2015/04/15

セオドア・レビット 「真のマーケティングに必要なのは知識よりも思考である」




元ハーバード・ビジネススクール名誉教授である故セオドア・レビット (Theodore Levitt: 1925-2006) 。1960年代に近視眼的マーケティングを提唱したことでも有名です。

セオドア・レビットへのインタビュー記事が、Harvard Business Review (2008年11月号) に掲載されていました (記事は再掲としてです) 。2008年11月号は 「マーケティング論の原点」 がテーマです。



真のマーケティングには 「知識」 ではなく 「思考」 が必要である


記事では、聞き手からの 「いかに真のマーケティングを実践するか」 という問いに、セオドア・レビットは次のように語っていました。

「思考」 と 「イノベーション」 がキーワードではないでしょうか。

残念ながら、思考という行為は、多くのマネージャーに歓迎されたり、いちばんに優先されたりすることはありません。

マネジャーやリーダーを選ぶ際、いちばんに重視されるのは経験であり、それも 「成功の経験」 です。その証左が、あらゆる公式の場で珍重されるのが 「経験で語る人物」 であり、「理屈はそのとおりですが、しかし ―― 」 という、一種傲慢であり、侮辱的な響きが感じられる発言です。蛇足になりますが、理論も思考と同様、あまり尊重されませんね。

ここで申し上げている思考という概念には、過去の経験や事実だけに頼らないという意味も含んでいます。

トップ・マネジメントのみならず、ライン・マネジャーですら、過去に拠りどころを求めるマネジメントに傾きがちです。はたして、これでよいのでしょうか。

マネジャーが組織に持ち込む最大の危険物は、「過去の経験」 と 「それに基づく知恵」 です。これらのおかげで ―― 概して人間の記憶は持続性に乏しいものにもかかわらず ―― 彼ら彼女らは迅速かつ自信満々に行動できる。しかし予期せぬ変化や不意打ちには、まるで役に立ちません。マネジメントは明日のためのものであって、昨日のものではないのです。

「うまくいっているかい」 と声をかけるよりも、「何か新しいことはあるかね」 と尋ねるほうが重要です。前者は過去に関する質問ですが、後者は将来に関する質問だからです。

思考は明日のため、イノベーションのために必要な行為です。

セオドア・レビットが強調しているのは、知識よりも思考です。

語っている文脈で理解すると、ここで言う思考とは、過去の経験がベースになっている知識ではなく、むしろ経験に縛られずに明日や未来を考え、自らやまわりに問いかける行為です。そして、マーケティングには思考が必要なのです。


 「データは情報ではない、情報は意味ではない」


知識よりも思考が重要であると語った後に、続くインタビューでセオドア・レビットは興味深い指摘をしています。

過度なデータ主義も奨励されるものではありません。人間から識別力や判断力を奪うには、膨大なデータや情報を注入することです。データは情報ではないし、また情報は意味ではありません。データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要です。それが思考です。

引用部分の中で、印象に残ったことは2つありました。

1つ目は 「データは情報ではない、また情報は意味ではない」 です。解釈をすると、前半のデータは情報ではないというのは、data は information ではないということです。

ここで言う data とは、単に集められた数字の状態のものです。収集されたローデータです。Data の語源はラテン語の dare (与える) で、data は 「与えられたもの」 です。

Information は、data が整理され使える状態になっているものです。検索可能な状態とも言えます。ローデータが集計され、数表やグラフになっている状態がインフォメーションです。

ビッグデータという言葉はあっても、ビッグインフォメーションという表現はありません。ローデータは大量にあってよいですが、インフォメーションは大量にあると人は処理しきれません。このように、データとインフォメーションは違うものです。

セオドア・レビットは 「情報は意味ではない」 とも言います。

ここの解釈は、インフォメーションというデータを整理しただけでは不十分で、インフォメーションを加工し、分析や評価をしてはじめて、そこに意味がある、すなわち価値があるということです。

Data を加工し information にし、それを分析や評価をして得られるのが intelligence です。Information は数表やグラフで、intelligence とは、数表やグラフから比較や分析がされ、統合され、目的に応じた結論、考察や示唆が示されているものです。


Data, information, intelligence を区別する


日本語では、data も information も intelligence も、いずれも 「情報」 と表現できてしまいます。逆に言うと、日本語ではこれら3つを区別せずに、ひとくくりに同じものと見なせてしまいます。

個人情報についても、「個人 data」 「個人 information」 「個人 intelligence」 と分けて考えれば、個人情報の問題設定や問題解決に向けての議論も深まるのではないでしょうか。


 「情報データを価値に変えるには思考が必要」


セオドア・レビットが語ったことで印象に残った2つ目は、「データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要。それが思考である」 です。Data, information, intelligence の話にもつながります。

セオドア・レビットが言っていた、真のマーケティングには過去の経験にもとづく知識よりも、未来を見る思考が重要になることと併せて考えると、示唆に富む指摘です。

Data → Information → Intelligence とより高度なものに変えていくために必要なのは 「思考」 であり、過去の経験ではないのです (私自身の解釈は、情報を価値に変えるためには、経験にもとづく知識が全く不要とは思えず、知識と思考の両方が必要で、より重要なのが思考ということです) 。

データはファクトであり、常に過去に起こったことです。いくら大量のデータであっても、ビッグデータとは過去のことです。

そのデータをインフォメーションに整理した段階でも、あくまでそれは過去を整理した状態にすぎません。

データを加工し、目的に応じて分析する行為は、単に過去を把握するだけではなく、未来を予測し理解することです。Data と information の段階では、過去情報でしかありませんが、intelligence には未来の要素が入るのです。

そう考えると、セオドア・レビットが言う 「データを情報にし、情報を価値に変える」 ために知識ではなく思考が必要という意味が見えてきます。



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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。