投稿日 2024/08/20

サントリー プレモル。生活者の “あるある” を発掘し、共感を生むマーケティング (ブランドモーメントフィット)

#マーケティング #顧客インサイト #価値提案

お客さんが本当に欲しているものは何でしょうか?

ビジネスの世界では、表面的なニーズを超えた奥にある望みや本音を見つけ出し、その望みを叶えることでお客さんの高い満足につながります。

今回は、サントリーの 「ザ・プレミアム・モルツ」 のマーケティング事例を取り上げ、顧客インサイトに響く価値提案の秘訣を解説します。

ターゲット顧客の心の奥に潜む 「あるある」 をどう見つけ、どのように活用すればいいのか。その扉を開くカギをぜひ一緒に解き明かしていきましょう。

プレミアムモルツの Web 動画


ご紹介したいのは、サントリー 「ザ・プレミアム・モルツ」 の Web 動画です。

話題を呼んだ Web 動画

Web 動画は3つのシリーズがあります。

1つ目は、2023年7月に公開された "育児のあるある" をテーマにした 「無言の父たち」 篇です。


2024年2月には "飲みにまつわる先輩の葛藤" を描いた 「飲みに誘うのムズすぎ問題」 篇が公開されました。


会社で一緒に仕事をすることになった後輩と早く仲良くなりたい、飲みに行きたいけど誘っていいのかと悩む先輩の心の葛藤を描いています。

この動画を掲載した2月28日のサントリーの公式 X のポストは、リポスト4800以上、いいね1.6万以上、1351万表示以上 (4月8日時点) と反響を呼び、話題を集めました (参考記事) 。

ワークライフアクティブ層の "あるある" を描写

2024年3月25日からは Web 動画 「気づかい仕事人」 篇が始まりました。


動画で描かれた気づかいとは、訪問先のお客さんとの打ち合わせで出された飲み物を残さずに飲み干したり、道の落とし物を持ち主が見つけやすいように分かりやすい場所に置いてあげたり、名刺交換後に自分しか見ないアドレス帳の相手の名前登録には必ず 「さん付け」 をする、エレベーターから自分が最後に出るときは閉ボタンを押すなど、細かい気づかいをする人の日常を取り上げています。

そして最後に、1日の最後にいいことをした自分へのごぼうびとしてプレモルを飲みながら、自分だけの開放的な世界を楽しむという内容です。

先ほどの後輩と仲良くなる状況をとらえた 「飲みに誘うのムズすぎ問題」 篇とともに、「気づかい仕事人」 篇の動画も 「あるある過ぎて笑える」 「まるで自分を見ているみたい」 などの共感を集めたことでしょう。

日常の "あるある" を描いた狙い

サントリーのプレモルは "プレミアム" と冠するブランドですが、なぜ Web 動画で 「生活者の身近なあるある」 を立て続けに打ち出しているのでしょうか?

シリーズ第二弾の 「飲みに誘うのムズすぎ問題」 篇の企画では、サントリーはワークライフアクティブ層がどのような悩みを持っているのか、どんなシーンで課題があるのかをいろいろと列挙していきました。

すると、「ハラスメントについて意識の高まりが見られる時代に、後輩を飲みに誘っていいのか」 という "あるある" な悩みが浮上し、Web 動画のテーマに決まったとのことです (参考記事) 。

サントリーが Web 動画を制作するにあたって大事にしたのは、動画を見る人がどう感じるか意識しつつ、「プレモルがあるといいと思う気分になれるか」 や 「ブランドの世界観とズレがないか」 でした。

単に "あるある" なエピソードをおもしろおかしく動画にして伝えるのではなく、そこに一緒にプレモルがなければならないという設計を重視しました。

実際に、「飲みに誘うのムズすぎ問題」 篇の動画の中では、先輩と後輩の2人がチームとして協力し合い、競合プレゼンに成功したという達成感の後で、今まで何度も飲みに誘おうとしても言い出せずにいた先輩が、ついに後輩と一緒に飲みに行くことになります。そして最後にプレモルで乾杯するという内容です。「いいことがあったからプレモルを飲もう」 というシチュエーションに仕上がっています。

Web 動画を見ている視聴者は、果たして先輩と後輩は一緒に飲みに行くことができるのか、ハラハラしながら2人を見守る気分になり、最後にストーリー内で行き着いた乾杯のシーンを見て、自分もプレモルを飲みたいという気持ちになることでしょう。

ビールを飲むシーンは最後に少しだけ

プレモルの Web 動画では、プレモルの CM にもかかわらずプレモルそのものや飲むシーンが映る時間が最後に少しだけしか登場しません。

ここにサントリーの意図が見て取れます。動画を見た人に共感してもらうために、プレモルという自社の広告商品を押し付けがましく映さず、それでいてプレモルが最後にないと動画のストーリーとして完成しないという絶妙なバランス感があります。

Web 動画で描いた日常の “あるある” に共感をしてもらいつつ、プレモルの飲用シーンをあえて最後にもってくることで、見た人にプレモルを飲みたくなる気分にさせることを狙っています。

学べること


ではサントリーのプレモルのマーケティングコミュニケーションから、学べることを掘り下げていきましょう。

プレモルのシリーズ Web 動画は、生活者の日常に根ざした "あるある" という 「顧客インサイト」 を巧みに活用しています。この事例は、お客さんからの共感を呼び、ブランドへの好意と購買行動へとつながるストーリーテリングの優れたアプローチとして示唆を与えてくれます。

絶妙なインサイト (あるある) の発掘と描写

Web 動画では日常生活の "あるある" が自然に切り取られ、動画のストーリーで示されることで、視聴者は思わず気に留め見てしまいます。

プレモルが選んだ日常のあるあるのシーンとは、たとえば、職場での新しく配属された後輩を飲みに誘いたいけどなかなか言いだせない葛藤や、日常の色々な場面で人に気づかれることなくても小さな気づいをやってしまうことです。

これらのあるあるは、見せられたり言われて初めて 「あ、確かに。これって自分にもある!」 と思われる塩梅になっているのが秀逸です。

ブランドの世界観との合致

ビジネスの観点で、こうしたインサイトの発掘で重要なのは、"あるあるなシーン" がブランドの世界観に合っていること、そして狙う態度変容や行動変容につながることです。

プレモルの場合、Web CM 動画の各エピソードは、「プレモルは日々の小さな幸せやねぎらいの瞬間に存在するもの」 というメッセージとつなげるものです。

たとえば、飲食店での先輩と後輩の仕事での成功を祝うシーンや、良いことをした日の家でのリラックスした晩酌のシーンでは、プレモルがその時の一部として自然に溶け込んでいます。

このように、サントリーのプレミアムモルツ全体のブランドとしての世界観にフィットし、インサイトにもとづいた 「あるあるのストーリー」 を見せた後にプレモルを飲むシーンを見せることによって、プレモルのことを思い出してもらえたり、飲みたくなる行動につなげることが大事なのです。

インサイトにもとづく価値提案

プレモルのアプローチの根幹には、ターゲットとする顧客層を明確にし、お客さんが共感するであろう顧客インサイトを捉え、インサイトに響く商品の価値提案があります。

全体的な流れを整理すると、

  1. ターゲットとするお客さんを具体的に定める
  2. ターゲット顧客が心の奥に持っているだろう 「見せられれば共感できる “あるある" (顧客インサイト) 」 を発掘する
  3. 顧客インサイトにもとづいた商品の顧客価値を定義する
  4. ストーリーをつくり、商品を提案し、インサイトへの共感から態度変容や行動変容につなげる


この流れは、ターゲット顧客の 「あるある (インサイト) 」 を掘り下げることから始まり、インサイトを通じてブランドの提供する価値を再定義し、お客さんに受け入れられるストーリーとして展開されます。

その結果、単なる商品提案を超え、お客さんの日常生活に溶け込むブランド体験を生み出すことにつながります。

マーケティングの起点になるは、顧客設定とインサイトまでの深い顧客理解です。

そして、見出した顧客文脈にフィットする商品提案と価値訴求を行っていきます。

まとめ


今回はサントリーの 「ザ・プレミアム・モルツ」 のマーケティングコミュニケーションから、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ 顧客インサイトにもとづく価値提案
  1. ターゲットとするお客さんを具体的に定める
  2. ターゲット顧客が心の奥に持っているだろう 「顧客インサイト」 を発掘する
  3. インサイトがブランドの世界観に合っているか、態度変容や行動変容を起こせるを確認する
  4. 顧客インサイトにもとづいた商品の顧客価値を定義する
  5. ストーリーをつくり商品を提案し、インサイトへの共感から態度変容や行動変容につなげる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。