#マーケティング #新規顧客の獲得 #顧客文脈

どんなブランドも、時間とともに離れていくお客さんが現れるのは避けられません。

だからこそ必要なのが、新しいお客さんとの出会いです。

今回は、動画配信サービス ABEMA の 「ポーカー番組展開」 の事例から、未顧客を獲得する戦略を読み解きます。

ABEMA のポーカー番組への展開

出典: サイバーエージェント

ABEMA は 2016 年の開局以来、将棋やマージャンといったマインドスポーツの配信に注力し、これらを重要なコンテンツとして育ててきました。

その延長線上で選んだ新しい注力領域が 「ポーカー」 です。

背景には、ポーカーが若年層を中心にギャンブルではなく健全な 「頭脳スポーツ」 として広がり、アミューズメント施設やスマホゲーム、SNS や YouTube を通じて入口が増えている状況があります。

ポーカーの競技人口は世界で 1 億人超、国内でも 400 万人に迫る勢いです。この拡大市場は、ABEMA にとって新たな視聴者層を獲得できる絶好の機会でした。

では、ABEMA の事例から学べることを掘り下げていきましょう。この事例は、新規顧客の獲得において示唆に富みます。

新規顧客を獲得する重要性

そもそもなぜ、新しいお客さんを獲得し続けなければならないのでしょうか?

それは、どんなに愛されているサービスであっても、時間の経過とともに顧客が離れていくことは避けられないからです。

離反顧客はゼロにはできない

どんな良い商品やサービスでも、時間が経つほど 「買わなくなる人」 や 「使わなくなる人」 は必ず出ます。

理由は好みや生活環境などの変化です。その人にとっての 「以前の価値観」 が 「今の商品の提供便益」 に合わなくなり、今まで使っていた商品・サービスから離れ、新しいものに移っていくからです。

ABEMA に置き換えると、こんな状況が考えられます。

  • 以前は格闘技や恋愛リアリティを見ていたが、生活が変わって視聴頻度が落ちた
  • いつも同じジャンルだと新鮮味が薄れ、離脱が起きる
  • 見たいものがある時だけの利用になり、視聴習慣が弱くなる

こうした離れていく顧客をゼロにはできないからこそ、離反顧客の分以上に未顧客との新しい出会いをつくる必要があります。

その打ち手として ABEMA が選んだのが、ポーカーという新しい入口でした。

既存顧客と新規顧客では 「顧客文脈」 が異なる

新しいお客さんを獲得するときに大事なのは、未顧客と既存顧客では同じ文脈で考えないことです。

新しいお客さんを増やそうとするとき、今までとは異なるマーケティングのアプローチや商品開発が必要になる場合がほとんどです。顧客文脈を丁寧に理解していき、未顧客である新規顧客の状況とニーズをどこまで満たせる商品設計やマーケティングにできるかがポイントになります。

ABEMA はポーカーをきっかけに入ってくる未顧客の文脈を、既存の将棋や麻雀を視聴するユーザー層とは別のものとして、対比で捉えたことでしょう。

既存顧客 (将棋・麻雀視聴者) の文脈

  • 競技性の高さ、深い戦略性を求める
  • 解説の充実度や技術的な深さを重視
  • プロ選手の高度なプレーを堪能したい
  • マインドスポーツとしての真剣勝負を期待

新規顧客 (ポーカー未経験層) の文脈

  • ルールが難しそうで敷居が高いと感じている
  • エンタメとして気軽に楽しみたい
  • 有名人の参加など親しみやすい要素を求める
  • 心理戦やドラマ性といった分かりやすい見どころが欲しい

このように、既存の将棋・麻雀ファンと、新たに取り込みたいポーカー視聴者では、求める価値や視聴動機が同じではありません。

ABEMA は顧客文脈の違いを理解し、単一のポーカーの番組ではなく、異なる切り口で複数のポーカー番組を展開することで、未顧客の顧客文脈に対応しました。

未顧客の獲得プロセス

では、ABEMA のポーカー番組展開を、未顧客獲得の 4 ステップに沿って詳しく見ていきましょう。

顧客文脈の把握

ABEMA は新規顧客となりうる未顧客を、少なくとも 3 つの異なる層として想定していました。

[顧客層 1] 競技志向の強いポーカーファン

  • 状況: すでにポーカーをプレーしており、プロの技術を学びたい
  • ニーズ: 高いレベルの戦いを見たい
  • 未充足ニーズ: 日本語で解説されたハイレベルなポーカー番組がない

[顧客層 2] エンタメ志向のライト層

  • 状況: ポーカーに興味はあるが、ルールが難しそうで手を出せていない
  • ニーズ: 気軽に楽しめるエンタメとしてのポーカーを見たい
  • 未充足ニーズ: 堅苦しくない、笑って楽しめるポーカーコンテンツがない

[顧客層 3] 女性プレーヤー・女性視聴者層

  • 状況: 女性のポーカープレーヤーが増えているが、活躍の場が限られている
  • ニーズ: 女性プレーヤーの活躍を見たい、共感できるロールモデルが欲しい
  • 未充足ニーズ: 女性が主役のポーカーコンテンツがほとんど存在しない

価値定義

特定した 3 つの顧客層に対し、ABEMA は明確に異なる顧客価値を持ったポーカー番組を用意しました。

『ABEMA POKER INVITATIONAL』の価値定義

  • 世界で活躍するトッププレーヤーの本気の戦いを間近で見られる
  • 総獲得賞金 10 億円超のプロ選手が参加
  • 優勝賞金 1000 万円という高額設定
  • 最高峰の技術と戦略を学べる場

『小籔千豊 (こやぶ かずとよ) presents POKER SONIC』の価値定義

  • ポーカー初心者でも笑って楽しめるエンタメポーカー
  • 通常マナー違反となるあおり行為やボケ・ツッコミも OK
  • 有名芸能人が多数参加
  • ここでしか味わえない独自のポーカートーナメント

『ABEMA Queen Of Poker』の価値定義

  • 現役最強ポーカー女子たちの頂点を決める戦い
  • 女性プレーヤーにスポットライトを当てる
  • 女性の活躍を見せることで市場全体の底上げを図る
  • 女性視聴者にとっての共感ポイントがある

価値提案

マーケティングで大事なのは、定義した顧客価値をどのように想定顧客に伝えるかです。

ABEMA は複数のチャネルを活用した価値提案を行いました。

1 つ目は SNS を活用したハイライト配信です。YouTube ショートで 240 万回再生超を記録しましたが、特に以下のようなシーンが視聴者の関心を集めました。

全額を賭ける緊迫の瞬間、心理戦の駆け引き、強い手札同士のぶつかり合い。これらは、ポーカーの醍醐味を短時間で体感できるコンテンツとして機能し、ショート動画から ABEMA での番組本編への誘導につなげます。

2 つ目は芸能人の起用による間口の拡大です。

例えば『POKER SONIC』では、小籔千豊、本郷奏多 (ほんごう かなた) 、さや香・新山といったポーカー好き芸能人を起用しました。これにより、ポーカーを知らない層に 「好きな芸能人が出ているから」 というきっかけで視聴してもらえ、芸能人の知名度がそのままコンテンツの認知拡大に貢献します。

3 つ目は話題性の創出です。

岡本詩菜選手の WSOP (World Series of Poker) レディース部門連覇など、ポーカーの日本人プレーヤーの活躍という時流に乗った価値提案も効果的でした。「日本人が世界で活躍している」 というニュース性が、視聴者の関心を高めます。

価値実現

そして最後に、定義し提案した価値を実際にどう実現するかです。

ABEMA は番組制作の具体的な工夫で価値実現に取り組みました。

ポーカーの各番組で明確にコンセプトを分けることにより、異なる価値を確実に届けます。

  • INVITATIONAL → トーナメント形式の真剣勝負
  • POKER SONIC → エンタメ色を強めたバラエティ
  • Queen Of Poker → 女性限定でのポーカー

初心者にも分かりやすく、かつ経験者も満足できる解説を目指す姿勢は、異なる顧客文脈にそれぞれ応えようとする取り組みです。

既存顧客をないがしろにしないためのバランス感

未顧客を取りに行くときに起きやすいのは、既存のファンが置いていかれることです。

ABEMA はここを丁寧に回避しています。注目したいのは、既存の将棋・麻雀視聴者を裏切らない形で新規顧客獲得に動いている点です。

具体的には、将棋・麻雀など既存のマインドスポーツの延長線上にポーカーを置きました。ポーカーを 「将棋やマージャンに続くマインドスポーツ」 として位置づけることで、既存視聴者にも受け入れられやすい文脈をつくり出そうとしました。

ポーカーのことを全くの異質な新ジャンルではなく、将棋や麻雀と 「頭脳を使った競技」 という共通項があることにより、既存ファンの抵抗感を軽減することを狙ってのことでしょう。これにより ABEMA 全体でのブランドの一貫性を保てます。

競技性の高いポーカー番組も用意し、コア層にとっておもしろみのない番組化と映り失望されないよう工夫を入れる一方で、初心者の入口 (芸能人やショート動画) もつくり、間口を広げました。

このように ABEMA は、「既存への誠意」 と 「未顧客の入口 (分かりやすさ・楽しさ) 」 を両立させ、未顧客獲得と既存顧客維持の良いバランスが実現しています。

まとめ

ABEMA のポーカー番組展開から、未顧客を獲得するマーケティングを取り上げました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • どんなブランドも時間の経過で離反顧客が一定数は生まれる。そのため、離反顧客の数を上回る新しい顧客を増やすために 「未顧客」 への商品開発やマーケティングがブランドの成長に欠かせない
  • 既存顧客と新規顧客の文脈は違う。新規顧客へは既存顧客と同じ文脈で考えず、未顧客の状況・ニーズ・未充足便益を丁寧に把握し、新たな顧客文脈に沿った商品開発・マーケティングを展開する
  • 未顧客の獲得プロセスは、① 顧客文脈の把握 (顧客の状況や未充足ニーズの理解) 、② 価値定義 (提供する価値の明確化) 、③ 価値提案 (顧客価値をどのように伝えるかを考案) 、④ 価値実現 (商品設計や販促施策から顧客価値を形に) 
  • 既存顧客を大切にしながらの拡大を目指すには、新規顧客の獲得に注力する一方で、既存顧客の気持ちをないがしろにしないバランス感が重要。既存顧客への誠意を見せつつ新しい層へアプローチをしていく