投稿日 2026/02/14

G-SHOCK は誰が買っていた? CASIO ID 統合が明かした顧客の真実とマーケティングの転換

#マーケティング #顧客定義 #価値提案

顧客データと顧客理解がマーケティングをどう変えるのか。その問いに鮮やかな示唆を与えてくれるのが、カシオ計算機の事例です。

カシオが進めた顧客 ID である CASIO ID の統合は、システム刷新にとどまりませんでした。これまで見えていなかった G-SHOCK ユーザーのリアルな姿を捉え、自分たちの当たり前を覆し、マーケティング戦略そのものを変える原動力となったのです。

今回はカシオの G-SHOCK の事例から、的確な顧客理解がブランドの可能性をいかに広げるかを掘り下げます。

CASIO ID 統合


CASIO が ID 統合に踏み切った背景には、多くの企業が直面する共通の課題がありました (参考情報) 。

乱立する顧客 ID がもたらした3つの問題

データのサイロ化は、いくつもの問題を引き起こしていました。

第一に、お客さんを一人の人として統合的に捉えられないため、購買履歴とサイト上の行動ログなどを横串で分析できず、浅い顧客理解にとどまっていました。

また、国や地域ごとに異なる個人情報保護規制への対応が、ID の数だけ複雑化していました。ヨーロッパ GDPR をはじめ各国の規制に対応するため、バラバラの ID 管理は非効率でした。

他には、保有する顧客 ID の種類が多いほど、サイバー攻撃を受けた際の情報漏洩リスクが増大していました。守るべき城門が増えれば、それだけ防御も困難になります。

グローバル統合への道のり

カシオは、2015年に国内の顧客 ID を 「カシオメンバーズ」 へ統合しました。

そして2019年からグローバル共通顧客 ID とする 「CASIO ID」 の構築を本格化。2021年4月に世界共通の認証基盤として稼働開始しました。

併せて CDP (Customer Data Platform) へ購買・閲覧・アプリ利用などの行動データを集約し、One-to-One マーケティングの下地を整えました。

ID 統合がもたらした3つの成果

顧客 ID の統合は、3つの成果をもたらしました。

1つ目はセキュリティの強化です。複数の ID を統合し、堅牢な基盤で管理することにより、個人情報保護のレベルを飛躍的に高めました。

2つ目は One-to-One コミュニケーションというお客さん一人ひとりへの精緻な対応の実現です。お客さんのあらゆるデータを統合分析し、一人ひとりの興味や関心に合わせた情報提供が可能になりました。

3つ目はブランドコミュニケーションの統一です。国ごとにバラつきがあったブランド戦略をグローバルで一貫させ、統一したメッセージを発信する基盤を手にしました。これにより、例えば、アメリカで成功した施策をヨーロッパでも展開できるようになります。

* * *

では、CASIO ID の統合の事例から、マーケティングの観点で学べることを掘り下げていきましょう。

ID 統合がもたらした 「想定外の発見」 


カシオの顧客 ID の統合は予想もしなかった事実を明らかにしました。

発端になったのは、カシオの公式アプリ内で 「G-SHOCK の他にどんな時計を持っているか」 というアンケートを実施したことでした。

カシオはこれまで G-SHOCK のユーザーは 「腕時計にはタフネスを求める若い男性が主なお客さん」 とみなしていました。一方で、高級腕時計を購入する消費者層には、カシオの時計は刺さらないと考えていたとのことです。

しかし調査からは、高級腕時計を愛用する人々が、アウトドアやスポーツなど耐久性が求められる場面では G-SHOCK を使い分けているという事実が判明しました。

こうしたお客さんの真実がカシオの認識を変えました。カシオがこれまでアプローチしてこなかった層が、実は重要な潜在顧客となる可能性を秘めているのです。

新たなマーケティング


調査からの顧客理解が潜在顧客層の再定義へとつながり、ブランドの提供価値そのものを見直すことにもつながりました。

どんな価値を訴求するのか、価値提案のメッセージの方向性、そして広告設計まで、すべてが連動して再構築されていったのです。

価値の再定義

カシオがまず着手したのは、G-SHOCK の提供価値の再定義です。

従来の G-SHOCK の機能的な価値である 「壊れない・防水・高精度」 というタフネスを土台としながら、その上位にある情緒価値を新たに定義しました。

それは、「映える洗練されたデザイン性のプレミアムライン (MR-G, MT-G) であれば、高級時計保有者にも保有してもらえる」 や、「コレクションやカスタマイズを通じて自分だけの一本を育てる楽しさ」 といった価値です。

高級時計層が重視する審美性や所有する喜びを、G-SHOCK のタフネスという文脈の付加価値として再定義することで、新たな顧客層に提案する訴求軸としました。

メッセージ設計

提案する顧客価値が変われば、それを伝えるメッセージも変わります。

これまでの G-SHOCK のコミュニケーションのメッセージは耐久性という機能性を前面に押し出すものが中心でした。ここに、高級時計愛好家の文脈に沿ったメッセージを加えると効果的です。

例えば、「デイリーユースを彩るハイエンドなタフネス」 や 「あなたの価値ある一本を守る、最高のセカンドウォッチ」 といったメッセージです。

MR-G は堅牢さとファッション性のあるフルメタル仕様、MT-G ではメタルと樹脂の融合した大人のための腕時計、スーツにも合う堅牢美といったような、高級時計の愛好家の人のライフスタイルや価値観に合わせた表現にするといいでしょう。

チャネル & クリエイティブの再構築

価値提案のメッセージの変化は、メッセージを届けるチャネル (媒体) とクリエイティブ (表現) の刷新へとつながります。

アンバサダー施策では、2025年7月にガールズグループの 「XG」 を起用しました。従来のスポーツやストリートカルチャーの文脈だけでなく、ファッションや音楽という新たな文脈で G-SHOCK の認知を拡大する狙いがあります。

メディアへの露出も見直すことにつながるでしょう。アウトドア専門誌が中心だった従来のアプローチから、時計専門誌や富裕層向けのハイエンド・ライフスタイル誌にも広告を展開するというふうにです。

広告クリエイティブも同様です。ハンマーで叩きつけるような耐衝撃テストの映像からタフネス性を訴求してきましたが、新たに上質なスーツスタイルや洗練されたストリートファッションの両方に自然に馴染む着用シーンをビジュアル化するというイメージです。

プロダクト & サービスへの波及

ここまで見てきたマーケティング戦略の転換は、最終的にプロダクト (製品) やサービスにまで波及します。

高級時計を持つ消費者層のニーズに応えるため、プレミアムラインである MR-G や MT-G 、フルメタルシリーズを強化することにより、限定コラボレーションモデルや、チタンやカーボンといった上質な素材を用いたバリエーションを拡充するといいでしょう。

サービス面で考えられる施策としては、CASIO ID を活用したポイントプログラムにおいて、G-SHOCK だけでなく、例えば OCEANUS (オシアナス) や EDIFICE (エディフィス) といったカシオの他ブランドも横断するロイヤリティ設計を導入します。

これにより、ハイエンドユーザーがブランドをまたいで製品を購入する 「クロスバイ」 を促進する仕組みを整えられます。

* * *

このように、CASIO ID の統合は単なるシステム統合を超え、「顧客理解の解像度向上 → 潜在顧客の再発見 → 顧客価値の再定義 → マーケティング戦略の転換 → 価値提案・メッセージ・広告を連動させて再構築」 という好循環を生み出しました。

データが思い込みを覆し、新たな市場を開拓する――。カシオの顧客 ID 統合がもたらした最大の成果は、お客さんの真の姿を見せてくれたことかもしれません。ブランドの可能性を大きく広げる結果となったのです。

まとめ


今回は、カシオの顧客 ID 統合の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • データは認識を変えてくれる。データにもとづいた調査は、企業が持つ 「我々の顧客はこうだ」 という固定観念や思い込みを覆す力がある

  • 顧客起点の発想が市場拡大の突破口となる。自社の常識や業界の定説にとらわれず、お客さんの実際の使用シーンや購買行動から、自社が気づいていない、製品の意外な使われ方や顧客層を明らかにできる

  • 既存顧客の深い理解が新たな価値定義につながる。商品・サービスの機能価値だけでなく、お客さんが実は求めている情緒的価値や体験価値を発見できれば、ブランドの提供価値を再定義できる

  • 顧客価値の再定義がマーケティング全体の連鎖的変化を生む。新たな価値提案に合わせて、メッセージ、チャネル、クリエイティブ、さらにはプロダクトやサービスまで一貫して変わっていく


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。