投稿日 2025/11/15

Cook Do オイスターソース 限界麺。カテゴリーエントリーポイント (CEP) とブランドエントリーポイント (BEP) を制するマーケティング

#マーケティング #カテゴリーエントリーポイント #ブランドエントリーポイント

今回は、味の素の 「Cook Do オイスターソース 限界麺」 というユニークな施策を取り上げます。その裏には、消費者の購買心理をつかむ戦略的な仕掛けがありました。

この事例から、お客さんに選ばれ続けるブランドになるための秘訣を考えます。

Cook Do オイスターソース 限界麺




1食50円からの限界麺

味の素が、2025年4月23日から28日までの期間限定で、東京・渋谷に 「『Cook Do』オイスターソース 限界麺」 という店舗をオープンしていました。

麺に Cook Do オイスターソースベースのたれを絡めた 「限界麺」 を1食50円から提供するという飲食店です。限界麺というネーミングは、物価上昇や生活の忙しさで 「もう限界」 と感じている人向けの施策から生まれました。

限界麺は、中華麺、パスタ、うどんのいずれかに、特性の 「限界麺タレ」 を絡めて食べるシンプルな料理です。限界麺タレは、Cook Do オイスターソースをベースにしたしょうゆ・サラダ油・チューブ入りニンニクなどを合わせたものです。

無料のトッピング (刻みネギ, いりゴマ, 削り節, ショウガなど) 、有料トッピング (卵黄, 小松菜, ひき肉が各50円) も用意されていました。3つの有料のトッピングを全部入れても、合計200円です。

課題感と施策の狙い

味の素によれば、オイスターソース市場は拡大しているものの、家庭の約2割しか購入しておらず、まだまだ伸びるポテンシャルがあるとのことです。

残り約8割の需要喚起に必要なのは 「オイスターソースは炒めものにしか使えない」 という消費者の先入観を打破することであると。そこで 「オイスターソースは中華料理以外にも使える」 とアピールしていくことが重要になります。

味の素がオイスターソースの期間限定店舗を設けるのは、実はこれが3回目です。過去にはそうめんとの組み合わせや 「闇おでん」 といった形で、中華料理以外でのオイスターソースの幅広い使い方を提案し、需要喚起を図ってきました。

味の素がこれまでに3回実施してきた Cook Do のオイスターソースの期間限定店舗は、テーマこそ毎回違うものの、中華料理以外の使い方をアピールするための場として役割を持たせました。

これらの施策により、Cook Do はブランド全体の認知度が向上し、年間売上は2桁成長を達成しました。2024年度もオイスターソース市場でシェア1位を獲得するなどの効果を上げています (参考情報) 。

* * *

では、「Cook Do オイスターソース 限界麺」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

2つのエントリーポイント


消費者が特定の商品やサービスを購入するまでには、大きく分けて2つの心理的な "入口" を通過すると考えられます。

それが 「カテゴリーエントリーポイント」 と 「ブランドエントリーポイント」 です。

カテゴリーエントリーポイント

カテゴリーエントリーポイント (Category Entry Points (CEP) ) とは、消費者 (や企業) が特定の商品カテゴリー (例: 清涼飲料水やスポーツ飲料) について、何かのきっかけで 「必要かも」 「ほしい」 と思う特定の瞬間や状況を指します。エントリーという文字通り、そのカテゴリーへの "入口" が開く瞬間です。

例えば、「喉が渇いたとき」 「運動をして汗をかいたとき」 「食事中」 などが、飲料カテゴリーにおける CEP の代表例です。

売り手である企業は、自社の商品が属するカテゴリーにおいて、どのような CEP が存在するのかを理解し、時には新たに創り出すことを狙います。注力顧客の CEP を的確に捉え、入口が現れた瞬間に合わせた効果的なコミュニケーションを行うことにより、消費者や顧客の意識にカテゴリーへの "フック" をかけることができます。

ブランドエントリーポイント

カテゴリーエントリーポイントは自社商品やサービスが選ばれるための最初の入口ですが、見込み顧客がカテゴリーを想起するだけで、自動的に自社商品が選ばれるわけではありません。

もうひとつの入口として登場するのが 「ブランドエントリーポイント (Brand Entry Points (BEP) )」 です。

BEP とは、カテゴリーを思い浮かべたあとに 「どの商品を買うか?」 と具体的に検討が始まり、ブランドを選ぶ瞬間を指します。消費者や企業は CEP に入った後に、自分が知っているブランドの中から数社 (数商品) を候補に入れ、最終的にどれかひとつを購入するわけです。

マーケティングには 「想起集合 (Evoked Set) 」 という概念があります。想起集合とは、特定のカテゴリーについて何かを思い立った時に、比較検討の候補として自然に頭に浮かぶ、好意的なブランドのリスト (選ぶ選択肢の候補) のことです。

多くのカテゴリーにおいて、この想起集合に含まれるブランド数は、多くてもせいぜい2つから3つ程度と言われます。

 「Evoked Set 調査 2022」 より想起集合に入っているブランドの数 (出典: 日経クロストレンド

つまり、CEP というカテゴリーへの入口をくぐった後に、次にブランドレベルで思い浮かべてもらう段階で自社ブランドが想起集合に入れなければ、その後のブランド間の比較検討の土俵にすら上がれないということになります。

これぐらい、ブランドエントリーポイントという入口をくぐる争いは厳しいわけです。

カテゴリーエントリーポイントとブランドエントリーポイントの関係

カテゴリーエントリーポイント (CEP) とブランドエントリーポイント (BEP) は、密接に関連しています。

  • CEP: 見込み顧客があるカテゴリーを思い出す 「状況」 や 「瞬間」 。ブランド想起の 「機会」 を生み出す
  • BEP (ブランド想起) : そのカテゴリーエントリーポイントにおいて、特定のブランド名を真っ先に、あるいは上位に思い出してもらうこと


2つを簡単に言えば、CEP は 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 、BEP はその舞台で 「いかに自社ブランドを目立たせるか (ブランドを思い出してもらうか) 」 という関係です。

限界麺で狙ったカテゴリーエントリーポイント


では、Cook Do は 「限界麺」 によって、どのような CEP を捉えようとしたのでしょうか?

CEP は、自宅での料理をするという場面において調味料を使って手軽に安上がりで、それでいておいしいメニューをつくるというものです。

多くの人には、「時間がない」 「お金をかけたくない」 、しかしそれと同時に 「おいしいものは食べたい」 という思いも普遍的にあります。特に新生活が始まる4月や物価高騰が続く生活者環境では、こうした気持ちははより切実なものとなるでしょう。

味の素は多忙や物価高騰などのネガティブ感情を汲み取り、自宅での料理で手軽で安くおいしいメニューをつくるために使う調味料というエントリーポイントに狙いにいきました。

ブランドエントリーポイントで選ばれる理由をつくる


CEP を捉えた後のここからが本当の勝負です。

CEP を通過した消費者に、数ある調味料の中から 「Cook Do オイスターソース」 を選んでもらうという BEP の入口もくぐってもらう必要があります。

Cook Do オイスターソースを想起したり選んでもらう工夫や仕掛けを見ていきましょう。

 「50円」 が生み出すトライアル機会

1食50円からという価格は、Cook Do オイスターソースを普段使わない人や、オイスターソース自体に馴染みのない人にとって、試してみる機会をもたらします。

破格の値段からの試してみやすさが、ブランドを選ぶという BEP への後押しとなります。

顧客の価値観との共鳴

Cook Do は物価高で苦しむ生活者や時間がない人の感情に寄り添い、共感を生むコミュニケーションを展開しました。

今の消費者が求める 「コスパが良い」 や 「タイパ (タイムパフォーマンス) が良い」 という価値観に、限界麺はストレートに応えます。施策や提案の根底に消費者理解や、顧客理解にもとづいての顧客目線があるからこそ共感が生まれます。ブランドへの好意を生み出し、Cook Do というブランドへの選択、すなわち BEP をつくるわけです。

体験を通じたブランドイメージの形成

Cook Do の期間限定店舗で実際に限界麺を食べるという体験は、消費者にとって記憶に残りやすいものです。

実際に体験をした人には 「Cook Do は便利でおいしい」 「オイスターソースは炒め物以外にも使える」 「これなら自分でも家でできそう」 といった発見や満足感が、Cook Do オイスターソースに対するポジティブなブランドイメージを形成します。

CEP と BEP をつなぎ、顧客から選ばれる


Cook Do 限界麺の事例は、CEP と BEP を効果的につなぎ、お客さんから選ばれるためのヒントを示します。

エントリーポイントを 「状況 × 感情」 で捉える

お客さんが商品やサービスを必要とする 「状況」 に、その時の 「感情」 をかけ合わせて CEP を捉えることによって、より深くお客さんの望むことに迫れます。

今回のように 「家計が厳しい (状況) × 料理が面倒 (感情) 」 といった組み合わせは、新たな CEP の発見につながります。

文脈を理解しブランド想起を生む

この事例での 「限界」 という言葉が象徴するように、消費者や顧客が置かれている文脈を理解し、相手に寄り添う形でブランドや顧客価値を提示することが、CEP の先の BEP における強いブランド想起と選択理由の構築に結びつきます。

CEP と BEP の戦略的な連携

Cook Do の施策は、消費者やお客さんが特定のカテゴリーを想起する瞬間 (CEP) から、具体的なブランドを選択する瞬間 (BEP) までの一連の流れをきれいに設計しています。

限界というキーワードで物価高に挑戦する取り組みは、今のトレンドに沿った CEP にフィットします。そして、「Cook Do オイスターソースを使った限界麺」 という具体的な BEP へとスムーズに誘導することにより、お客さんの購買行動を効果的に後押します。

味の素の限界麺の事例は、厳しい経済状況や多忙な日常を送る消費者に対し、CEP を捉え、BEP をつくり出し、ふたつを戦略的につなぎ合わせることの重要性を教えてくれます。

まとめ


今回は、味の素 Cook Do オイスターソースの限界麺の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • CEP はカテゴリーへの入口。消費者や顧客が特定の商品カテゴリーを 「必要かも」 「ほしい」 と思う瞬間や状況。企業は CEP を捉え、時には新たにつくり出すことが大事

  • BEP はブランド選択の入口。カテゴリーを思い浮かべた後に具体的にどのブランドを選ぶかという瞬間。ブランドの想起集合 (比較検討候補) に入れるかが勝負の分かれ目となる

  • CEP と BEP の関係は、CEP が 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 、BEP は 「その舞台でいかに自社ブランドを目立たせるか」 

  • CEP を 「状況 × 感情」 で捉える。お客さんが商品を必要とする状況において、その時の感情をかけ合わせ、より深い顧客理解と新たなエントリーポイントの発見につながる

  • BEP で選ばれるためには、トライアル機会の提供、顧客の価値観との共鳴、ポジティブなブランド体験の創出などから具体的な選択理由を構築し、CEP からのスムーズな流れを設計する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。