#マーケティング #観察調査 #気づき
お客さんが自社商品を "思いもよらなかった使い方" をしているとしたら、それは何を意味するのでしょうか?
実は、お客さんの使い方に隠れているのがダイヤの原石です。お客さんの利用シーンを注意深く観察し、儚 (はかな) く消え去りがちな新たな気づきを見過ごさないことで、新たなチャンスにつながることでしょう。
今回は、そんな視点から商品開発やマーケティングへの新たな可能性を紐解きます。
ロングセラーの赤ちゃん専用のおもちゃ
玩具メーカーのピープルには、発売から35年を超えるロングセラー商品があります。
ティッシュやリモコンなど、赤ちゃんがいたずらしがちなアイテムを盛り込んだ看板商品 「いたずら1歳やりたい放題」 は1985年の発売で、2024年で40年目です。ほかには、何でもなめたい赤ちゃんの欲求に応える 「なめても安心 も~っと! なめられ太郎 五代目」 (1988年発売) は37年目を迎えます。
いずれも独特な色合いや形で、赤ちゃんは目の前にあると夢中になって遊びだし、手放さないおもちゃです。
徹底した赤ちゃんの観察
ピープルのおもちゃ開発は観察から始まります。
赤ちゃんや子どもの欲求がどこに向いているのかを観察して探り、仮説を立てて観察と検証を繰り返すというアプローチです (参考記事) 。
「正解は赤ちゃん」
ピープルの観察の手法は、1982年の玩具事業スタート時から受け継がれているそうです。
商品開発は誰にでもできるというのがピープルの考えで、年2回開催するアイデア提案会議は部門を問わず誰でも参加できます。商品開発のためのモニター調査も、部門問わず行える体制を整えているとのことです。
ピープルのモニター調査が一般的なモニター調査と異なるのは、"正解は赤ちゃん" が前提になり、自分の常識と切り離して仮説を立てることを重視している点にあります。
観察者 (作り手や売り手) の思い込みや経験に頼らず、目の前にいる赤ちゃんのしぐさやまなざし、指の動き、口への入れ方やなめ方、何をどうつかんでいるかなどを丁寧に観察しながら、好奇心から生まれる赤ちゃんの欲求を読み解いてきます。
たとえ経験を積んだ社員でも、必ず観察に立ち戻り、赤ちゃんの反応を確かめながら検証します。
おもしろがりながら赤ちゃんを観察する
ピープルが商品企画で大切にしているのは、 「おもしろがりながら赤ちゃんを観察する」 という姿勢です。
赤ちゃんは先入観を持たず、自分の欲求に正直に行動します。心地よさや楽しさに敏感で、好奇心は旺盛。気になるものを手でつかむし、気に入らなければすぐに手放すという、忖度が一切ないのが赤ちゃんです。
そんな赤ちゃんの行動をつぶさに観察し、仮説を立てていく過程で 「あれ?なんでこんなことしているんだろう?」 「もしかしてこういうことかな?」 と、観察者はおもしろがりながら赤ちゃんを観察することで、よりたくさんのことへの気づきにつながります。
定量データより観察データ
ピープルでは赤ちゃんの観察調査だけではなく、赤ちゃんに関する統計的な定量調査データなども参考にすることはあるようですが、アイデアの源になったり、最終決定の重要な決め手として活用したりすることはしません。
定量データによる平均値を取るのではなく、目の前にいる赤ちゃんの行動や好奇心を重視するからです。ここには一般化された定量データはあまりフィットしないという考え方からです。
ありのままの観察を商品開発へつなげる
ピープルは赤ちゃんのありのままを観察し、その反応を正解としています。赤ちゃんの本能にひも付いた普遍的な欲求に応える開発につなげたいという狙いがあります。
ピープルのロングセラー商品の 「やりたい放題」 や 「なめられ太郎」 の独特なデザインは、赤ちゃんに見えやすく、好まれる色や形を徹底的に探った結果です (参考記事) 。
赤ちゃん観察メソッド
ピープルは、赤ちゃんの観察調査を体系立て、赤ちゃんの行動から欲求を読み解く観察の心得を 「赤ちゃん観察メソッド」 にしました。
メソッドには3つの骨子があり、「いつも赤ちゃんから」 「まるっと全肯定」 「もしかしてを楽しむ」 です。ベースにあるのは赤ちゃんへのリスペクトの姿勢です。
赤ちゃん観察メソッドにおいて、観察の解像度を上げるポイントは、大きく3つです。
- まるっと全肯定
- 仮説を人に話して共有する
- 気づきに不正解はない
では順番に見ていきましょう。
まるっと全肯定
1つ目は観察で見出したどんな気づきにも意味があり、すべてを肯定するという 「まるっと全肯定」 です。
とりとめのない気づき、浅めの気づきだとしても必要ないと勝手に判断せず、まずは受け止めるというわけです。
仮説を人に話して共有する
2つ目のポイントは、ピープルでは仮説を人に話して共有し観察を深めていることです。赤ちゃんの観察をチームや社内で共有し合うことで、偏らずフラットな視点を保てます。
観察結果を人に話すと、自分ではスルーしたポイントを他のメンバーがおもしろがる場合があります。
たとえば、「自分は最初はここを調べたかったけど、赤ちゃんは別のこっちばかりずっと触っていて」 と社内メンバーに伝えたとしたら、別の人が 「え?ずっと触っていたところは何色だった?」 と反応するかもしれません。これにより、赤ちゃんへの理解が多角的になるという具合です。
気づきに不正解はない
3つ目のポイントは 「気づきに不正解はない」 という考え方です。
赤ちゃんのありのままでの遊ぶ姿を観察し、起こったことや気づきを言語化することで 「形式知」 になります (形式知とは他人に共有や説明できる状態のもの) 。
人は少なからず言語化へのためらい、面倒さを持っています。自分の言葉にすることへのハードルを下げるために、ピープルでは 「自分の気づきはすべて正解」 と捉えています。仮説を立てること自体を楽しみ、どんな気づきにも間違いはないと肩の力を抜くことで、発想しやすくなります。
学べること
ではピープルの 「赤ちゃん観察メソッド」 から学べることを汎用化してみましょう。
ピープルの観察対象は赤ちゃんですが、「赤ちゃん」 を 「お客さん」 や 「ユーザー」 に置き換えると広く応用できます。
赤ちゃんを観察して商品の開発や改善に反映できるということは、赤ちゃんをお客さんと見れば、自分たちの求める "答え" へのヒントは 「お客さんの中にある」 ということです。
では、答えはどうやって見出せばいいのでしょうか?
「まるっと全肯定」 の本質
ピープルの赤ちゃん観察メソッドで注目したいのは 「まるっと全肯定」 です。
まるっとと言っているように、そのすべてを肯定するとは、お客さんやユーザーのことを観察していての発見や気づきは決して否定しないということです。
製品の作り手や売り手は、自社製品のことに詳しく、知りすぎていると言っていいでしょう。そんな立場の人がお客さんの製品の使い方を見ると、正しい使い方をつい伝えてあげたくなるかもしれません。作り手は製品のもっとも効率の良い使い方、うまい利用方法、理論的なベストな使い方を知っているからです。
まるっと全工程は、ともするとお客さんが変な使い方をしていたり、一見すると邪道のような利用をしていたとしても、決してそれを正そうとはしないということです。
なぜなら、お客さんには売り手や作り手にはわからない顧客文脈があり、お客さんの文脈においてはそれが 「お客さんにとっての "合理的な" 商品への関わりや使い方」 だからです。
作り手や売り手の立場とは文脈や前提に違いがあり、お客さんを理解するためには、この違いにこそ手がかりがあります。「自分たちが求める答え」 への入口があったりするのです。
どんなことでもまずはお客さんのやっている行動、そのときの心理を受け止めることが大事です。
淡雪のような 「気づき」 を大切にする
お客さんの利用シーンの観察をしていると、自分の中で新たな気づきや違和感が生まれます。まるで手のひらに舞い降りた淡雪のような繊細なものなので、意識しないとすぐに溶けてしまうような存在です。
些細な気づきにこそ 「答え」 は潜んでいます。ちょっとした違和感を見逃さず、それをとっかかりに自分の中でまだ見出していない非言語なこと、深層心理の領域まで掘り下げていくことがお客さんの理解では大事です。
そのすべてが 「答え」 に行き着くわけではありませんが、中には掘り下げた先にはじめてお客さんのことを理解でき、真実に近づくことができるのです。
まとめ
今回は、玩具メーカーのピープルの赤ちゃん観察の事例から、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- お客さんの中に自分たちが求める 「答え」 (商品開発やマーケティングのヒント) がある
- お客さんには作り手・売り手にはうかがいしれない顧客文脈がある。お客さんが製品を使う文脈を理解することが大事
- お客さんの使い方は、たとえ変な使い方、適切でなかったり非効率なやり方であっても、まずは受け入れる
✓ 淡雪のような 「気づき」 を洞察につなげる
- お客さんの利用シーンから得られる新たな気づきや違和感を見逃さない
- 違和感が解決策につながることがある。気づきを入口にお客さんの理解を深めることで、真実に近づくことができる
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