#戦略 #やらないこと #顧客価値
成長する企業は、店舗や商品、取り組みを増やしていきます。
増やしたものが複雑さを生み、お客さんにとっての価値を弱めることもあります。そんなとき、戦略として何を捨てればよいのでしょうか。
今回は 「鰻の成瀬」 の戦略転換から、戦略において 「やらないこと」 を決める意味を考えます。
鰻の成瀬
出典: 鰻の成瀬
鰻の成瀬は、手ごろな価格と短い待ち時間を強みに店舗を広げてきたウナギ専門店チェーンです。鰻の成瀬は 2022 年 9 月、横浜に 1 号店を開きました。
鰻の調理は、職人が長い経験を重ねて身につける技術として知られています。鰻の成瀬は調理の手順を標準化し、職人に頼りきらずに店舗を運営できる仕組みをつくりました。
一般的な鰻専門店では 20 ~ 30 分ほどかかることもある提供時間を、約 10 分に短縮したとしています。非一等地でも出店しやすい低コストの店舗とフランチャイズ方式を組み合わせ、短期間で店舗数を増やしました。
急拡大とメニューの複雑化
鰻の成瀬は 2024 年 3 月に 100 店舗、7 月に 200 店舗へ到達し、その後は 300 店舗を超えました。一方で、急拡大の後には閉店も相次ぎ、店舗数はピーク時の約 380 店から減少しました。
店舗の増減とは別に、商品にも変化がありました。創業時のうな重は、量に応じて選ぶ梅・竹・松の 3 種類でした。
2024 年 8 月には、ウナギの違いを表す並・上・特上と、量を表す梅・竹・松を組み合わせ、うな重を 3 × 3 の 9 種類に増やしました。価格を抑えた商品から国産養殖ウナギを使った商品まで用意し、予算や好みに幅広く応えようとしたのです。
選択肢が増えると、注文前に確認する内容も増えます。お客さんは並・上・特上の違いを理解し、さらに半尾、4 分の 3 尾、1 尾から量を選ぶ必要がありました。
鰻を日常的に食べる人ばかりではありません。気軽にうな重を食べたいお客さんにとって、9 種類の違いは分かりにくく、選ぶ負担につながりました。
2026 年の方針転換
鰻の成瀬は 2026 年 7 月、うな重の基本メニューを梅・竹・松の 3 種類に整理しました。価格は梅が 1900 円、竹が 2500 円、松が 2900 円です。
出典: 日経クロストレンド
新しいメニューでは、梅・竹・松の 3 段階から、価格や食べたい量に合わせて選べます。9 種類を細かく比べる手間を減らし、初めて来た人にも伝わりやすい品ぞろえに改めました。
事業面では、店舗数だけを追う成長から、出店の効率や各店舗の収益性にも目を向ける段階に入っています。新たな親会社は、標準化された店舗運営を土台に、業務の効率化や店舗収益性の向上を掲げています。
出店を続けながら、1 店ごとの運営も整える方針です。鰻の成瀬は、事業と商品の二つのレイヤーで、増やすことを優先してきた状態を見直しています。
鰻の成瀬の戦略転換
ここからは、鰻の成瀬の動きを戦略という視点で読み解きます。
戦略とは何か
戦略とは、目的を達成するために決めた、やることとやらないことの方針です。
企業が使える人、資金、時間には限りがあります。多くの顧客に応えようとして、商品や施策を次々と増やせば、経営資源が分散します。
やることを決めるだけでは、以前から続けている仕事が残ります。新しい施策が加わるたびに、現場の手間や管理する項目が積み上がり、どこに力を注ぐのかも分かりにくくなります。
そこで、戦略では何を捨てるかまで決めます。限られた経営資源を、高めたい顧客価値につながる活動へ集中させるためです。
捨てる対象は、失敗した仕事だけとは限りません。以前は成長に役立った商品や仕組みでも、環境や事業の段階が変われば、顧客価値を弱める要因になることがあります。
鰻の成瀬の事例では、事業戦略と商品戦略を分けて見ると、何を残し、何を捨てようとしたのかが見えやすくなります。鰻の成瀬は、事業の運営と商品の品ぞろえで、それぞれ異なる戦略判断を行いました。
事業戦略におけるシンプル化
事業戦略では、どのような仕組みで事業を続け、成長させるかを決めます。鰻の成瀬が短期間で店舗を広げられた理由には、低コストの出店、職人を必要としない標準化された運営、フランチャイズ方式がありました。
この仕組みは店舗数を増やす場面で力を発揮しました。ただし、店舗が増えれば、加盟店への支援、品質の管理、仕入れ、集客など、本部が担う仕事も増えます。
店舗数の拡大が速すぎると、各店舗の売上や利益を整える前に次の出店が進みます。店舗ごとの状況に目が届きにくくなり、チェーン全体の安定も損なわれます。
鰻の成瀬の事業戦略は、出店数だけを優先する考え方を捨て、出店の効率と店舗の収益性を一緒に高める方向へ進もうとしていると捉えられます。
事業を広げることは続けます。そのうえで、再現しにくい運営や、店舗の収益を置き去りにする拡大を避け、標準化された仕組みに経営資源を集めます。
お客さんにとっては、店舗の内側の話だけではありません。運営が安定すれば、どの店でも一定の品質を期待しやすくなり、短い待ち時間や手ごろな価格も維持され、顧客価値につながります。
商品戦略におけるシンプル化
商品戦略では、誰に何を提供し、どのような品ぞろえにするかを決めます。
9 種類のうな重は、異なる予算や好みに応える商品でした。ウナギの種類と量を細かく組み合わせれば、多様な希望を叶えられます。
一方、お客さんが感じる価値は、選択肢の数だけで決まりません。違いを理解する手間や、注文を決めるまでの迷いも、お店での顧客体験に含まれます。
鰻の成瀬が 3 種類に絞った判断では、6 種類の商品を捨てました。多くの要望に個別の商品で応える方針を見直し、分かりやすさと選びやすさを優先したのです。
品ぞろえを減らすと、店員が説明する内容も短くなります。注文の間違いを抑えやすく、仕入れや在庫の管理も簡潔になります。店舗側の運営が整えば、お客さんを待たせずに商品を出すという価値にもつながります。
商品を捨てる判断には不安が伴います。選ばなくなった商品にも購入者がいて、売上を失う可能性があるからです。
何でも残せば店の特徴がぼやけます。鰻の成瀬は、細かな選択肢よりも、気軽に入り、迷わず選び、手ごろな価格でうな重を楽しめる顧客体験へ力を注ぐことを決めたのです。
二つの戦略を俯瞰して学べること
事業戦略と商品戦略を並べると、異なる点と共通する判断の両方が見えてきます。
戦略ごとに高める顧客価値は異なる
事業戦略と商品戦略では、判断する対象が違います。高めようとする顧客価値も同じではありません。
事業戦略では、店舗運営、調理、仕入れ、出店など、事業を動かす仕組みを扱います。鰻の成瀬では、再現しやすい運営を整え、品質、提供時間、価格を安定させることが、お客さんへの価値につながります。
商品戦略で扱うのは、商品内容や品ぞろえです。3 種類に整理したメニューは、違いを理解しやすくし、予算や食べたい量に応じて選びやすくする価値を生みます。
同じ企業の中でも、戦略のレイヤーが変われば、何を決めるかも、お客さんに提供する価値も変わります。戦略を考えるときは、各レイヤーで高めたい顧客価値を具体的にする必要があります。
顧客価値のために 「やらないこと」 を決める
鰻の成瀬は事業戦略と商品戦略の二つのそれぞれで、顧客価値を高めるために 「やらないこと」 を決めました。
事業戦略では、店舗数だけを優先して拡大する考え方を捨てました。商品戦略では、幅広い要望に応えるために増やした 9 種類の品ぞろえをやらないことと決断しました。
やらないこととして決めた内容は違っても、判断の順序は共通しています。高めたい顧客価値を決め、その価値への貢献が小さいものや、かえって価値を弱めているものを手放します。
シンプル化は、数を減らせば完了する取り組みではありません。減らした後に、以前より高い顧客価値を届けられるかが大事です。
戦略を見直す場面では、続けてきた活動を前提に置かず、どの顧客価値につながっているかを問い直すとよいでしょう。目的への貢献が薄いものを捨てれば、人や資金、時間を残すべき活動に振り向けられます。
何を増やすかは考えやすい問いです。何を捨てるかには決断が要ります。捨てることによって、企業が選んだ顧客と価値がはっきりし、戦略が実行しやすくなります。戦略の肝は 「何をやらないか」 です。
まとめ
鰻の成瀬の事例を取り上げ、戦略から学べることを見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 戦略とは、目的を達成するために、やることとやらないことを決める方針
- 戦略の肝は、何を捨てるかを決めることにある。限られた経営資源を、高めたい顧客価値につながる活動へ集中させる
- 事業戦略や商品戦略など、レイヤーごとに高めたい顧客価値と、そのために捨てるものを具体的にする
- 成長の過程で増やした商品や取り組みが、今も顧客価値につながっているかを確かめるといい。以前は役立ったものでも、価値を弱めているなら手放す
- シンプル化では、お客さんへの価値が以前より高まるかを判断基準にする。何を残し、何を捨てるかを選び、残したものを磨き続ける

