#マーケティング #営業 #トレードマーケティング

今回のテーマは 「トレードマーケティング」 です。

 「手帳は高橋」 がキャッチフレーズの高橋書店の若き営業エースから、トレードマーケティングのポイントと実践方法を学びます。

この事例のポイントは、「価格が動かせない書店という領域で、価値の見せ方で動かす」 という点です。

 「手帳は高橋」 の若手営業エース

出典: 日経クロストレンド

手帳業界トップシェアを誇る高橋書店には、入社 5 年目にして営業エースと呼ばれる井上紗映氏がいます (参考情報) 。

彼女の営業スタイルは、一般的な出版社とは大きく異なります。

井上氏は毎日 3〜5 軒の書店を訪問し、各店の課題を直接ヒアリング。棚割りの設計から POP やポスターの制作まで、すべて引き受けて売場づくりを支援します。まるで食品メーカーの営業のように、書店に寄り添った提案を続けているのです。

例えば、折り紙やあやとりブームを店頭発で仕掛けようと発案し、キッズスペースのある店舗に対して、今までにない新しい売り方をしないかと持ち掛けました。

出典: 日経クロストレンド

書籍とともにお試し用の折り紙を置き、案内パネルなどで子どもたちの心を揺さぶる工夫を凝らした売場にしました。来店した親子が実際に書籍にある折り方のページを見ながら折り紙を折って遊んでもらえるのを狙ってのことです。

その成果は数字に表れています。折り紙・あやとり関連の書籍が前年比 2 倍の納品を実現し、実売数も 10% 増加しました。

なぜ井上氏の提案は書店員の心を掴むのでしょうか。それは、過去の販売データを活用した説得力ある提案と、「これならやれそう」 と思える実行可能性にあります。

出典: 日経クロストレンド

日々の納品・返本作業に追われる書店員の負担を理解し、具体的なビジュアルで完成イメージを示す。データで売れる理由を証明する。こうした丁寧な準備と提案が、書店との強い信頼関係を生んでいます。

この事例は井上氏の営業がすごいで済ませるのはもったいない話です。

メーカーが店頭という現場で 「トレードマーケティング」 を実装しきった例として示唆に富むからです。

トレードマーケティングは 「小売」 と 「ショッパー (お店への来店客) 」 をつなぎ、ショッパーにとっての買いやすさを最大化することで、小売の仕入れ需要と店頭需要を同時に伸ばす考え方です。

井上氏がやっていることは、まさにトレードマーケティングです。書店の現場課題をヒアリングし、カテゴリーの売上構造を踏まえ、売れる売場を具体物として設計し、実行まで伴走して成果を出しています。

トレードマーケティングの 4 領域で見る実践内容

トレードマーケティングには 4 つの領域があります。配荷、棚割り、価格、店頭販促です。

[配荷] 売れる局面をつくってから、納品を増やす

この事例での配荷は、売れる局面をつくってから、納品を増やすという順序です。

折り紙・あやとり関連書籍の例では、店頭でブームを仕掛ける売場を先につくり、その結果として前年の 2 倍の納品数につながりました。

書店は返本前提の委託配本という商慣習の中で、日々の検品・陳列・返本に追われています。メーカー側が 「売場をつくり、売れ方をつくり、在庫状況を見ながら改良する」 という動きを入れると、書店側の不安が減り、配荷の意思決定が起こりやすくなります。

[棚割り] ショッパーの購買体験を最大化する

井上氏の手法の中心にあるのは棚割りです。「自社棚」 ではなく、コーナー丸ごとを請け負います。

売場の見つけやすさ・手に取りやすさは、ショッパーの買いやすさに直結し、結果としてカテゴリーの売上に効きます。

JR 荻窪駅付近の書店での動物関連の児童書コーナーで、自社の新刊を中心にしつつ、競合出版社の本やパネル、フィギュアも揃えて 「荻窪動物園」 のように見立てました。これは棚割りをショッパーの探索体験を最大化する設計にしている好例です。

[価格] 値引きできない前提での勝ち筋

書籍は再販制度のもとで価格が基本的に全国一律です。食品・日用品のように 「価格で動かす」 施策が取りにくいわけです。

よって、書籍では価格以外で買う理由をつくるために、価値の見せ方を変えることが必要になります。井上氏は季節イベント (流星群など) や本の利用シーンを結びつけて 「いま買う理由」 を強め、価格ではなく意味合いでショッパーの心を動かしています。

[店頭販促] 買いたいトリガーを売場に仕掛ける

井上氏は POP やポスターを手作りし、案内パネルや体験導線まで整えます。これはショッパーの無意識の意思決定を後押しするきっかけとなるトリガーを設計しているということです。

折り紙コーナーの例では、親子がその場で見ながら折れる体験を提供し、ショッパーの行動を変えています。行動が変われば、棚前の滞在時間が伸び、手に取る確率が上がり、結果として売上が上がるのです。

バイヤーインサイトとショッパーインサイトの統合

今回の事例でおもしろいのは、書店員の不安 (売りたいか) を消しつつ、来店客の気持ちの高まり (買いたい) を売場で再現している点にあります。

どういうことか、順に見ていきましょう。

書店という小売の構造的な制約が、バイヤーインサイトを形づくる

書店は、委託配本と返本が前提となり、毎日大量の新刊が入ってきます。現場は本の検品・陳列・返本というルーチン作業で忙殺されます。ここに人手不足も加わります。

すると、バイヤー (書店員) の意識は、商品そのもの以前に次の方向へ寄ります。

  • それ、現場で回るのか
  • 外したら在庫と返本が増えるのではないか
  • うちの店に合うのか

こうした不安心理が、バイヤーの判断に影響を与えます。

井上氏は、「棚割りを任せてください」 「販促物も持ってきます」 「売れ方の根拠も示します」 という形で、書店員の不安を取り除くような提案に入ります。彼女はバイヤーインサイトを汲み取り、インサイトから逆算して提案を組み立てているのです。

バイヤーの 「売りたいか」 を満たす

一般的に、小売店のバイヤーの認識としてあるのは、往々にして 「こんなメーカーの営業は嫌われる」 という典型的なパターンがあるということです。

  • 会話の主語はいつも自分、もしくは自分が担当するブランド
  • 自社の売上のことしか考えていない提案
  • しかも、一方的にしゃべりまくって、こちらの課題を質問すらしてこない
  • 競合商品を知らない、消費者インサイトも知らない、現場も知らない

こんなパターンですが、思い当たる節はないでしょうか。

バイヤーの 「売りたいか」 は、単一の商品やブランドを売りたいという考え方ではありません。自分が担当しているカテゴリー全体の売上を伸ばし、お店に貢献したいという感覚です。

井上氏の提案は、ここに刺さります。棚割りを丸ごと請け負うことで書店側の作業負担を減らし、売場を 「これならカテゴリー全体が売れそう」 という企画に落とし込み、運用まで含めて支援する。

これは、バイヤーや店舗が抱える 「人が足りない」 「企画まで手が回らない」 「でも売上はつくりたい」 という課題に、メーカー側がしっかりと踏み込んで解決策を出している状態です。

ショッパーの 「買いたい」 を満たす

ショッパーの立場になると、「買いたいか」 を満たすこともトレードマーケティングでは大事です。ショッパーが店頭で商品を欲しいと思い、手に取るのかへの対応です。

井上氏は、これを 「商品力」 だけでの対応とはしません。売場でのショッパーの行動と心理から設計します。親子がその場で見ながら折れる体験、書店コーナーを動物園のように見立てて、本を探索したくなる世界観。流星群などの季節イベントを実現した売場。

ショッパーインサイトである 「子どもは体験で動き、親は納得で動く」 に合わせて、買いたいトリガーを売場に埋め込んでいるのです。

カテゴリー客数と客単価の両方を動かす

井上氏の提案の巧みさは、バイヤーの頭の中にある売上分解 (カテゴリー客数 × 客単価) に、自然に効く形になっている点です。

体験型や見立て型の売場で魅力的な売場を打ち出せば、カテゴリー客数に効きます。関連書籍や周辺アイテムも含めたまとまりとして見せれば、カテゴリー客単価の増加に貢献できます。

象徴的なのは、自社商品だけでなく競合商品や装飾まで手配して一緒に並べる姿勢です。これは 「カテゴリーを伸ばす発想」 だとバイヤーに伝わり、バイヤーの 「売りたいか」 が強化され、仕入れの意思決定もしやすくなります。

ショッパーの 「買いたい」 を売場でつくり、その仕組みを現場で回る形に落とし込み、さらにカテゴリー客数・客単価に効く売上設計として提示している点です。だからバイヤーは 「売りたい」 と思え、納品が増え、結果として実売も伸び、信頼が蓄積するのです。

三方良しを実現するトレードマーケティング

井上氏のトレードマーケティングには 「三方良し」 があります。

小売・ショッパー・メーカーの Win

三方良しとは、小売、ショッパー、メーカー (自社) の 3 つです。

1 つ目の 「小売 (書店) の Win」 には、人手不足・日々の業務過多を外部戦力で補えます。柔軟な本の価格設定ができない書店のビジネスモデルでも、魅力的な売場提案をしてもらえ、他にはない売場をつくることで客数と客単価の両方からカテゴリーの売上が増加します。

2 つ目の 「ショッパー (来店客) の Win」 においては、書店に来店したお客さんは欲しいものが見つけやすくなります。目的買いに加えて偶然の出会いが演出された発見がある売場で、買い物自体が楽しくなります。季節やイベントに合った提案で、買う理由が明確になります。

3 つ目の 「メーカー (高橋書店) の Win」 は、各書店への本の配荷が増え、実売も伸びます。データと現場知の循環で、横展開できる勝ち筋が蓄積されます。何よりも、書店から 「任せたい」 と言われる信頼関係が資産になります。

こうした三方良しが成立すると、書店の小売側にとっては 「このメーカーと組む合理性」 が高まり、メーカー側にとっては 「売場を起点にした成長機会」 が増えるのです。

メーカー営業の役割

今回の事例が示しているのは、営業の役割が 「交渉担当」 から 「カテゴリー成長の共同設計者 (現場実装者) 」 へとアップデートされているということです。

しかも 「提案して終わり」 ではなく、「実行し、改善し、成果を出す」 までを実現しています。トレードマーケティングは、店頭で実現して初めて価値を生み出します。

まとめ

高橋書店の井上紗映氏の営業活動をトレードマーケティングの観点から取り上げました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • トレードマーケティングとは、メーカーが小売とショッパーをつなぐために、売場 (配荷・棚割り・価格・販促) を具体物として設計し、買いやすさを最大化する活動
  • 成果のカギを握るのは 「売れる売場」 をつくるだけにとどまらず、小売の現場の制約や課題まで織り込んで、「これならやれそう」 と思ってもらえることにある
  • 受け入れられやすい提案は 「売りたいか (小売バイヤー課題の対処) 」 と 「買いたいか (ショッパーの購買心理に刺さる) 」 を同時に満たし、カテゴリー客数と客単価の向上につながる売上設計として成立している
  • 最終的に、メーカー・小売・ショッパーの三方良しが回り続ける構造をつくることが、トレードマーケティングでは重要