#マーケティング #顧客接点 #顧客価値
高級自動車メーカーのベントレーが 7 年連続で黒字を達成しています。
特徴的なのは、超富裕層のお客さんを 「富裕層」 という大きなくくりで捉えていないことです。毎年約 170 人にじっくり話を聞き、自宅や食事、ツーリングにも足を運び、一人ひとりの生活や価値観を理解しています。
そこから見えてきたのは、ベントレーがお客さんに提供している価値の新しい意味でした。顧客理解から価値を捉え直し、商品、店舗、コミュニケーション、社内へと展開するマーケティングを見ていきます。
ベントレー
出典: Forbes JAPAN
ベントレーは 1919 年に英国で創業した超高級車ブランドです。1 台数千万円クラスの車両を展開し、世界中の富裕層から支持されています。
販売台数の拡大を抑え、顧客満足度を高めて LTV (顧客生涯価値) を上げることに軸足を置いています。お客さん 1 人あたりの価値を最大化する戦略です。
個別体験からの価値創出
象徴的なのが、標準オプションの組み合わせが 460 億通りもあることです。
ホイール・ステッチ・レザー・ステアリング・インテリア素材からペット用アクセサリーまでを用意し、お客さんの美意識や生活背景に合わせて 「その人だけのベントレー」 をつくれます。
2024 年には、顧客の 70% がマリナーのビスポークオプションを選び、車両 1 台あたりの収益は過去 2 年で 10% 増加しました。高級車の価値には、スペックや価格、ブランド力に加え、自分の価値観に沿った体験を形にできることも含まれます。
ベントレーは、一人ひとりの人生観や美意識に合う車を提供することで、商品を売った後も続く関係と収益をつくっています。
1to1 マーケティング
個別体験を支えているのが 「1to1 マーケティング (顧客一人ひとりに適したマーケティング) 」 です。
毎年、既存オーナーや見込み顧客、インフルエンサーなど約 170 人に 30 分から 1 時間のデプスインタビューを実施しています。自宅訪問やプライベートディナーへの同席、ツーリングへの参加を通じて、普段の生活も理解します。
インタビューでは車の話から範囲を広げ、誰とどこに出かけ、どんな気持ちになるのか、車のある暮らしや残念だった経験まで丁寧に聞きます。顧客接点で情報を集めながら、目の前のお客さんへの理解を深めています。
ベントレーが重視するのは、聞いた要望の背後にある気持ちです。心が動いた瞬間とそのきっかけ、出来事が記憶に残る理由、購買や保有への影響を掘り下げ、本人も言葉にしていない望みを探っています。
そこで得た気づきは、ブランドコミュニケーションだけでなく、販売店のアフターサービスやショールームの体験設計にも生かされます。顧客理解が、個々の施策をつなぐ共通の土台になっています。
顧客理解からの発見、価値の再定義、顧客価値の提案
ベントレーの事例は、売り手の常識を疑い、顧客接点でニーズや価値観を見つけ、顧客価値を再定義し、顧客の文脈に合う形で届けるプロセスを示しています。
売り手の思い込みを崩す
売り手は、自社の製品や注力顧客に固定観念を持ちやすいものです。お客さんとの直接的な対話は、自社の理解と現実のズレに気づく機会になります。
高級自動車では、お客さんを富裕層とひとくくりにしがちです。ベントレーは、同じ富裕層でも価値観や生活背景、車に求める役割は一人ひとり異なると捉えます。
あるオーナーはベントレーを 「自分の書斎」 、別のオーナーは 「心が躍る自分だけのホテルの特別室」 と表現します。共通するのは、他人に見せるための高級車よりも、自分の気持ちを整える場所として捉えていることです。
富裕層はステータスを求めるという前提だけで施策を考えていたら、このような個別の価値観は見えません。顧客接点は、売り手が無意識に置いていた前提を確かめ直す場になります。
一人のお客さんから洞察を得る
ベントレーはヒアリング内容をすぐに類型化せず、1 人のインタビューを全文文字起こしします。各コメントがどんな意図で語られたのか、ブランドがその人にどう理解されているかを丁寧に読み解きます。
分析にはマーケティング担当に加え、アフターサービスやメカニックなど約 10 人が参加します。職種によって注目する点が異なるため、1 人のお客さんを複数の角度から理解できます。
大きなセグメントの平均像をつくるよりも、実在する一人を深く見ることで、その人の言葉の奥にある価値観や生活の文脈を探っています。自宅や食事、ツーリングで見た行動も合わせるため、インタビューの言葉だけではわからない生活の実態も捉えられます。
顧客文脈を理解し、価値を再定義する
お客さんが置かれている状況や、本人も意識していない望みまで捉えると、提供すべき価値を見直せます。
ベントレーは顧客との対話から、ラグジュアリーの価値が所有に加え、心理的な充足にも広がっていると気づきました。ベントレーに乗ると気分が高揚し、心が穏やかになり、自分に立ち戻れる。お客さんは、このような内面的な豊かさを求めています。
そこでラグジュアリーを、「高いものを所有すること」 から 「自分自身に向き合い、心を整える体験」 へと広げました。情報があふれる時代に、他人の評価に振り回されず、自分の価値観で判断できる状態もラグジュアリーと捉えています。
発見を個別施策のアイデアにとどめず、ブランドが提供する価値の定義まで見直している点が重要です。再定義した価値が、商品開発や店舗、コミュニケーションの共通する軸になります。
価値の軸が変われば、競争の見方も変わります。高級車市場でスペックや価格だけを比べるのではなく、心理的な充足をどれだけ提供できるかという視点で、ベントレー独自の価値を磨けます。顧客理解が、競争の土俵を捉え直すきっかけにもなっています。
この再定義は、お客さんがベントレーに恋に落ちた瞬間や、車が生活の中で持つ意味を深く理解したことで生まれました。
再定義した価値を 「顧客文脈に合わせた体験」 として届ける
再定義した価値は、お客さんの文脈に合う体験に落とし込んで届けます。
象徴的なのが、ショールームの香りです。お客さんに最近の楽しかった経験を聞くと、「ミラノのブティックに入った瞬間、花の香りで気分が高まった」 という話が出ました。
この気づきから、1 階の入り口は華やかに、商談スペースのある 2 階は穏やかに香るように演出しています。香りには、ショールームを心地よくする以上の役割があります。「心が高まる」 「気持ちが整う」 という顧客価値を、五感に訴える空間体験として表現しています。
車と直接関係のない香りに着目できたのは、車の使い方だけではなく、顧客のライフスタイル全体を理解していたからです。
コミュニケーションでも、お客さんがベントレーに恋に落ちた瞬間や、心が動いたきっかけをショート動画にしています。車のスペックや性能に加え、顧客の体験から生まれた感情を訴求の起点にしています。
インターナルマーケティングへの示唆
顧客価値を一貫して届けるには、従業員もブランドの価値を体感し、自分の言葉で語れる状態が必要です。
ベントレーは 「インターナルマーケティング」 に力を入れ、営業やマーケティングからメカニックまで、従業員全員がブランドアンバサダーになることを目指しています。
年 1 回の全社カンファレンスに加え、京都や大阪のラグジュアリーホテルを貸し切り、約 120 名の従業員を招いた正装のガラディナーを開催しています。男性はブラックタイ、女性はイブニングドレスで参加し、ブランドチームが従業員をゲストとしてもてなします。帰りには一人ひとりにギフトを手渡します。
顧客が接しているラグジュアリーな世界観を、従業員にも体験してもらう狙いです。本社ファクトリー見学や新型車のドライビング体験も行い、ブランドの魅力を自分の言葉で語れる機会を増やしています。
従業員自身が心を動かされた経験を持てば、お客さんとの会話にも具体性が生まれます。レセプショニストもメカニックも同じ価値観を体感することで、どの顧客接点でも質の高い 1to1 の体験を届けられます。
ベントレーは、顧客接点から価値を再定義し、その価値を顧客体験と従業員体験の両方に反映しています。社内外の接点が同じ考え方でつながるため、ブランドの価値がぶれにくくなります。
まとめ
ベントレーの事例から、顧客接点を起点に価値を再定義する方法を見てきました。
学びのポイントをまとめます。
- 顧客接点は、売り手が持つ固定観念とお客さんの現実とのズレに気づく機会になる
- お客さんの心が動いた瞬間や背景を掘り下げると、表面的なニーズの奥にある価値観が見えてくる
- 顧客理解から得た洞察は、施策だけでなく提供する顧客価値の再定義にも活用できる
- 再定義した価値は、お客さんの文脈に合う体験として実装する
- 一貫した価値提案には、従業員がブランドの価値を体感し、自分の言葉で語れる状態が欠かせない
