投稿日 2010/08/07   最終更新日 2012/04/28

書籍「文明の生態史観」に見るシンプル化

世界を区分する時に、東洋と西洋という分け方があります。この分け方は私たちには当たり前すぎるくらいなんの疑問も持たない区分かもしれません。しかし、「文明の生態史観」(梅棹忠夫 中公文庫)では、これとは全く異なる考え方を提示しています。


■第一地域と第二地域

この本の内容を一言で表現するとすれば、東洋と西洋ではなくA図のような「第一地域」と「第二地域」に分けられるということです。第一地域は西ヨーロッパと日本。第二地域はその間に挟まれた全大陸であるとしています。これが本書の主題です。


このA図について少し補足すると、斜線で表されている大陸を東北から西南に走る大乾燥地帯が存在します。筆者によると、この乾燥地帯は歴史にとって重大な役割を果たしたと説明されています。なぜなら、乾燥地帯は悪魔の巣、すなわち暴力と破壊の源泉だったから。ここから遊牧民その他による暴力が表れ、その周辺の文明の世界を破壊したという歴史です。文明社会は、しばしば回復できないほどの打撃を受けることになりますが、ここが第二地域の特徴です。

第二地域の特徴をもう少し見ると、A図では四つの地域にわかれています。(Ⅰ)中国世界、(Ⅱ)インド世界、(Ⅲ)ロシア世界、(Ⅳ)地中海・イスラム世界。これら第二地域に関して、「古代文明はこの地域から発生。しかし封建制を発展させることなく、巨大な専制帝国をつくった。多くは第一地域の植民地や半植民地となり、数段階の革命をへて、新しい近代化の道をたどろうとしている」と説明されています。

翻って第一地域。その特徴は暴力の源泉から遠く、破壊から守られ中緯度温帯地域の好条件であったとしています。

なお、「文明の生態史観」ではA図から発展する考え方を表したものとして、以下のB図も提唱しています。東ヨーロッパや東南アジアが区分され、西ヨーロッパは日本より高緯度の部分を多く持っているのがA図に比べたB図の特徴です。



■シンプルに考えること

この第一地域と第二地域に分ける考え方は非常にシンプルなものです。もちろん、上記のような図では世界を詳細には説明できるとは思いません。この点は著者も十分承知しており、「この簡単な図式で、人間の文明の歴史がどこまでも説明できるとは思っていない。細かい点を見れば、いくらでもボロがでる」と書いています。個人的に思うのは、この分け方は主にヨーロッパとアジアを中心とするユーラシア大陸の分け方なので、中南米やアフリカ、そしてアメリカを加えると修正点も出てくるかもしれません。特にアメリカについては、ヨーロッパ等に比べるとその歴史は浅いものの、現在を語る上では欠かせない存在です。

ただ、この本を読んで思ったことは、複雑なものごとを捉える時にはシンプルに考えることが大事だなという点です。複雑系をシンプルに表現するということは、物事の枝葉をそぎ落とし本質に迫るということだと思います。逆に言えば、本質を把握できないと正しくシンプルに表現できないのではないでしょうか。


■現場の情報

もう一つ、この本を読む中で考えさせられたことは、自分の目で現場を見ることの大切さでした。本書の冒頭で、著者は次のように説明しています。「私が旅行したアジアの国々についての印象。もう一つは、私のアジア旅行を通してみた日本の印象を書こうと思う」。実際に本書では著者が訪れたアジアを中心とする多くの国々のことが書かれており、それは自分の目で見た世界でした。これらの情報を踏まえての第一地域と第二地域が説明されており、説得力を感じます。

自分の目で見る、直接触れるなどの体験は、大切にしたいものです。


文明の生態史観 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論社
売り上げランキング: 2082


投稿日 2010/08/06   最終更新日 2018/09/30

書評: リ・ポジショニング戦略 (ジャック・トラウト / スティーブ・リブキン)

「リ・ポジショニング戦略」(ジャック・トラウト、スティーブ・リブキン 翔泳社)という本を読みました。リポジショニングやリデザインは、今の自分の仕事におけるテーマと言っていいものです。


■ポジショニングとリ・ポジショニング

両者を簡単に説明すると以下のようになります。

ポジショニング : 潜在顧客の脳の中にあるあなた自身のイメージを、ほかと差別化すること
リ・ポジショニング : ポジショニングイメージの刷新

ちなみにリポジショニングについては、本書では次のように説明されています。「市場の消費者の心を変えるのではなく、消費者の心の中の認識を少しずつ調整していくものだ」。一度消費者が持ったイメージというのはなかなか変わらないというのは同意できる考え方です。著者は、リポジショニングにおける大事な点は一貫性であり、あきらめずに同じことを何度も続ける必要があるとしています。


■「戦略BASiCS」に見る一貫性

書籍「経営戦略立案シナリオ」(佐藤義典 かんき出版)では、戦略策定のための「戦略BASiCS」というフレームが紹介されています。BASiCSはそれぞれ以下の要素の頭文字をとったものです。

◆Battlefield(戦場・競合)
どこで戦うか。戦場は顧客の心に中に存在する選択肢。よって、競合を決めるのは顧客である。

◆Asset(独自資源) & Strength(強み・差別化)
戦略は、自らの強みを活かして差別化していくことが基本。差別化するとは、競合より高い価値を顧客に提供することである。差別化を長期的に支えるのが「独自資源」。つまり、独自資源と差別化は連動する。

◆Customer(顧客)
顧客の価値に合わせ、経営戦略も顧客の視点で考える。

◆Selling Message(メッセージ)
「価値」を伝えるメッセージ。差別化ポイントを価値に翻訳して顧客に伝えるもの。

この戦略BASiCSを考える際には、5つの要素の「一貫性」が非常に大切であると著者は説明します。例えば、顧客を絞ると、戦場(市場)や顧客が決まります。同時に、自らの強みが差別化され、強みは独自資源によるものでなければいけません。また、顧客へ届けるメッセージも差別化が顧客にとっての価値を表現する必要があります。


■リ・ポジショニングと戦略BASiCS

「リ・ポジショニング戦略」を読んでいて、ふと「戦略BASiCS」が頭に浮かびました。リポジショニングは「言うが易し行うが難し」だと思いますが、リポジショニングを考える際には戦略BASiCSがヒントになるかもしれません。例えば、独自資源や強みにそぐわないリポジショニングであれば、いずれはその地位は失われるはずです。自社の強みに合ったリデザインであっても、そもそもとして顧客にとっての価値は少なく魅力的でなければ、単に自社の強みを自慢したいだけにしか映りません。

ポジショニングをすることで顧客に選ばれたとしても、いつかは陳腐化してしまいます。リポジショニングに成功したとしても、一度くらいではいずれ陳腐化するのでしょう。

「リ・ポジショニング戦略」の帯には、次のような言葉が書いてありました。「マーケティングは人々の認識との戦いである」。今思うのは、戦いの修飾語に「終わりのない」という言葉がつくのかもしれないということです。



投稿日 2010/07/31   最終更新日 2012/04/22

今さら電子書籍を考える

米アマゾンは7月28日、キンドルの新機種を発表しました。同社のベゾスCEOによると、ダウンロードと読書をさらに容易にすることで、アップルのiPadとの差別化を図るという考えを示しています。興味深いのは、ツイッターやFacebookとの連携機能が加わり電子書籍にもソーシャルの流れが見えてきたことです。また、日本語を含む複数の言語が新たに追加されたようです。

今回は、少し今さら感もありますが電子書籍について考えたことを記事にしてみます。


■電子書籍の所感

このパラグラフの前提として、現在の自分の電子書籍端末は、スマートフォン(iPhone)とPCだけです。本当はiPadなどのタブレットPCやキンドルなどの電子書籍専用端末から読んだ上で述べたほうがいいのですが、今の電子書籍に対する印象は概ね以下の通りです。

(1) 速読しづらい
本を読むということだけに特化すれば、紙の本が圧倒的に優れていると思います。ケータイ小説などは別ですが、ある程度の文量になると一定時間内に読める量では紙の本に分があります。また、ページをめくるという行為が紙のほうが繰りやすいことも関係していそうです。(紙の本は三次元で読書できるのに対して、電子書籍は二次元です)

(2) 紙のほうが頭に入りやすい(理解しやすい)
これは(1)とも関わってきますが、電子書籍で読んでいると内容が頭に入ってきにくい時があると感じます。電子書籍を読むということに慣れていないだけだといいのですが、本の内容にもよりますが理解度でも紙と電子書籍で差があるように思います。

(3) 電子書籍は読むより保存に向いている
(1)(2)も合わせて考えると、電子書籍の強みは「保存」と「検索」です。紙という物質で存在するのに対して、電子書籍はデータで保存できます。故に電子書籍端末に紙では持ち歩けないほどの量を入れておくことができ、データであることで検索との相性も良い。例えば、後からあらためて読みたい箇所を探すのは、紙の本では苦労することが多い一方で、電子書籍なら検索で一発で探せるはずです。


■日経電子版モデル

さて、今年に入り日経新聞が新たに電子版を創刊しました。電子版を読むには、電子版のみを購読するか紙+電子版をセット(Wプラン)で購買するかのどちらかです。

この紙+電子版をセットで売るというビジネスモデルは書籍にもあってもいいかもしれません。というのは、上記の電子書籍の3つの所感を踏まえると、紙と電子書籍は自分の中で役割が異なるので、であれば両方買うのはありだと思うからです。役割が異なる点を少し具体的にイメージしてみると以下のようになります。
 ・ 紙の書籍:基本読むのは紙のほうで
 ・ 電子書籍:旅行など紙を持ち運びづらい場合に紙の代用として。保存用

ちなみに日経Wプランは紙の新聞購読料金に追加1000円で紙と電子版の両方なので、だいたい25%プラスでお金を支払うイメージです。日経電子版は紙の新聞にはない情報が含まれていることを考えると、例えば本の定価のプラス20%くらいの値段で紙の本+電子書籍が買えるのではれば個人的に結構魅力です。あるいは、紙の本を先に買って内容がよければ後から電子書籍を買えば、電子形態で保存しておき、紙の本は売ってもよさそうです。

(もっとも、自分で本を「自炊」するという手間をかければいいという気もしますが)


■マトリクスから考える本との関わり

ここまで考えてきた電子書籍の役割を考慮し、位置づけを整理してみました(図1)。



横軸は自分にとってのストックかフローかどうか。フローは返却したり売ったりと、常に手元にはない状況を指しています。縦軸は上質か手軽かで分けていますが、上質は自分にとって思い入れのあるものであったり、貴重な資料など。今のところ、こんな具合で本との関係ができればなと思います。

こうしてあらためて見てみると、自分が読む本という形態が電子書籍だけになるという状況は当分はなさそうな気もします。技術が発達し電子書籍端末で紙並の読み方が可能になったり、電子書籍でしかできない体験(ソーシャル機能による本を通じた今までにない「つながり」)ができるようにならない限りは。


多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。