投稿日 2025/11/11

大正製薬のテレビと YouTube の統合マーケティング。効果を最大化する 「エントリーポイント」 と 「アベイラビリティ」 とは

#マーケティング #小さく始める #相乗効果

新しいマーケティング施策を始めたいが、社内の理解が得られない…。
広告を打っても思うような売上につながらない…。

今回は、大正製薬の事例をもとに、

  • 新しい施策を社内でスムーズに進める方法
  • 消費者が商品を 「欲しい」 と思う瞬間を捉える仕掛け
  • そのチャンスを確実に購買につなげる仕組み

について紐解きます。

大正製薬のテレビと YouTube の統合マーケティング


大正製薬は、医薬品や健康関連商品の提供で知られる製薬メーカーです。

商品の特性上、安心感や信頼感の醸成が不可欠であり、長年にわたりテレビを中心としたマスメディアを通じて商品の認知度向上とブランドイメージ強化を図ってきました。

しかし、生活者のメディア接点が多様化し、企業は情報を届けたい人に適切なタイミングで伝えることの重要性が増していました。大正製薬の課題は、マス広告とデジタル広告を管轄する部署が分かれていたことによる、会社全体での投資対効果 (ROI) 最適化でした。

そこで、ゼリー飲料 「リポビタンゼリー」 のキャンペーンを機に、テレビ CM と YouTube 広告を組み合わせた統合的なメディアプランニングに着手しました (参考情報) 。


取り組みの結果、ターゲット層へのリーチ効率の向上、ブランド想起や購入意向の大幅な上昇、さらには実際の売上リフトも確認されるなどの成果を上げています。

コネクテッドテレビ広告を突破口に

新しい戦略や取り組みを進めるときには、最初から大きく展開するのではなく、まずは小さな範囲で試みて成功体験を積み重ねるアプローチが有効です。

大正製薬の事例では、コネクテッドテレビ広告から始めたことが突破口になりました。

大正製薬がテレビ CM と YouTube 広告の統合プランニングを進めるにあたり、パートナーである Google から最初に提案されたのがコネクテッドテレビへの広告配信でした。

コネクテッドテレビ広告は、デジタル広告でありながら配信面がテレビです。Google からの提案は、従来はテレビ CM を主管としていたメディア推進部にとって、心理的なハードルが低く、受け入れやすい内容でした。

生活者の視聴態様も変化しており、コネクテッドテレビでの YouTube の視聴時間は他の動画プラットフォームやテレビ放送局を上回っているという調査結果もありました (REVISIO の調査) 。組織や予算編成のあり方を見直すべきという機運が社内で高まっていたことも、統合プランニングへの移行を後押ししました。

成功体験の早期構築と環境整備

意思決定や行動しやすい環境を整えることにより、短期的な成果を生むことができます。

大正製薬の場合、比較的早い段階で具体的な成果 (例えば、ターゲットリーチの効率化など) を社内に示すことができ、新しい取り組みに対する肯定的な雰囲気やさらなる協力体制を醸成しやすくなりました。

新しい試みを導入する際には、関係者の理解を得やすく、かつ成果が見えやすい部分から着手するといいでしょう。成功体験を積み重ねていくことが、より大きな挑戦をするために有効なアプローチです。

エントリーポイントを捉える


消費者が商品を必要としたり欲しくなったりするきっかけとなる 「エントリーポイント (入口) 」 を的確に捉えることは、ビジネスでは重要です。

大正製薬の事例では、エントリーポイントをデータにもとづいて検証し、ブランド成長の機会を見出しました。

カテゴリーエントリーポイント

カテゴリーエントリーポイント (CEP) とは、消費者が特定の商品カテゴリー (例えば清涼飲料水やエナジードリンク) について、何かのきっかけで 「必要かも」 「ほしい」 と思う特定の瞬間や状況を指します。文字通り、そのカテゴリーへの "入口" が開く瞬間です。

売り手である企業は、自社の商品が属するカテゴリーにおいて、どのような CEP が存在するのかを深く理解し、時には新たな CEP を創り出すことを目指します。そして、注力顧客の CEP を的確に捉え、その入口が現れた瞬間に合わせた効果的なコミュニケーションを行います。

ブランドエントリーポイント

とはいえ、CEP で消費者やお客さんの頭の中でカテゴリーが想起されたとしても、自動的に自社ブランドや商品が選ばれるわけではありません。そこで重要になるのが、次の入口である 「ブランドエントリーポイント (BEP) 」 です。

ブランドエントリーポイントとは、消費者がカテゴリーを思い浮かべた後に 「どのブランド・商品を買うか?」 と具体的に検討を始め、特定のブランドを選ぶ瞬間のことです。

人は CEP というひとつめの入口を通った後、自分が知っているブランドの中から数社 (数商品) を候補として比較検討し、最終的にどれかひとつを選びます。

この比較検討の候補となる好意的なブランドのリストを、マーケティング用語で 「想起集合 (Evoked Set) 」 と呼びます。多くのカテゴリーにおいて、この想起集合に含まれるブランド数は、多くても2つから3つ程度と言われます。

CEP というカテゴリーへの入口をくぐった後に、次のブランドレベルでの想起の段階で自社ブランドが想起集合に入らなければ、その後の比較検討の土俵にすら上がれないということなのです。

カテゴリーエントリーポイントとブランドエントリーポイントの関係

CEP と BEP は、密接な関係にあります。

CEP は見込み顧客があるカテゴリーを思い出す 「状況」 や 「瞬間」 です。その次の、ブランド想起のチャンスとなる BEP は、CEP において、特定のブランド名を真っ先に、あるいは上位に思い出してもらうことです。

2つの位置づけは、CEP は 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 であり、BEP はその舞台で 「いかに自社ブランドを目立たせるか (ブランドを思い出してもらうか) 」 という関係になります。

今回の大正製薬の事例では、リポビタンゼリーにおいて、従来の 「疲労回復・疲れの予防」 「残業や徹夜の仕事のとき」 「日中の仕事のとき」 といった想定する CEP に加え、 「集中したいとき」 「眠気を覚ましたいとき」 といった新たな CEP をデータにもとづいて特定しました。


CEP から BEP につなげるブランドコミュニケーションの幅が広がり、さらなるブランド成長の可能性が生まれました。

大塚製薬と Google が調査から発見した 「CEP の数が多いほど、助成想起率や購入意向度が高まる」 という結果は、CEP と BEP をつなげることの重要性を裏付けています。



メンタルとフィジカルから機会を最大化させる


消費者に商品を選んでもらうためには、ブランドや商品を思い出してもらうだけでなく、実際に購入しやすい状況をつくることが大事になります。

この 「思い出してもらいやすさ (メンタルアベイラビリティ) 」 と 「買いやすさ (フィジカルアベイラビリティ) 」 の両輪がそろって初めて、マーケティングは効果を最大限に発揮します。

メンタルアベイラビリティ

メンタルアベイラビリティとは、消費者や顧客が特定の関連文脈 (例: 疲れたから元気をチャージしたい) になったときに、自社の商品やブランドを自然と思い出しやすい状態をつくることです。

先ほどの CEP (カテゴリーへの入口) から BEP (ブランドへの入口) の流れがまさにメンタルアベイラビリティの強化です。

広告による認知向上はもちろん、過去の良い商品体験やポジティブなブランドイメージと結びつけることで、必要なタイミングで選ばれやすくします。

フィジカルアベイラビリティ

一方のフィジカルアベイラビリティとは、消費者や顧客が商品を購入したいと思ったときに、手に取りやすい場所に商品が存在している状態をつくることを指します。

たとえば、店頭で見つけやすい場所に並んでいる (陳列・棚割り) 、パッケージのデザインがひと目で分かる、在庫が切れていなく取り扱い店舗数が十分にあるなどがフィジカルアベイラビリティに影響します。

消費者や注力顧客の生活導線や事業導線上に商品を適切に配置し、物理的な接触機会を増やして購買につなげるのがフィジカルアベイラビリティの考え方です。

メンタルとフィジカルの相乗効果

重要なのは、思い出しやすさ (メンタルアベイラビリティ) と、買いやすい環境 (フィジカルアベイラビリティ) の両方がそろって初めて、消費者やお客さんの自然な購買行動を促すことができるという点です。裏を返せば、どちらか一方が不十分な場合、ブランドが本来持っているポテンシャルを十分に活かすことができません。

大正製薬の事例で言えば、リポビタンゼリーのテレビ CM によってターゲット層へのリーチ (メンタルアベイラビリティの向上) をどれだけ伸ばしても、消費者が実際に購入しようとした店頭に商品が十分に並んでいなかったり (フィジカルアベイラビリティの不足) 、そもそも取り扱っている店舗が少なかったりすれば、せっかくの購入意欲も実際の購買には結びつきません。

大塚製薬と Google は、「販売店率が十分でない時にテレビ CM を短期間で大量に投下すると、リーチが伸びても店頭で買えない人が増えて機会損失を生む可能性」 を明らかにしました。

メンタルアベイラビリティだけを追求し、フィジカルアベイラビリティとのバランスを欠いた場合に起こりうる典型的な問題です。短期的に大量の広告を投下して認知度を高めても、実際に商品が手に入らなければ、購買機会を失うだけでなく、場合によってはブランドへの失望や信頼感の低下を招くことさえあります。

効果的なマーケティングを展開するためには、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの両方を高め、それらが相乗効果を生むような戦略を立てることが大事です。

まとめ


今回は、大塚製薬のマーケティング事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 小さく始めて成功体験を早期に得る。新しい取り組みは、既存の組織や文化と親和性のある領域から着手し、短期で成果を示すことで社内の理解と協力を得やすくなる

  • 消費者が商品カテゴリーを必要とする状況 (カテゴリーエントリーポイント CEP) を特定し、CEP から自社ブランドを想起してもらう (ブランドエントリーポイント BEP) までの流れを設計する

  • ブランドを思い出してもらえる状態 (メンタルアベイラビリティ) と、実際に購入できる環境 (フィジカルアベイラビリティ) の両方を整え、購買機会を最大化する

  • 広告施策は流通状況と連動させる。広告投下を行う場合は、商品が店頭に確実に並んでいることが前提。供給体制が整っていないと、せっかくの広告コミュニケーションが機会損失につながる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。