#マーケティング #顧客起点 #ブランド戦略

技術は進化していたのに、シェアは落ちた――。

花王の衣料用洗剤アタックは、抗菌や洗浄力などの機能を磨き続けながら、2010 年代後半に失速しました。2021 年にはシェアが 33% まで低下します。そこで花王が見直したのが、商品名の 「主語」 でした。

 「オールイン」 や 「抗菌タイプ」 から、「部屋干し」 や 「ラク干し」 へ。売り手が語りたい機能を前に出す言葉から、お客さんの生活や悩みをそのまま表す言葉へと変え、シェアは 2025 年に 40.1% まで回復しました。今回はアタックの変遷をたどりながら、マーケティングへの教訓を紐解きます。

花王アタックの変遷

まずはアタックが何につまずき、どのように立ち直ったのかを見ていきましょう。

ヒットから失速まで

花王のアタックは 1987 年、大型洗剤全盛期に 「スプーン 1 杯で驚きの白さ」 のコピーで登場し、1 年でシェア 50% を超えました。その後も 2009 年の 「アタック Neo」 で 2.5 倍濃縮とすすぎ 1 回を実現するなど、技術的な進化を重ねていきます。

ところが 2010 年代後半、アタックは失速します。この時期のラインアップは 「オールイン」 や 「抗菌タイプ」 といった機能訴求でした。一方で競合の 「アリエール」 (P&G) は 「部屋干し」 や 「スポーツ」 といったシーン別展開で追い上げ、アタックのシェアは 2021 年に 33% まで落ち込みます。

この時期は、機能をうたうばかりで使う側にとって分かりにくい商品展開になっていました。

復活と次の一手

2022 年、花王はラインアップを 「部屋干し」 や 「ラク干し」 など、お客さんの場面そのものを名前にしたものに再編します。毎日部屋干しだと生乾き臭が気になる、高齢で洗濯機の中で絡まった洗濯物を取り出しにくい、という具体的な悩みに応える商品を並べたのです。

この転換が効いて、花王のシェアは 2025 年に 40.1% まで回復。競合を引き離しました。2026 年 3 月のリニューアルでは、服だけでなく洗濯槽まで除菌する機能を加え、多くの人がまだ言葉にできていなかったような不安まで先回りして応える展開に進んでいます。

復活のカギは 「機能訴求」 から 「悩み訴求」 への転換

では花王のアタックの復活を分けたのは何だったのか、詳しく見ていきましょう。

問題は翻訳せずに出したこと

失速期の 「オールイン」 や 「抗菌タイプ」 は、開発した側から見た成果の名前です。この言葉を棚の前で見たお客さんは、自分の生活にどう関係するのかを頭の中で翻訳しなければなりません。抗菌とは何か、自分にとってそれが必要なのか、商品棚の前の一瞬で判断するのは難しい話です。

それに対して復活期の 「部屋干し」 や 「ラク干し」 は、消費者が日常ですでに使っている言葉としてスッと入りやすいものです。毎日部屋干ししている人も、家事の手間に楽をしたい人も、この言葉を見た瞬間に 「これは自分の悩みを解決してくれる」 と分かります。消費者にとって自分で翻訳をする必要がないわけです。

アタックが失ったのは技術の優位ではなく、お客さんの言葉に翻訳するひと手間でした。問題は機能を伝えたことではなく、機能をお客さんが理解できる悩みに翻訳せずに出したこと、ここに尽きます。

花王は機能をなくしたわけではありません。抗菌も消臭も繊維処方も、技術はむしろ進化しています。変えたのは、技術を前に出すか、悩みに翻訳してから差し出すか、その順番でした。

ブランドは機能で選ばれるのではなく、悩み理解の深さで選ばれる

お店の商品棚の前で消費者が商品を選ぶ時間は、ほんの数秒です。この数秒で 「自分の悩みを解決してくれる」 と伝わるかどうかで、勝負は決まります。翻訳が必要な言葉は、その数秒で負けてしまうでしょう。

機能訴求のアタックは 「性能の塊」 として棚に並んでいました。一方の悩み訴求のアタックは 「自分の悩みに応えてくれる存在」 として棚に並びます。同じブランド、同じ売り場、同じお客さんを前にしても、ブランドの立ち位置が違って見えるのです。

ここに、ブランドの本質があります。ブランドは機能で選ばれるというよりも、悩み理解の深さ、この商品やサービスがいいという信頼で選ばれる。機能は模倣されますが、お客さんの悩みに一番深く入り込んだブランドは、選ばれ続けます。

顧客起点の商品開発とブランド設計

この転換は、洗剤という成熟カテゴリーで起きた、というところにおもしろさがあります。

成熟市場ほど 「場面軸」 への切り替えが効く

衣料用洗剤は技術的にはかなり成熟しており、どのブランドでも基本性能の差は縮まっています。このような市場で機能を前面に出し続けると、消費者から見ると差が見えにくくなります。

そこで場面軸に切り替えると、風景が変わります。

部屋干しをする場面、体力的に楽をしたい場面、スポーツの汗や土汚れを落としたい場面、それぞれに応える商品が棚に並ぶ。お客さんは自分の生活のどこに当てはまるかを一瞬で判断でき、ブランド間の差も 「自分の悩みに一番近いのはどれか」 という基準で見えるようになります。

商品名をお客さんがすでに使っている言葉でつけるのも大切な工夫です。新しい概念を教え込もうとするのではなく、すでにある言葉の横に立つ。そうすると、お客さんが理解する負担が小さくなります。

悩みを先回りして言語化することで、カテゴリーを広げる

顧客起点の商品開発は、聞いた悩みに応えるだけではありません。お客さんがまだ言葉にできていない不安を、代わりに言語化してあげる段階まで進められます。

2026 年のアタックの洗濯槽除菌はこの段階の動きです。洗濯機の中の汚れがなんとなく気になるという漠然とした感覚はあっても、それをはっきり言葉にできていた人は多くないでしょう。花王はこの不安を代わりに言葉にし、それに応える商品として提示しました。

お客さんの代弁者になれたブランドは、カテゴリーそのものの定義を広げることができます。洗剤は 「服をキレイにするもの」 から 「洗濯体験全体をキレイにするもの」 へと広がれば、そのカテゴリーの中でできることも増えていきます。

汎用的な学び

花王のアタックの話を一歩引いて、他の業界にも通じる学びを考えてみましょう。

売れているときほど、主語は売り手側に戻りやすい

成功体験が続くと、ブランドの語り口は内側に寄っていきます。技術の話、受賞の話、機能名の話と、どれも会社にとっては誇らしく、社内では歓迎されることでしょう。

ただしお客さんの立場から見ると、企業の内側の話は遠い話です。売れている間はこの問題が見えません。商品棚で自社商品が追い越されて、初めて主語が自社になっていたと気づくのです。

だからこそ、ラインアップ、コピー、パッケージの言葉を定期的に声に出して読み、主語がお客さんの生活の言葉になっているかを確かめることが有効です。

顧客理解は、一度やれば終わる活動ではない

消費者の悩みは時とともに変わります。共働きが増え、高齢化が進み、ドラム式洗濯機が普及するという、そのたびに家事の悩みは形を変えていきます。

アタックの 40 年の歴史は、お客さんの悩みを聞き直し続けた歴史に他なりません。選ばれ続けるブランドとは、お客さんの悩みを問い直し続けるブランドのことです。

ビジネスの現場では、お客さんの悩みを聞き直すたびに新しい発見があります。顧客理解とは終わりのない活動で、だからこそやり続ける価値があるのです。

まとめ

花王アタックの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • 顧客を主語にし、機能をそのまま伝えるのではなく、顧客がすでに使っている生活やビジネスの言葉に翻訳してから商品届ける
  • ブランドの差をつくるのは機能の優位ではなく、顧客の悩みをどれだけ深く理解しているかという、模倣のしにくい部分にある
  • 顧客の悩みは時代とともに形を変える。顧客理解とは一度で終わる活動ではなく、悩みを問い直し続ける姿勢で続けることが大事