#マーケティング #顧客設定 #選ばれる理由

実は 「たまごっち」 は、最初は男児向けに企画された商品でした。

初期のアイデアは 「デジタルな虫を育てる腕時計」 のようなもので、そこから注力顧客が変わったことにより、商品の形も、遊び方も、広がり方も変わっていったのです。

今回は、たまごっちの事例から、注力顧客を見直すと提供価値がどう変わるのかを解説します。

たまごっち

出典: Tamagotchi

まずは、たまごっちの歴史を簡単に振り返っておきましょう。

携帯型のデジタルペット

たまごっちは、バンダイが 1996 年に発売した携帯型のデジタルペットのおもちゃです。卵型の本体に液晶画面があり、3 つのボタンを使ってキャラクターにごはんをあげたり、一緒に遊んだりしながら育てていきます。

遊んでいると、命ある存在を預かっているような感覚になるのが特徴です。世話をすれば育ち、放っておけば弱り、やがて別れのときも訪れます。

 「育てる」 「愛着を持つ」 「別れを経験する」 という体験が、たまごっちを他のおもちゃとは違う存在にしました。そんなたまごっちは、これまでに 4 度のブームを経験しています。

四度のたまごっちブーム

出典: バンダイ

第 1 次ブームは 1996 年の初代たまごっちです。発売前のテスト販売から売り切れが起こり、発売後はたまごっちは社会現象にまでなりました。一方で、需要予測の難しさから大量の在庫を抱えるという失敗も経験しています。

第 2 次ブームは 2004 年頃です。携帯電話や赤外線通信と連動させ、当時の人たちの生活に合った遊び方へと広げました。

続く 2008 年の第 3 次ブームでは、カラー液晶やキャラクター展開によってたまごっちの世界観がより豊かになりました。そして 2024 年からの第 4 次ブームでは、平成レトロや平成女児カルチャーの流行に 30 周年に向けた仕込みが加わり、たまごっちは再び注目を集めています。

こうした 4 度のブームを俯瞰すると、たまごっちには変わった部分と変わらなかった部分がはっきり見えてきます。

変えることと変えないこと

たまごっちは、ブームのたびに新しい技術や生活者の行動を取り入れてきました。通信機能、カラー液晶、コラボレーション、Wi-Fi 接続などは、時代に合わせて変えてきた部分です。

一方で、卵型の本体、3 つのボタン、育てる体験、たまごっちの世界観はずっと守り続けてきました。時代に合わせて変える部分と、ブランドの芯として簡単には変えない部分の両方を持っていたことが、何度もブームを生み出せた理由でしょう。

では、ここからは時計の針を戻して、たまごっちが最初はどんな人に向けて生まれた商品だったのかを見ていきます。

注力顧客が変わると、様々なことが変わる

たまごっちの初期開発で興味深いのは、注力顧客が男の子から女の子へと変わったことです。

注力顧客が変わると、それに合わせて製品の形、遊び方、持ち歩き方、広がり方まで変化しました。順を追って、最初の企画から見ていきましょう。

最初は男の子向けの時計だった

1996 年の初期のたまごっちは、男の子向けにデジタルな虫や生き物を育てる腕時計のような企画でした。当時のバンダイはヒーローやロボット、変身アイテムなど男の子向けの玩具を多く手がけていたので、デジタルな生き物を捕まえたり育てたりする発想は自然な流れだったのかもしれません。

この時点のたまごっちは、収集、捕獲、観察といった遊びやガジェットものに近く、男の子が持つ小さなデジタル生物のような位置づけでした。ところが、市場の反応を見ていくうちに、企画の方向性は変わっていきます。

女の子に刺さる可能性が見えてきた

原宿や渋谷での調査や女子高生のたまごっちへの反応から見えてきたのは、男の子よりもむしろ女の子にたまごっちが刺さるのではないかという仮説でした。女子高生は流行の発信源でもあり、気に入ったものをカバンにつけて持ち歩き、友達と見せ合いながら話題にしてくれる存在です。

そうした広がり方を考えると、たまごっちは女子高生と相性のよい商品でした。

腕時計からキーホルダーへ

当初は男の子向けの腕時計として考えられていたたまごっちは、女子高生がカバンにつけやすいキーホルダー型に変わりました。これは小さな形状変更に見えるかもしれませんが、マーケティングの観点では大きな変化です。

腕時計は身につけるアイテムですが、キーホルダーは持ち歩いて人に見せるもので、友達との会話のきっかけにもなりやすいです。たまごっちは個人で遊ぶガジェットから友達とのコミュニケーションを生むものへと変わり、形に加えて育てる対象も変わっていったのです。

虫から変なペットへ

最初は虫や生き物に近かった育てる対象も、女子高生向けに考えていく中で、変だけどかわいいペットのような存在に変わっていきました。遊び方も、捕まえる、観察する、集めるといった行為から、お世話をする、かわいがる、連れて歩くといったものへ移り、たまごっちは小さなペットになっていきます。

ここから見えてくるのは、同じアイデアでも、誰に向けるのかが変われば使われ方も見せ方も、そして提供価値も変わるという商品開発への学びです。

たまごっちの場合、注力顧客を見直したことによって商品の輪郭が磨かれ、男の子向けのデジタルな虫で遊ぶ腕時計が、女子高生の女の子たちが持ち歩きたくなるデジタルペットになりました。その変化が、社会現象への入口を開いたわけです。

では、形が定まったたまごっちは、なぜこれほど多くの人を惹きつけたのでしょうか?

育てたい・愛でたい気持ちに、独自の価値で応える

たまごっちからは、もうひとつ大事な学びが得られます。多くの人が共感できる普遍的な気持ちに応えながら、提供価値には独自の尖りを入れていることです。

土台にある普遍的な気持ち

たまごっちが国や世代を超えて広がった理由のひとつは、育てたい・愛でたいという人間の普遍的な気持ちに応えたことです。かわいいものを見守りたい、自分の世話で少しずつ成長していく存在に愛着を持ちたいという気持ちは、多くの人に共通しています。

たまごっちは、こうした感情を小さな卵型の本体に宿しました。画面の中のキャラクターは小さく表現もシンプルですが、お腹がすけば気になり、元気がなければ心配になり、育っていくとうれしくなります。

こうした普遍的な気持ちに応えていたので、たまごっちは子どもから大人まで幅広い人々に受け入れられたのでしょう。

普遍的なだけでは記憶に残りにくい

とはいえ、普遍的な気持ちに応えるだけでは、他の商品との違いは生まれにくいものです。

育てたい・愛でたいという気持ちに応える商品なら、似たものは他にもつくれます。かわいくて、育てられて、持ち歩けるというだけでは、理解はされても強く記憶には残りにくいことでしょう。

人の心に残る商品には、少し変で、ちょっと不便なのに、なぜか気になるという引っかかりがどこかにあるものです。たまごっちには、そうした引っかかりが 2 つありました。

死ぬという仕様

ひとつ目の引っかかりは、キャラクターが死んでしまうことです。デジタルのおもちゃなら死なないようにもできたはずですし、ポーズボタンをつけて、忙しい時は一時停止をして時間を止められるようにする方法もあったでしょう。

それでも、たまごっちは現実と同じように時間が流れ、世話をしなければ弱っていく仕様を選びました。便利さだけを考えれば不親切ですが、不便さがあるからこそ、命を預かっている感覚が生まれます。

放っておくと失ってしまうので気になります。別れがあるので、育てた時間が特別なものになります。たまごっちは楽しさに加えて切なさも味わえる体験を提供し、あえて便利にしなかった仕様が愛着を生み、記憶に残る理由になりました。

ヘンテコな世界観

ふたつ目の引っかかりは、たまごっちらしいヘンテコな世界観です。かわいさの中に、おやじっちのようなキャラクターや少し奇妙な見た目、手書き感のあるパッケージなど、どこか不思議な空気が漂っていて、その 「ちょっと変」 な感じが人を惹きつけます。

無難にかわいいだけなら、安心はされても記憶には残りにくいでしょう。たまごっちは、かわいさの中に意図的に違和感を入れていました。

では、ここまでの話を、「広がる理由」 と 「選ばれる理由」 という視点で整理してみます。

広がる理由と選ばれる理由

マーケティングでは、広がる理由と選ばれる理由を同時に考えることが大切です。育てたい・愛でたいという普遍的な気持ちは、多くの人が理解できるので 「広がる理由」 になります。

一方で、死ぬという仕様や、少し変なキャラクター、ヘンテコな世界観は 「選ばれる理由」 になります。他にはない要素なので記憶に残り、人に話したくなるからです。

たまごっちは人の普遍的な気持ちに応えながら、提供価値に独自の尖りを入れたことにより、他にはないユニークな存在になりました。なかでも、あえて便利にしないことで愛着を生んだ点に、たまごっちらしい存在価値が表れています。

お客さんから選ばれる理由は、普遍的な価値と独自の引っかかりの組み合わせから生まれるものです。たまごっちは、そのことをよく教えてくれる事例です。

まとめ

たまごっちの事例から学べることを見てきました。学びのポイントをまとめておきます。

  • 注力顧客が変わると、商品の形、使われ方、提供価値まで変わる
  • お客さんが感じる体験価値は、誰がどんな場面で使うかによっても変わる
  • 人の普遍的な気持ちは 「広がる理由」 になり、魅力的な独自の尖りは他との違いをつくり 「選ばれる理由」 になる