#マーケティング #コアバリュー #変えないことと変えること
変えないことを知っているから、すべてを変えることができる――。
この言葉は一見すると矛盾しているように聞こえるかもしれますが、実はブランドの戦略や製品開発など、あらゆるビジネスシーンに当てはまる重要な示唆を与えてくれます。
ご紹介したいキリンビールのアルコールブランド 「氷結」 が海外に進出した事例は、この言葉を体現している好例といえます。
今回は、前半では氷結の具体的な海外展開から、どのように 「変えないこと」 を軸にしながらも 「変えること」 を見出したのかを見ていきます。そして後半では、氷結の事例から得られる汎用的な学びを考察します。
キリン氷結の海外展開
キリンビールの氷結は、果実のみずみずしさと爽快感を打ち出した缶チューハイの代表格として、日本国内で広く支持されてきました。
RTD (Ready To Drink (栓を開けてそのまま飲める飲料) ) 市場は海外でも拡大傾向にあります。オセアニア地域のオーストラリアやニュージーランド、中国などでは健康志向や多様なフレーバーを求める消費者の増加と相まって急成長を見せています。
日本発 RTD の海外進出
こうした背景の中で、キリンビールは2023年から本格的に氷結の海外展開に乗り出しました (公式リリースはこちら) 。
以前から台湾などで氷結を輸出販売をしていましたが、あくまで日本国内の氷結をそのまま輸出する形にとどまっていました。しかしオーストラリアへの展開では、現地で独自に生産・販売を行い、味からパッケージまでを現地仕様に合わせながらも、氷結らしさをしっかりと残すアプローチに舵を切りました。
[変えない軸] 氷結というブランドアイデンティティ
通常、海外に展開するにあたって多くの企業はブランド名を英語風にしたり、ロゴを新しいデザインに作り替えたりすることが少なくありません。しかし、キリンビールはそこは変えませんでした。
缶に大きく書かれた漢字の 「氷結」 というロゴはそのまま残しました。ローマ字表記で 「HYOKETSU」 と付け加えることはしたものの、氷結のブランドのシンボルを変えることはしていません。
また、氷結という商品コンセプトである果実のみずみずしさと爽快感を打ち出す点も、海外向け氷結においては変えていません。
日本国内での氷結の特徴は、チューハイの中でもライトでさっぱりとした味わいにあります。缶チューハイというカテゴリー自体が、まだ海外で知名度を獲得しているとは言えない状況ではあるものの、フルーツのフレッシュな風味というコアとなる商品価値をぶらしていないのです。
[変えた部分 1] 味覚のローカライズ
一方で、氷結の海外進出にあたり、変えた点もいくつかあります。
例えば味覚設計です。現地調査から、日本人が甘いと感じていても、オーストラリアの消費者はもの足りないと感じられることがわかりました。そこで、オーストラリアでの健康志向の高まりと、甘さへの感じ方を天秤にかけ、糖類の含有量を細かく調整したとのことです。
オーストラリアで販売されている氷結のレモンフレーバーは、日本国内の氷結 (350ml 換算でアルコール度数 5% , 糖類 3.6g/100ml) に対して、330ml 缶でアルコール度数が 6% 、糖類 0.3g 未満 / 100ml になりました。
[変えた部分 2] パッケージの微調整
氷結らしさを全面に残しつつ、変えた要素がパッケージデザインの細かいところです。
日本で売られている氷結は缶表面にダイヤモンドカット加工が施され、キラキラとした質感で果実のフレッシュ感を強調しています。一方の海外版では、ダイヤモンド加工は入れずシンプルなシルバーや紺のベースにフルーツのイラスト、そして氷結の漢字をあしらう形にとどめています。
パッケージ変更の背景には、現地の流通や棚陳列の都合もあれば、ブランド名のわかりやすい視認性を重視したという理由もあります。海外の消費者にとって、漢字のロゴはそれ自体が目新しさや日本らしさを感じさせる要素でもあるため、むしろ強調できるポイントとして活かしました。
[変えた部分 3] 業務用サーバー (樽) の導入
オーストラリアやニュージーランドでは、缶だけでなく業務用サーバーとなる樽の導入をキリンビールは積極的に進めています。
日本国内におけるサワーやチューハイは、基本的にペットボトルや瓶に入った原液 (コンク) を炭酸で割る方法が主流です。それに対してオセアニア地域では、人件費の高騰やバーテンダー不足が顕著なため、飲食店でサーバーから直接注ぐ形のほうが利便性が高いとのことです。
オーストラリアでのお客さんが集まるスポーツバーやパブで、サーバーから氷結を提供することによって、より多くの消費者にアピールすることができます。
変えないことを知っているから、すべてを変えることができる
ここまで見てきたキリン氷結の海外展開の話は、冒頭で述べた 「変えないことを知っているから、すべてを変えることができる」 というのを体現している事例です。
氷結はブランド名、商品コンセプト、デザインの大きな方向性といった 「変えてはいけない軸」 をはっきりと定め、それ以外の要素は現地の事情に合わせて柔軟に変えています。
では後半のパートでは、氷結の事例から汎用的に学べることを掘り下げていきましょう。
変えない軸の明確化
氷結の今回の事例では、果実のみずみずしさと爽快感、そして氷結というロゴを含むブランドアイデンティティが、変えないことの軸でした。
オーストラリアなどの海外展開の際に、商品名をローマ字のみとすることや、別の英単語に置き換えることもできたはずです。しかし、もしそれをやってしまうと、氷結が持つ固有の価値や存在意義となるアイデンティティが薄れてしまったことでしょう。
海外の消費者に 「これはいったいどんな飲み物だろう?」 と興味をもってもらうには、見慣れない漢字とローマ字の組み合わせがむしろ関心を引くと判断し、あえて残しました。変えない軸を明確にしたのです。
「変えない軸」 があるからこそ、思い切った変更ができる
変えないところは変えないと決めてしまえば、残りの要素は必要に応じて思い切り変えていけるという判断ができます。
氷結の味における砂糖や酸味のバランス調整は、その具体的な実践のひとつです。通常、元々の味わいに甘さやアルコール度数を変えることには慎重になるところでしょう。しかし、キリンビールは氷結の爽快感と果実感という本質をブレさせなければ、甘さの調整は積極的に取り入れても良いというスタンスをとりました。
パッケージのダイヤモンドカットの加工をやめたり、現地ならではの業務用サーバーを取り入れるのも、氷結というブランドが持つ価値観そのものを損なわなければ、今までとは違う手段をとっても構わないという考え方からです。
まず 「変えないこと」 を明確にする
今回の氷結の事例は、海外展開の成功例というだけではなく、ビジネス全般に通じる 「変えない部分の大切さ」 を示しています。
ここは絶対に守るという揺るぎない土台があることで、それ以外の部分は大胆に手を加えることができるのです。
企業が新たな市場や事業に乗り出すとき、多くの要素を一度に変えようとすると、本来アピールすべき強みまで失ってしまうことになりかねません。それを避けるには、自社の強みやブランドの本質がどこにあるのかを見極め、ブレない軸として設定することが重要です。
「変えないことを知っているから、すべてを変えることができる」 とは、こうした意味を持つ言葉です。まずは変えないことをはっきり定めることによって、それ以外の部分を自由に変えても、ブランドや製品の根っこはしっかりと残り、新しい挑戦を大胆に行いやすくなるのです。
まとめ
今回は、キリン氷結の海外進出の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 新しい挑戦をする前に 「何を変えないか」 を定める。何を守るべきかを明らかになれば、企業のアイデンティティや強みがブレることはない。変えない部分があるからこそ、柔軟な適応ができる
- 例えば、新規事業や組織変更でも、まず 「変えてはいけないもの」 を明確にすることで、残った 「変えられるもの」 が見えてくる
- ブランドのコアバリュー (中心的な顧客価値) を維持しつつ、市場や顧客ニーズの事業環境に合わせて変更を加える。「守り」 と 「攻め」 のバランスをとる
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