#マーケティング #ブランド拡張 #らしさ

確立されたブランドの世界観を守ることが顧客価値の源泉ですが、時代や生活者の変化に応じて柔軟に広がることも求められます。

知名度や信用といったブランド資産を新しいカテゴリーの新商品で活かすことは、成長のチャンスであるものの、一方でブランドの本質を見失えばそれまで培ってきたお客さんからの信頼を失うリスクにもつながります。

では、どうすればブランドの 「らしさ」 を保ったままブランドを拡張できるのか――。今回は、サントリーの BOSS の事例からその答えを考えます。

BOSS ブランドの拡大

出典: 日経クロストレンド

缶コーヒーといえば BOSS 。そんなイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

新カテゴリーへの商品展開

1992 年の誕生以来、缶コーヒーの代名詞として親しまれてきたサントリーの BOSS 。ここ最近はコーヒーだけではなく、紅茶、炭酸、果汁飲料など、複数のカテゴリーへと領域を拡大しています。

象徴的なのは、2025 年に発売した 「クラフトボス 世界の TEA」 シリーズです。

出典: サントリー

世界の TEA は様々な国や地域のティー文化から着想を得たアレンジティーです。

シリーズ全体で好調な滑り出しで、BOSS ブランドの新たな柱として成長を見せています。

背景と狙い

BOSS が商品展開を広げている背景にあるのは、働き方の変化です。

リモートワークやオンライン会議の普及により、人々の働く場所や時間が分散しました。多様な働き方が広がる中で、BOSS もまた変化を求められたわけです。

その答えのひとつとして 2017 年に登場したのが 「クラフトボス」 です。缶からペットボトルへと容器を変え、「ながら飲み」 に適した軽やかな味わいを実現しました。

一気に飲み干す缶タイプから、デスクでゆっくり時間をかけて飲むペットボトルへ。BOSS は 「気合を入れるスイッチ」 から 「働く時間に自然に溶け込む相棒」 へと、イメージを変えました。

さらに 2019 年には紅茶カテゴリーに参入しました。「働く男性だって紅茶を飲みたい」 という消費者ニーズに応え、新たな顧客層の獲得への挑戦です。

ブランドの本質とは

BOSS の変化を理解するために、マーケティングにおける 「ブランド」 という言葉の本質に迫ってみたいと思います。

ブランドとは

ブランドとは 「お客さんからの好ましい感情が伴った商品やサービス、あるいは企業」 です。

好ましいとは、好き、満足、共感、誇り、憧れ、応援したい気持ちで、こうした感情が深いほど商品やサービスは強いブランドです。

ブランドは商品やサービスを超えた、独自の価値観やイメージ、ストーリー、体験の総体を指します。ブランドは長年にわたる一貫した品質と信用の積み重ねによってつくられ、商品体験からつくられます。そして、お客さんの心の中に根付いた信頼の証のような存在となります。

ブランドには他にはない 「らしさ」 があります。らしさとは、ブランドが体現するブランドの理念や価値観、品質や価値へのイメージ、感情的な結びつき (例: 共感, 憧れ, 誇りなど) などで形づくられます。

ブランドは特有の 「らしさ」 を持つことで他とは違うものだと認識され、かつその違いがお客さんにとって価値となります。だからこそブランドはお客さんから 「これ “が” いい」 と選ばれる存在となるわけです。

BOSS の 「らしさ」 の本質

サントリーの BOSS は、このブランドの定義を体現しています。

1992 年の発売以来、BOSS は 「働く人の相棒」 というメッセージを一貫して発信してきました。

外回りの営業や現場作業の合間に一息つく時、その傍らにはいつも BOSS がある。こうした体験の積み重ねは、仕事を支えてくれる存在への信頼や共感、そして期待を裏切らない品質への満足といった、好ましい感情を育んできたわけです。

BOSS の事例で注目したい点は、BOSS の 「らしさ」 にあります。

それは 「働く人の、いかなる時も隣にいてくれる相棒であること」 という、より上位の理念や BOSS が打ち出す価値観そのものなのです。

パイプをくわえた 「ボスおじさん」 のロゴが象徴する世界観や、長年にわたる一貫したコミュニケーションによって人々の心の中に根付き、「信頼の証」 となりました。

だからこそ、多くの飲料が並ぶ棚の中から、「今日もいつもの BOSS の缶コーヒーがいい」 「デスクワークで気分転換したいから、クラフトボスの紅茶がいい」 と、指名買いされる存在になれることにつながります。

BOSS の 「働く人の相棒」 という揺るぎない 「らしさ」 こそが、競合には真似のできない、BOSS ブランド独自の資産です。時代に合わせて商品の姿を変えながらも、軸となる中核イメージを守り続けてきたからこそ、BOSS は紅茶や炭酸へとカテゴリーの領域を広げても、「らしさ」 を失わずにいられるのです。

ブランド拡張という挑戦

では、BOSS が実践したブランド拡張とは、どのような戦略なのでしょうか。

ブランド拡張とは

ブランド拡張とは、既存のブランド資産、具体的には知名度や信用を新しいカテゴリーでの商品やサービスに適用するアプローチのことです。

すでにお客さんが知っていて信用しているので、そのブランドから新しいカテゴリーやジャンルの新商品が出たら、期待値が自然と高まり買ってもらえることを期待するわけです。

BOSS の 「らしさ」 を軸にしたブランド拡張

BOSS の紅茶や炭酸飲料への展開は、ブランド拡張の成功事例です。

BOSS は、長年かけて築き上げた 「働く人の相棒」 というブランド資産 (知名度と信用) を、コーヒー以外のカテゴリーへと適用しました。

コーヒーで培ってきたブランド資産があるからこそ、消費者からは 「普段紅茶は飲まないけれど、BOSS の紅茶は飲んでみたい」 「BOSS だから大丈夫そう」 という消費者の心理が生まれます。

よくわからない紅茶飲料を買うのではなく、「信頼できる BOSS が出した新しい飲み物」 として商品を手に取ってもらえることが期待できます。

BOSS の成功の要因は、ブランド拡張の土台をコーヒーという商品ではなく、「働く人の相棒」 という 「らしさ」 に置いたことにあります。

集中したい時のコーヒー、リフレッシュしたい時の紅茶、気分を晴らしたい時の炭酸。これらは 「働く人の相棒」 という役割を果たすための選択肢の多様化であり、ブランドの 「らしさ」 から逸脱していません。

ブランド拡張の注意点

ブランド拡張には注意点があります。

ブランド拡張を目指した新商品が既存のブランドイメージから逸脱しすぎると、ブランドを毀損するリスクがあります。

例えば、高級車メーカーが突如としてあまりに廉価な自動車を出した場合です。低価格によって確かに売れますが、それは一時的で、長い目で見れば今まで積み上げてきた高級でラグジュアリーなブランドイメージは崩れてしまうでしょう。

ブランドとは本質的にはお客さんの頭や心の中にある商品やサービスへの価値イメージです。そのイメージが大きく変わると、これまで積み重ねてきたブランド資産を一気に失うことすらあるのです。

ブランド拡張では、カニバリゼーション (自社商品同士の食い合い) にも要注意です。

既存の商品と新商品が同じ顧客層を取り合ってしまうと、ブランド拡張のはずが単なる置き換えになってしまいます。拡張の先に新規層をうまく取り込めるよう戦略的に顧客設定を分けることが大事です。

BOSS が回避したブランド毀損とカニバリ

BOSS は、これらのリスクを回避し、ブランド拡張を成功させました。

まず、ブランドイメージを毀損しなかった最大の理由は、ブランドの核となる 「らしさ」 を 「コーヒー」 という商品カテゴリーではなく、「働く人との関係性」 という、より上位の概念で定義していたからです。

BOSS の 「らしさ」 が 「職人がこだわる本格缶コーヒー」 にとどまっていたら、紅茶や炭酸への展開は 「逸脱」 と見なされたでしょう。しかし、「働く人の相棒」 というコンセプトのもとでは、働く人の多様な気分に応える新しい商品展開は 「関係性の深化」 となります。

これにより、ブランドイメージを毀損することなく、むしろ強化されるという結果を生みました。

次に、カニバリを回避し、新しい顧客層の獲得に成功しました。

BOSS の紅茶シリーズの 「世界の TEA」 では、紅茶市場にも新たな層が流入したことがサントリーの調査からわかっています (参考情報) 。購入者のうち 64% が紅茶以外のカテゴリーからの流入層であり、紅茶を日常的に飲まなかった人々の支持を新たに獲得しました。

BOSS の紅茶は既存のコーヒーの飲用者を奪い合うのではなく、新たな顧客をブランドに呼び込んだわけです。これは、「コーヒーも飲むが、時には違う選択肢が欲しい」 という既存顧客のニーズに応えると同時に、「普段、甘い紅茶は飲まない男性」 といった、これまで紅茶市場が取り込めていなかった層を 「BOSS だから」 という理由で獲得できたことを示します。

BOSS はブランド内の商品でお客さんを奪い合うのではなく、ブランド全体のパイを拡大するというブランド拡張を実現しました。

BOSS が示すブランドのあり方

BOSS の事例が教えてくれるのは、ブランドの本質はお客さんと商品の関係にあるということです。

時代が変わり、消費者の価値観や生活様式が変われば、ブランドも変わらざるを得ません。では、何を変え、何を守るのか。

BOSS は 「働く人の相棒」 という関係性を守りながら、その体現方法を柔軟に変えてきました。コーヒーも紅茶も炭酸も、すべては同じ役割を果たすための異なる選択肢です。

ブランドの 「らしさ」 を上位概念で定義することにより、ブランドを薄めることなく広げ続けるための土台が築かれます。

まとめ

今回は、サントリーの BOSS の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ブランドとは、お客さんからの好ましい感情が伴った商品やサービス、あるいは企業。好ましいとは、好き、満足、共感、誇り、憧れ、応援したい気持ち
  • 強いブランドは、他社にはない特有の 「らしさ」 を持っている。らしさが顧客にとっての価値となり 「これがいい」 と選ばれる理由になる
  • ブランド拡張とは、既存ブランドの資産 (知名度と信用) を新しいカテゴリーの自社商品・サービスに適用すること。ブランドへの信頼によってお客さんからの購入が期待できる
  • カテゴリーを広げるにあたり、「そのブランドらしさ (価値観や世界観) 」 を新しい形で体現することがポイント。事業カテゴリーの壁を越えた拡張でも一貫性を保てる
  • 注意すべきリスクは、ブランドイメージの毀損 (既存イメージからの過度な逸脱) と、カニバリ (自社ブランド内の商品同士のお客さんの奪い合い) 
  • ブランド拡張は、既存顧客との関係を深化させると同時に、新たな顧客層を獲得して市場全体を拡大させることを狙う