#マーケティング #パーセプションチェンジ #顧客文脈
中高年が楽しむ伝統競技という印象が根強い大相撲が今、10 代の間で人気です。きっかけは動画配信サービス ABEMA の大相撲中継でした。
この事例から、お客さんの価値イメージを書き換える 「パーセプションチェンジ」 を紐解きます。
ABEMA 大相撲
出典: ABEMA
ABEMA では 2018 年の初場所から大相撲中継を配信しています。
最も番付が低い序ノ口から結びの一番まで、すべての取組を 1 日を通して視聴できます。
この ABEMA 大相撲が今、若い世代に支持されています。2025 年 11 月場所では 10 代男女の視聴者数が 2024 年 11 月場所と比べて約 2 倍に増えました。2026 年初場所ではさらにその数が伸びたとのことです。
中高年が見る伝統競技という印象が強かった大相撲で、なぜ若者の視聴が増えたのでしょうか。そこには、お客さんが抱く価値イメージを書き換える 「パーセプションチェンジ」 の仕掛けがありました。
パーセプションチェンジとは
パーセプションとは、お客さんが商品やサービス、あるいはカテゴリーそのものに対して抱いている価値イメージのことです。
この価値イメージを、お客さんにとってどんな価値があるのかという切り口で再定義し、より良い方向へ書き換えていくのがパーセプションチェンジです。
お客さんに魅力的なイメージを持ってもらうには、機能や事実に加えて、それがお客さんの生活にどんな意味を持つのかを具体的に伝えることが大事です。自分の暮らしや価値観と結びつけば、「自分にとってこういう価値がある」 というイメージを持ちやすくなります。その価値イメージが、お客さんに選ばれる理由につながります。
では、ABEMA の大相撲でどのようなパーセプションチェンジが起きたのかを見ていきましょう。
大相撲に対する従来の価値イメージ
ABEMA の仕掛けを見る前に、まずは大相撲が従来どんな価値イメージを持たれていたかを整理します。
中高年が見るものという固定イメージ
大相撲中継は、長年にわたって NHK が放送してきました。夕方のテレビで祖父母が見ている。多くの人にとって、大相撲との接点はそういった光景ではないでしょうか。
大相撲は中高年やシニアが見るものというイメージが強く、若い世代にとっては 「テレビでの大相撲中継はおじいちゃんやおばあちゃんが見るもの」 という印象があったことでしょう。自分が楽しむコンテンツとしては想像しにくく、自分ごとになりにくい存在だったわけです。
スマートさとは対極にある印象
見た目の印象も、若者が距離を感じる一因です。体格のいい男性同士が裸でぶつかり合う競技は、スマートさや洗練を重視する若者の感覚とは結びつきにくいものがあります。
取組前の仕切りに時間がかかり、いつ始まるのか分かりにくい点も、テンポを大事にする若い世代には冗長に映りやすいところです。しきたりや独特の文化、専門用語も分かりにくく、相撲に馴染みのない初心者には敷居が高いと感じる人もいたでしょう。
こうした価値イメージが重なり、タイパやスマートさを重視する若者と大相撲の間には溝がありました。
ABEMA が仕掛けたパーセプションチェンジ
ABEMA はこうした溝を埋めるために、大相撲中継の見せ方と意味づけを変えました。
4 つの仕掛けを順に見ていきましょう。
[仕掛け 1] 初心者の体験価値を再設計する
1 つ目の仕掛けは、初めて見る人でも楽しめるように観戦体験そのものを再設計したことです。
ABEMA 大相撲では、第 66 代横綱・若乃花の花田虎上 (まさる) さんが専属解説として出演しています。タッチペンを使って取組の映像を振り返り、どこが勝敗を分けたのかを視覚的に解説します。映像のどの部分について話しているのかがひと目で分かり、見始めたばかりの人でも見どころを理解しやすい見せ方です。
さらに、相撲芸人のあかつさんを相手に実際の動きを再現するアクション解説も人気です。
出典: 日経クロストレンド
バラエティー番組のような楽しさがあり、相撲の専門知識がなくても技のすごさが伝わります。
ABEMA は、情報の伝え方そのものを初心者にも分かりやすい形に変えました。勝敗のポイントや技のすごさが見えるようになると、観戦の楽しさもつかみやすくなります。
難しい競技という大相撲の価値イメージが、初めてでも楽しめる競技へと書き換わりました。
[仕掛け 2] タイパという若者の文脈への接続
2 つ目の仕掛けは、大相撲の特徴を若者の価値観につなぎ直したことです。
大相撲の取組は、多くが 10 秒程度で決着します。仕切りに時間をかける一方、取組そのものは短時間で決着するのが相撲の特徴です。
この短さは、タイムパフォーマンス (タイパ) を重視する若者と相性のいい特徴です。長時間見続けなくても、一瞬で盛り上がりのピークを味わえます。短時間に熱狂が凝縮されていることが、大相撲の魅力になります。
実際、相撲のライトファンの中には千秋楽だけを見る人もいるそうです。同じ特徴でも、どんな文脈で捉えるかによって受け取り方は変わります。これもパーセプションチェンジです。
[仕掛け 3] 推し活的な観戦スタイルへの転換
3 つ目の仕掛けは、大相撲の見方そのものを広げたことです。
ABEMA 大相撲では取組の合間に力士へのインタビューが配信されます。力士の人柄や日々の努力、技のすごみが自然と伝わる構成です。
若者が大相撲に惹かれるきっかけには、誰を応援するか、その力士にどんな個性や背景があるのかという情報もあります。ABEMA はそうした面を丁寧に見せることによって、力士に感情移入する入口をつくりました。
こうした情報に触れるうちに、体が小さくてもパワーがある力士が好き、気さくなこの力士を応援したい、といった気持ちが生まれます。勝敗を楽しむ観戦に、「自分の推しを見つけて応援する」 という楽しみ方が加わるわけです。
仕掛け 1 の 「初心者の体験価値の再設計」 と、仕掛け 2 の 「タイパ文脈への接続」 で入口が広がり、さらに推しという感情的なつながりが生まれます。すると、一度見て終わるコンテンツから、場所ごとに推しを追いかけたくなるコンテンツへと変わっていきます。自分には遠い存在だった伝統競技というイメージが、推し活できるエンタメへと書き換わったのです。
[仕掛け 4] コメント欄による盛り上がりの共有
4 つ目の仕掛けは、ほかの視聴者と一緒に盛り上がれる観戦体験です。
ABEMA の大相撲では中継画面にコメント欄が表示され、視聴者がリアルタイムで応援コメントを投稿できます。好きな力士への声援や取組の感想が次々と流れ、皆で同じ取組を見ている一体感や臨場感が生まれます。
相撲のおもしろさを他の誰かと分かち合えることも、若い視聴者にとって魅力になります。コメント欄がその受け皿となり、大相撲はみんなで盛り上がるライブ体験として楽しめるようになりました。
ABEMA は、競技そのものに加えて、視聴者同士で熱狂を共有するところまで含めて大相撲の体験価値を広げています。
パーセプションチェンジを成功させるヒント
ここまで、パーセプションチェンジを起こす ABEMA の 4 つの仕掛けを見てきました。ABEMA 大相撲の事例からは、パーセプションチェンジを成功させるヒントも読み取れます。
商品そのものは変えずに意味と見せ方を変えた
土俵の上で力士が戦うという大相撲の競技そのものは昔から変わりません。ABEMA が工夫したのは、見せ方と届け方、そして文脈づくりです。
番組構成、解説スタイル、コメント欄といった要素を通じて、大相撲を推し活、タイパ、仲間との共有体験という若者の価値観につなぎ直しました。
パーセプションチェンジでは、お客さんが 「それが自分にとってどういいのか」 を理解できる形に価値を翻訳し直します。ABEMA は大相撲が持つ魅力を若者の文脈に置き換えたからこそ、「大相撲って意外とイケてる」 という新しい認識が若い世代に生まれたのでしょう。
継続的なコミュニケーションが価値イメージを定着させた
パーセプションチェンジでは、継続的にお客さんとの接点をつくり、新しい価値イメージを少しずつ定着させていくことも大切です。
ABEMA は 2018 年から大相撲中継を続け、解説や力士の見せ方、コメント体験を場所ごとに積み重ねてきました。
こうした接点の積み重ねもあり、2025 年 11 月場所では 10 代男女の視聴者数が前年同場所比で約 2 倍になりました。同じ 2025 年に 8 年ぶりの日本出身新横綱として大の里が誕生したことも、新たに大相撲を見るきっかけになったと考えられます。
お客さんの認識は、何度も接する中で少しずつ変わっていきます。「あれ、思っていたのと違う」 、「これは自分向けかもしれない」 と感じる体験が積み重なると、新しい価値イメージが定着していきます。
価値イメージが古いまま固定されていないか
ABEMA の大相撲中継の事例からは、マーケティングへの示唆が得られます。
既存の商品やカテゴリーが伸び悩んでいるときは、お客さんが持っている価値イメージにも目を向けるといいでしょう。商品に魅力があっても、昔のイメージが残ったままだと、新しいお客さんに価値が伝わりにくいことがあります。大相撲のように、見せ方と意味づけを変えることで、新しい需要につながる可能性があります。
商品やサービスの価値をお客さん目線で再解釈、再編集し、「これなら自分に関係がある」 、「自分にとって魅力的だ」 と思ってもらえる価値イメージをつくる。それがパーセプションチェンジであり、マーケティングの重要な役割です。
まとめ
ABEMA 大相撲中継の事例を取り上げ、パーセプションチェンジについて学べることを見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- パーセプションチェンジとは、お客さんが抱く価値イメージを、お客さん目線で再定義してより良い方向へ書き換えること
- 商品やサービスの見せ方や届け方、文脈づくりを工夫すると、お客さんにとっての意味合いを変えられる
- 機能や事実に加えて、お客さんの生活や価値観の中でどんな意味を持つかに翻訳し直すことが大切
- 新しい価値イメージは、継続的な接点の中で少しずつ定着していく。お客さんに何度も新しい見方を体験してもらうことが大切

