投稿日 2025/08/12

商品は "ワーカー" 。無印良品 「せいろ」 に学ぶジョブ理論を活用したマーケティング

#マーケティング #状況とジョブ #ワーカー

うちの商品は魅力があるはずなのに、なぜお客さんに選ばれないのか?

そんな疑問を感じたことはないでしょうか?消費者やお客さんが本当に求めているのは商品そのものというよりも、商品やサービスによって得られる 「状況の進歩」 や 「問題解決」 のほうです。

今回は、無印良品の人気商品のひとつである調理用の 「せいろ」 の事例を取り上げます。ケーススタディを通して、顧客の状況とジョブに焦点を当てる 「ジョブ理論」 を解説します。

無印良品の 「せいろ」 


出典: 無印良品

無印良品の 「せいろ」 は、2024年秋に発売され、たちまち店舗とオンラインともに完売するほどの人気商品となりました。

一般的なせいろは 「中華せいろ」 と 「和せいろ」 の2種類がありますが、無印良品のせいろはその両方の長所を併せ持っているのが特徴です。

中華せいろの 「軽量で蒸気の安定した通りやすさ」 と、和せいろの 「深さ」 を併せ持つという "いいとこ取り" のせいろです。軽くて通気性が高く、深さがあるため、一段でも食材を多く入れて料理を楽しめます。

使い勝手の良さも無印良品のせいろならではです。蒸し料理をサポートするシリコーンシートやクッキングシート、フライパンに置ける受け台など、付随アイテムもそろい、手軽に使えます。

無印良品のせいろは価格は税込みで大サイズが1490円、小サイズは1090円です。他のせいろの中では比較的安価な部類に入り、買い替えやすい価格帯です。

* * *

では、無印良品のせいろの人気要因を、マーケティングの 「ジョブ理論」 を使って紐解いていきます。

ジョブ理論


ジョブ理論は、消費者や顧客の 「ジョブ」 に焦点を当てるマーケティング理論のひとつです。

ジョブとは

ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。

商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」 

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 と捉えることにあります。

お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。

お客さんが商品を買って期待するのは進歩 (progress) であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。

ジョブが生じる 「状況」 の理解

ジョブを捉えるためには、ジョブがどのような 「状況」 で生じているかを理解することが大事です。状況という原因があってジョブという結果が表れるという因果関係の理解です。

お客さんが心から雇用したいと思い、そして繰り返し雇用したくなる働き手である 「ワーカー」 となるためには、お客さんの片づけるべき 「ジョブの文脈」 まで深く理解することが重要です。

無印良品のせいろとジョブ理論


では、無印良品のせいろにジョブ理論を当てはめて見ていきましょう。

想定顧客の 「状況」 と 「ジョブ」 

まずは状況からです。無印良品がせいろを手にとって使ってほしい想定顧客が置かれた状況は、次のようなものです。

  • 忙しい毎日で、仕事や家事で時間に追われている
  • 健康への意識が高まっていて、油を控えつつなるべく野菜を多く摂りたい
  • いつも同じような食事メニューでのマンネリを感じている


こうした状況下における想定顧客が抱えるジョブは、以下の通りです。

  • 手軽に調理を済ます。余分な洗い物や片付けを減らす
  • おいしくて、かつ栄養たっぷりの食事を楽しむ
  • 料理の見栄え良く、味や香りだけではなく見た目も楽しみ気分を高める


既存商品や方法では満たされていなかった 「未充足ニーズ」 

ジョブを捉えるときに、背景となる状況に加えてもうひとつ大事なのは、既存のワーカー (競合商品・サービス) が的確に働けていない状態にあるかです。既存商品や方法では満たされていなかった 「未充足ニーズ」 を把握することが重要です。

既存の他のせいろに対する消費者からの不満には、中華せいろは多段式が主流で一度にたくさん蒸せるものの、深さが足りず食材が入りきらないというものがあります。和せいろは深さはありますが、火加減や蒸し時間の調整が難しく、扱いづらいものでした。

他にはせいろと似た調理器具には、タジン鍋 (モロッコ発祥の陶器製鍋) はカラフルさとユニークなデザインでかわいらしい外見で人気でしたが、独特なデザインであるがゆえに台所の収納に困る存在でした。タジン鍋で作れるメニューのレシピの幅も狭いというのもあります。

このように他の各ワーカーには、作れるボリュームや入れる種類が少ない、ヘルシーな料理が作れても扱いづらい、後片付けが面倒、レシピ活用の幅が狭いといった、既存商品では解決しきれていない未充足ニーズが残っていました。

ジョブを完了する無印良品のせいろ

無印良品のせいろが、想定顧客のジョブをどのように済ませるのかを見てみましょう。

■ ハイブリッド仕様による扱いやすさ

無印良品のせいろは、中華せいろの軽くて通気性が良いという特徴と、和せいろの深さを併せ持ちます。

一度にたくさんの食材を蒸せるうえ、火加減や蒸し時間が簡単に調整できます。時間のない人や手間をかけたくない人でも放っておけば仕上がるという手軽さは魅力です。

■ 手入れのしやすさ

調理中以外の使いやすさも、無印良品のせいろはワーカーとして優秀です。

従来のせいろは洗剤が使いにくいなど、手入れの難しさがありました。無印良品のせいろには、直接汚さないためのシリコーンシートや使い捨てクッキングシートが別売りで用意され、後片付けの負担を減らします。フライパンを土台として使える受け台も別売りですが売っています。

通常のせいろは竹や木製なので、耐久性が金属製品ほど高くありません。一方の無印良品のせいろは耐久性を高め、すぐに壊れるということを防ぎます。

■ 手頃な価格で買い替えにも対応

価格面も気軽に雇えることを後押しします。

無印良品のせいろは、大サイズで1490円、小サイズは1090円という買い求めやすい価格を実現しました。せいろが傷んだりしても気軽に買い替えられます。

ジョブ理論を活用するメリット


ジョブ理論を活用すると、自社の商品やサービスが 「どんな状況にいるお客さんの、どんなジョブを解決しようとしているのか」 を、より具体的かつ多面的に考えられます。

無印良品のせいろのように、

  • お客さんは誰か [顧客定義]
  • お客さんはどんな状況でどんな進歩を求めているか [状況とジョブの理解]
  • 既存の商品や方法では何が解決しきれていないのか [未充足ニーズの把握]
  • どのような設計であれば、よりスムーズにジョブを終わらせられるか [ジョブスベックの開発]


を理解し追求し、商品をお客さんにとっての最適なワーカーになることを目指します。

消費者の生活様式や企業のビジネストレンドは刻々と変化していきます。

ジョブ理論を取り入れれば、固定観念にとらわれることなく、「今、消費者やお客さんはどういったジョブを片付けようとしているか?」 を絶えず問い続けることができます。市場環境や消費者の価値観が変わっても柔軟に対応でき、長期的に選ばれ続ける商品・サービスに育っていくのです。

企業がジョブ理論を活用することによって、注力顧客の個別の状況やジョブを緻密に捉え、顧客文脈に応じた価値を提供できるようになります。より精度の高いマーケティング活動につながります。

また、今の顧客ニーズを満たすだけでなく、次に起こりうる消費者ニーズにもすばやく対応できるというメリットをもたらすでしょう。

誰がお客さんかを決める、想定顧客の置かれた状況と抱えるジョブを的確に捉え、ジョブを終わらせる最適なワーカーになれるよう自社の商品やサービスを位置づける――。顧客価値を高め、自社商品が長く選ばれ続けるためのポイントです。

まとめ


今回は、無印良品の 「せいろ」 を取り上げ、ジョブ理論を使って学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ジョブは 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩」 。人や企業は商品・サービスそのものを求めているというより、自分の困りごとを解決したり、目的を達成するために商品を選ぶ

  • ジョブ理論では商品やサービスを 「雇うもの」 とみなす。顧客が商品を働き手 (ワーカー) として雇い、ジョブを完了させることで状況が進歩する

  • ジョブを捉えるには、そのジョブがどのような状況で生じているかというジョブの文脈や原因の理解が大事。顧客が繰り返し選ぶワーカーになるには、ジョブの背景や原因となる状況 (文脈) を深く理解する必要がある

  • 既存の商品や方法では十分に解決できていない顧客の 「未充足ニーズ」 が何かを把握する。競合商品や従来の方法が満たせていないニーズに応えることで、選ばれる商品になれる

  • 固定観念にとらわれず、消費者の状況とジョブを常に捉え直すことによって、環境変化に対しても柔軟に対応でき、持続的に選ばれる商品やサービスを生み出せる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。