模で育成するプログラムを進めています。

さらに学生、社会人、クリエイターが一堂に会する 「3rd Lab. (サードラボ) 」 というオープン共創プログラムも運営します。住まいや暮らしに関する問いからアイデアを磨く場として機能させる狙いです。

短期的な成果を生む

小さな成功事例を早期に実現し、組織とメンバーに変革が正しい方向に進んでいるという実感を持ってもらうことが大切です。

イノコムでは小さな成功体験の積み重ねを重視します。

特定の部署だけに任せるのではなく、幅広い部門で生成 AI の試行を進め、日常業務の中で AI を使うことが当たり前という空気を醸成してきました。

小さな実験を現場単位で積み重ねることにより、議事録要約、資料作成、FAQ 自動化など、生成 AI を使った身近な業務改善の成功事例が各部署で次々と誕生しました。現場が 「これは便利だね」 という実感できる成果が連鎖していったのです。

最初から完璧な仕組みをつくる必要はありません。

むしろ、現場がちょっとした便利さを感じる小さな成功が広がっていくことが重要です。こうした積み重ねが、文化を変える触媒になります。

AI は特別なものではなく、日常の道具だという認識を広げるきっかけになりました。

さらなる変革を進める

初期の成果に満足せず、成功を横展開して改革を組織内で広く加速させることが求められます。

積水ハウスでは、設計・営業・アフターサポートなど、部門を超えて AI 活用の知見を共有しています。

例えば、熟練設計者の感性を生成 AI で可視化する取り組みです。

住宅の設計は、言語化しにくい感覚的な判断が多い領域です。

生成 AI を活用すれば、経験豊富な設計者がなぜこの間取りを選んだのか、どんな生活動線を想定したのかといった思考を AI が言葉として抽出できることでしょう。それを誰もが学び、生かせる共有知に変えることができるわけです。

AI 導入と活用による恩恵を作業の自動化や業務効率化にとどめず、人の創造性をチーム全体に拡張する仕組みです。

ベテランの経験を AI が媒介し、次の世代の若手設計者が学び、新たなアイデアを重ねる。AI が伝える・学ぶ・広げるという循環を生み出します。

他には、営業の現場では、生成 AI が過去の提案例や顧客属性情報を自動的に整理・要約し、顧客の価値観や生活志向を可視化。営業担当者が顧客と打ち合わせを行う前に、顧客理解を深めた上で提案精度を高めることが期待できます。

また、CVC 投資を通じてスタートアップとの共創を広げ、AI 活用の裾野を外部にも拡張しています。

新しい方法を文化として根づかせる

変革で得た実行力や仕組みを文化として定着させることが、組織が目指す最終の段階です。

積水ハウスは、AI 活用を業務効率の一手段ではなく、創造性を高める文化として定着させようとしています。

大事なのは上からただ与えられた AI を何も考えずに指示に従って使うのではなく、各組織や個人の業務に合った AI の使い方を見出すことです。

  • 現場ごとの自由度を尊重した AI 導入
  • 成功体験を共有し合う仕組み
  • 共創拠点による文化の醸成

これらを通じて、AI と共に働くことが積水ハウスの新たな日常となりつつあります。

AI の力を引き出すのは最終的には人であり、AI は人の創造力を引き出す存在です。

AI から提示される無数のアイデアの中から、自分ならこうしたいと考える余地が生まれるという創意工夫によって、暮らしを積水ハウスらしくデザインしていくことにつながります。

 「AI は人の可能性を広げる存在」 という考え方が企業文化に組み込まれ、積水ハウスのビジョン " 「わが家」 を世界一幸せな場所にする" を実現する文化として根づきます。

まとめ

今回は、積水ハウスの全社的な AI 導入事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後に八段階の変革プロセスのまとめです。

  1. 危機意識を高める: 現状のままでは将来立ち行かないという課題を共有し、変革の必要性を組織全体で認識する
  2. 推進チームをつくる: 権限・専門性・人望を兼ね備えたメンバーを集め、変革をリードする強力なチームを編成する
  3. ビジョンと戦略を立てる: 目指す姿を明確にし、実現するための方針として戦略を描く
  4. ビジョンを周知する: ビジョンに向かうためのわかりやすいメッセージを活用するなど、組織全体にビジョンを繰り返し伝え続ける
  5. メンバーが行動しやすい環境を整える: 古い仕組みや心理的な障壁を取り除き、挑戦や行動がしやすい制度や環境をつくる
  6. 短期的な成果を生む: 小さく目に見える成功事例を早期に実現し、組織とメンバーに自信と勢いを与える
  7. さらなる変革を進める: 初期の成果に満足せず、成功を横展開して改革を加速させる
  8. 新しい方法を文化として根づかせる: 変革で得られた行動や仕組みを組織の当たり前にし、企業文化として定着させる