#マーケティング #事業戦略 #顧客価値
外部委託サービスを提供する企業が最初に乗り越えるべき相手は、顧客企業の 「自分たちでできる (外部に委託する必要はない) 」 という思い込みかもしれません。競合する外部委託サービスよりも、この思い込みのほうが大きな壁になることがあるはずです。
インフラ点検のビジネスは、その一例です。中部電力パワーグリッドは、ドローンと AI を活用した点検事業によって、顧客企業のこうした思い込みを乗り越えようとしています。
今回は、中部電力パワーグリッドの事例から顧客価値を生み出すマーケティングを紐解きます。
中部電力パワーグリッドの 「ドローン × AI 点検サービス」
出典: 中部電力パワーグリッド
中部電力グループの送配電会社である中部電力パワーグリッドは、2025 年 9 月から、ドローンと AI を使った点検サービスを外部の顧客企業に提供しはじめました。自社の送電鉄塔を長年点検する中で培ってきた技術を活用したサービスで、顧客企業が保有する架空送電の設備を対象としています。
中部電力パワーグリッドのパートナー企業は、ドローン関連ソフトを手がけるセンシンロボティクスです。両社が共同開発した点検アプリ 「POWER GRID Check」 が、この事業の基盤になっています。
中部電力パワーグリッドは 2019 年からドローンの活用を検討し、2021 年に現場運用を開始しました。2023 年には AI による異常検出技術を開発し、2024 年に検出できる不具合の種類を拡大。2025 年 9 月には、点検から補修計画の策定までを含む 「送電設備点検コンサルティングサービス」 も開始しています。
中部電力パワーグリッドの自社の点検業務では、すでに成果が出ています。ドローンと AI によって点検時間を 8 割削減し、必要な人員も約 6 割減らせたとのことです。これを外部の顧客企業に展開するというのが今回の話です。
「自分たちでできる」 という思い込みを乗り越える
中部電力パワーグリッドがこのサービスを外部に販売する際、最初の壁になるのは顧客の意識です。
インフラ点検は、顧客企業が長年にわたって自社で担ってきた仕事です。現場にはノウハウが蓄積され、担当者も設備のことをよく理解し、点検の手順に慣れています。
点検を行ってきた企業が 「自社の設備のことは、自社が一番よくわかっている」 と考えるのは自然なことです。だからこそ、「今まで自分たちでやってきた仕事を、わざわざお金を払ってまで外部に頼む必要はない」 という発想になりやすいわけです。
しかし、ここに落とし穴があります。自分たちでできる仕事だからといって、自分たちの手でやり続けることが最善とは限りません。
慣れている仕事ほど、そこに隠れたコストや非効率さに気づきにくくなります。
顧客の仕事を肩代わりすることで生まれる価値
中部電力パワーグリッドは、顧客企業がこれまでの業務に対して抱いている点検作業への認識と、外部企業が提供できる価値との間にあるズレを問い直します。
中部電力パワーグリッドの事業は、一見すると点検作業を外部として請け負うサービスです。しかし、提供している価値はより広いものです。
安全性の確保、人員の手配、専門的な判断、補修計画の策定など、点検に伴う様々な負担をまとめて引き受けています。これによる顧客にとっての価値は、具体的には五つの価値に分けられます。順番に見ていきましょう。
■ 危険な作業を減らせる
送電鉄塔などの点検には高所作業が伴い、転落などの危険があります。
人が行っていた点検作業をドローンに置き換えれば、危険な場所に人が立ち入る機会を減らせます。事故リスクの低減、現場社員の身体的な負担軽減、労働安全管理への安心感など、様々な価値につながります。
これらは点検時間の短縮率には表れにくい効果ですが、現場の社員にとっても、経営層にとっても重要な価値です。
■ 人手不足への対応になる
インフラ点検には、経験と専門知識が求められます。一方、現場で働く専門人材の確保や定着は、年々難しくなっています。
ドローンと AI を活用する外部の専門企業に点検を任せれば、顧客企業は限られた人員を他の業務に振り向けられます。人材をより有効に活用できるという価値が生まれるわけです。
■ 点検時間とコストを削減できる
中部電力パワーグリッドでは、点検時間を 8 割、必要人員を約 6 割削減するという成果が出ています。
撮影と画像解析を自動化することで、広い範囲を短時間で点検できるようになります。同じ仕事をより短い時間と少ない人員で終えられるため、点検業務全体の管理コストも削減できます。
■ 判断の質を高められる
人の目視による点検は、担当者の経験や注意力に左右されます。熟練者は優れた判断力を持っていますが、経験が浅い担当者の場合は判断にバラつきが生じることもあります。
AI を活用すれば、撮影した画像を一定の基準で分析し、設備の劣化や損傷を検知できます。個人の経験に依存していた点検を、再現性のある仕組みに変えられます。点検の品質を高めるとともに、組織として点検業務を管理しやすくなるという価値もあります。
■ 点検から補修計画まで任せられる
中部電力パワーグリッドのコンサルティングサービスは、点検作業に加えて補修計画の策定までを対象としています。
自社で点検を行って不具合を見つけたとしても、その後の対応をどうするかという新たな課題が生じます。外部の専門企業からサポートを受けられれば、より迅速に対応できるでしょう。ここに、顧客企業は自社だけでは得にくい価値があります。
マーケティングへの示唆
中部電力パワーグリッドの取り組みから、マーケティングに活かせるどのような学びが得られるでしょうか?
中心となるのは、顧客が持つ 「自分たちでやったほうが早い」 という思い込みを、どう乗り越えるかという課題です。
■ 顧客が当たり前にやっている仕事に目を向ける
ビジネスの機会は、顧客が毎日のように繰り返している日常業務の中に眠っています。
慣れた仕事ほど、そこに隠れた負担や実は非効率な要因に気づきにくくなるものです。顧客が何の疑問も持たずに続けている日常業務に目を向け、その当たり前を問い直すことが、外部委託サービスを設計する第一歩になります。
■ 見えにくい負担を言葉にする
安全上のリスク、作業時間、人員の確保、特定の担当者への依存、教育コスト、記録の手間、判断のバラつきなど、業務には数字に表れにくい負担がいくつもあります。こうした負担は日々の仕事の中で積み重なっています。特に 「自分たちでやったほうが早い」 と思われている業務ほど、その存在が見過ごされやすいです。
そこで、顧客自身も気づいていない負担を見つけ、言語化し相手の言葉に変換して伝え、問題として課題感を認識してもらいます。その上で、一緒に解決できないか、さらには業務全体を引き受けられないかと考えてみるとビジネスの機会が生まれます。
■ 時間とともに強まる優位性をつくる
個々の作業を単発で肩代わりするだけでは、顧客はやがて 「やはり自社でやったほうが早い」 という元の考えに戻ってしまうかもしれません。外部委託サービスでは、利用を続けるほど価値が増す仕組みをつくることが重要です。
中部電力パワーグリッドの取り組みには、こうした考え方が見られます。2021 年にドローンの現場運用を始めて以来、広大な送電網の点検を通じて画像データや運用ノウハウを蓄積してきました。
点検を繰り返すことで、設備の状態が時間とともにどう変化するかというデータも得られます。顧客企業からのフィードバックは AI の精度向上に役立ちます。
データが増えるほど活用できる情報が豊かになります。AI は追加学習によって検出精度を高められ、点検履歴が蓄積されれば補修計画の判断にも役立ちます。
顧客企業も点検作業そのものは自社で行えるでしょう。しかし、点検の判断を支える豊富な経験を短期間で再現するのは容易ではありません。中部電力パワーグリッドが積み上げてきた経験は、個々の顧客企業が簡単には追いつけない強みです。
ここに生まれるのは、時間とともに強まっていく 「累積する優位性」 という競争力です。
■ 選ばれ続ける理由をつくる
中部電力パワーグリッドが提供しているのは、個々の点検作業を請け負うだけのサービスではもはやありません。インフラ設備の保全という重要な機能を継続的に担うサービスです。
そうなると、顧客企業にとって中部電力パワーグリッドは、「点検をお願いする外注先」 から 「自社のインフラ保全を支えてくれるパートナー」 へと変わっていくことでしょう。
顧客の 「自分たちでやったほうが早い」 という根強い思い込みを乗り越え、一度きりの優位性を継続的な価値へと育てることで、顧客がそのサービスを選び続ける理由をつくれるのです。
まとめ
中部電力パワーグリッドのドローンと AI をかけ合わせた点検事業からは、外部委託サービスが顧客価値を生み出すための重要な学びが得られます。
学びのポイントをまとめておきます。
- 外部委託サービスの提供企業が最初に乗り越えるべき相手は、想定する顧客企業の 「自分たちでできる」 という思い込みであることもある
- 同じ仕事を同じやり方で単に代行するだけでは、顧客から選ばれる理由としてはまだ弱い
- 今回の事例のように、安全性、人手不足、専門的な判断、補修計画までまとめて引き受けることで、顧客が 「コスト」 と捉えていた外部委託を 「投資」 に変えられる
- 長期的に選ばれる関係は、時間とともに強まる優位性になっていく。利用や契約を続けるほど価値が増す状況をつくることが大事

