#マーケティング #売り手と買い手の認識ギャップ #本当の競争相手は顧客の変化

メーカーが長年守り続けてきた 「こだわり」 。それが時に、お客さんとの距離を広げてしまうことがあります。

今回は、ハウス食品がこだわりを捨て、そして自らの 「禁じ手」 を破り、新しい価値を創造した事例をご紹介し、マーケティングへの学びを掘り下げます。

ハウス食品 「ルウ混ぜ合わせキャンペーン」 

ハウス食品が、成熟したカレー市場において新たな価値をつくり出すべく、禁じ手とも言える 「ルウの混ぜ合わせ」 を公式に提案した事例です。

これまでメーカーとして、こだわり抜いたカレールウの製品を他のカレールウと混ぜる行為は推奨しづらいものでした。一方で、市場環境の変化や顧客ニーズの多様化を受け、既存のブランド価値だけでは成長が難しい局面にありました。

突破口となったのは、「顧客の 4 割がすでにルウを混ぜている」 というお客さんの使い方の実態でした。

ハウス食品はこの事実を尊重し、売り手の論理である 「完成品を混ぜずに食べてほしい」 から、買い手の論理の 「自由に楽しみたい」 へと視点を転換したのです。

出典: PR TIMES

ハウス食品は施策として、234 通りから最適な組み合わせを提案する 「AI ルウミックスメーカー」 を展開。顧客の 「失敗したくない」 という不安を解消しつつ、自分好みの味を発見するワクワク感を提供しました。

その結果、サービスは反響を呼び、SNS でのポジティブな話題化に成功。顧客の潜在的な行動を肯定し、体験を通じてブランドとの絆を深めた、CX (顧客体験) 起点のマーケティング成功例です。

売り手と買い手の認識ギャップ

この事例が学びになるのは、「売り手の論理 (こだわり) 」 と 「買い手の実態 (自由な利用) 」 のズレを、ハウス食品がどう乗り越えたかという点です。

企業が陥りやすい罠と、その脱出方法を示唆します。

メーカーが気づいていなかった 「顧客の真実」 

ハウス食品は各カレールウブランドを、こだわりを持って作った 「完成品」 として世に送り出していました。

バーモントカレー、ジャワカレー、こくまろカレー。それぞれに開発者の思いが込められ、作り手として 「このままおいしく味わってほしい」 という願いがあったことでしょう。

しかし、顧客調査で明らかになったのは 「4 割の顧客が既に複数のルウを混ぜ合わせている」 という事実でした。ここに 「売り手と買い手の捉え方の違い」 が鮮明に表れています。

その一方で、SNS での 「カレールウ混ぜ合わせ」 への言及がわずか 0.01% だったということも判明しました。つまり、お客さんは黙って、日常的に、当たり前のようにカレールウを混ぜていたということです。声を上げていなかったから、ハウス食品は気づけませんでした。

認識のギャップ

売り手であるハウス食品の認識は 「完成品」 でした。「我々は最高においしい黄金比率のルウを作っている。これをそのまま食べるのが一番おいしいはずだ」 。ここには暗黙の前提があり、異なるルウを混ぜるのは邪道であり、味を損なう行為であるという考え方がハウス食品にはあったわけです。

一方の買い手 (顧客) の認識は違います。ひとつのカレールウ商品は 「素材」 であり 「未完成」 です。

 「家族の好みに合わせたい」 「いつもの味に変化をつけたい」 「自分だけの隠し味が欲しい」 などの顧客心理から、実際の行動として、4 割の人がすでにカレールウ同士を混ぜて使っていたわけです。

買い手の論理を優先

売り手は自社製品を完成形としてゴールと捉えますが、買い手にとって商品は生活を豊かにするための 「手段 (パーツ) 」 にすぎません。

ハウス食品がすばらしかったのは、社内の 「混ぜてよいのか?」 という葛藤 (= 売り手の論理) を、「4 割が混ぜている」 という事実 (= 買い手の論理) によって打破した点です。

もしハウス食品が 「混ぜるのは一部の変わり者だけだろう」 と捉え、それまでの認識を変えないままだったら、この 4 割という機会を見逃し続けていたでしょう。

実際の 「顧客の商品の使い方」 を固定観念をなくして直視することで、「わかったつもり」 から 「真の理解」 へと認識をアップデートし、こだわりを捨てたことが、この事例での勝因です。

本当の競争相手は 「変わり続ける顧客心理」 

ハウス食品は施策としてルウの混ぜ合わせを推奨する 「AI ルウミックスメーカー」 を提示しました。

これは、マーケティングの対応として示唆に富みます。

顧客満足は 「飽きの始まり」 でもある

真理として、顧客の満足は永続的なものではなく、放置すれば 「飽き」 へ変わります。

ハウス食品のカレールウは、長年にわたって 「たくさん作れて、家族みんなが喜ぶ」 という価値を提供してきました。これは間違いなく顧客を満足させてきた価値でしょう。

しかし、それは同時に 「いつもの味」 「代わり映えしない食卓」 という 「マンネリ (飽き) 」 の始まりでもあります。

背景には、世帯構造の変化、嗜好の多様化、タイパ・コスパ重視という環境が訪れていました。核家族化や子ども人数の減少により、大量調理の必要がなくなり、また、高齢化の進行で従来の利用層の変化が見られました。多様化が起こることで 「みんなで同じ味」 では物足りないという時代です。

そこで飽きへの対策として、味を変えないことが正義だった定番ブランドが、自ら 「異なるカレールウ商品を混ぜて味を変えて楽しむこと」 を提案しました。「いつものカレー」 が 「実験的でワクワクするエンタメ」 へと変えようとする取り組みです。

 「不満がない」 ことは 「熱狂がない」 ことと同義です。お客さんが商品に飽きる前に、商品そのものは変えなくても 「使い方の文脈」 を変えることによって、飽きが生まれず新しさを取り戻すことができます。

売り手側のマンネリが顧客を失う

ハウス食品は、各ブランドを磨き続けていました。商品開発の視点では 「マンネリ」 ではなかったかもしれません。

しかし、顧客体験の視点ではどうでしょうか?

ハウス食品は長年の間、「バーモントカレーはこう、ジャワカレーはこう」 というブランド提案を続けていました。お客さんは既に 4 割もルウ同士を混ぜてカレーを作っているのに、メーカーからの 「混ぜ合わせる楽しさ」 の提案はなかった状態です。

お客さんは先に進んでいた一方で、メーカーは同じ場所で足踏みしていたのです。

ハウス食品の 「バーモントカレーはバーモントカレーとして売る」 という何十年も続いた業界の常識や成功体験こそが、売り手側のマンネリでした。

社内のタブー (異なるカレールウを混ぜる) を犯してでも、顧客に新しい体験を提供しようとした姿勢が、カレー調理の体験の鮮度やブランドへの信頼を高めました。

新しい提案による驚きそのものも、お客さんにとって価値になります。商品を変えることだけがイノベーションではありません。売り手が自ら課していた 「禁止事項」 や 「枠組み」 を取り払うことで、既存商品の中に眠っていた新鮮な体験という新しい価値を掘り起こすことができるのです。

人の心理を読み、行動を予測し、体験を予想する

お客さんの 4 割が混ぜているという行動の背景にある心理を読み解くと、「もっと料理を楽しみたい」 という欲求と、「失敗したくない」 という不安が同居していることでしょう。

ハウス食品は望みと不安を取り除く仕組み (AI 診断) を用意したことで、消費者の 「試してみたい」 という体験を後押ししました。

  • 234 通りの組み合わせを検証し、安全性・味を確認
  • AI ルウミックスメーカーを作り、お客さんに気づきや挑戦のきっかけを提供
  • 売り手からの 「押し付け」 ではなく、顧客が自ら発見する体験設計

ハウス食品は単に 「混ぜていいよ」 と言うだけでなく、AI による診断を用意しました。これは 「メーカーのお墨付きがあるから失敗しない」 という安心感を消費者に提供しました。

これは、人々の行動の背景にある心理や価値観を読み解き、顧客が次に何を求めるかを予測し、先回りして価値を提供した好例です。

目を向けるべきは 「変わり続ける顧客心理」 

ここが重要なポイントです。

ハウス食品が戦っていたのは、他社のカレールウだけではありませんでした。真の競争相手は 「変化する顧客の期待値」 だったわけです。

  • 社内の常識: メーカーは完成品を提供し、顧客はそれをそのまま使う。それが一番おいしい
  • 顧客の実態: 自分なりに異なる商品を組み合わせて、オリジナルを楽しみたい

もしハウス食品が競合他社ばかり見ていたら、「他社より 1 円でも安く」 や 「他社より少しコクがある新商品」 といった消耗戦になっていたはずです。

業界の常識や他社の動向に目を奪われていたとしたら、「色々なカレールウを混ぜる提案」 という発想は生まれなかったでしょう。むしろ 「そんなことをしたら自社ブランドが曖昧になる」 と却下されたかもしれません。

ハウス食品が直視したのは 「核家族化でそこまで量はいらない」 「タイパ重視だが、食卓は豊かにしたい」 という変化した顧客の姿でした。「ルウの混ぜ合わせ」 は、新しい商品を開発・購入させることなく、今の手持ちの選択肢の中で 「クリエイティブな体験 (コト消費) 」 を提供する、今の消費者ニーズに即した解決策です。

競争相手は同業他社というよりも、変わり続ける顧客心理のほうです。「自社の固定観念 (顧客との乖離) 」 に気づき、目を向けるべきは 「ライフスタイルの変化」 、「顧客の退屈や飽き」 なのです。

消費者が求めているのは、「今日の夕食づくりが少し楽しくなる体験」 でした。ハウス食品は 「お客さんが飽きる前に、常に新しい価値や新鮮な体験を提案し続ける」 というマーケティングを体現しています。

まとめ

ハウス食品の 「ルウ混ぜ合わせキャンペーン」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • 人の心理を読み、行動を予測し、体験を予想する。行動の背景にある心理や価値観を読み解くことで、顧客が次に何を求め、どんな体験を期待するかを予測し、先回りして価値を提供できる
  • お客さんの満足は、お客さんから飽きられる始まりでもある。顧客の満足は永続的なものではなく、放置すれば 「当たり前」 になり、やがて 「飽き」 へと変わる
  • 売り手側のマンネリが顧客を失う原因となる。ヒット商品に安住せず、顧客が飽きる前に常に新しい価値や新鮮な体験を提案し続けることが大事
  • 本当の競争相手は 「変わり続けるお客さんのニーズ」 。業界の常識や他社の動向に固執するのではなく、顧客が今何を求めているのかを理解する。常に潜在ニーズを探求し、自ら変化し続ける