投稿日 2025/04/05

JAL 系 LCC の 「ZIPAIR」 。お客さんの "不" を丸ごと引き受けての価値創出

#マーケティング #顧客の不 #価値提供

お客さんが感じている 「不」 は何でしょうか?

お客さんのペインポイントを発見し、解決することができれば、ビジネスの新たなチャンスをつかむことができます。自社の強みを活かし、お客さんの不を 「丸ごと引き受ける姿勢」 が、価値創造につながります。

今回は、訪日客の不を解消した ZIPAIR (ジップエア) の事例から、お客さんの課題にどのように向き合い、顧客価値を最大化できるのかを解説します。

和牛を手土産で持ち帰れる訪日客向けサービス



JAL 系の LCC (格安航空会社) である ZIPAIR Tokyo (ジップエア トーキョー) は、海外のお客さんが和牛を手土産として持ち帰ることができる日本初のサービスを展開しています。

2024年1月から開始されたこの和牛のお土産購入サービスは、ZIPAIR の EC サイトで和牛を注文するだけで済みます。お客さんは複雑な輸出検疫手続きや保管・梱包をすべて ZIPAIR に任せることができ、購入者は簡単に自国に持ち帰られるので便利です。

どういった仕組みになっているかと言うと、まず JA 全農ミートフーズが和牛を調達し、その後に JAL カーゴが成田空港にて保管します。

お客さんからの注文が入ると、成田空港で梱包・書類手続きが行われ、搭乗前に手荷物として預け入れができるようになります。冷凍状態が保たれた和牛は、到着先でも品質が保証されており、安心して受け取れます。

例えば、和牛 1.2kg が3万7700円で販売されているアメリカ向け商品は、海外で同じ肉を同量買う場合と比べて2 ~ 3割安く購入できます。

ZIPAIR は、訪日観光客のお土産購入や保管、旅行中の持ち運びの負担を軽減することで、その分を日本滞在中の観光、食事や買い物などの時間を充てるという価値をもたらします。

学べること


では、今回の ZIPAIR の事例から得られる学びを掘り下げていきましょう。

学べるのは、お客さんが抱える "不" を自分たちが丸ごと引き受けることによって、ビジネスチャンスを生み出せるということです。

お客さんの 「不」 を見つける

ビジネスの成否を分ける最初の一歩は、お客さんが抱える 「不」 を的確に見つけることです。

ZIPAIR が今回注目したのは、和牛を日本から海外に持ち帰りたいというニーズがある一方で、海外からの訪日観光客が旅行中に直面する困りごとです。この 「不」 には、知識、手間、設備の3つの要素が含まれていました。

1つ目は、輸出検疫手続きや食肉衛生証明書の取得方法など、一般の人は専門的な知識を持っていないことです。業者でない限り、普通の旅行者には馴染みのない話です。

2つ目は、手続きの複雑さという問題です。個人が空港で検査や手続きを行うためには多くの工程が必要であり、もしやろうとすると旅行者にとって大きな負担となります。限られた旅行中の日本での滞在期間内でこうした手続きを行うことは現実的ではありません。

そして3つ目として、保冷設備の不足です。食品の鮮度を保つためには特殊な保冷技術が必要であり、これを個人で用意するのはほぼ不可能です。

このように、和牛を海外に持ち帰るという行為に伴うさまざまな 「不」 が存在していますが、それが一般の訪日観光客がすべてを自分ひとりで対応するのは難しい状態でした。企業がお客さんの 「不」 に気づき、解決策をもたらすことが重要だったのです。

お客さんの 「不」 を自分ごと化し、丸ごと引き受ける

ZIPAIR はお客さんの抱えるこうした 「不」 を自社が解決すべき問題と捉え、解決策を全面的に提供する姿勢を取りました。

解決のために不に 「丸ごと対応する仕組み」 を構築しています。具体的には、ZIPAIR は輸出検疫証明書や食肉衛生証明書の取得を代行します。和牛購入のサービス利用者である訪日客は、煩雑な書類手続きから解放されます。

和牛の保管と輸送を円滑に進めるため、ZIPAIR は物流も整備しました。和牛は適切に保管され、注文が入るとすぐに梱包され、冷凍状態を維持して輸送される仕組みが整っています。また、利便性を高めるために空港での受け取りをシンプルにしました。

このように、お客さんの課題を細分化し、それぞれに対して具体的な手を打つことで、お客さんの負担を軽減したのです。

 「不」 の解消が新たな価値創造につながる

注目したいのは、ZIPAIR は航空会社の役割を超えて、旅行者の課題や不の解決のために必要な一連のサービスをすべて引き受けたことです。そして、ZIPAIR がお客さんの 「不」 を解消する過程で、自社の提供価値を新たに定義し直した点です。

お客さんが抱える 「不」 を解消することは、新しい価値の創造につながります。

今回の事例で言えば、訪日観光客が日本の和牛を手土産として持ち帰ることで、自宅でも高品質な日本の食文化を楽しめる日本への旅行後の体験を提供し、また旅行の思い出を家族や友人と共有できるといった、新たな顧客体験が生まれます。

旅行者の立場になれば、日本での旅行滞在中の時間価値を高める恩恵が得られます。通常、旅行者は限られた旅行期間で土産物を探す必要がありますが、空いた時間で EC サイトにてお土産を購入することにより、その時間を観光のお土産選び以外の体験に充てることができます。

航空会社の ZIPAIR にとってもメリットがあります。航空会社の収益モデルは座席数が収益の上限となる中で、和牛の販売は新しい収益源です。ちなみに ZIPAIR の試算によると、1件の和牛販売が約5万円の売上に匹敵するとのことで、和牛販売のサービスは ZIPAIR 収益構造の強化に貢献します。

ブランドとしての差異化にもつながります。他の航空会社が提供していないお客さんにユニークで魅力のあるサービスを用意することによって、ZIPAIR はお客さんに選ばれる航空会社になりえます。

 「不」 を引き受ける姿勢が市場価値を高める

大事なのは、お客さんの 「不」 を捉え、さらに背後に潜むビジネス機会を見つけ出すことです。不がひとまとりで対処するには大きすぎれば、顧客課題を細分化し、問題を解決するための仕組みを自社の専門性やリソースを活かして構築するといいでしょう。

そして何より大切なのは、不を解決することから 「お客さんにとっての価値」 をつくり出すことです。ここがビジネスの成否を分けるカギとなります。

ZIPAIR の事例は、こうしたアプローチが新しい市場価値を生み出すことを示す好例です。このアプローチは、さまざまなビジネス分野でもヒントになります。

まとめ


今回は ZIPAIR が展開する、訪日観光客向けのお土産用の和牛購入サービスを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • お客さんの 「不」 を発見することがビジネスの第一歩。見出した 「不」 を自社の課題として引き受ける姿勢が大切

  • 不を解決する際は、課題を細分化し、自社の強みを活かした仕組みを構築する

  • お客さんの課題をトータルで丸ごと引き受け、問題を解決することが価値創造につながり、自社の市場価値を高める


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。