#差別化戦略 #価値連鎖 #購買基準

「差別化が大事」と言われて、反対する人はまずいません。

では、差別化はどう考え、どんな順で組み立てればよいのでしょうか?

この問いに、なんと 40 年以上前に答えていたのが、マイケル・ポーターの著書『競争優位の戦略』です。

ポーターといえば「コストリーダーシップ・差別化・集中」の 3 つの基本戦略が有名ですが、本書の第 4 章では、差別化を組み立てる具体的な手順が示されています。

今回は、その手順を事例をもとに紐解きます。自社の差別化をどこから考えていけばいいか、その中でマーケティングに何が求められるかを学べます。

差別化を考える起点は、買い手の「価値連鎖」にある

まずは、ポーターが差別化をどう定義しているかを押さえておきましょう。

ポーターのいう差別化は、買い手が価値を認める点で独自性を持ち、その独自性にかかる追加のコストを上回る価格で売れている状態を指します。

差別化の判断の基準になるのは、他社との違いで高く売れているか、あるいは同じ価格でも優先して選ばれ続けているかです。では、買い手が価値を認める独自性は、どこから生まれるのでしょうか?

ポーターは、その手がかりを「買い手の価値連鎖」に求めています。価値連鎖(バリューチェーン)は、企業の活動を購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスといった一連の流れとして捉えるものです。

ポーターは、売り手だけでなく買い手の側にも同じように価値連鎖があると考えました。差別化は、自社の活動が買い手の価値連鎖に影響を与え、買い手のコストを下げるか、買い手の成果を高めるときに生まれます。

BtoB の企業向けなら、故障が少なく現場の手間が減る機械や、在庫を抱えずに済む納品体制がその例です。BtoC の一般消費者向けにも、製品を買い、保管し、使い、手入れをして、片付けるという一連の価値連鎖の活動があり、そのどこかの手間を減らすか、満足を高めるものが選ばれます。

たとえば、ダイソンの掃除機を思い浮かべてみてください。ダイソンが登場する前の掃除機の多くは紙パック式で、家庭では紙パックを買い置きし、いっぱいになったら交換して捨てるという手間が残っていました。

しかも、紙パックの目のところにゴミが詰まっていくと、中が満杯になる前に掃除機の吸引力が落ちていきます。ダイソンの創業者のジェームズ・ダイソンは、紙パックを替えても吸引力が戻らないことに不満を抱き、紙パックを使わないサイクロン式の掃除機を開発しました。

家庭の価値連鎖でいえば、ダイソンの掃除機は紙パックにまつわる手間をまとめて取り除き、吸引力が落ちないという成果をもたらす製品です。

興味深いのは、ダイソンが当初この技術を大手メーカーにライセンスしようとしたとき、各社が受け入れなかったことです。交換用の紙パックの販売はメーカーにとって大きな収益源で、家庭にとっての手間が、メーカーの側では売上になっていたわけです。

自社の価値連鎖だけを眺めていると、買い手が払っている負担には気づきにくいものです。買い手の価値連鎖をたどると、競合がまだ手をつけていない差別化の余地を見つけられます。

それでは、買い手の価値連鎖から、どのように差別化を組み立てればよいのでしょうか?

差別化の組み立て方

ポーターは第 4 章の終わりで、差別化戦略を組み立てる手順を示しています。

最初の一歩は、買い手が誰なのかを決めるところから始まります。

買い手は誰かを定める

見落とされやすいのが、買い手は一人とは限らないという点です。企業向けの商材なら、購買担当、実際に使う現場、決裁する経営者がいて、それぞれ見ているものが違います。

購買担当は価格を、現場は使いやすさを、経営者は投資に見合う成果を気にするというように、誰を買い手と見るかで捉えるべき基準が変わります。家庭でも、掃除機を選ぶ人と毎日掃除をする人が同じとは限りません。

ポーターは、購買の意思決定に関わる人を特定してから購買基準を考えるよう求めています。

買い手の価値連鎖から購買基準を捉える

買い手が定まったら、次はその人が何を基準に選んでいるかを捉えにいきます。キーワードは「購買基準」です。

購買基準は、買い手がどこに価値を見いだし、お金を払ってでも手に入れたいと思うかを表す基準です。ポーターは、自社の活動が買い手の価値連鎖のどこに影響するかを見ていき、そこから購買基準を洗い出して、重要度の順に並べるよう説きます。

たとえば掃除機なら、紙パックの交換の手間、掃除機の吸引力が落ちないこと、ゴミ捨てのしやすさなどが、家庭の価値連鎖から出てくる購買基準の候補です。買い手の日々の行動や習慣を把握しながら購買基準を探っていきます。

ポーターは、こうした購買基準を 2 つの種類に分けています。

「使用基準」と「シグナル基準」の両方に応える

1 つ目は「使用基準」で、品質や耐久性、使いやすさのように、実際に買い手の価値を生む要素を指します。2 つ目は「シグナル基準」です。シグナル基準とは、評判や実績、広告、外観、価格のように、買い手が価値を推測する手がかりになるものです。

シグナルが必要になるのは、買い手が購入前に価値を正確に見極められないからです。たとえば歯医者を選ぶとき、患者は治療技術を自分では評価できないので、待合室の清潔さや口コミから「ここなら丁寧に診てくれそうだ」と判断するはずです。

ポーターは、実際の価値が高くてもシグナルが弱ければ選ばれず、価格にも反映されないと述べています。技術に自信のある企業ほど、良いものをつくれば分かってもらえると考えて、シグナルを軽く見てしまうという指摘です。

ダイソンでいえば、「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」というコピーがシグナル基準にあたります。

使い続けても吸引力が落ちないかどうかは、買う前には確かめられません。そこでこのコピーが、買い手の望むこと(購買基準)を一言で示し、店頭や広告の段階で「よく吸い続ける唯一の掃除機だ」と判断できるようにしているわけです。

シグナル基準を信じてもらうには、根拠もあわせて示すことになります。マーケティングでいう RTB(Reason to Believe、信じる理由)です。

ダイソンの場合は、紙パックを使わずに遠心力でゴミと空気を分けるサイクロン式の仕組みが、目詰まりが起きにくく吸引力が落ちない理由になります。

コストと見合わせて応え方を選ぶ

独自性をつくるには、一般的には追加のコストがかかります。ポーターは、どの購買基準に、使用基準とシグナル基準のどちらか、あるいは両方で、どこまで応えるかを、コストと見合わせて選ぶよう提案しています。

たとえば「長く使える」という基準に応えるなら、耐久性を高める開発に投資する方法もあれば、長期保証をつけて安心感を示す方法もあります。買い手の評価に対してどちらが安く済むかを比べ、費用対効果の高い組み合わせを選ぶのが、この段階での判断です。

手順の中には、差別化に関わらない活動のコストを削ることも含まれています。差別化を狙う企業でも、コストで大きく劣ってしまうと、価格の上乗せ分がコストに吸収されてしまい利益を得られないからです。

ここまでの差別化の手順を見てくると、マーケティングの役割についてあらためて気づくことがあります。

マーケティングは、全社の差別化をつなぐ中核活動の一つになる

買い手は誰かを定め、買い手の価値連鎖から購買基準を捉え、使用基準とシグナル基準をコストと見合わせて選ぶという手順は、どれも今のマーケティングで使われている考え方に通じます。驚くのは、これらが今から 40 年以上前の 1985 年に出版された本の中で、すでに具体的な方法として書かれていたことです。

たとえば買い手の価値連鎖は、顧客が製品を買ってから使い終えるまでの行動をたどる点で、カスタマージャーニーやジョブ理論(顧客が片付けたい用事から考える理論)に通じます。シグナル基準は、ブランドやコミュニケーションが購買に果たす役割を、戦略の観点から説明したものです。

買い手を定め、購買基準を捉え、シグナルで価値を伝える場面は、顧客理解を深め、価値の伝え方を考えるマーケティングが主に担う仕事です。ポーターは 1985 年の時点で、マーケティングを販売の一機能にとどめず、競争優位をつくる活動として位置づけていたのです。

一方で、使用基準に応える独自性は、マーケティングだけではつくれません。ダイソンの吸引力も、5,127 台の試作機を経た製品開発と、量産する製造があって実現しました。

ポーターは、製品だけを見て価値連鎖全体を見ないことを、差別化の落とし穴の一つに挙げています。調達、製造、物流、販売・マーケティング、サービスのどの活動も独自性の源泉になり得ますが、各部門がそれぞれに工夫しても、買い手の評価につながるとは限りません。

そこでマーケティングの出番になります。マーケティング担当者が買い手の購買基準を理解し、開発や製造、物流の担当者と共有し、どの購買基準に技術で応え、どの基準をシグナルで伝えるかを一緒に決めていくと、各部門の工夫が同じ購買基準に向かっていきます。

まとめ

  • 差別化は、自社の活動が買い手の価値連鎖に影響を与え、買い手のコストを下げる、または成果を高める、あるいはその両方を実現するときに生まれる
  • ポーターが著書『競争優位の戦略』で示した差別化の手順は、買い手を定め、価値連鎖から購買基準を捉え、使用基準とシグナル基準で応え、コストと見合わせて応え方を選び実行していく
  • マーケティングは、買い手の理解と価値の伝え方を主に担い、価値連鎖全体の活動をつなぐ中核活動の一つ

ポーターが示した差別化のプロセスでは、マーケティングが重要な役割を担っていました。ポーターはマーケティングを販売の一機能にとどめず、競争優位をつくる柱となる活動の一つへと引き上げています。

どの購買基準に、使用基準とシグナル基準のどちらで応えるかを、自社のコストと見合わせて選ぶ判断が、買い手に選ばれる理由をつくります。