#マーケティング #ブランディング #顧客体験

ブランディングで難しいのは、コンセプトという 「言葉」 を 「体験」 に変換するところにあります。

今回は、奈良県立医科大学の事例から、ブランド構築のポイントを考えます。

奈良医大の取り組み

出典: Wikipedia

地方の単科医科大学である奈良県立医科大学が、ブランド力と研究・教育力を高める活動に注力しています (参考情報: 書籍 「挑戦する人か、文句を言う人か - 奈良医大 7883 日の奮闘と大改革 (細井裕司) 」 ) 。

背景

取り組みの背景にあるのは、地方立地による知名度・人材確保の不利、少子化、研究医離れといった構造課題でした。従来の延長線では大学の将来が描けないという危機感が、改革の起点となります。

奈良医大が選んだ戦略は、「実力のある総合大学と連携することで奈良医大の存在価値を高める」 というものでした。

そこで注目したのは早稲田大学です。

早稲田は理工系の研究力に優れるだけでなく、社会科学や人文学の厚みもあり、歴代の首相や名だたる大企業トップを多数輩出してきた大学です。日本屈指の総合大学で、旧帝国大学プラス早慶・筑波のうち、医学部を持たないのが早稲田だけでした。

もし早稲田の総合力と奈良医大の医学を結びつけることができれば、研究、教育、社会貢献などの実力を何段も高めることができるのではないか、と考えたわけです。早稲田はトップ大学の中で唯一、奈良医大と相互補完ができる関係にあると見立てました。

2008 年に両大学は包括連携協定を締結。共同授業・共同研究・人材交流へと発展していきました。注目すべきは、この連携を実現したのが当時の一教授だったという点です。立場や組織の壁を越えて、早稲田大学の総長に直接構想を提案し、実現に導きました。

連携の成果

両大学の連携からの具体的な成果は大きく 2 つです。

1 つ目は教育の進化です。奈良医大に在籍しながら早稲田での世界水準の工学教育に触れる環境を実現しました。

医学生は工学系の授業を、早稲田の工学部の学生は医学系の授業をと、互いに異なる専門分野の講義を一緒に受講し、議論を交わす貴重な場となりました。学生たちは医学と工学の共同授業や研究室実習を通じて、多様な視点を獲得できます。

2 つ目は研究医養成コースの新設です。文部科学省の制度を活用し、早稲田大学・関西医科大学との三者連携で 「基礎医学・社会医学系研究医養成コース」 を設置。研究医不足という国家的課題にも応える仕組みを構築しました。

ブランディングへの示唆

奈良医大の話は、大学経営の事例であると同時に、「限られた資源の中で、どうやって存在価値を再定義するか」 というブランディングへの示唆を与えてくれます。

ブランディングの起点は「コンセプトの体験設計」 

ブランディングというと、ロゴ、キャッチコピー、広告表現の刷新のことというイメージが強いことでしょう。これらもブランディング活動の一部ですが、ブランド構築にはもっと多用な側面があります。

お客さん、この事例なら受験生、在学生や教職員、さらには地域社会が 「そのブランドらしさ」 を理解するのは、接触する 「顧客体験」 の中です。

奈良医大は、「早稲田と連携する」 という宣言を、体験に落としました。

たとえば、包括連携協定の後に実際に開講された共同授業 「先端放射線医療工学」 では、医学生と工学系学生が同じ場で学び、議論する機会をつくりました。

さらに、奈良医大の学生が早稲田の研究室で実習できたり、学年が上がると人工臓器やロボット工学の講義も受けられるなど、病院職員向けにも講演を行い、学びが医療現場にまで波及しました。これは、奈良医大が打ち出した早稲田との連携を形式だけでとどめず、「顧客体験の束」 に変換した状態です。

早稲田という総合大学の知を医学に接続して、奈良医大の教育・研究・現場の厚みを増すという価値が、言葉で伝えられるだけではなく、体験として染み込むように設計されているわけです。

マーケターにとっての汎用的な学びのひとつはここです。

ブランドコンセプトを考えたら、それを 「何を見たらそれが体験できるのか」 「何を体験したらコンセプトが伝わるのか」 に翻訳することの重要性です。つまり、「どんな行動が起きれば、コンセプトが実感されるのか」、「どんな接点の連鎖があれば、生活者の頭の中で意味が立ち上がるのか」 を先に設計してしまうのです。

インナーブランディングとアウターブランディングの相互強化ループ

奈良医大の取り組みで注目したいのは、インナーブランディングです。

インナーとは内部のことで、この事例の場合は大学内へのブランディング活動を指します。

2008 年の早稲田総長への直談判の時点から、奈良医大の学長の了解を得ていました。その後、「優秀な学生を失う」 という反対が起きた際には、奈良医大は 「医学と工学の人材連携の意味と価値」 を粘り強く説明し、理解者を増やしていきました。

また、研究医養成コース設置では、締め切り数日前の土壇場で関西医科大学の協力を取り付けるなど、関係者の賛同を積み上げています。

一方、外部に展開するアウターブランディングでは、共同授業や研究医養成コースという目に見える連携が次々と形になり、大学の外にも連携の成果が発信されました。

興味深いのは、インナーとアウターが分断されていない点です。

アウターブランディングの実績が、さらに学内部の賛同を強固にし、次の取り組みへの推進力となる。共同授業が形になれば、学生や教員の納得感や誇りが生まれる。納得と誇りが育てば、次の施策が回りやすくなる。施策が増えるほど、外部からの評価や期待が高まり、内部の自信と推進力がまた強化される。

こうしたサイクルが 「奈良医大 = 先進的な医大」 というブランドイメージを、内外に浸透させていくことでしょう。

ここから学べるのは、ブランディングはアウターの外向きの施策だけでは機能しないということです。

インナーという内部に構想を理解し実行する人がいて初めて、外部での体験が一貫性を持ちます。そして外部での成果が、再び内部のモチベーションと理解を深められるわけです。インナーとアウターの相互強化のループをいかに設計するかが、ブランド構築の成否を分けます。

マーケター視点の汎用化をすると、こう言えます。

  • 外向きのブランド表現は、内側の納得や協力がなければ続かない
  • 内側の共感や誇りは、外向きの成果が出るとさらに強くなる
  • だからこそ、両者を同時に設計し、小さくでも外に出る成果を早くつくってループを回すことが大事

ブランディングは、社内向けの言葉と外部の顧客向けのメッセージを別物として管理するといずれ止まってしまうことでしょう。内外が噛み合って循環する設計と実現が、ブランドづくりのポイントです。

一貫した世界観が生む 「らしさ」 

ブランドができるのは、本質的にはお客さんの頭の中です。

今回のケースで言えば、受験生や大学生、そして世の中の人たちにとって 「奈良医大って、こういう大学だよね」 という奈良医大特有のイメージができると、奈良医大というブランドは形成されているということです。

そのために必要なのが、顧客接点の 「点」 をつないだ 「総量」 です。

ひとつの派手な施策よりも、あちこちの顧客接点が同じ方向を向いている状態のほうが、強く記憶に残ります。

奈良医大の取り組みは、単発イベントで終わっていません。共同授業があり、研究室実習、学年別講義や、病院職員向け講演もあれば、研究医養成コースも用意されています。こうした顧客接点が増えるほど 「奈良医大を体験できる機会」 が自ずと増加し、体験を通して奈良医大へのイメージ像が、繰り返し上書きされていくわけです。

ここで重要なのは、世界観の統一とは 「同じコピーを貼ること」 ではないという点です。世界観が統一されている状態とは、違う接点で何度触れても同じ世界観や意味が伝わってくるという状態です。これが結果的に、そのブランドらしさを生み出すのです。

マーケターが応用するなら、こういう設計になります。

  • ブランドコンセプトが、複数の接点で同じ意味として体験されるようにする
  • 点としてバラバラの施策ではなく、顧客接点で連鎖する設計を組む
  • そこに、現場の熱量が伝わるようにする。実装し継続し反復される状態をつくる

お客さんの記憶に残るのは、きれいな言葉よりも 「何度も体験した世界観の一貫性」 です。これがブランドをつくります。

まとめ

奈良医大の事例を元にブランディングへの示唆を考えました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • ブランドコンセプトは、言葉を具体的な体験に転換して、お客さんに体験してもらって初めて伝わる。「何を体験したらコンセプトが伝わるか」 を設計することが大事
  • インナーブランディングとアウターブランディングは相互に強化し合う。内部の共感や納得感、誇りに思う気持ちと、外部の顧客への成果を同時に実現することで、持続的なブランドが構築される
  • ブランドは本質的には顧客の頭の中にできるもの。ブランドの 「らしさ」 をつくるためには単発の施策にとどめず、複数の顧客接点での一貫したブランド体験が重要になる
  • 世界観の統一には異なる顧客接点で何度触れても同じ意味やらしさが伝わる状態をつくる