#マーケティング #トレードマーケティング #売り場提案
ビールは酒類売り場で売るもの、普通ならそう思うことでしょう。
しかし、ある地方のスーパーでは、おでん種 (おでんの具材) の隣にビールがずらりと並ぶ売り場が登場し、ビール類の売り上げを伸ばしています。これを仕掛けたのはキリンビールでした。
新商品をただ酒類売り場に並べるのではなく、なぜわざわざ総菜売り場を選んだのか。
この問いへの答えのキーワードは 「トレードマーケティング」 です。今回は、キリンビールの売り場提案を取り上げ、トレードマーケティングの実践を見ていきます。
総菜売り場に並ぶグッドエール
まずは、キリンビールが起こした売り場の変化から見ていきましょう。
2025 年 10 月、キリンビールはビールの第 3 の柱として 「キリン グッドエール」 を発売しました。キリンの 「一番搾り」 、「晴れ風」 に続くブランドという位置づけです。
今回注目したいのは、ある地方の有力スーパーマーケットでのグッドエールの売り場展開です (参考情報) 。60 ~ 70 店の規模でおでんの具材の売り場に、グッドエールのオレンジ色の缶がずらりと並べられました。
出典: 日経クロストレンド
効果ははっきりと出ました。グッドエールのユニークな売り場を設けた店舗群のビール類の売り上げは、前年と比べて 1 割以上伸び、取り組みを行わなかった店舗群の伸長率を上回りました。
同じスーパーではその後の 11 月に、キリン 「一番搾り」 と総菜を組み合わせたキャンペーンも実施されました。一番搾りを買った人のうち 6 ~ 7 割が対象の総菜を同時に購入し、そのうち約 7 割が 「キャンペーンを知って買った」 と回答しました。
なぜ酒類売り場の外で、ビールがこれだけ売れたのか。背景にあるのが 「トレードマーケティング」 です。
トレードマーケティングの実践
キリンビールの売り場提案を読み解く鍵がトレードマーケティングです。
トレードマーケティングとは
トレードマーケティングとは、小売とショッパー (お店への来店客) をつなぐ取り組みです。商品を見つけやすく、買いやすい売り場を実現することによって、売り上げの拡大を狙います。
トレードマーケティングが目指す状態はショッパーにとっての 「買いやすさ」 を最大にすることです。商品とショッパーをつなぐ架け橋になる取り組みと捉えると、トレードマーケティングのことがイメージしやすいかもしれません。
バイヤーが見ているカテゴリー全体の視点
つぎに、小売のバイヤー (小売での商品の仕入れ担当者) が何を見ているのかを押さえます。
バイヤーは、無意識のうちに売り上げを分解して考えています。売り上げは客数と客単価に分けられますが、バイヤーの視点は商品単体ではなく、カテゴリー全体の客数や単価、来店頻度や購入頻度の向上にあります。
特定の商品の販売数が伸びても、カテゴリー全体で数量が伸びなかったり、安いブランドへの置き換わりでカテゴリー売り上げが下がったりすれば、バイヤーの課題は解消されません。
キリンの事例では、今回のスーパーでは、酒類部門と総菜部門のバイヤー双方がカテゴリーの課題を抱えていました。酒類部門は購入率の向上、客単価の向上、新規顧客の獲得とロイヤル化です。総菜部門は、利益率の高い自社総菜の販売構成比を 10% 台後半まで引き上げるという経営からの要請を受けていました。
両部門のカテゴリー課題が、キリンの売り場提案で同時に解かれたというのが今回の話です。
「売りたいか」 と 「買いたいか」 の両立
トレードマーケティングが向き合うインサイト ( 「顧客」 の中で隠れている深層的な行動心理) は 2 つあります。バイヤーの 「売りたいか」 と、ショッパーの 「買いたいか」 です。
順番にバイヤーのインサイトから見ていくと、キリンが満たしたバイヤーが思わず 「売りたいか」 と思える要素は何だったのでしょうか。
キリンの営業担当者はスーパーの上層部との接点から、ある役員がおでんに注力していることをつかみました。グッドエール発売のタイミングとスーパーの課題感に重ねたことで、バイヤーや小売の経営層が 「いま売りたい」 と思える文脈に、キリンの新商品が乗ったかたちです。
一方、ショッパーの 「買いたいか」 は売り場の仕掛けに込められていました。おでん種の隣にビールがある光景は、食卓の風景を想起させます。今日のメニューはおでんがいいと考えていた人が、自然にビールへ手を伸ばしてもらえる工夫です。
11 月のキリンの 「一番搾り」 のキャンペーンでも購入者の 6 ~ 7 割が両方を買い、その約 7 割が 「キャンペーンを知って買った」 と答えたのは、ショッパーの 「買いたい」 気持ちが設計されていた表れです。
ローコストオペレーションへの応答
もう一つ、トレードマーケティングで欠かせないのが、小売の現場の作業負荷を下げる提案です。
人件費や物流費の上昇で、小売各社は SKU (商品の最小管理単位) の削減と、補充頻度の最適化をメーカー側に求めています。新商品を投入してブランド全体の売り上げを積み上げる従来のメーカーのやり方が、小売にはもはや通用しにくくなっているのです。
そこでキリンが取り組んでいるのが、棚割り単位の細かな最適化です。
ビール缶は 1 ケース 24 本入りが標準ですが、フェース 3 列で奥行きが 6 本の棚に並べると 18 本しか入りません。残りの 6 本がバックヤードに残り、保管と取り出しの手間が小売の負担になります。
そこで、キリンはフェース数や奥行きを見直して 24 本がぴったり収まるようにしたり、補充頻度の高い商品にはフェース数を厚く割り当てたりします。ケース陳列の拡大も同じ発想です。缶単体より箱での販売は利益率は下がるものの、小売の店員が棚に並べる作業の負担が少なくなります。
キリンが商品単品を売り込むのではなく、小売のオペレーションを楽にする提案も、バイヤーの 「売りたいか」 を満たす要素になっているのです。
営業担当者の役割の変化
こうした提案を実現するために、キリンの小売営業に求められる役割も変わります。
もはや、価格条件の交渉だけでは通用しません。担当バイヤーとの商談だけで完結する話ではないからです。
キリンは、店舗運営部や台帳を管理する部門、ネットスーパー担当、さらには小売の上層部まで接点を広げています。冒頭で紹介したおでん売り場での展開も、上層部との会話のなかで役員がおでんに注力していることをつかんだのがきっかけでした。
卸会社との関係も変わりつつあります。代金のやり取りに加えて、発注部門や物流部門との情報交流が増え、卸を介して他のカテゴリーのメーカーと組む共同販促も生まれています。
提案の精度を支えているのは、ID-POS (顧客情報と結びついた販売時点 (Point of Sales) データ) です。売れていない商品でも特定の顧客がたくさん買っているケースがあるといった粒度まで踏み込めるかが、提案が採用されるかどうかの分かれ目になっています。
三方良しの実現
トレードマーケティングが目指す姿が三方良しです。ここで言う三方とは、小売、ショッパー、メーカーの三者です。
順番に見ていくと、小売 (バイヤー) の Win は、競合との差異化、人手不足を補う効率的なオペレーション、カテゴリー全体の売り上げ向上です。
ショッパーの Win としては、ビール売り場をわざわざ歩かなくても食卓の提案を受け取れることです。値引きに頼らない自然なおすすめが、買い物のなかに溶け込みます。
メーカー (キリン) の Win は、酒類売り場の外にビール売り場を獲得できること、持続的な売り場展開につながること、そして、小売との信頼関係が深まることです。
今回のキリンの取り組みからわかるのは、トレードマーケティングはメーカーから小売への売り込み技術ではないということです。小売とショッパーが何に困り、何がうれしいのかを徹底的に考え抜き、その答えとして自社商品の置き場所を設計する営みです。
新商品を出すから、テレビ CM を大量に流すから、ということを伝えるだけで小売での売り場や商品棚を取れる時代ではなくなりました。これからは、バイヤーとショッパーの両方の言葉でストーリーを描けるメーカーがトレードマーケティングを実践し、限られた棚を勝ち取っていきます。
まとめ
キリンビール 「グッドエール」 の売り場提案の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- トレードマーケティングは、バイヤーの 「売りたい」 とショッパーの 「買いたい」 を両立させ、カテゴリー視点で売り場全体の価値を高める取り組み
- バイヤーはカテゴリー全体の視点で売り上げを考えるので、単品売り込みではなくカテゴリー貢献を示せる提案が求められる
- 来店客であるショッパーが買いたいと思える売り場づくりの提案を、バイヤーが信じられる根拠とともに提示することがメーカー側に必要
- 小売・ショッパー・メーカーの三方良しを目指すことが、トレードマーケティングによって持続的に売り場を確保することにつながる
