投稿日 2024/09/05

公衆トイレ観光ツアー。視点を新しく提供し、価値を高める

#マーケティング #価値認識 #パーセプションチェンジ

街の公衆トイレと聞くと、どんなイメージを持つでしょうか?

 「汚い、臭う、暗い」 といったネガティブな印象が一般的かもしれません。しかし、もし公衆トイレがデザイン性と物語性を兼ね備えた観光スポットになるしたら、どうでしょうか?

今回は、公衆トイレが地元の文化や歴史、さらには映画との連携を通じて、トイレがどのようにして 「他にはない体験」 を提供する場所へと昇華されたかを事例から紐解きます。

そしてマーケティングへのヒントも解説します。

公衆トイレが観光スポットに


日本の公衆トイレが、観光ツアーの対象になっていて人気です。

公衆トイレは 「臭い、暗い、汚い」 というイメージから変わり、観光目当てとなり開放的で清潔な場所になりつつあります。

観光トイレツーリズムと銘打ち、公衆トイレを集客につなげる自治体もります。たとえば渋谷のトイレ観光ツアーの様子を見てみましょう。

渋谷のトイレツアー

渋谷で2024年3月に始まった公衆トイレを巡るツアーは、参加費は4950円で、毎週木曜と土曜に開催しています。ツアーは東と西の2つのコースがあります。

渋谷区が日本財団と連携して始めた公衆トイレ改修プロジェクト 「THE TOKYO TOILET」 の一環で、安藤忠雄さんや隈研吾さんなど有名建築家がデザインを手掛けました。役所広司さんがトイレ清掃員を演じた映画 「パーフェクト・デイズ」 の舞台にもなり、映画の人気と相まって国内外から注目を集めています。

ツアーの様子

ある日のツアーでは、渋谷の公衆トイレ9カ所を2時間半かけて巡る西コースで、次のような様子でした。

 「このツアーにトイレ休憩はありません。そのかわり、いつでもトイレに行けます」 。4月上旬、ガイドの丸山久世さんは集まった参加者にこう呼びかけて笑いを誘った。

米国から旅行中のマイケル・シュヴェンクさんはパーフェクト・デイズを2回見てからツアーに参加した。「銃が出てこなくて、静かな日々が進んでいくのがいい」 という。友人に 「Tokyo Toilet Tour に参加するよ」 とメッセージを送ると 「バンドのツアー?」 と返信があったそう。まさかトイレだけを巡るツアーがあるとは思うまい。

5カ所目を終えて車に戻ると、ガイドの丸山さんから 「みなさん飽きてませんか?」 と声掛けが。こんな配慮をするツアーも珍しい。参加者の1人は 「たしかに最初と比べると少し飽きてきました」 と正直に答えていた。いくら美しくてもトイレはトイレだ。

そんな空気を吹き飛ばす出来事が8カ所目のトイレで起きた。清掃員に遭遇したのだ。ツアー中に巡り合えることは少ないという。少しだけ清掃の手を止めて、参加者と写真撮影してくれた。「パーフェクト・デイズを見たお客さんから撮影を求められるようになりました。今までこんなことなかったので最初はためらいがありましたが、最近は肩を組んで撮っています」 という。

ツアーの最後にガイドの丸山さんは 「トイレばっかり2時間半、本当にお疲れさまでした。ぜひ普通に使ってください。そして、きれいに使おうという気持ちになってもらえたらうれしいです」 と話していた。

広島のトイレツアー

もう1つトイレツアーの事例をご紹介します。こちらは広島です。

広島県府中市は2020年に観光トイレツーリズムと題した取り組みを始めました。地元の人たちから公衆トイレをきれいにしたいと要望があり、補助金を出すことになったので、せっかくなら観光スポットとして打ち出すことにしたというのが背景です。

観光の対象となったトイレは府中市内に7カ所あり、たとえばあじさいが有名な地区のトイレには壁にあじさいの絵が描かれています。

トイレの観光スポット化の歴史

実はトイレの観光スポット化というのは最近はじまったものではありません。

最初の事例とみられるのは静岡県伊東市で、1979年まで遡ります (参考記事) 。

企画した当時の市職員の方は、「観光客から出る苦情の多くはトイレに集中する。決して奇をてらうつもりはなく、ただただ利用者の立場にたって "清潔なトイレづくり" を目指した」 と記しています。今では39カ所あり、それぞれ個性的な名前がついています。たとえば 「半四郎の落し処」 は、静岡県の伊豆半島東部に位置する城ケ崎海岸で、海草採りの名人だった半四郎が断崖からあやまって転落したという故事にちなんだものです。

学べること


では公衆トイレが観光ツアーのプログラムに取り入れられているという話から、マーケティングの観点で学べることを掘り下げていきましょう。

公衆トイレへの再評価

公衆トイレが観光スポットとして脚光を浴びるようになった話は、人々のこれまでの認識を変え、既存のモノに新しい価値を加えるために示唆に富みます。

これまで 「臭い、暗い、汚い」 という否定的なイメージで捉えられがちだった公衆トイレの存在でしたが、トイレツアーでは 「清潔でアートな空間」 として、「清掃員のストーリーのある場所」 と再評価されています。

デザイン性からの魅力

一般的には公衆トイレは用を足す場所と見なされますが、観光地としての可能性を見出した自治体や関連団体は、トイレを単なる公衆設備から 「他にはない体験」 へと昇華させました。

この過程で注目したいのは、公衆トイレの機能性だけでなく、デザイン性にも焦点を当てていることです。

たとえば、東京の渋谷では 「THE TOKYO TOILET」 というプロジェクトが始まり、世界的に著名な建築家たちがトイレの設計に参加。これにより、通常のトイレを超えた芸術的なアート空間へと生まれ変わりました。

ストーリーという魅力

モノへの価値を高めるためには、デザイン性だけではなく、それをどのように人々に伝えるかも大事です。

渋谷のトイレツアーや広島県府中市の取り組みでは、それぞれのトイレに込められたストーリーが語られてます。

これらのツアーでは、トイレそのもののデザインや清潔さを前面に出しつつ、地元の文化や歴史と結びつけることで、全体で1つのストーリーを紡ぎ観光体験をもたらしています。

また、映画 「パーフェクト・デイズ」 のように、エンタメコンテンツやメディアとも連動させ、「パーフェクト・デイズ」 の映画の舞台になった公衆トイレは、映画を見た人のファンにとって聖地のようにとなり、公衆トイレの魅力を一層高めています。

訪れたいと思う場所に

このようにして生み出された新しい公衆トイレは、ただ清潔であるだけでなく、「訪れる価値がある場所」 としての人々からの認識を変えることに成功しました。

トイレがただのトイレではなく、「訪れてみたい」 と思わせる観光スポットに変わることで、公衆トイレの持つ価値イメージは向上したのです。

マーケティングの力

今回のトイレ観光の事例から学べることを汎用化すると、商品そのものの物理的な価値だけでなく、それをどのように見せるか、どのように語るかがお客さんの認識や価値イメージを左右するということです。

公衆トイレの事例は、既存の商品やサービスでも、その訴求方法の切り口を変えることで、新しい価値を生み出せる可能性を示しています。公衆トイレという日常的でありながら見過ごされがちだった存在を、マーケティングからの仕掛けを展開することで 「訪れたい場所」 に変えたわけです。

マーケティング活動では、商品そのものの機能や品質に焦点を当てることも重要ですが、それをお客さんにどのように感じてもらうかも大事です。公衆トイレのような日常的なものでも、異なる角度から魅力を切り取り、新しい視点を提供することで、人々の関心を引き、記憶に残る体験をもたらすことができるのです。

公衆トイレのケースは、マーケティングが持つ 「認識を変える力」 を示すものであり、他の製品やサービスにも応用が可能です。

機能面だけでなく、デザインやストーリーを加えることで、一見平凡なものでも特別な体験に変えることができるという教訓は、ビジネスにとってヒントとなります。

まとめ


今回は公衆トイレが観光ツアーの対象になっているという事例から、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 公衆トイレは 「臭い、暗い、汚い」 というネガティブな印象で捉えられる、トイレとしての機能面だけではなくデザイン性、さらに地元の文化や歴史、映画などの物語性を加えたストーリーに焦点を当てた観光ツアーの対象とすることで、「他にはない体験」 を提供する場へと昇華した

  • 異なる角度からアプローチすることで、ありふれたものでも人々から望まれる存在に変えられる

  • マーケティングへの示唆は、既存の商品やサービスにも新しい切り口で魅力を訴求することで、人々の認識を変えることができること。機能、デザイン、ストーリーのかけ合わせによって、商品やサービスに深みを与えお客さんの心に残るブランドを築ける


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。