#リーダーシップ #Apple #歴史

アップル (Apple) の時価総額が 3500 億ドルから 4 兆ドルへと拡大しました。これが、アップルの CEO を 15 年務めてきたティム・クックの成果です。

カリスマだったスティーブ・ジョブズと比べて地味と評されがちなクックですが、実は最も難しい仕事をやり遂げた経営者です。

今回は、ティム・クックの功績を、1300 年以上前の中国の古典である 「貞観政要」 から読み解き、私たちにも得られる学びを取り上げます。

貞観政要の 「創業と守成」 

貞観政要とは

 「貞観政要」 は、かつて中国大陸を支配した唐の名君であった第二代皇帝・李世民 (太宗 598 ~ 649年) の治世における、国を治めるための教訓を記した書物です。

李世民が側近の魏徴 (ぎ ちょう) たちと腹を割って議論をした政治論をまとめたものが貞観政要です。

貞観政要は日本には平安時代に伝えられ、第 56 代の天皇である清和天皇のときに 「貞観」 という年号 (859 ~ 877) もできたほど宮廷では重んじられました。

その後、鎌倉幕府の北条政子 (源頼朝の妻) もその重要性を知り、武家社会にも貞観政要は取り入れられました。鎌倉幕府のトップであった北条家は代々、貞観政要が説く 「上の者は威張ったり贅沢をしたりしてはいけない」 や 「民衆を重んじなくてはいけない」 という教えを実践する政治を執り行いました。

その後も徳川家康も貞観政要を学んだとされ、日本では貞観政要は長きにわたり君主や政治家に大きな影響を与えました。そして、現代にも通じる内容が書かれているのが貞観政要です。

貞観政要には、君主の治世についてのさまざまな教訓や忠告が記されていますが、その中に 「初代と二代目ではどちらが難しいか」 という話が登場します。

この教訓は、李世民とその臣下たちの間で交わされた対話の中で語られていますが、特に、唐の名臣である魏徴が李世民に対して述べた言葉が重要です。

李世民と魏徴の対話

李世民が問いかけた 「創業と守成はどちらが難しいか」 に対して、魏徴は李世民に向かって次のように述べました。

    初代の君主が国を興すときには、多くの困難があり、危険を乗り越えなければなりません。しかし、二代目の君主は、すでに安定した基盤を受け継ぐため、初代ほどの困難はありません。しかし、初代の功績が大きければ大きいほど、二代目の君主に求められるものも大きくなり、その分、治世を維持することが難しくなります。

李世民は次のように返答しました。

    確かに、初代が国を興すことは困難であるが、二代目がそれを受け継いでさらに安定させることもまた困難である。初代は戦乱の中で民衆を救い、国を築いたが、二代目はその平和を守り続ける責任がある。

2 人の対話から得られる教訓は、国の運営において、創業期の困難は大きいものの、安定期に入った後もまた別の困難が存在するということです。

二代目の君主は、一代目君主の功績をただ引き継いでいれば成功すると見られがちですが、決してそうではありません。とりわけ、初代の成功が大きければ大きいほど、その後を継ぐ者にはさらなる知恵と成果が求められます。

守成のリーダーに求められる 4 つの教訓

貞観政要を整理すると、二代目に求められる教訓は次の 4 つに集約できます。

  • 継承者としての責任の重さを認識する
  • 先代の功績を尊重しつつも、自身の時代に合わせた統治を行う
  • 権力者や富裕層の監視と統制を行う
  • 平和な時代においても、常に警戒心を持ち、統治に励む

これらの教訓は、現代のリーダーシップや組織運営に通じるものがあります。

例えば、企業の創業者が立ち上げた事業を成功させた後、後継者がその成功を維持し、さらに発展させるためには、異なるスキルセットや視点が必要であることを示唆します。

では先ほどの 4 つの教訓を頭に置きながら、アップルのティム・クックの CEO としての 15 年を見ていきます。

ティム・クックの功績に見る守成のリーダー

クックの歩みを 4 つの場面に分けて、貞観政要の教えと重ね合わせていきましょう。

継承者の責任 → アイデンティティー再構築

1 つ目は 「継承者としての責任の重さを認識する」 という教えです。

クックは 2011 年にアップルの CEO に就任します。長年にわたってスティーブ・ジョブズと結びついていたアップルが、クック CEO の下でどう進化するのか、社外からは不安や懸念の声があったのも事実でした。あるアナリストは 「ジョブズのインスピレーションは余人をもって代えがたい」 とまで語ったほどです。

ここでクックが選んだのは、ジョブズの模倣者にならないという道でした。カリスマ性で人を引きつけるのではなく、自分の役割を冷静に定義し直したのです。

その後、アップルは Apple Watch や AirPods 、VR ヘッドセットの Vision Pro など新しいカテゴリーの製品を着実に投入していきます。一方で 2022 年には iPod を廃止するという判断も実行しました。守るべきものと終わらせるべきものを見極めたのです。

結果として、クックの CEO 在籍期間の 15 年で株式時価総額は 3500 億ドルから 4 兆ドルへ、株価は約 13 ドルから 250 ドル超へと伸びました。

継承者の責任を 「創業者をなぞる」 ではなく 「自分の役割を再定義する」 と捉えた点は、二代目としての出発点になる役割です。

時代に合わせた統治 → サービス事業の拡張

2 つ目は 「先代の功績を尊重しつつも、自身の時代に合わせた統治を行う」 という貞観政要の教えです。

クックは、ジョブズの遺産であるハードウェアを否定せず、その上に新しい付加価値を積み上げる戦略を取りました。iPhone や Mac という土台を活かしつつ、サービス事業を広げていったのです。

具体的には、Apple Pay 、Apple Music や Apple TV+ 、Apple Fitness など、ソフトウェアやコンテンツの事業を立ち上げます。

Apple TV+ は 2025 年のエミー賞で 81 個のノミネーションを獲得し、2026 年には F1 のアメリカ独占放映権も取得しました。直近にはサービス事業が過去最大の売上高を記録しています。

クックは、ハードウェアの会社から、ハードウェアとサービスを統合するプラットフォーマーへという、事業構造そのものをジョブズの時代から自分の時代へと進化させました。

初代の成功を維持するだけでは、二代目の役割は果たせません。先代を土台にして新しい収益の柱を立てたところに、クックの経営者としての手腕が表れています。

巨大権力との関係統制 → 中国・トランプ政権への対応

3 つ目の貞観政要からの教えは 「権力者や富裕層の監視と統制が重要である」 です。これを現代の企業経営に置き換えると、外部の巨大権力との関係を主体的にマネジメントすることになります。

クックが向き合った巨大権力は 2 つあります。中国とトランプ政権です。

中国に対してクックは、サプライチェーンの中核かつ主要販売市場として深い関係を築きました。自ら頻繁に訪中し、政界や実業界のトップと会談を重ねています。

2013 年に中国の国営テレビからカスタマーサービスを巡って批判された際には、個人的に中国の顧客に謝罪し、信頼を回復しました。

もうひとつの巨大権力であるトランプ政権には、第 1 次政権と第 2 次政権の両方で関税戦争や複雑な対中関係を乗り切ってきました。

トランプ大統領との個人的な関係も構築し、アメリカ生産の拡大計画を掲げ、24 金の土台付きのガラスプレートをトランプに贈ったこともあります。

クックの CEO 退任の発表後にトランプが 「素晴らしい経営者、傑出した人物」 と評したのは、関係構築の積み重ねの成果でしょう。

巨大な権力に翻弄されるのではなく、相手の流儀に合わせながらアップルの利益を主体的に守ったところに、二代目経営者としての成熟が表れています。

平時の警戒心 → 半導体内製化

そして貞観政要からの 4 つ目の教訓は 「平和な時代においても、常に警戒心を持ち、統治に励む」 というものです。

クックは業績が好調な中で、インテル製プロセッサーへの依存からの脱却を決断します。2020 年からは自社設計の Apple Silicon (M1) をパソコンの Mac シリーズに搭載し始めました。

目的はアップルでの垂直統合の深化と、AI ベースのアプリの台頭に備えたハードウェア基盤の構築です。業績が安定した時期にこそ、次の時代の競争軸を取り込んでおくという判断です。

貞観政要での 「守成」 という言葉は現状維持と誤解されてしまいがちです。しかしクックの半導体の内製化が示すのは、守成とは未来への布石を打ち続けることだという解釈ができます。

平時に警戒心を保ち、長期的な投資を実行することは、二代目だからこそ取れる戦略です。

まとめ

アップルのティム・クックが CEO として経営の舵取りをした 15 年間を 「貞観政要」 とつなげて、学べることを見てきました。

学びの最後にポイントをまとめておきます。

  • 創業期と守成期では、リーダーに求められる資質が異なる
  • 創業者を模倣するのではなく、自分の役割を再定義することが二代目の出発点
  • 守成とは現状維持ではなく、先代の遺産を土台にして自分の時代の新しい柱を立てる営み
  • 巨大な外部権力には、翻弄されるのではなく主体的に関係を結ぶ姿勢が問われる
  • 平時にこそ警戒心を保ち、未来への布石を打ち続けることが守成のリーダーシップの軸となる