投稿日 2025/11/14

クレディセゾンのブラックカード。顧客理解からの発見、価値の再定義、顧客価値の提案

#マーケティング #顧客理解 #価値の再定義

自社の商品やサービス、自信を持って提供しているはずなのに、なぜかお客さんの反応が薄い…。そう感じたことはありませんか?

もしかすると、売り手側の 「当たり前」 が、お客さんの 「本当に求めていること」 とズレているのかもしれません。

商品やサービスの改善を続けていても、売り手側の常識や過去の成功体験にとらわれていては、お客さんの心には届きません。重要なのは、顧客とのリアルな接点で得られる小さな気づきを見逃さず、そこから顧客の価値観や文脈を読み解くことです。

今回は、クレディセゾンのブラックカード事業の事例を取り上げます。お客さんとの接点での顧客理解をもとに顧客価値を再定義し、お客さんの顧客文脈に合わせて訴求する重要性を考えます。

クレディセゾンのブラックカード


出典: 日経

クレディセゾンは、2022年9月に完全招待制のブラックカード 「SAISON DIAMOND AMERICAN EXPRESS CARD」 の発行を開始しました。年会費は24万2000円 (税込み) と高額で、ニューリッチと呼ばれる新富裕層を主なターゲットとしています。

このカード事業の特徴は、会員限定の特別な体験やイベントを数多く用意している点にあります。

クレディセゾンは高額な年会費や金属製カードのような豪華さだけでなく、リゾートでの特別なイベント、予約の取りにくい名店の手配、会員限定の会報誌の発行などから、得られる充実感を提供します。

例えば、霧島錦江湾 (きりしまきんこわん) 国立公園近くのラグジュアリーリゾート 「TENKU」 での一夜限りのディナーイベントです。1日1組限定のオーベルジュ (宿泊施設を備えたレストランのこと) 「MOKU ISESHIMA」 の著名なすし職人を招き、ケンゾーエステートの高級ワインと共に最上級のすしが振る舞われます。他には、ストラディバリウスによる著名バイオリニストのプライベートコンサートなどを開催しています。

* * *

では、クレディセゾンのクレジットカードの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

価値の発見・再定義・訴求


クレディセゾンのブラックカード事業の事例は、

  1. 売り手が無意識に持っている常識や当たり前を疑い、
  2. 顧客接点での観察やコミュニケーションから顧客の真のニーズや価値観を見出し、
  3. それにもとづき顧客価値を再定義し、顧客の文脈に合わせて魅力的に訴求する


これらの重要性を示しています。

では順番に見ていきましょう。

顧客接点での発見から 「売り手の常識」 を覆す

企業が長年培ってきた経験や成功体験は、時として新たな発想を妨げる 「常識」 という名の壁になることがあります。お客さんとの直接的な接点は、常識を打ち破る貴重な発見の宝庫です。

クレディセゾンは、約1000人ものニューリッチ層と直接対話を重ねる中で、従来の富裕層ビジネスの常識が必ずしも通用しないことを肌で感じ取りました (参考情報) 。

例えば、ニューリッチ層は高価なモノやサービスを享受するだけでなく、背景にある物語性や、得られる情緒的な満足感を重視する傾向が強いことを見抜きました。これはステータスシンボルとしてのモノを求める旧来の富裕層とは異なる価値観でした。

また、従来のカード会社のコンシェルジュサービスに対し、ニューリッチ層は 「無難でおもしろくない」 と感じていました。売り手側が 「良質なサービスを提供していれば満足してもらえるはず」 という思い込みを持っていたとすれば、それを覆す発見です。

情報伝達の方法についても、ニューリッチ層の嗜好はクレディセゾンの想定とは異なりました。

詳細な情報を記載した資料を電子メールで送付するといった従来型の丁寧なアプローチよりも、むしろ LINE WORKS のようなコミュニケーションツールを使って、手軽に早くできパーソナルなコミュニケーションを好む傾向があることがわかりました。

ブラックカード会員の約9割が男性であるというデータだけを見れば、サービスも男性向けに特化するのが自然な発想かもしれません。しかし、実際の契約においては、会員の妻の関心事が影響するという事実は、お客さんである会員への理解の中から見出された、売り手の固定観念を覆す気づきです。

これらの発見は、顧客との対話や観察といった地道な活動の積み重ねがあってこそ得られたものです。

発見にもとづく 「顧客価値の再定義」 

顧客接点からの発見や理解の深まりは、売り手が提供する顧客価値を再定義するきっかけとなります。

クレディセゾンは、ニューリッチ層の価値観までを捉えることによって、ブラックカードが提供すべき顧客価値を転換させました。

従来のブラックカードが提供してきた決済機能の利便性や社会的ステータスといった価値に加え、クレディセゾンは、ニューリッチが求める 「唯一無二の非日常体験」 や 「心から驚き、感動するような体験価値」 を中核に据えました。クレジットカードを持つことの意味合いそのものを再定義する試みです。

具体例のひとつが、会員向け会報誌 「PEAK LOUNGE」 の編集方針です。

ブラックカード会員の多くは男性ですが、契約の意思決定には妻の意向が大きく関わるという洞察にもとづき、誌面は女性の興味を引くような上質なライフスタイル情報を中心に構成。カードを 「個人のためのもの」 から 「家族全体で特別な体験を共有するためのもの」 へと意味合いを新たにしました。

顧客文脈に合わせた 「魅力的な価値訴求」 

再定義された顧客価値は、お客さんが置かれている状況や価値観などの 「顧客文脈」 に合わせて、具体的かつ魅力的に伝えられてこそ力を発揮します。

クレディセゾンはニューリッチ層の心を掴むために、細やかなコミュニケーションを展開しています。

1000人の富裕層との対話から 「19のサービスカテゴリー × 10の富裕層キーワード」 の法則を導き出しました。

ちなみに19のサービスカテゴリーとは、「 (1) 食」 「 (2) 旅」 「 (3) お出かけ」 「 (4) アート」 「 (5) ゴルフ」 「 (6) ワイン」 「 (7) カラーダイヤモンド」 「 (8) 資産運用」 「 (9) 相続」 「 (10) 不動産」 「 (11) 不動産ローン」 「 (12) 健康」 「 (13) 美容」 「 (14) 教育」 「 (15) オークション」 「 (16) ショッピング」 「 (17) 住空間」 「 (18) スーパーカー」 「 (19) チャリティー」 です。

もうひとつの軸である富裕層キーワードの10個は、「 (1) 確約」 「 (2) 優先」 「 (3) 先行」 「 (4) 限定」 「 (5) 貸し切り」 「 (6) 無料」 「 (7) 非日常」 「 (8) 未公開」 「 (9) 時間節約」 「 (10) ストーリー」 です。

これらは富裕層の文脈を広く理解し、相手に響く体験を創出する源泉のような存在です。例えば TENKU での特別なディナーイベントは 「食」 「旅」 「ワイン」 といったカテゴリーと、 「貸し切り」 「非日常」 「未公開」 「ストーリー」 といったキーワードをかけ合わせることにより、ニューリッチ層の知的好奇心や特別感を求める心理を刺激します。

また、年4回発行される会報誌 「PEAK LOUNGE」 もあります。宇宙船での旅行、ユネスコ世界遺産の貸切ディナー、希少なダイヤモンドの販売会など、ニューリッチ層が関心を持つであろう非日常的でスケールの大きな企画を、その世界観とともに紹介しています。夢や憧れを喚起する体験の提案です。

新規会員候補との面談時には、この会報誌をテーブルに広げ、相手が自然と手を止めたページの内容を起点として会話を深め、パーソナルな関心事に合わせた提案を行うコミュニケーション手法も取り入れています。

さらに、コミュニケーションチャネルも顧客の嗜好に合わせて最適化しています。

ニューリッチ層が好む LINE WORKS などのツールを積極的に活用し、早くかつダイレクトに情報を届け、注力顧客の時間感覚や情報収集スタイルに対応します。

加えて、生年月日から顧客の特性を 「理性タイプ」 「比較タイプ」 「感性タイプ」 に分類。それぞれのタイプと相性の良い言葉選びや情報の提示順序を工夫するクラウドサービス 「TENPiN」 を導入しました。例えば、理性的なタイプには結論から手短に、感性的なタイプには体験がもたらす感動やイメージを豊かに伝えるといった、一人ひとりの顧客文脈に合わせた訴求を行っています。

なぜ 「顧客接点での気づき」 が重要なのか


では最後のパートでは、クレディセゾンが実践している 「顧客接点での気づき」 がいかに大切かを整理します。

売り手の思い込みを崩せる

第一に、売り手の思い込みを打ち破る力があります。

企業は知らず知らずのうちに、自社の製品やサービス、あるいは注力顧客に対して固定観念を抱いてしまう傾向があります。しかし、顧客との直接的な対話や行動観察は、そうした思い込みが現実と乖離していることを明らかにし、より客観的で事実に即した認識へと導いてくれます。

顧客文脈を把握し、価値を再定義できる

第二に、顧客文脈を深く把握し、提供すべき価値を再定義する機会を与えてくれます。

消費者やお客さんがどのような状況に置かれ、何を本当に求めているのか。時には本人すら明確に意識していない望みまでを理解することにより、企業は自社の商品やサービスが提供すべき本質的な価値を見つめ直せます。そこから、より顧客の心に響くものへと昇華させることができます。

新たなマーケットや潜在ニーズを顕在化させられる

第三に、新たなマーケットや潜在ニーズを顕在化させる可能性を秘めています。

クレディセゾンは 「ニューリッチ」 という特定のセグメントの顧客理解を掘り下げました。既存の顧客層とは異なる価値観を持つ層や、まだ満たされていないニーズに気づくことができれば、新たな市場機会の発見につながります。

売り手の固定観念を捨て、顧客接点から得た気づきをもとに価値を再定義し、その魅力を適切な文脈で訴求していくことが大事です。顧客接点での生きた情報こそが、企業を成長させ、お客さんとの強い関係を築くための確かな羅針盤となります。

まとめ


今回は、クレディセゾンのブラックカードの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客接点での気づきは、売り手の思い込みを良い意味で崩す。顧客文脈を把握することで、新たな市場機会の創出、潜在ニーズを顕在化させる可能性を秘める

  • 売り手の常識を疑い、顧客との直接対話からニーズを発見する。企業が持つ固定観念や成功体験にとらわれず、実際のお客さんとの接点から現実を把握する

  • 顧客の価値観や背景にある文脈まで理解し、顧客価値を定義する。表面的なニーズにとどまらず、消費者やお客さんが本当に求めている情緒的価値や体験価値を見抜き、商品・サービスの意味合いに変える

  • 顧客文脈に合わせた訴求・価値提案をする。定義した価値は、お客さんが置かれている状況や価値観などの顧客文脈に合わせ、具体的かつ魅力的な方法で伝えられて初めて顧客の心に響く

  • 顧客理解を起点とした一貫性を保つ。顧客理解をもとに、顧客価値の定義、価値の顧客文脈に合わせた訴求までを一貫して行う


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。