#リーダーシップ #意思決定 #シャクルトン

事業やプロジェクトが想定外の事態に直面し、計画どおりに進められなくなったとき、リーダーは何を基準に決断すればいいのでしょうか?

今から約 110 年前、南極探検家のアーネスト・シャクルトンは、文字通りの極限状況に置かれました。南極大陸の横断に挑んだものの、乗っていた船のエンデュアランス号が氷に閉じ込められ、ついには押しつぶされて沈没してしまったのです。

28 人の探検隊は、船を失った絶望の氷の世界で、どうやって生き延びたのでしょうか?

今回は、遭難から全員生還までの壮絶な物語をたどり、シャクルトンが下した決断や隊員への接し方から、現代の通じるリーダーシップを紐解きます。

南極横断への挑戦から、28 人全員の生還まで

シャクルトン本人の探検記と隊員たちの日記や証言をあわせて読むと、指揮官の判断と、それを受ける隊員たちの苦闘が見えてきます。

南極横断の夢と、船の沈没

1914 年、シャクルトンは南極点を経由して南極大陸を陸路で横断する、史上初の探検に挑みました。エンデュアランス号でウェッデル海沿岸まで進み、そこから陸路で南極大陸を横断する計画です。

1914 年 12 月 5 日、エンデュアランス号は南大西洋のサウスジョージア島を出航し、南極へ向かいました。しかし、翌 1915 年 1 月 18 日、上陸予定の海岸にたどり着く前に厚い海氷に閉じ込められ、船を動かせなくなってしまいます。

船は氷とともに漂流し、隊員たちは南極の長い冬を船内で過ごしました。季節が変わって氷が緩むのを待ちましたが、逆に船体は周囲の氷から強い圧力を受け、次第に押しつぶされていきます。

10 月 27 日、シャクルトンは退船を命じました。そして 11 月 21 日、エンデュアランス号は隊員たちの目の前でついに海に沈んでしまいます。

探検隊は南極大陸に上陸することさえできず、横断の計画を断念しました。シャクルトンが新たに掲げた目標は、28 人全員を生きて帰すことでした。

氷上での漂流と、隊員たちの結束

エンデュアランス号という「家」を失った隊員たちは、海に浮かぶ氷の上にテントを張って暮らし始めます。船から持ち出せたのは 3 隻の救命艇と、限られた食料や装備でした。足元の氷は海流や風で流され、ときには割れてしまう危険もあります。

シャクルトンは救命艇を引きずって氷の上を移動しようとしましたが、重い荷物を運ぶ作業は過酷で、思うように距離を稼げません。そこで行進を打ち切り、救命艇を海に出せる日まで氷の上で待つと決めました。

食料を補うためにアザラシやペンギンを狩り、氷の亀裂に警戒しながら、厳しい寒さに耐える日々が続きます。外部との通信手段はなく、救助の見通しも立ちませんでした。

こうした状況では隊員たちの間では衝突も起こります。ある行進の途中、大工のハリー・マクニッシュが命令を拒み、船を失った以上はシャクルトンの指揮権もなくなったと主張しました。シャクルトンは反抗を許さず、規律を守るよう厳しく求めます。

一方で、シャクルトンは隊員の気持ちにも細かく目を配っていました。毎日の日課や食事を大切にし、気晴らしの時間も確保します。持ち物を減らす必要に迫られた際には、気象学者のレナード・ハッシーが弾くバンジョーを残し、音楽が沈みがちな雰囲気を和らげるようにしました。

エンデュアランス号の沈没からおよそ 5 ヶ月が経った 1916 年 4 月、海氷が崩れ、ようやく 3 隻の救命艇を出せるようになります。荒れた海での過酷な航海を経て、4 月 15 日、28 人全員がエレファント島に上陸しました。陸地に足をつけるのは、実に 497 日ぶりでした。

しかし、エレファント島は無人島で、航路からも外れた場所にあります。ようやく陸にたどり着いたものの、救助を待っているだけでは生還できる保証はありませんでした。

6 人の決死の航海と、22 人の救出

シャクルトンは、約 1,300 km 離れたサウスジョージア島に救援を求めると決めました。そこには捕鯨基地があり、人に助けを求められる見込みがあったからです。

1916 年 4 月 24 日、シャクルトンを含む 6 人が、全長わずか約 6.7 m の救命艇「ジェームズ・ケアード号」で出航します。航海を支えたのは、船長フランク・ウォースリーの航海術でした。大工のマクニッシュも、荒波に耐えられるよう救命艇を補強し、簡易的な甲板を取り付けていました。

激しい波、凍りつくような海水、転覆の危険にさらされながら、6 人は 2 週間以上かけて航海を続けます。5 月 10 日、ついにサウスジョージア島へ到着しましたが、目指す捕鯨基地は山々を隔てた島の反対側にありました。

シャクルトン、ウォースリー、トム・クリーンの 3 人は氷河と山岳地帯を越え、約 36 時間の行程を経て、5 月 20 日にストロムネスの捕鯨基地へたどり着きます。これでようやく、救助船を手配できる場所まで来たのです。

その間、エレファント島に残った 22 人は、副隊長フランク・ワイルドの指揮のもとで救助を待ち続けていました。救援に向かった 6 人が無事かどうかもわからないまま、無人島という厳しい環境に耐えていたのです。

シャクルトンは 3 度、船で救助に向かいましたが、海氷に阻まれて引き返します。ようやく 8 月 30 日、シャクルトンはルイス・パルドが指揮するチリの船「イェルチョ号」でエレファント島に戻り、残る 22 人を救出しました。

イギリスを出発してから 2 年余り。南極横断は果たせなかったものの、エンデュアランス号に乗り込んだ 28 人は、一人も欠けずに生還したのです。

ここまでがエンデュアランス号の漂流記でした。後半のパートでは、私たちが学べるテーマとしてシャクルトンのリーダーシップを紐解きます。

次々と状況が悪化するなか、シャクルトンは何を基準に決断し、どのように隊員たちを率いたのでしょうか?

シャクルトンから学ぶ 3 つのリーダーシップ

シャクルトンの行動を振り返ると、情報も時間も足りない状況で組織を率いるための、3 つの重要なポイントが浮かび上がります。

目的に照らして、不確実な状況でも決断する

シャクルトンたちの当初の目標は南極大陸横断でした。エンデュアランス号という船を失ってからは、28 人全員の生還を目指します。それ以降は、生還という目的を判断の基準に据え、状況が変わるたびに手段を選び直しました。

たとえば、氷の上で救命艇を引きずる行進を中止した判断です。前に進もうとするほど体力が失われ、実際には少ししか進めません。氷上で待つのも危険でしたが、救命艇を出せる機会まで体力を温存するほうが、生還の見込みを高めると判断しました。

見渡す限りの氷上の世界から脱出した後にたどりついたエレファント島でも、選択を迫られます。島にとどまれば長期の漂流生活で命を落とす危険があり、救命艇で航海すれば激しい海で遭難するおそれがありました。

シャクルトンは双方の危険を見極め、サウスジョージア島への航海を決断します。成功する保証がない中でも、その時点で得られる限られた情報をもとに判断し、隊員に指示を出したのです。

ビジネスでも、予定どおりに進められなくなる場面はあります。たとえば新商品の発売直前に重大な不具合が見つかれば、顧客への影響、発売延期による損失、不具合を残して発売する危険を比較し、どうするかを決めなければなりません。

シャクルトンから学べるのは、目指す目的を明確にし、その都度、達成に最も近づける選択をする姿勢です。目的を見失わなければ、計画を何度変更しても判断の軸はぶれません。

一人ひとりを理解し、適材適所を実現する

28 人全員の生還を支えたのは、シャクルトン個人の働きだけではありません。隊員それぞれの専門能力と性格を理解し、適切な役割を任せたことも大きかったと考えられます。

たとえばウォースリーの優れた航海術があったからこそ、小さな救命艇は荒れた海を越え、サウスジョージア島に到達できました。マクニッシュは救命艇の補強に欠かせない大工の技術を持っていました。シャクルトンは、以前に命令に反抗した彼の能力を評価し、危険な航海の 6 人に加えています。

一方、エレファント島に残る 22 人の指揮は、ワイルドに託しました。長期間にわたり隊員の規律と士気を保つ役割を、信頼できる副隊長に任せたのです。

シャクルトンは、隊員の疲労や不安にも気を配りました。日々の生活に規則性を持たせ、バンジョーの演奏を楽しむ機会を残したことも、集団を維持するための配慮だったのでしょう。

企業の組織運営でも、専門技術には優れていても指示に反発する人もいれば、周囲を落ち着かせ、協力して仕事を進めるのが得意な人もいます。能力と性格の両方を理解し、誰に何を任せ、誰と組ませるかを判断することが、チーム全体の成果を左右するのです。

自ら先頭に立ち、困難な責任を引き受ける

シャクルトンは、最も危険な救援航海に自ら参加しました。ジェームズ・ケアード号で南極海を渡り、サウスジョージア島では険しい山岳地帯を越えて捕鯨基地へ向かいます。いずれも、一歩間違えれば命を落とす行為でした。

一方、エレファント島の隊員たちはワイルドに任せ、海上での航海術はウォースリーを頼りました。自ら前に立つ場面を見極めるとともに、仲間に責任を託しています。

全員を生還させるためには、ときに隊員が嫌がる指示も出さなければなりません。荷物を軽くするために私物の持ち出しを 1 人 2 ポンドまでに制限した際には、シャクルトン自身が金貨や時計を雪の上に投げ捨て、同じ条件に従う姿勢を自ら示しました。

さらに、体力を奪うばかりの行進は中止し、命令への反抗には厳しく対処しています。いずれも全員の生還を優先した判断と行動であり、責任を指揮官として引き受けていました。

ビジネスであれば、難しい顧客対応や経営からの無理難題に自ら率先して臨むことや、反発が予想される方針変更をメンバーに説明することが当てはまるでしょう。リーダーが責任を引き受けるべき場面では自ら前に立ち、仲間に任せるべき仕事は信頼して託すという判断が問われます。

シャクルトンには、すべての決断を成功させる保証はありませんでした。それでも目的を示し、隊員たちの能力を生かしながら、自分が負うべき危険と責任から逃げませんでした。

もちろん、28 人が生き延びた背景には、隊員一人ひとりの粘り強さと専門能力、そして幸運もありました。シャクルトンは彼らを率い、状況が変わっても全員生還という目的からブレることなく判断し続けたのです。

まとめ

  • 目的を基準に決断する:情報が不十分でも行動と待機の危険を比較し、状況に応じてリスクをとり決断する
  • 一人ひとりを理解して適材適所を図る:能力・性格・心理状態を把握し、各人が最も貢献できる役割を任せる
  • 自ら前に立って責任を引き受ける:厳しい判断から逃げることなく、必要なリスクを自ら背負い、仲間には信頼して仕事を託す

エンデュアランス号の隊員たちの話を読むにあたって、私は 3 冊の本を組み合わせました。

まず漫画『南極漂流記 - エンデュアランス号の奇跡』で全体の流れをつかみ、続いてアルフレッド・ランシングの著書『エンデュアランス』と、そしてシャクルトン本人が記した『エンデュアランス号漂流記』を並行して読みました。

2 冊目のランシングの本はシャクルトンや隊員たちの日記や証言をもとに遭難の詳細を描き、3 册目のシャクルトンの探検記からはリーダー本人の視点がわかります。

同じ出来事を客観的な視点とシャクルトンの立場から多角的にたどれるので、3 冊をこの順番で読むと、シャクルトンの決断や隊員たちの苦闘をより深く理解できておすすめです。リーダーシップというテーマを歴史的に奇跡的な出来事においてどうリーダーシップが発揮されたかを、超がつくほど実践的な例で読み解くことができるはずです。