#マーケティング #顧客起点 #価値創出
自社が参入している商品カテゴリーにおいて、何か改善の余地はないでしょうか?
今回はユニークなノートを展開する大栗紙工 (おおぐりしこう) の事例を取り上げます。お客さんの立場にたち、お客さんの困りごとを解決するために高い使命感から生み出されたオリジナルのノートの物語です。
この事例から学べる、顧客起点からの価値創出のプロセスを紐解きます。
発達障害者用のノート 「mahora」
大栗紙工は、1930年に創立された大阪市で紙製品製造を手掛ける企業です。
もともとノートの大手メーカーの OEM 生産を長年手掛け、ノート製造数は年間約2000万冊に上りました。しかし少子化の影響もあり、売上は近年は減少傾向でした。
自社商品の開発を決断
こうした背景から、大栗紙工は OEM をメインのビジネスから、自社商品の開発へと踏み出したのです。
大栗紙工は、OEM を長年にわたり手掛けていたので、発注元の大手文具メーカーが指定する紙を使い、指定のデザインに沿った高品質なノートを納期通りに生産することは得意でした。
しかし、自社商品となるとオリジナルのものを企画することになり、また販売チャネルも必要になりますが、こうした経験や実績を持っていませんでした。
ターニングポイントは PR の書き方講座の参加
ターニングポイントになったのは、ある予期せぬ出会いでした (参考記事) 。
大栗紙工の取締役の大栗佳代子氏が 「商品開発に成功したあかつきには PR 力が必要なるだろう」 という軽い気持ちで PR の書き方の講座に参加したことが、自社商品開発のヒントになりました。
その PR 講座の講師は発達障害に詳しく、大栗紙工がノート製造を行っていると知ると、「発達障害者は一般的なノートに使いにくさを感じている。彼ら・彼女らが負担なく使えるノートを作ってみては」 と、発達障害者の支援者団体を紹介してもらえたのです。
衝撃を受けたノートへの認識
そこで聞いた話は衝撃的だったそうです。
「ノートの白い紙はまぶしくて落ち着かない」 、「何本も引かれた罫線を判別できず、書いているところを見失ってしまう」 、「表紙のイラストやロゴのせいで気が散る」 。
無数の情報から必要なものを自然と選ぶことのできる健常者に比べ、発達障害がある人は取捨選択が難しいため、罫線入りの中紙をデザイン性の高い表紙でとじた一般的なノートは、集中力をそぎ、字を書くことを困難にしていたのです。
こうした状況を目の当たりにし、大栗氏は発達障害の人にとってのノートの不を解決したいという使命感のようなものが芽生えました。ノート製造業者である自分たちが、何の疑いもなく作り続けてきたノートに使いづらさを感じている人がいると知り、居ても立ってもいられない気持ちになったとのことです。
発達障害の人向けに開発したノート
発達障害の人向けに開発したノートは、サイズは一般的なセミ B5 で、中紙の色はまぶしさが軽減されやすい淡色とし、13色の候補の中から特に支持が高かったレモン色とラベンダー色の2色が選ばれました。
行の判別を付けやすくするため、「太い罫線と細い罫線を交互に引いたもの」 「網掛けの帯を用いて地色 (じいろ) との差を出し、行を識別しやすくしたもの」 の2種類を独自に考案しました。
情報をむやみに多くして発達障害の利用者を惑わせないよう、ノートのデザイン自体はごくシンプルなものになりました。表紙にはロゴやイラストを描かず、中紙は罫線のみとし、日付欄なども省いています。
こうして、mahora (まほら) という自社商品のノートが2種類完成したのです。
商品と顧客の拡大
その後、「発達障害児には、記憶をとどめておく力が弱い子どもが一定数おり、メモ帳を携帯するよう指導している」 と聞き、3つのミニサイズ (B6, A6, B7) がシリーズに加わりました。
また 「ノートを家に忘れた子どもには、白いコピー用紙を1枚渡し、授業内容を書かせている」 との話にヒントを得て、ノートのようにとじていない A4 サイズのシートタイプを製品化することも決めました。
カラーバリエーションは新たにミント色を加えた3色とし、2021年2月、アイテム数を一気に36種類まで拡大して再発売。2023年12月には、小学生向けの学習帳もほしいとの利用者からのリクエストを形にすべく、マス目を印刷した小学生向けの 「まほらゆったりつかう学習帳」 もリリースされました。
発売開始から4年がたち、mahora の累計販売数は13万冊を超えます (参考記事) 。
利用者は発達障害者の人たちだけはでなく、白内障や高次脳機能障害を持つ人などにも拡大しました。「紙が厚く、しなやかなため、強い筆圧で書いても裏移りせず、消しゴムもかけやすい」 や 「書いていて疲れない」 など、ノートとしての機能性が評価され、リピート買いする文房具ファンも生まれています。
学べること
では大栗紙工のノート 「mahora」 から、学べることを掘り下げていきましょう。
mohara の開発プロセス
大栗紙工は、OEM 依存のビジネスモデルから脱却するために、自分たちのオリジナルノートの開発を目指しました。
PR の書き方講座へのふとした参加がきっかけとなり、高い使命感から発達障害者の人たちに絞ったノートの開発に乗り出しました。製品開発の方向性が明確になり、その後の製品設計において具体的な要件が定義できたのです。
開発方針の立脚点になったのは、発達障害者のノート使用において直面する困りごとでした。通常のノートでは解決されていない不便な点、たとえば、紙の白さが強すぎて目に優しくない、罫線が複雑に見えてしまい書きづらい、表紙のデザインで意識の散漫になるなどです。
大栗紙工は、こうした既存のノートから生じていた発達障害者にとっての使いにくさを解決することを目指しました。そして、完成したのが発達障害者にとって使いやすい、他のノートとは違うノートである 「mohara」 です。
お客さんからはじめる
mohara の商品開発プロセスから学べるのは、始めから 「作りたい商品」 ありきではなく、「ターゲットユーザー」 ありきで進められた点です。まず最初に利用者イメージを発達障害を持つ人に限定して絞りました。
一般的に売られている既存のノートへの対する不便さや問題点が、ターゲットユーザーの立場になることで浮き彫りになります。そうした既存の商品にある問題を定めることで、自分たちはどのように解決するかの解決策も見出すことができます。
顧客起点での価値創出
mohara の事例からの学びを汎用化すると、次のような成功法則が見えてきます。
- お客さんを決める
- お客さんが抱える問題の状況を見出す (例: 既存商品への使いにくさ・困っていること)
- 設定した問題を解決する方法を考える
- 自社商品をお客さんが使うことで、お客さんが得られる価値を定義する
- 解決方法と価値を生み出す商品をつくる
- 商品をお客さんに使ってもらい価値創出を実現する
この一連のプロセスは、顧客起点でのビジネスをつくり出すもので、さまざまな業種に応用ができます。
まとめ
今回は大栗紙工のノート mohara を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントとして、顧客起点での価値創出の流れです。
- お客さんを決める
- お客さんが抱える問題を見極める (例: 既存商品への使いにくさ・困っていること)
- 問題を解決する方法を検討する
- 自社商品をお客さんが使うことでの顧客価値を定義する
- 解決方法と価値を生み出す商品をつくる
- 商品をお客さんに使ってもらい価値創出を実現する
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