今回のキーワードは 「トレードマーケティング」 です。
小売 (特にバイヤー) やショッパー (買いもの客) の心理を洞察し、インサイトをもとに商品の 「買い求めやすさ」 を最大限に高めることが、今日の競争の激しい市場で成功するカギを握ります。
しかし、実際にこのポテンシャルを十分に活かせている企業は多くはないでしょう。
今回は、トレードマーケティングの概念を解き明かし、実践への具体的なステップを1冊の本からご紹介します。
書籍 「トレードマーケティング - 売場で勝つための4つの実践 (井本悠樹) 」 から、トレードマーケティングに光を当て、実践するためのヒントを紐解きます。
本書の概要
この本は、日本初の 「トレードマーケティング」 の解説書です。
トレードマーケティングについて、
- トレードマーケティングとは何か
- なぜトレードマーケティングが重要なのか
- トレードマーケティングをどう実践するか (思考や姿勢も含めて)
このように What, Why, How の3つで体系立てて説明されています。
著者の井本さんの 「日本の今のトレードマーケティングへの問題意識」 が根底にあり、過去の焼き直しはもはや通用しないのにもかかわらず、メーカーと小売の流通の現場では 「経験ベース」 のアプローチが普通にされていると指摘します。
それに対して本書が提示するのは 「インサイトベース」 のトレードマーケティングです。
インサイトとは日本語に直訳すると洞察ですが、マーケティングの文脈では態度や行動に影響を与える潜在的な思考や感情です。潜在ニーズよりもさらに奥にある深層心理です。
トレードマーケティングで捉えるインサイトは大きく2つあり、後ほど詳しく見ていきますが、お店への来店者の 「ショッパーインサイト」 と、小売で商品仕入れを担当するバイヤーの 「バイヤーインサイト」 です。
トレードマーケティングは、メーカー担当者がこの2つのインサイトを発掘し、インサイトに響く自社商品の価値をショッパーとバイヤーの両方に示すことで、お店に売ってもらえる状態をつくっていくことです。
トレードマーケティングとは
本書でのトレードマーケティングの定義は、「流通業 (小売業・卸売業) やショッパー (購買者) を対象とし、ビジネスバリューチェーンや売場基点での自社商品の需要拡大を実現すること」 です。
インサイト、4C 、フィジカルアベイラビリティ
小売・ショッパーのニーズやインサイトを言語化、定量化し、インサイトにもとづく、4C 領域 (配荷, 棚割り, 価格, 店頭販促) における戦略・アイデアによって、フィジカル・アベイラビリティ (買い求めやすさ) を最大化するのがトレードマーケティングです。
一般的に 「販促」 と呼ばれている様々な活動は、このトレードマーケティングの具体的な戦術の1つに含まれます。トレードマーケティングによって、小売業からの仕入れ需要を促進したり、来店したショッパーの店頭需要を喚起します。
本書で印象的だったのは、トレードマーケティングは 「商品とショッパーをつなげる架け橋となる」 という捉え方でした。DtoC ブランドなど直接消費者に販売しているブランドではなく、オフラインの実店舗での販売が主体のブランドであれば、トレードマーケティングが 「唯一の架け橋」 になれると。
対比としてのブランドマーケティング
ちなみに、トレードマーケティングと対になるのがブランドマーケティングです。
ブランドマーケティングとは、消費者のニーズやインサイトを言語化、定量化し、それにもとづく、4P 領域 (商品, 販売チャネル, 価格, 広告・販促) における戦略・アイデアによって、メンタル・アベイラビリティ (思い出してもらいやすさ) を最大化することと、この本では定義しています。
トレードマーケティングで重要なインサイトの発掘
トレードマーケティングでは、バイヤーが抱えているカテゴリー課題に向き合います。
バイヤーの課題に対し、「自社ブランドが持つカテゴリー売上や成長への価値を見出し、ショッパーの課題感を解消する」 ための戦略・アイデアを提供していきます。
バイヤーインサイトとショッパーインサイト
ここで重要になるのが 「インサイト」 です。インサイトとは購入しようと意思決定するにあたっての無意識での判断軸のことです。
優秀なトレードマーケターは 「経験則プランニング」 から脱却し、 常にバイヤーの隠れた無意識的な判断軸である 「バイヤーインサイト」 や、来店客の欲しいと思えるトリガーとなる 「ショッパーインサイト」 の変化を正しく捉えます。
バイヤーインサイトとショッパーインサイトを理解し、柔軟に流通戦略や新しいアイデアを構築する 「インサイトベースプランニング」 を実行できる人が優秀なトレードマーケターなのです。
いかなる状況においても、バイヤーとショッパーを動かす 「セリングストーリー」 をつくり、結果として 4P と 4C の改善によるフィジカル・アベイラビリティの最大化を実現します。
「売りたいか」 と 「売れるのか」
バイヤーのインサイトには2軸あります。「売りたいか」 と 「売れるのか」 です。
前者の 「売りたいか」 とは、バイヤーがこの商品を売りたいと思えることです。バイヤーが抱える課題や困りごとを解決してくれると期待できる要素です。
一方の 「売れるのか」 は、消費者である購買者のショッパーが買いたくなる要因です。ショッパーが店頭で手に取ると信じるに足る理由があることが大事です。
売れるのかの証明には、商品力、企画力 (マーケティングや販促) 、データや調査からのファクトの提示、消費者やショッパーのインサイトの言語化と一般化がポイントになります。
バイヤーインサイトである 「売りたいか」 と 「売れるのか」 は市場環境によって変わり続けます。ビジネス環境、消費者・ショッパーの変化、小売業の置かれた状況、担当者の課題などによって影響を受けるのが、バイヤーの中に存在するインサイトだからです。
バイヤーの思考
バイヤーは、頭の中で無意識的にも売上の分解を考えています。
売上は客数と客単価に分けられますが、バイヤーの思考は、客数である 「カテゴリー客数の増加」 、客単価となる 「来店頻度や購入頻度」 、「商品単価やカテゴリー単価」 の向上につながるかを考えています。
単純な 「売上自体」 への課題感というよりも、 売上の構成要素である 「カテゴリー客数」 「カテゴリー客単価」 や、場合によってはそれぞれをさらに分解した 「来店者数」 と 「カテゴリー購入率」 、「カテゴリー購入数量」 と 「カテゴリー平均単価」 に紐づく課題感として頭の中で存在しているわけです。
これらの課題というのは、特定の商品やブランド単体ではなく、あくまで 「カテゴリー全体視点」 での課題感です。よって、あるブランドの販売増によってそのブランドの購入数量が伸びたとしても、カテゴリー全体で数量の伸長が見られなかったり、(価格が安いブランドであったため) カテゴリー全体の売上が下がれば、それはバイヤーにとっての売上課題の払拭にはならないのです。
整理をすると、
- バイヤーにとっての売上は、ブランド単体の売上ではなくカテゴリー売上
- カテゴリー売上の課題感とは 「売上それ自体」 というよりも、「カテゴリー客数」 「カテゴリー客単価」 への課題感
そこで、売上課題に対するバイヤーの 「売りたいか」 をメーカー担当者 (トレードマーケター) が満たすためには、「カテゴリー客数」 や 「カテゴリー客単価」 が上昇するという期待感を醸成するような訴求が必要になります。
トレードマーケティングの企画
では、トレードマーケティングを実践していくためのポイントを見ていきましょう。
ビジネスレビュー
最初に行うのは 「ビジネスレビュー」 です。
ビジネスレビューでは、大きく3つのことをやります。カテゴリーレビュー、自社レビュー、店頭レビューです。
- カテゴリーレビューから、「カテゴリー成長戦略」 および 「売上拡大に寄与する打ち手」 を抽出する
- 自社レビューから、「自社のカテゴリー価値 (強み) 」 を抽出する
- 店頭レビューから、自社のフィジカル・アベイラビリティを最大化するための 「バイヤーインサイト」 を抽出する
ビジネスレビューにもとづいて、トレードマーケティングの戦略をつくります。
バイヤーの課題解決の期待に応える 「売りたいか」 と、ショッパーインサイトにもとづく 「売れるのか」 を示すために、自社商品のカテゴリーでの強みをかけあわせて、バイヤーインサイトに刺さる Win-Win の企画をつくります。
企画立案の順番は、まず 「Where to play (どこで戦うのか) 」 という戦場を明確にし、その後で 「How to win (どうやって勝つか) 」 に入っていくといいでしょう。
セリングストーリー
戦略という大きなトレードマーケティングの方針ができれば、具体的なアクションに落とし込んでいきます。
本書ではこのプロセスを 「セリングストーリー」 と表現します。
- まず 「カテゴリー成長戦略」 をバイヤー伝え、中長期的な課題と解決の方向性を共有する (課題感の認識合わせ)
- カテゴリー売上向上につながる自社ブランドの価値 (強み) から、自社ブランドを販売することによるバイヤーの課題解決への期待感を醸成することでバイヤーの 「売りたいか」 を満たす
- 消費者・ショッパーインサイトにもとづく、自社ブランドの 「売れるのか」 のプランを見せることによって期待感を確信に変える
セリングストーリーの全体像は 「課題感の認識合わせ → 売りたいかへの提案 → 売れるへの確信」 という流れです。
相手 (バイヤー) の 「自分ごと化」 を促すために重要なのは1点目の 「課題感の認識合わせ」 と、2点目の 「売りたいか」 です。
営業部へのインサイトにも配慮する
セリングストーリーの中には、バイヤー (商品部) が持つ 「 (小売企業内の) 営業部へのインサイト」 を満たす訴求も重要です。
- 店頭展開において、売上を最大化するための 「展開の実現ポイント」 はどこかを明確に示す
- 販促物を設置する背景 (ショッパーインサイト) や、その想定効果を明示する
- 営業部のオペレーション効率化に貢献できるポイントを、セリングストーリーでプランに入れる。たとえば、新発売時の立ち上げラウンダーや、什器と商品が同梱されたセット商品の発売とするなど
これらの店頭における業務効率化や売上増加につながるロジック、その意図を商品部に所属するバイヤーに共有することで、小売企業内の商品部と営業部の “不” を生じさせない提案をするといいでしょう。
まとめ
今回は、書籍 「トレードマーケティング - 売場で勝つための4つの実践 (井本悠樹) 」 をご紹介し、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- トレードマーケティングは、小売・ショッパーのニーズやインサイトを言語化、定量化し、インサイトにもとづく、4C 領域 (配荷, 棚割り, 価格, 店頭販促) における戦略・アイデアによって、フィジカル・アベイラビリティ (買い求めやすさ) を最大化する
- トレードマーケティングは商品とショッパーをつなげる架け橋となる
- 流通業やショッパーを対象に自社商品の需要拡大を目指す
✓ インサイトにもとづいた価値提案
- トレードマーケティングでは、バイヤーとショッパーのインサイトを発掘し、インサイトをもとに戦略やアイデアを構築する
- インサイトとは、購入意思決定を無意識に導く思考や感情
- バイヤーインサイトとショッパーインサイトを発掘し、バイヤーやショッパーの課題を解決し、カテゴリーの売上や成長に貢献する価値を提供する
✓ トレードマーケティングの実践
- トレードマーケティングの企画は、まずビジネスレビューを通じて、カテゴリーの成長戦略や売上拡大に寄与する打ち手を明らかにし、自社のカテゴリーにおける強みやバイヤーインサイトを抽出する
- 次にバイヤーの期待に応える 「売りたいか」 とショッパーインサイトにもとづく 「売れるのか」 を踏まえた上で Win-Win の企画を作成する
- セリングストーリーでは、ショッパーやバイヤー自身、営業部へのインサイトを考慮し、全体としての業務効率化や売上増加を目指す
「トレードマーケティング - 売場で勝つための4つの実践 (井本悠樹) 」 は、マーケティングの中でも日本では十分に体系化されていなかったトレードマーケティングについて、いち早く学ぶことができる入門書です。
トレードマーケティングとは何か、なぜ重要なのか、どう実践するかが学べます。よかったらぜひ手にとって読んでみてください。
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。
こちらから登録をしていただくとマーケティングレターが週1回で届きます。もし違うなと感じたらすぐ解約いただいて OK です。ぜひレターも登録して読んでみてください!