投稿日 2025/07/23

小さな電気店 「でんかのヤマグチ」 。これぞランチェスター戦略の "弱者の戦略" のお手本

#マーケティング #弱者の戦略

大手企業にはかなわない…。そう諦めてしまっていませんか?

東京都町田市の小さな電気店の 「でんかのヤマグチ」 は、大手量販店との価格競争を避け、あえて高く売るという戦略で28年連続の黒字経営を実現しています。

粗利率は業界平均の約2倍。いったいどんな秘訣があるのでしょうか?

でんかのヤマグチの事例から、規模は小さくても強みを活かして成長する戦略のヒントが見えてきます。

小さな電気店 「でんかのヤマグチ」 



東京都町田市に店舗を構える 「ライフテクトヤマグチ (でんかのヤマグチ) 」 は、業界平均をはるかに上回る粗利率を叩き出し、28年連続で黒字経営を継続している町の電気店です (参考記事) 。

大手家電量販店の前に苦境に

でんかのヤマグチは、1965年に山口勉社長が自宅の一部を改装した個人商店からスタートしました。

最初は家電製品を扱いましたが、売れる商品が限られていたため、修理サービスを中心に地道な営業活動を行っていました。やがて売上が伸びるにつれ、店舗の拡大や大量仕入れによる安売りにも取り組むようになります。

しかし、1990年代半ばになると、町田市周辺に大手家電量販店が相次いで進出。ヨドバシカメラやヤマダ電機など、価格競争力を武器とする量販店が6店舗も出店したのです。

その圧倒的な資本力と集客力の前に、ヤマグチは苦境に立たされました。赤字が3年間続き、借入金は約2億円にまで膨れ上がり、このままでは会社が潰れるという危機的な状況に陥いりました。

安売りをやめる決断

そこで山口社長が下した決断は、安売りをやめることでした。

値上げをすること自体は容易かもしれない。でも、どうやってきちんと収益を上げるのか。声高に宣言したはいいものの確信が持てない中、ある出来事がヤマグチの向かうべき道を決定づけた。

 「営業社員と一緒にあるお客さんのところへ修理に行ったんですよ。そしたらね、『お父さん、夏の暑い時期に2、3日家を空けたら、お父さんが大切にしているベランダの植木の水やりはどうするの? 犬のエサはどうするの?』と夫婦で旅行の話をしている。なんだ、そんなことで困っているのかと思い、とっさに『奥さん、うちでやるからいいよ。水くれなんて。朝やるの、夜やるの、どっち? 犬のエサはドックフードを準備しておいてよ。あと、ポストに新聞や郵便物が入っていたらうちで預かって、旅行から帰った時に持ってくるから。新聞屋に電話しなくたっていいよ』と伝えました」 

すると客は 「そんなことまでやってくれるの?」 と大喜びした。そして、恩義に応えてくれたのであろう。後日、当時で十数万円する高額テレビをヤマグチで購入してくれたのである。

 「これだ!」 と開眼した山口社長は、社員全員にどんな些細な困りごとであっても拾い、顧客サポートを徹底するよう伝えた。


価格を量販店並みに下げて対抗しても、体力の違いは歴然としており、でんかのヤマグチには勝ち目はありませんでした。

でんかのヤマグチは、代わりに粗利率を上げるという安売りならぬ 「高売り」 という方針を社内に打ち出し、そのぶんをお客さんに対して手厚いサポートを提供しようと考えました。

購入からアフターサービスまで責任を持ってサポートを続ける姿勢を重視し、さらには家電製品の販売の枠を超えたまわりの人たちの困りごとを解決するサービスを充実させ、地域に密着した取り組みを地道に行いました。

粗利率は約 45% と業界平均の 25% 前後を大きく上回る数字を実現。借入金も完済し、他店よりも高く売るけれど、それだけの価値を提供するお店として、でんかのヤマグチは地元住民に選ばれ続けています。その名声は海外にもとどろいており、中国の大手家電メーカー・ハイアールの総裁が直々に視察にやって来たこともあるそうです。

弱者の戦略


では、でんかのヤマグチの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

でんかのヤマグチは 「弱者が強者に打ち勝つ戦略」 を体現している存在です。規模や知名度では大手の家電量販店に及ばない "町のちいさな電気屋" が、いかにして大手に対抗し、独自の地位を築いたのか――。

その背景には 「ランチェスター戦略」 があります。

ランチェスター戦略とは

ランチェスター戦略はもともと物理学者のフレデリック・ランチェスターが、航空戦をモデルに考案した数理モデルがベースとなっています。そこから転じて、ビジネスにおいては 「強者がさらに強くなる方法 (強者の戦略) 」 と 「弱者が強者に対抗する方法 (弱者の戦略) 」 を示す戦略論になりました。

後者の 「弱者の戦略」 は、大手と同じ土俵で戦わないことを重視します。

リソースが限られるプレイヤーが強者と同じ戦い方をしても勝機は見込めません。そこで、戦う範囲や攻め方を限定し、ときには泥臭い手段を使って勝ちにいくスタンスをとります。

後ほど詳しく見ていきますが、でんかのヤマグチは価格一辺倒の大量販売という大手家電量販店との土俵から降り、地域の消費者とお客さんの生活を一手に引き受けるという土俵へ戦場を移したのです。

弱者の戦略の5つのポイント

もう少し弱者の戦略について説明を続けます。

ランチェスター戦略では弱者の側が取るべき行動として、次の5つをポイントとして挙げます。

  1. 局地戦

    戦う範囲を限定して、自分が勝てるエリアに集中する。大規模な場所で広く戦うほど、強者の資本力のパワーに押されてしまうため、まずは小さい範囲で負けない陣地をつくる


  2. 一点集中

    攻める場所や使う武器を絞る。多方面に手を広げず、自分たちの強みを最大化できる領域に資源を集中し、相手 (強者) に負けない部分をつくり出す


  3. 接近戦

    消費者や顧客との距離を短くする直接の顧客接点を獲得する。強者のビジネスモデルは大規模化・効率化をするため、個別対応が手薄になりがちになる。そこで弱者プレイヤーは顧客との距離感を縮めて活動を展開する


  4. 一騎打ち

    同時に複数の相手と大規模戦をせず、なるべく一対一の戦いやすい状況をつくる。部分的に強者をしのぐサービスや価値を提供し、少人数の戦場で勝つチャンスを生み出す


  5. 陽動戦 (ゲリラ戦)

    正攻法で強者と真っ向勝負をするのではなく、小回りを利かせる戦術で相手を翻弄する。例えば大手がカバーしきれないニッチな需要や、泥臭い接触を繰り返すゲリラ的な活動を行う



でんかのヤマグチの戦略


それでは、弱者の戦略の5つのポイントをでんかのヤマグチの事例に当てはめて詳しく見ていきましょう。

[局地戦] 商圏を町田市と相模原の一部地域に限定

でんかのヤマグチは、かつては頼まれればどこへでも行くという姿勢で営業していました。

しかし、大手の家電量販店が進出し、苦しい状況に陥った後はお客さんを厳選し、商圏を狭めることを決意しました。具体的には町田市と隣接する相模原市の一部という限定された地域のみ対応するように方針を切り替えました。

また、5年以上購入がないお客様も顧客台帳から外すなど、利益貢献度が低い層の対応はしないこととと決め、重点顧客にリソースを注ぎました。局地戦の発想で無理に広く戦わずに、勝てる範囲に注力したのです。

[一点集中] 粗利率アップ & アフターサービス

安売りをやめて粗利率を上げるというのは、ともするとそれまでのお客さんの顧客離れを招きかねない決断です。

しかし、でんかのヤマグチはどこにも負けない手厚いサポートを組み合わせて顧客への付加価値を高め、値段が高くてもヤマグチで買う価値があるとお客さんに思ってもらうことを目指しました。

たとえ商品価格は量販店ほど下げられなくても、家電製品以外の困りごともサポートしてくれると思ってもらえる活動の一点に集中して力を注ぎました。

[接近戦] 日常生活への徹底的な密着



でんかのヤマグチの営業担当者は、お客さんの留守番を引き受けたり、ペットの世話、郵便物を預かったりと、家電店の対応をはるかに超えた付き合いを続けています。

こうしたお客さんとの距離感の近い "接近戦" によって、消費者やお客さんからの 「話を聞いてほしい」 「ちょっと助けてほしい」 という小さなニーズや困りごとを汲み取ることで、親身な対応が信用蓄積につながり、信頼関係が生まれます。それが、でんかのヤマグチでの次の購買につながるわけです。

大規模店がマネをしたくても効率面やマニュアル遵守の制約で実現しにくいところで、接近戦的な密着対応こそ弱者が発揮できる強力な武器です。

[一騎打ち] 社員一人ひとりの親身な対応で勝負

大手量販店は豊富な品揃えと潤沢な広告予算など、大きなリソースを持っています。一方、でんかのヤマグチには社員が30 ~ 40名ほどしかいない時代もあり、その規模の差は大きかったです。

でんかのヤマグチはそこを逆手に取り、社員一人ひとりが家電の総合コンサルタントとしてお客さんの懐に深く入り込み、局所的に量販店のサービスを上回る顧客対応を実現しています。お客さんとでんかのヤマグチの社員という一対一の強い関係性がつくられ、「家電を買うなら、(でんかのヤマグチの) あの人に相談しよう」 という信頼が築かれるのです。

[陽動戦 (ゲリラ戦) ] 電気店らしからぬ商品展開やイベント

でんかのヤマグチはお店には家電製品だけではなく、野菜や果物、お酒、お菓子などまで置き、月に1回の筆ペン教室や健康測定イベントなどを開催しています。

通常の量販店や町の電気屋とは全く異なる売場を展開し、地域のコミュニティとしての役割を果たします。

今日は干物を買って帰ろうかとか、焼酎の1本でも買ってくかとか、煎餅をひとつ買っていこうかなど、でんかのヤマグチのことを消費者はそういうことができるお店だと思い、気軽に足を運んでくれます。「ちょっと気になるから見に行こう」 とか 「遊びに行く感覚で立ち寄れる」 といった気軽な気持ちがお客さんの来店を促しています。

大手量販店が大型店舗で行うキャンペーンやポイントカードの発行とは違い、泥臭く地域の消費者の生活の中へ入り込むスタイルは、ゲリラ戦の発想です。大規模な広告宣伝ではなく、地道な接触回数の積み重ねで地域に浸透するやり方は、弱者が取りやすい有効な手段です。

* * *

このように、弱者の戦略の5つのポイントはでんかのヤマグチの姿勢や取り組みと見事に当てはまります。

都市部の駅前などの一等地で大規模な店構えをしたわけでも、大量の広告を打ったわけでもありません。大手と同じ土俵には立たず、でんかのヤマグチは地域を限定し顧客を定め、日々の営みの中で徹底して手厚いサポートを続けました。

結果、価格勝負ではなくバリューの "価値勝負" で生き残り、借入金の完済や高い粗利率、30年近くも連続で黒字経営という成果を上げたのです。

まとめ


今回は、でんかのヤマグチを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントとして 「弱者の戦略」 の5つの要点です。

  • 局地戦: 戦う範囲を限定する
  • 一点集中: 攻める場所や武器を絞る
  • 接近戦: 相手に近づいて戦いを展開する
  • 一騎打ち: 多くの敵と同時に戦わず、なるべく一対一の状況をつくる
  • 陽動戦: 泥臭くゲリラ的な戦い方をする


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。