#マーケティング #顧客接点 #価値の再定義
今回は、ある企業の挑戦から、お客さんの心に響く 「価値のつくり方」 を紐解きます。
顧客接点での気づきを、どう価値定義に変換し、いかに価値提案まで落とし込むか。
売り手の常識を壊し、顧客文脈から価値を組み替える秘訣を考えます。
SiKiTO 枝もの定期便
出典: SiKiTO
TRINUS (トリナス) が運営する 「SiKiTO (シキト) 枝もの定期便」 は、室内に飾る季節の切り枝を定期的に届けるサブスクのサービスです (枝ものとはインテリア用の切り花として流通する樹木の枝のこと) 。
枝の長さ別に 3 つのプランを用意しています。
出典: SiKiTO
60cm プランが 3,300 円から、100cm プランが 4,400 円から、140cm プランが 9,900 円から (いずれも税込) です。配送頻度は 4 週に 1 回または 2 週に 1 回から選択できます。
2014 年創業の TRINUS は、現在は売上の約 7 割が SiKiTO です。
2024 年 8 月時点で累計 20 万本だった出荷数が、2025 年 10 月には 60 万本へと 3 倍に拡大しました。顧客層は都市部のファミリーや富裕層が中心とのことですが、店舗・クリニック・アパレルなど BtoB 需要も伸びているようです。
SiKiTO は、街のフラワーショップでは在庫がなく持ち帰りも困難だった大型サイズの枝を、大型段ボールで宅配することで、潜在ニーズを顕在化させたという点が興味深いです。
この事例から学べるのは、顧客接点で得た気づきから、価値の再定義につなげていることです。
なぜ 「顧客接点での気づき」 が重要なのか
そもそもなぜ、顧客接点での気づきが重要なのか。順番に詳しく見ていきましょう。
売り手の思い込みを崩せる
顧客接点での気づきが重要な第一の理由は、顧客接点での気づきは、売り手の思い込みを打ち破る力があることです。
売り手や作り手である企業は知らず知らずのうちに、自社の製品やサービスに対して固定観念を抱いてしまいます。しかし、顧客との直接的な対話や行動観察は、そうした思い込みが現実と乖離していることを明らかにし、より客観的な認識へと導いてくれます。
今回の 「SiKiTO (シキト) 枝もの定期便」 の事例で象徴的なのは、「枝もの = 生け花用途」 という固定観念を、顧客接点で見出した顧客理解によって崩した点です。
枝もの自体は昔から存在していましたが、売り手は特定用途の材料として扱い、一般家庭の日常にまで広げる発想は持っていませんでした。
ところが、TRINUS は顧客理解を通して、枝ものには消費者ニーズはあるものの、消費者の立場からすると気軽に買うには不便なところがあること見抜きました。具体的には、長尺の枝は街の花屋で買うと持ち帰れない、店側も在庫を置きづらい、そもそも欲しい気持ちはあるのに買う行動に移れない障壁がある、というものです。
ここで重要なのは、需要がないのではなく、需要が購買行動に変換されない構造的な要因があると捉え直したことです。
TRINUS は、売り手が無意識的に抱きがちな、花は花屋で買うもの、消費者は枝ものを花のようにお店で買うものと思っていない、持ち帰れるサイズなどの前提という、売り手にとっての当たり前を疑いました。そこから、TRINUS は買いたいのに買えないという状態を解消する方向へ踏み出したのです。
顧客文脈を把握し、価値を再定義できる
第二に、顧客接点での気づきは、顧客文脈を深く把握し、提供すべき価値を再定義する機会を与えてくれます。
消費者がどのような状況に置かれ、何を本当に求めているのか。消費者の立場からすると何に困っているのか。時には消費者本人すら明確に意識していない望みや不満までを理解することによって、企業は自社の商品が提供すべき本質的な価値を見つめ直し、より顧客の心に響くものへと昇華させることができます。
TRINUS の事例で示唆的なのは、枝もののことを装飾ではなく、「都市生活の中で季節を取り戻す体験をもたらす存在」 として再定義した点です。
都会で暮らす人々にとって、季節を感じる機会は限定されます。外気温の変化、スーパーに並ぶ食材、行事や服装の切り替え程度でしょう。
ここに枝という存在を入れると、季節がもっと身近な自然からの体感になります。
枝は春・新緑・秋など特有のものがあり、暮らしの中にポジティブな季節体験を生み出します。春の枝、初夏の新緑、秋の枝と、枝自体が季節の移り変わりを見せてくれる存在になるわけです。家の中に季節ごとの枝があることで、毎日の視界に季節が入り、しかも空間を大きく使うので部屋の空気も変えてくれます。
枝ものの消費者への提供価値は、暮らしの中に自然な季節体験を生むことです。これが、顧客の文脈から価値を再定義するということです。
供給側での価値の再定義
SiKiTO の事例で興味深いのは、価値の再定義が枝の生産と供給側にも起きていることです。
SiKiTO の枝の供給体制は、現在の供給は栽培と山採りという 2 つのルートがあります。
TRINUS は長野県豊丘村で枝の栽培を、奈良県黒滝村などでは森林組合と連携した山採りで枝を確保しています。後者のルートである山採りでは、林業の主な対象であるスギやヒノキ以外の雑木 (ぞうき) が、従来は作業の邪魔として廃棄されていました。
林業にとっての常識では雑木は不要物です。しかし消費者の文脈では、雑木は季節体験の素材になり得ます。これまでは廃棄していた枝を消費者向けのサブスクサービスにし家庭に季節体験を届けることで、森林組合は新たな産品と収益機会を得るという Win-Win が成立します。
新たなマーケットや潜在ニーズを顕在化させられる
第三に、顧客接点での気づきは、新たなマーケットや潜在ニーズを顕在化させる可能性を秘めています。
既存の顧客層とは異なる価値観を持つ層や、まだ満たされていない顧客ニーズに気づくことができれば、新たな市場機会の発見につながります。
今回の事例では、潜在ニーズを顕在化する構造が現れています。
枝ものサブスク SiKiTO が生まれるきっかけになったのは、枝もの専用花器 (EDA VASE) の開発でした。これはフラワーショップの 「青山フラワーマーケット」 との共同企画で、枝もの専用の花器が世にないという声を聞いたことがヒントになったとのことです。
そこで TRINUS は、コンクリート土台と支柱、透明な花びんを備え、安定性と水の扱いやすさを両立する構造の花器を設計しました。結果、単価 1 万 8700 円という価格にもかかわらず、初回在庫約 300 個が 1 週間で完売。ここで TRINUS は、枝もの需要はあると確信します。
注目したいのは、枝の需要を枝を売って確認したのではなく、枝を楽しむための障壁 (倒れる、水替えが面倒、飾り方が分からない) を解決する道具を通して確認した点です。
顧客側からすると、枝を買いたいというよりも、枝という植物が自宅の部屋にあることで家が整う感じが欲しい、空間の雰囲気を変えたい、季節を暮らしに取り込みたいという、言語化されにくい欲求があったのです。
こうした欲求は、枝単体だと手間に負けて顕在化しにくいでしょう。だから、花器という使い方の設計を通して、潜在ニーズが表に出てきたわけです。これは新しい市場機会の発見です。
顧客理解から価値提案までの一貫性
このケースがおもしろいのは、顧客接点での顧客理解で終わらず、その先まで一貫していることです。すなわち、価値定義と価値提案までの一貫性です。
顧客理解、価値定義、価値提案
まず 「顧客理解」 のフェーズでは、都市生活における季節感の不足や欲しいのに買えない障壁というふたつの課題を発見しました。
次に 「価値の再定義」 では、枝のことを暮らしの中で季節体験をもたらす存在という商品の顧客にとっての意味を変えました。室内に季節を飾ることで気分や空気が変わる、日々の視界に季節を入れるという体験価値へと昇華させたのです。
そして 「価値提案」 のフェーズでは、顧客文脈に合わせた具体的な設計を行いました。
定期的に枝ものが自宅に届くサブスクにし、大型段ボールで配送され、お店に行って自分で家に運ぶ必要がなく、購買への行動の障壁をなくしました。枝のサイズは 60, 100, 140cm のプランを用意。4 週または 2 週に 1 回という配送頻度は気分転換のリズムを作ります。
オフラインとオンラインをつなげる
さらに体験の拡張として、TRINUS は OMO 戦略を推進しました。
OMO は Online Merges Offline の略称で、オンラインがオフラインを統合するというニュアンスから、EC サイトやアプリなどのオンラインと、実店舗などのオフラインの垣根を取り払い、顧客がどちらのチャネルを利用してもシームレスで一貫した体験を提供することを指すのが OMO です。
TRINUS は 2024 年 9 月に海浜幕張、2025 年 6 月に日本橋で SiKiTO CAFE を開業し、カフェを売る場所というよりも、体験理解の場として位置づけました。
店内で枝もの専用花瓶の EDA VASE を置き、枝のある空間を実際に体験してもらいました。スタッフがコンセプトを説明し、冊子を配布し、ワークショップを開催。さらにアプリでクーポンを配信し、カフェのワインを EC でも販売することでオンラインへと接続しています。
枝ものは、その良さは写真や言葉だけでは伝わりにくいものです。よって、滞在時間が長い飲食店と組み合わせて、実際の枝ものの体験をしてもらい、価値を直接感じてもらうことを狙いました。
起点は顧客理解
TRINUS の事例は、売り手の常識を疑い、顧客接点から得た気づきをもとに価値を再定義し、その魅力を適切な文脈で訴求していくことの重要性を教えてくれます。
かつての 「枝ものは生け花用途」 という固定観念を打ち破り、都市生活における季節体験の欠如という顧客文脈を深く理解し、暮らしに季節を取り戻す体験として価値を再定義する。そして、サイズ別の複数プラン、宅配という購入障壁の解消、専用花器による使い方の設計、カフェでの体験提供と、一貫して顧客の文脈に合わせた訴求を行う。
顧客接点での生きた情報から顧客理解を深めることが売り手の思い込みを良い意味で崩し、顧客文脈を把握することにより、新たな市場機会の創出や潜在ニーズの顕在化につながるのです。
まとめ
TRINUS のサブスク 「SiKiTO 枝もの定期便」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 顧客接点での気づきは、売り手の思い込みを良い意味で崩す。顧客のことをニーズや不満の背後にある顧客文脈まで把握することで、新たな市場機会の創出、潜在ニーズを顕在化させる可能性を秘める
- 企業が持つ固定観念や成功体験にとらわれず、実際の顧客との接点から現実を捉える。売り手の常識を疑い、顧客との直接対話からニーズを発見する
- 顧客の価値観や背景にある文脈まで理解し、顧客価値を定義する。表面的なニーズにとどまらず、消費者が本当に求めている情緒的価値や体験価値を見抜き、商品・サービスの意味合いに変える
- 顧客文脈に合わせた訴求・価値提案をする。定義した価値は、顧客が置かれている状況や価値観などの顧客文脈に合わせ、具体的かつ魅力的な方法で伝えられて初めて顧客の心に響く
- 顧客理解を起点とした一貫性を保つ。顧客理解をもとに、顧客価値の定義、価値の顧客文脈に合わせた訴求までを一貫して行う

