#マーケティング #戦略 #ビジネスモデル

自社の事業のビジネスモデルは、これからも今のもので変わらないままでしょうか?

今回は、一度は経営破綻しながらもビジネスモデルの転換によって V 字回復を遂げた、ある業務用マッサージチェアの物語です。

かつてのビジネスモデルはどう変わったのか。その逆転劇には、停滞を打破し事業を成長させるヒントが隠されていました。

業務用マッサージチェア 「あんま王」 

出典: 元気庵

出典: 日経

 「あんま王」 は、アイオイメディックホールディングス (HD) が製造する業務用マッサージチェアです。

特徴は、フルフェイスの頭部カバーとコックピットのようなデザイン設計による没入感が得られることにあります。設置されている公共の場にありながら、まるでプライベート空間にいるかのようにリラックスできるマッサージ体験をもたらします。

出典: 日経

見た目も特徴的です。これまでの業務用チェアの常識だった黒一色のデザインを覆し、景観を重視する施設にも馴染む白色モデルを投入。空港ラウンジやショッピングモールからの引き合いが増え、利用者を女性や若年層にも広げるきっかけとなりました。

実は、この成功の裏には壮絶なドラマがありました。

かつてアイオイメディック HD は、トレヴィという名の一介の販売代理店でした。

2011年、事業拡大のためチェアを大量仕入れしたものの、その直後に仕入元のメーカーの方針転換で支払い条件が分割から一括に変更されました。これによりアイオイメディック HD の資金繰りが悪化し、民事再生法の適用を受けることになりました。

この経験からアイオイメディック HD は代理店の立場の弱さを痛感し、販売を通じて蓄積してきたノウハウを元に、自社でチェアを開発すれば必ず稼げると決意。2012年に初代 「あんま王」 を完成させ、現在の成功へとつながっていきます。

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では、業務用マッサージチェア 「あんま王」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ビジネスモデルについての理解を具体的な事例を通して深めることができます。

ビジネスモデルの要素分解

ビジネスを分析する上で、ビジネスモデルを解像度高く捉えることは有効です。

今回は、以下の5つの要素で見ていきます。

  1. 注力顧客
  2. 競合
  3. 顧客価値
  4. ケイパビリティ (事業を遂行する能力やリソース) 
  5. 収益モデル

順番に補足をすると、まずはターゲットとなる注力顧客です。

顧客は誰かという事業の根幹となる問いです。自分たちは一体、誰のために価値を提供するのか。注力する顧客を明確に定義することが、あらゆる戦略の出発点となります。

次に競合です。注力顧客が持つ選択肢は何かですが、それは必ずしも同じカテゴリーの製品やサービスとは限りません。お客さんが何かを解決したいと思ったその瞬間に、頭に思い浮かぶ全ての選択肢が競合となり得ます。

注力顧客と競合のあとにバリューが来ます。注力顧客に対して、他にはないどのような独自の価値を提供できるのか。お客さんがあなたの会社や商品を選ぶ理由そのものです。

ケイパビリティは、その独自の価値をどうやって安定的に提供し続けるのかという事業能力です。実現のために必要な、自社が持つべき資源 (リソース) と、それを実行する仕組み (オペレーション) の両方が含まれます。

そして収益モデルです。提供した価値を、どのようにして事業の利益に変えるのか。事業を継続させ、成長させていくための財務的な設計図になります。

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では、業務用マッサージチェア 「あんま王」 に、ビジネスモデルの5つの要素を当てはめていきましょう。

あんま王のビジネスモデルの転換

昔の販売代理店だった時代と、自社開発に舵を切った現在とを比較すると、ビジネスモデルがいかに変化したかが鮮明に見えてきます。

[注力顧客] 顧客は誰かを定義する

販売代理店だった当時、主なターゲットはマッサージチェアを設置する 「温浴施設のオーナー」 にほぼ限定されていました。

メーカーが作った製品を、決められた市場で販売するというアプローチによって、顧客の範囲は自ずと限られていました。

自社開発に踏み切った現在、注力は拡大・再定義されました。

新たに見出した顧客層は 「人の時間や空間が余っている場所を持つ、あらゆる事業者」 です。温浴施設はもちろん、コインランドリーの待ち時間、映画が始まるまでの暇な時間、企業の休憩スペース。人の時間や空間が余っている場所は、全てビジネスチャンスです。

エンドユーザーも拡大しました。

マッサージチェアの白モデルの投入により、空港ラウンジやショッピングモールといった景観を重視する施設も新たな設置場所になったことで、利用者 (エンドユーザー) も従来の中年男性中心から、女性や若年層へと広がっています。

[競合] 「本当のライバル」 を見極める

注力顧客が変われば、競合も変わります。

販売代理店時代の競合はシンプルでした。同じようにチェアを売り込む 「他の販売代理店」 や、施設内の 「手揉みマッサージサービス」 です。

メーカーに依存する立場では製品での差異化を打ち出すのは難しく、メーカーの製品力と価格に依存した消耗戦を強いられていました。

しかし現在、戦うフィールドは全く異なります。

例えばコインランドリーでは、消費者にとって 「待ち時間にスマートフォンを見る」 「外で時間を潰す」 といった行動がマッサージチェアを利用することへの競合となります。無人マッサージ店では 「整体院」 「足つぼマッサージ」 など有人サービスが競合です。

施設オーナーにとっては、空きスペースを収益化するための自動販売機やカプセルトイといった他の設置機械も選択肢となります。

[顧客価値] 独自の顧客価値を創造する

注力顧客に提供する価値も、代理店時代とは比べ物になりません。

販売代理店時代、提供できる価値はメーカーが作った製品を届けることに過ぎませんでした。

独自のバリューは限定的で、温泉や展示会での実演販売、価格や支払い条件の柔軟性といった販売プロセスにおける付加価値が精一杯。販売ノウハウの蓄積はあったものの、それを製品に反映させる手段を持っていませんでした。

それが自社開発により、業務用に特化した独自価値を複数創出することが可能になりました。

第一に 「没入空間の創出」 です。あんま王は、フルフェース頭部カバーとコックピット型設計により、公共空間でもプライベート感を実現。プライベート感が高いため、集金担当者からは 「マシンの正面に行かないと利用中なのか判断できない」 と言われるほどです。

第二に 「景観との調和」 です。従来のマッサージチェアの黒一色から白色モデルを投入し、空港ラウンジやショッピングモールなど景観重視の施設への導入を可能にしました。

第三に顧客価値としてあるのが 「投資回収の確実性」 です。アイオイメディック HDは2500時間の耐久性により 「10分300円なら2500時間稼働で450万円」 というわかりやすい収益シミュレーションを提示しているとのことです。これまで何もなかった遊休空間が新しい収益源になるという事業機会をもたらします。

そして第四に 「運用の簡便性」 です。あんま王は12個のパーツが簡単に交換できる設計になっているので、施設運営者の負担は少なくて済みます。

[ケイパビリティ] 顧客価値を生む能力・リソースを自ら持つ

独自の顧客価値を提供し続けるには、それを実現するための能力が必要です。

販売力と営業ネットワークしか持っていなかったのが代理店時代でした。ケイパビリティはあまりにも脆弱で、仕入元のメーカーの方針ひとつで経営そのものが傾くという現実は、痛恨の教訓となったはずです。

そうした反省から、現在のアイオイメディック HD は価値を自らつくり出し、維持するためのケイパビリティをいくつも構築しました。

具体的には、長年にわたって培った顧客ニーズや知見を製品に落とし込む 「製品開発力」 。中国でのベース製造と国内でのカスタマイズを組み合わせた 「効率的な生産体制」 。業務用として最も重要な安定稼働を支える、全国約20社の委託会社による 「迅速なアフターサービス網」 、そして、販売代理店時代から続く他社との協力関係も活用する 「市場開拓力」 です。

これらは全て、代理店のままでは手に入れることのできなかった、顧客価値を創造する源泉となる能力やリソースです。

[収益モデル] 持続可能な仕組みを築く

ビジネスモデルの5つ目の要素が事業の生命線である収益モデルです。

販売代理店時代の収益は、メーカーからの仕入れ価格と販売価格の差額に依存する単純な仲介モデルでした。

在庫リスクを抱えながらも、価格決定権や支払い条件の主導権はメーカー側にあり、資金繰りの脆弱性を常に抱えていました。一括仕入れ変更で経営破綻したのも、この脆弱性の象徴でした。

現在は多様な収益モデルを展開しています。

基本の買い切りモデル (約58万円) に加え、レンタル・収益シェアモデルでは利用料を施設とアイオイメディック HD で分配。施設側の初期投資リスクを軽減しながら継続的な収益を確保しています。さらにパーツ交換による継続収益も組み込まれています。

ビジネスモデル転換への示唆

代理店から自社開発への転換へ――。それは単に製品を作るようになったということではありません。

単一顧客・単一製品・単一収益源という脆弱なビジネス構造から、多様な顧客・自社開発製品・独自顧客価値・事業能力・複合的な収益モデルという強靭なビジネスモデルへと進化しました。

注力顧客の定義を 「温浴施設」 から 「遊休スペースを収益化したい事業者」 へと抽象化し、競合を 「他のマッサージチェア」 から 「空間活用の他手段」 へと拡張しました。

かつての民事再生というどん底の状況から、累計出荷2万台の業務用マッサージチェア業界トップに。その軌跡は、ビジネスモデルの各要素を根本から見直し、相互に連動させることで、全く新しい価値創造の仕組みを構築できることを教えてくれます。

まとめ

今回は、業務用マッサージチェア 「あんま王」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントとして、ビジネスモデルの要素分解のまとめです。

  • 注力顧客: 顧客は誰か?注力顧客の設定がすべての戦略の出発点となる
  • 競合: 注力顧客が想定する選択肢 (自社以外の候補) 。必ずしも同じカテゴリーとは限らない。その状況での心理的モードや課題において解決策となりえる候補が競合
  • 顧客価値: ターゲット顧客にどのような独自の価値を提供するか。競合よりも相対的に優位な強み
  • ケイパビリティ (事業を遂行する能力やリソース) : 顧客価値をどのようにして提供するか?必要な内部資源 (リソース) とプロセス (オペレーション) を包含する
  • 収益モデル: 生み出した顧客価値をどのように利益として獲得するか?収益モデルは持続可能性を確保する財務的な設計図