2011/10/16

TVのながら見とマルチタスク

アメリカ調査会社のニールセンがある調査結果を発表していました。
40% of Tablet and Smartphone Owners Use Them While Watching TV|Nielsen

■TV視聴中のスマホやタブレット使用状況

それによると、タブレットPCを持っている人のうちおよそ4割の人がTVを見ながらタブレットを同時に使用しているそうです。スマートフォン所有者も同様で、一方で、TV視聴中に使ったことがないのは12-13%程度という結果になっています。

引用:40% of Tablet and Smartphone Owners Use Them While Watching TV|Nielsen

なお、数字だけ見るとなかなか興味深い結果が出ているのですが、この調査がどういう人たちから得られたデータなのか(たぶんアメリカ人だとは思いますが)、母数が何人なのか、年齢や男女構成比など、詳細情報が載っていなかったのが残念です。これらの基本情報以外にも、そもそも毎日TVを見る人がどれくらい存在するのか、タブレットやスマホの所有率など、上記の数字を見るにあたっての前提もあるとよかったなと思います。詳細情報は個別での問合せフォームが用意してあるので、そこから入手できるのかもしれませんが。

というわけで、調査結果の数字を見るうえで前提情報が不足していてやや気持ち悪い感は残るのですが、上記グラフの下段の横棒グラフでは、タブレット&スマホ所有者がTVを見ながら実際に何をしているかの結果が出ています。最も多いアクションとして、TV番組やCM中にメールをチェックすることが挙がっており、次いで番組やCMと関係ないサイト等を見ていたり、SNSを使っていたりするようです。

これらに比べて比率としては小さいのですが、番組に関する情報検索が29%、流れたCMの商品についての情報検索が19%となっているのには少し驚きました。特に、後者の見たCMに興味を持ち、詳しい情報を探すのが2割弱もいる。この人たちがその後にどういった行動を取るのか、例えば詳細情報を見ただけで終わるのか、見つかった情報をSNS等でシェアするのか、あるいは記憶に残り実際に買うことになるのかは気になるところです。

■TVのながら見とマルチタスク

ニールセンの調査は、TVを見ながらタブレットやスマホを使うという「マルチタスク」がどれくらいされているかの調査です。自分自身のことを振り返ってみると、ノートブックPCだけだったころは、そういえばTVとPCという状況はそんなにありませんでしたが、TVを見ながらiPhoneやiPadを使うという行動はかなり普通にするようになりました。ただ、正確に言うと手元でiPadを使っている時はTVからの音はあまり頭に入っておらず、実際のところは本当に「マルチタスク」かと言うと、ちょっと疑問だったりもします。感覚的には、TVの内容と関連のあることならまだしも、番組やCMとは無関係な情報をiPhoneやiPadで見ている場合はほぼシングルタスクと言っていい状況に思います。

このマルチタスクについて、Dener大学のJim Taylor博士によると以下の2つが満たされる場合は有効であるとしています。
・どちらか一方のタスクは集中する必要がない
・各タスクを行なうために使う脳の部分が異なること
Technology: Myth of Multitasking|Psychology Today

どういうことかと言うと、例えば、クラシック音楽を聞きながらの読書は効果があるものの、歌詞のある音楽を聞きながらの読書では、どちらも脳の言語処理が必要になるためにマルチタスクにはならないそうです。もっとも、個人的な感覚としては歌詞付きの曲でも歌詞の部分も単なる音として(歌詞の意味をほとんど気にしない状況)聞いている状態では、読書の邪魔にはならないようにも思いますが。

ニールセンの調査結果に話を戻しますが、このマルチタスクへの指摘を踏まえると、番組やCMの最中にTVはついていても実際はメールチェックや無関係なサイト閲覧をされるというのは、一見マルチタスクな状態かもしれませんが、実質的にTVを視聴されていないのと同じ状況です。TV番組制作側やTVCM広告主にとっては望ましい視聴状態ではないことは言うまでもありません。コンテンツ配信側としては、いかに視聴者の興味を引き付けられるか、あるいは、放送内容と関連するフェイスブックやツイッター等のSNSとの連携をいかに設計でき、TVだけで終わらない水平展開が今まで以上に必要になってきそうです。


※参考情報

40% of Tablet and Smartphone Owners Use Them While Watching TV|Nielsen
How People Use Smartphones and Tablets While Watching TV [STUDY]|Mashable
Technology: Myth of Multitasking|Psychology Today
Why Multitasking May Make You Less Productive|Mashable


2011/10/10

あらためて考えさせられるスティーブ・ジョブズの死生観




2011年10月5日、スティーブ・ジョブズが亡くなりました。

おそらく多くの人がそうであったように、第一報を知った時はにわかには信じられませんでした。

ツイッターのタイムラインはジョブズのことで埋まり、海外のニュースやブログも次々に報じてました。そしてアップルが同社の HP 上に掲載した内容を見た時、ようやく現実だとわかりました。「Steave Jobs 1955-2011」と終止符が打ってあったからです。

その日以来、ジョブズに関する様々なブログやニュース記事を読みました。普段は通勤中などある程度まとまった時間がある時は本を読んでいます。先週後半はジョブズ関連の記事が中心でした。それくらいいろんな人たちがジョブズについてあらためて取り上げていたので、目にとまりました。

読んだものとしては海外のものが多かったですが、日本語でもIT系のブログではそれまで自分が知らなかったジョブズのエピソードがいくつか書かれていました。あらためてジョブズのことを知ることができる記事もよかったです。

多くのジョブズ関連の記事や動画の中で、最も印象に強く残っているのが、2005年に米国スタンフォード大学卒業式の祝賀式で卒業生に向けて行われたジョブズのスピーチでした。

Text of Steve Jobs' Commencement address (2005) |STANFORD UNIVERSITY

■ Steve Jobs Stanford Commencement Speech 2005

スピーチ内容は、ジョブズの生き方や考え方のベースになっている人生観そのものだと思います。上記のリンクはスタンフォード大のHP上に掲載されているスピーチ原稿です。できれば英語原稿のまま一読されることをおすすめしますが、日本語の字幕付き動画や日本のブログでも日本語訳が取り上げられているので、こちらでもいいかもしれません。

Apple創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ(1)|YouTube(日本語字幕付き動画1)
Apple創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ(2)|YouTube(日本語字幕付き動画2)
スティーブ・ジョブスの魂。STAY HUNGRY, STAY FOOLISH|ASSIOMA(スピーチの日本語訳)

このスピーチは相当有名なのでご存知の方も多いと思いますが、内容を自分なりに整理すると次のようなものです。

  • 起:点と点をつなぐ(バラバラの経験であっても将来それが何らかのかたちで繋がる)
  • 承:好きなことを仕事にする
  • 転:ジョブズの死生観
  • 結:卒業生へのメッセージ 「Stay hungry, stay foolish.」

■ ジョブズの死生観

このスピーチの中で最も強い印象に残ったのが、ジョブズの死生観でした。

ジョブズは17才の時、次の言葉を知り衝撃を受けたと言います。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。

その後、ジョブズは毎朝欠かさずに鏡の中の自分と対話をするようになります。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日の予定は、本当に私のやりたいことだろうか?」と。この質問に対する答えが「No」という言う日が続くと、そろそろ何かを変える必要があると考えたそうです。

スピーチでは、すい臓ガンを患い発見した際には医師たちから余命が3-6ヵ月であると告げられたことも触れています。これをジョブズは「死の支度をしなさい」と受け取ります。しかし、その後の診断で、この時のジョブズの腫瘍は極めて稀な形状で手術をすれば治せるものだったようで、無事に成功しています。

ジョブズの死への考え方が印象に残ったのは、「死は我々全員が共有する終着点」と捉えており、さらには「死はおそらく生が生んだ唯一無比の最高の発明品」としていたからです。死によって、古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものと言います。

毎朝、今日という日を人生最後の日だと考える、つまり、自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。ジョブズはこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな助けになったとスピーチで語っていました。

■ 死への絶望という記憶

私自身はここまで明確な死生観を持っているとは思いません。それでもジョブズのスピーチの中で印象に残り、かつ共感した部分は間違いなく死についてのところでした。

日常生活のちょっとしたタイミングで自分の死を意識することがあります。朝玄関を出た時に、ふと今日自分が死ぬともうこの家には帰ってこないと思ったりするといったようにです。

初めて死を意識した幼稚園か小学校に入学した頃くらいの時でした。ちょうどその前に、「人は死ぬともう二度と生き返ることはない」ということを教わりました。

それよりも以前は死ぬことについては知っていたものの、なんとなく時が立てば生き返るものだと勝手に思っていました。それが、死んでしまうと、どれだけ時間がたっても永遠に生き返ることはない、この「永遠に」という時間に終わりがないという意味が幼いながらに分かった時に、初めて絶望的な気持ちになったことを今でもよく覚えています。

しばらくは自分の親や兄弟、友達とか先生には絶対に死んでほしくなかったし、何よりも自分がいつか死んでしまうことがとても怖かったです。夜になるとついそのことを考えてしまい、朝方まで寝られなかったことは一度や二度ではなかったように記憶しています。

それでもまだ小さい子どもだったので、学校が楽しかったりだとかでいつの間にか深刻に思いつめることはなくなりましたが、ふとしたタイミングで思い出すのは前述の通りです。

ジョブズがスピーチで言った、自分の死を意識することで人生の岐路に立った時に決断する手がかりになるということはわかります。人生は一度きりであり、変な迷いがなくなり、そう思うことで吹っ切れます。

だから、ジョブズのスピーチが印象に残ったのです。さらに、ジョブズが亡くなった直後というタイミングでした。ジョブズの死生観の部分が最も印象的だったのは必然だったのかもしれません。

■ Focused on his family first

ジョブズは毎朝欠かさずに鏡の中の自分に問いていました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日の予定は、本当に私のやりたいことだろうか?」と。ジョブズが亡くなった後に読んだいくつかの記事の中に、以下がありました。

Steve Jobs knew his time was short, focused on family first|AppleInsider

そこには、自分の余生が残り少ないことを悟ったジョブズは、その時間を最も大切なこと-ジョブズの最愛の妻と子どもたちと過ごす時間に費やしたと書かれていました。ジョブズに残されていた時間が愛する家族との素晴らしい時間だったことを願うばかりです。


※参考情報
Remembering Steve Jobs|Apple
Thanks, Steve|jonathan mak
Text of Steve Jobs' Commencement address (2005) |STANFORD UNIVERSITY
Steve Jobs Stanford Commencement Speech 2005|YouTube
Apple創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ(1)|YouTube
Apple創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ(2)|YouTube
スティーブ・ジョブスの魂。STAY HUNGRY, STAY FOOLISH|ASSIOMA
「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳|日本経済新聞
Steve Jobs knew his time was short, focused on family first|AppleInsider
スティーブ・ジョブズの死生観とシンプルへの追及|思考の整理日記


2011/10/01

目から鱗だったエネルギーの本質

ここ最近読んだものに、「エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う」(石井彰 NHK出版新書)という本があります。この本の趣旨は、3.11の東日本大震災以降に見られる「原発vs再生可能エネルギー」という議論は不毛であり、今後のエネルギー供給の安定性と二酸化炭素削減を両立するのは天然ガスの活用と資源分散型のスマートエネルギーネットワークをいかに確立するか、というものです。

全体的に読み応えのある内容だったのですが、特におもしろかったのが「そもそもエネルギーとは何か」という根源的な部分の話でした。エネルギーが現代社会に果たしている役割や人類の歴史との関係など、エネルギーに関して本質的な論点が取り上げられており、ここがあらためて考えさせられる内容でした。目から鱗な話だったので、今回のエントリーでは本書で書かれていた内容を中心に書いています。

■現代社会とエネルギー

本書の内容は「なぜエネルギーが重要なのか」という問いから始まります。これに対して筆者は次のように説明します。エネルギー供給、特に安くて安定した大量のエネルギー供給がなければ私たちが暮らす現代文明は一日たりとも維持できない。

どういうことかと言うと、現代人の生活はあらゆるモノに囲まれていますが、これらを生産あるいは輸送のために膨大なエネルギーが使われています。ここでいうモノとは食品、衣服、家・建築物、紙、ガラス、化学・薬品、道路・鉄道、車・船舶などのありとあらゆるものですが、本書によると、日本の場合、モノの生産に全エネルギー消費の約半分が、輸送や配送も含めると全エネルギー消費の3分の2という量となるようです。

もう少し現代文明について考えてみます。現代文明の特徴として、都市部への人口集中と高度に組織化された産業システムの2つあると筆者は言います。都市部に人口が集中することで、例えば私たちが口にする食料を都市部だけでつくりまかなうことはほぼ不可能です。生活に必要な資源も同様です。だからどう対応しているかと言うと、都市の外部で食料が生産され、日々運ばれてきています。上下水道や道路網など私たちが当たり前に使っている社会システムを維持するためにもエネルギーが消費される。都市部への人口集中とそれを可能にするこうした高度な産業システムを支えているのがエネルギーなのです。私たちの生活は大量のエネルギーを消費することが前提で成り立っているわけです。

■人類の歴史とエネルギー

本書では、人類の歴史という観点からエネルギーの説明も書かれていました。筆者は文明化とはエネルギーの多消費化であり、かつエネルギー源の高効率化であると言います。

まずは多消費化から。人類史において、文明化の段階はいくつかありますが、大きくは農業開始、産業革命、現在の情報革命です(このあたりの話は「情報社会のいま ―あたらしい智民たちへ」という本がおもしろかったです)。エネルギー消費で見ると、農業社会に比べ産業革命により3~4倍に増加、さらに産業革命開始時と現在では、エネルギー消費は40倍に増えているのだそうです。(もちろん、この間に人口も増えているので当然社会全体でのエネルギー消費は増えるわけですが、一人当たりエネルギー消費で見ても4倍と増加している)

エネルギーの高効率化について。産業革命前はエネルギー源の主流は薪炭でした。それが、産業革命で石炭が使われるようになり、その後はより効率のよい石油というエネルギー源に移り変わります。本書では、エネルギーの効率さを比較するために「エネルギー算出/投入比率」という指標が用いられています。これは、1単位のエネルギーを取り出す(算出)のに、何単位のエネルギーが必要になるか(投入)という比率です。例えば産業革命以前の主流エネルギー源だった薪炭ではこの比率が2~3倍だったものが、石炭で40~50倍まで効率がよくなります。つまり、1単位の石炭があれば、40~50単位の石炭が取れるということです。これの比率が石油では中東などの巨大油田ではなんと100~200倍ともなるようです。2010年にメキシコ湾で石油会社BPが原油を海に流出させてしまう事故が起こりましたが、これは見方を変えればBPが流出を止めたくても、油田から自ら勝手に噴出してしまうくらいの算出効率の良さであるがために起こったものでした(という記述が本書にありあらためてその算出効率の良さを実感させてくれました)。ちなみに、太陽光のエネルギー算出/投下比率は10倍、風力は15倍程度と説明されています。

■ストックなエネルギーとフローなエネルギー

本書では、以上のようなそもそもエネルギーとは何かという話が、人類の歴史と絡めてあらためて説明されています。それを踏まえ、今後のエネルギー政策をどうするかという論点に移っていきます。このあたりを理解すると、「原発or再生可能エネルギー」という二元論では、私たちの社会を支えているエネルギーの全体像を捉えていないことに気づかされます。つまり考えるべきは原発でも再生可能エネルギーでもない化石エネルギー源の有効活用です。もちろん、長期的には化石エネルギーという過去の地球の資産とも言えるエネルギーの比率を下げ、再生可能なエネルギーでまかなっていくような姿が望ましいでしょう。ただ、現時点で再生可能エネルギーが主流になるのは非現実的であり、原発分の代替にもなり得ません。

現代文明は、前述のように高度に組織化され都市部に人口が集中するという社会システムで、維持するために大量の高効率なエネルギーを投入しています。主流なエネルギー源は石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料で、これは太古の昔から現在にわたって蓄積され濃縮された、いわば貯金のようなストック的なエネルギーです。これに対して水力、バイオ、太陽光・熱、風力などのエネルギーは毎月の収入のようなフローなエネルギーです。貯金に頼らず毎月の収入エネルギーだけで暮らしていた産業革命前と、毎月収入と貯金までも使って築き上げた現代社会。私たちが享受している生活は身分相応以上の贅沢な生活と言えます。しかしだからと言ってもはや産業革命以前の生活に戻れるわけはなく、であるが故に考えるべきは今の主流である化石エネルギーをいかに効率よく使うか(エネルギー供給側での省エネ)、安定的に供給が継続できるような発送電の仕組みのはずです(一方で環境に負荷をかけないという視点も必要)。本書を読むことで、そんなことをあらためて気づかされたように思います。






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書いている人 (多田 翼)

複数のスタートアップ支援に従事。経営や事業戦略のコンサルティング・アドバイザー・メンター、プロダクトマネージャー、マーケター。前職は Google でシニアマーケティングリサーチマネージャー、現在は独立 (詳細は LinkedIn または Facebook をご覧ください) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身、学生時代は京都。現在は東京23区内に在住。気分転換は毎朝の1時間のランニング。note も更新しています。

内容は個人の見解です。