2013/02/02

ローマ法王に米を食べさせたスーパー公務員の 「心揺さぶる3つの言葉」


ローマ法王に米を食べさせた高野誠鮮氏


ローマ法王に米を食べさせた男 - 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか? という本をご紹介します。読んでいるうちに元気がもらえる本でした。



本書の内容


以下は本書の内容紹介からの引用です。

石川県羽咋市の市役所職員・高野誠鮮氏は2005年、過疎高齢化で 「限界集落」 に陥った農村を含む神子原 (みこはら) 地区の再生プロジェクトに取り組み、それが大成功を収めるまでの紆余曲折とアイデア満載、感動的実行力のプロセスを克明に記す。

高野氏は数々のユニークなアイデアを次々と繰り出し、そのアイデアを驚くべき行動力で実行していく。その結果、多くの若者を誘致し、農家の高収入化を達成!

非常識と一般では思われてしまうかも知れないことを恐れることなくアイデアを自由に発想し、そして、それを躊躇なく、しかし確実に実行する、高野氏の仕事の流儀に大いに学ぶための、多くのヒントがちりばめられている一冊。

過疎高齢化により18年間で人口が半分に落ちこんだ限界集落が、石川県羽咋市・神子原地区でした。

年間予算60万円、わずか4年間で立ち直らせたたのが、著者である羽咋市役所職員の高野誠鮮 (じょうせん) 氏です。

タイトルにあるように、地元で取れるお米 「神子原米」 のブランド化のためローマ教皇に食べてもらうなど、様々な村おこしプロジェクトが紹介されています。スーパー公務員といった活躍ぶりです。


市長からの2つの宿題


2005年4月当時、神子原地区の高齢化率は 54% でした。農家の年間の平均所得が87万円、月収に換算すると7万円超です。

高野さんは、羽咋市長から2つの宿題を課されます。

  • 過疎高齢化集落となった神子原地区の活性化
  • 1年以内にブランド農作物をつくる


神子原米のブランド化


1年以内にブランド農作物後を実現するために取り組んだのが、神子原地区で取れるコシヒカリのブランド化でした。

実は神子原地区のコシヒカリは、知る人ぞ知る 「おいしいお米」 でした。料理関係者からは 「炊き上がりはもち米のように弾力があり」 「米粒はつやつやと輝いていておいしい」 「冷めてもおいしい」 と言われ、農家も 「うちのコメはおいしい」 とプライドを持っていました。

しかし、高い評価を得ているのに役所や JA が動きませんでした。広告・宣伝がなく、いくら良いものを作っても、高く売ったり、日本中に広めようとする機会を見過ごしていた状況でした。

高野さんが考えたのが、おいしい神子原米のブランド化です。

実行したのが 「ロンギング作戦」 でした。ロンギングとは憧れや切望という意味です。例えば、有名人や著名人が持っている・食べたものには、人は自分も欲しくなるものです。その人が社会的な影響が大きいほど、ブランド力が高くなります。


ローマ教皇に米を献上した行動力


神子原米も、誰か影響力の強い人が食べればいいのではないか。その人が 「いつも神子原米の米をおいしく食べています」 と言ってくれたら、ブランドになるのではないか。ここから高野さんの行動力が発揮されます。

まず最初に頼んだのは宮内庁でした。天皇陛下に食べていただくためです。

神子は皇子に通じるし天皇皇后両陛下に食べてもらえないか、そうすれば天皇皇后両陛下御用達米になると考えました。

しかし、実現しませんでした。天皇が食べるのは献穀田のお米と決まっていて、神子原米はそこに入る余地はない、と言われたそうです。

次に思いついたのがローマ教皇でした。神子原の文字には 「神の子」 とあります。神の子といえばイエス・キリスト、キリスト教で最大の影響力があるのはローマ教皇で、善は急げということで、すぐに手紙を出しました。

その後、ローマ法王庁から返事の手紙が届き、神子原米を献上することができたのです。

これでローマ教皇御用達米と言えるようになりました。しかも神子原米がローマ教皇に献上されたはじめてのお米だったようで、そのことを言ってもよいと法王庁からのお墨付きももらえました。

このニュースが起爆剤となり、神子原米がブランドになっていきました。

他にも、エルメスの書道家である吉川壽一氏に米袋のデザインをしてもらうなども実現しています。

ローマ教皇に食べてもらう前にも、アメリカ大統領に食べてもらえないかということでアクションをとっていました。発想は、お米 → アメリカは米国と書く → お米の国の大統領に食べてもらおう、という考え方でした。


印象的だった言葉


以下、高野さんの言葉で心に残っているものを3つです。どれもあらためて考えさせられました。


1. 可能性の無視は最大の悪策である

本書を読んで興味深かったのは、高野氏の行動力です。神子原米のエピソード以外にも、村おこしのための活性化プロジェクトでも共通しています。

高野さんの言葉で最も印象的だったのが、モットーの 「可能性の無視は最大の悪策である」 でした。以下は本書からの引用です。

いまだに、モットーとして考えていることは、可能性の無視は最大の悪策である、です。何もしないで 「出来ない」 と言う人が多いのですが、結局は人の努力によって解決出来ることがほとんどです。たとえ少しずつでも出来ることを積み上げていけば、大きなことになる。1% でも可能性があれば、とにかくやってみようということだけを考えて、今日も働いています。

1% でも可能性があるなら徹底的にやってみる、とにかく突き進んでその 1% にかけてみようという考え方です。最大の悪策はやりもしないうちからできないと思い込むことです。

やる前から失敗すると決めつけていないか、できない理由ばかりに目を向けていないか。そんなことをあらためて問われた言葉でした。


2. まず自分がやってみせて、相手にやってもらって、納得してもらう

人を動かすためにはどうすればよいかがこの言葉した。「やってみせて、やってもらって、納得させる」 です。

最初からやってくれと言うだけでは、人は動きません。

実際に当時の神子原地区の農家の人たちは、高野さんの地域活性化策や農作物のブランド化・自分たちで販売することには大半が反対でした。しかし、高野さんは、役所や JA に頼らない自立した農家の姿を描いていました。

そのためにはどうやって農家の人たちを巻き込んでいくかです。

  • まずは自分がやってみて成功例を見せる
  • 同じことを相手にやってもらう
  • 成功体験から、自分にもできると農家の人たちに納得してもらう

まずは自らが率先して行動をすることです。前述の 「可能性の無視は最大の悪策」 にも通じることで、人を巻き込んでいくには大切なことです。

人は自分が納得しないと動きません。上や他人から強制されるのではなく、自分の中に動機やモチベーションがあってはじめて自分ごと化します。オーナーシップが生まれ、ようやく行動に入るのです。

これは私自身の仕事でのプロジェクト経験でも実感することです。まずは自分が動く、そして相手にと広げていく。最終的に相手には自立した行動を起こしてもらえるようにです。


3. 役人には三種類いる (いてもいなくてもいい職員、いては困る職員、いなくてはならない職員)

この言葉も印象的でした。

高野さんの問題意識は、本当に 「役に立つ人」 が役人であるというものです。

役人はどれだけ課題を解決してきたのか。終始議論だけで文書をつくって終わりではなく、本当に課題を解決するために変えるための行動を起こしているか、実行しているか。自分たちは 「いなくてはならない職員」 なのか。地域の人たちにそう思われるような存在なのか。

この言葉は役人だけの話ではありません。自分は 「いてもいなくてもいい人」 になっていないか、「いなくてはならない人」 として行動できているかが、あらためて考えされられました。




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多田 翼 (書いた人)