#生き方 #敗者と勝者 #本

箱根駅伝を見るとき、私たちはたいてい 「見る側」 にいますよね。でも、実際に走る選手たちや、テレビ中継を裏で支えるスタッフたちには、画面には映らないそれぞれのドラマがあります。

今回は、池井戸潤さんの小説『俺たちの箱根駅伝』を取り上げ、普段見えない立場から箱根駅伝を眺めると何が学べるのかをお話しします。

本書の概要

小説『俺たちの箱根駅伝』は、予選で敗れた 「敗者」 の側から箱根駅伝を描いた物語です。

主役になるのは、予選会で本選出場を逃した大学の選手たちを集めた 「関東学生連合チーム」 と、その戦いを中継するテレビ局の人たちです。箱根駅伝を 「走る側」 と 「見せる側」 という 2 つの立場から交互に描いていく群像劇になっています。

舞台になるのは、予選で箱根の切符をつかめなかった古豪の明誠学院大学と、箱根駅伝を放送する大日テレビです。

まずは走る側、明誠学院大学の主将の話から見ていきましょう。

[走る側] 関東学生連合チームの結成

長距離陸上の古豪・明誠学院大学で主将を務める 4 年生の青葉隼斗は、最後のチャンスとなる箱根駅伝予選会で、チームを引っ張って渾身の走りを見せました。ところが結果は 11 位。本選に出られる 10 位までにわずか 10 秒届きませんでした。

落ち込む隼斗でしたが、個人成績がよかったため、予選で敗れた大学の選手から選ばれる 「関東学生連合」 のメンバーに入ります。関東学生連合は、予選落ちした大学から個人成績の上位者を各校 1 名ずつ選んでつくるチームです。オープン参加の扱いなので、本番でどれだけ速く走っても、チームの順位も個人の区間記録も公式には残りません。過去に上位に入ったことも少なく、周りからほとんど期待されていない寄せ集めのチームなんです。

そのチームを率いることになったのが、明誠学院大学の OB で、エリート商社マンの甲斐真人です。

甲斐は学生時代に明誠学院のエースとして走っていましたが、卒業後は一流商社に勤め、陸上からは離れていました。前監督の諸矢久繁が突然の引退にあたって後任に甲斐を指名し、甲斐が学生連合の監督も務めることになります。指導経験のない監督の抜擢に、大学の OB や部員、さらにマスコミや他校の監督からも批判が相次ぎました。

そんな中で甲斐は、周囲が耳を疑うような目標を口にします。

 「学生連合は単なるオープン参加ではない。総合 3 位以内を目指す」 

現実離れした目標に反発はいっそう強まり、選手たちの反応も冷ややかでした。それでも甲斐は選手一人ひとりと話し合いを続け、彼らを自分の頭で考えて走るランナーへと変えていきます。一方、学生連合の挑戦を中継するテレビ局の側でも、別の戦いが始まっていました。

[見せる側] 大日テレビの奮闘

物語のもうひとつの軸が、箱根駅伝を中継する大日テレビの舞台裏です。箱根駅伝のテレビ中継のチーフプロデューサーを務める徳重は、視聴率至上主義の編成局長・黒石から、視聴率を大きく伸ばせと厳しく迫られます。

徳重たちは、大学生ランナーたちの本当の姿をまっすぐ伝えるのか、視聴率のためにタレントを起用して演出に寄せるのかで板挟みになります。それでも、かつて不可能といわれた箱根駅伝の生中継を実現させた先輩たちの思いを胸に、最高の放送を目指して奔走します。

小説では、千人規模のスタッフで行う中継の技術的な苦労や社内政治、中継に込められた考え方まで細かく書かれています。フィクションとはいえ、毎年なにげなく見ている箱根駅伝の裏側にこれほどのドラマがあるのかと驚かされました。

では、ここまで見てきた 「走る側」 と 「見せる側」 の物語から、どんなことが学べるのでしょうか?

本書のテーマや学べること

本書を読むと、箱根駅伝の感動に加えて、負けからの立ち直り方やチームのつくり方、走る目的の見つけ方といった、仕事や日常にも通じるヒントが見えてきます。

 「負け」 から始まる物語

本書のストーリーで特徴的なのは、箱根に出られないと決まった瞬間から物語が始まるところです。

挫折をどう受け入れて、次の目標へ気持ちを切り替えていくのかという、いわゆるレジリエンス (逆境から立ち直ること) が大きなテーマになっています。作中には、こんな印象的な言葉が出てきます。

 「今日、敗者だったなら明日勝者になればいい」 
 「負けは勝ちより、人間を成長させてくれる」 
 「失敗は、次につなげられるかどうかで、価値が決まる」 

負けから始まる物語なので、こうした言葉が読んでいて胸に響きます。作中では、こう語られる場面もあります。「勝者はつねに一握りで、多くの者は敗者だ。だけどな、敗者にだって人生はあるし、敗者だからこそ得るものもあるんだよ」 。そして 「敗者は負けを認めることで勝者になる」 と続きます。

箱根駅伝でも、勝てるのはほんの一握りの大学です。負けた大多数の選手たちにもそれぞれの物語があり、負けたからこそ得られる成長があります。敗者の側から描かれた物語が多くの読者の心をつかむのは、読む人の多くが、どこかで同じような負けを経験しているからだと思います。

では、負けた選手たちが集まった寄せ集めのチームを、甲斐監督はどうまとめていったのでしょうか。

組織のあり方とリーダーシップ

寄せ集めで、やる気もばらばらな選手たちを、どうやってひとつのチームにするのか。甲斐監督が選んだのは、選手との対話を軸にしたやり方でした。

甲斐はまず 「なぜ走るのか」 というチームの目的を選手たちに問い直させ、チームの内外で生まれる不信や嫉妬、誤解には、一人ひとりと話すことで向き合っていきます。そうした話し合いを通じて、選手それぞれの役割をはっきりさせ、強みを引き出していきました。

印象に残ったのが、甲斐が選手たちに伝える次の言葉です。

 「ランナーは、クリエイターじゃなきゃダメだ。現状を疑え」 

甲斐が言いたいのは、レースは事前の計画どおりにはまず進まないので、どこで走るペースを抑えてどこで仕掛けるかを、選手自身がその場で判断できるようにしておこうということです。選手が自分で考えて戦略を組み立てられるように育てていく甲斐のやり方は、会社で部下やチームを育てる場面にもそのまま当てはまると感じました。

そして甲斐がチームに投げかけた 「なぜ走るのか」 という問いは、学生連合の選手たちにとって特に重い意味を持っていました。

何のために走るのか

学生連合の特殊なところは、本番でどれだけ速く走っても、記録が公式には残らないことです。各選手の区間記録や順位も、チームの順位もつかず、すべて参考記録として扱われます。

それなら何のために走るのか、という問いが物語のなかで何度も出てきます。学生連合チームの選手たちが挙げる理由はさまざまです。

  • 学費を出してくれた家族への恩返し
  • 支えてくれた恩師のため
  • 自分自身の証明のため

あるシーンで、主人公の隼斗は、学生連合のチームメイトの浩太にこう語りかけます。

 「俺たちってさ、走りたいから走ってるんだと思う。俺だって恩返ししたい人はいるよ。だけど、もしそういう人がいなかったら走らないかっていえば、違う。なんで走るんだろう? それは俺たちがランナーだからじゃないか」 

記録が残らない寄せ集めのチームにいるからこそ、選手たちは一人ひとり、自分にとっての走る意味と向き合うことになります。

もうひとつ象徴的に描かれるのが、駅伝の 「タスキ」 です。タスキは前の走者から次の走者へ手渡されますが、そこには目に見えない心のタスキも一緒につながっていきます。託されているのは、前を走った仲間の思いや、選ばれずに走れなかったメンバー、チームの関係者、恩師、家族の思いです。

小説のタイトル『俺たちの箱根駅伝』の 「俺たち」 は、まさにこうした人たち全員を指しているのではないでしょうか。選手たちは、自分の記録と一緒にたくさんの人の思いを背負って、箱根を走っています。

ここまで本書のテーマを見てきました。最後のパートでは、実際に読んでみて思ったことをお話しします。

読んでの所感

読み終えてまず思ったのは、箱根駅伝の見え方ががらりと変わったことでした。もうひとつ、ひとつの出来事を複数の立場から眺める視点が得られたことも、大きな収穫です。まずは箱根駅伝の見え方の話から始めますね。

箱根駅伝の見方が変わる

毎年お正月になんとなく見ていた中継の裏側に、これほどのドラマと技術的な苦労があったことを、本書であらためて知りました。

たとえば、中継でよく耳にする 「小涌園 (こわきえん) 前」 という呼び方を知っていますか? 中継ポイントの名前に施設名が使われているのはここだけで、由来は日本テレビが箱根駅伝の中継を始めた 1987 年までさかのぼります。

当時、箱根に詰める中継スタッフ 300 名分の宿の予約をし忘れてしまい、あわや野宿になりかけたところ、素泊まりでよければと大広間を開放してくれたのが箱根ホテル小涌園でした。その恩義から、いまも中継ポイントにその名前を使っているそうです。

こうした箱根駅伝の裏話や豆知識も随所に出てくるので、本書を読むと、次の箱根駅伝の中継を見る目がきっと変わると思います。

池井戸潤小説の真骨頂

弱小、寄せ集め、左遷といった逆境から這い上がっていく展開は、池井戸作品の王道です。今回は箱根駅伝のなかでも、関東学生連合という目立たない存在に光を当てているところに、池井戸潤さんらしさを感じました。

大学の看板を背負えない学生連合の選手たちは、引け目や孤独を抱えながら走ります。そこから仲間との絆や大切なものを見つけていく青春の物語に、読んでいて何度も胸が熱くなりました。高圧的な大学上層部や視聴率第一の編成局長といった分かりやすい対立もあり、人間模様のおもしろさも相まって、読み始めると止まらず一気に読めてしまいます。

そして本書でいちばん考えさせられたのが、走る側と見せる側という 2 つの視点の組み合わせでした。

 「走る側」 と 「見せる側」 ——多角的視点がもたらす気づき

本書では、箱根駅伝を 「走る側」 の選手たちの戦いと、それを 「見せる側」 のテレビスタッフたちの葛藤が並行して進みます。

走る側では、予選落ちの挫折から何のために走るのかを問い直し、成長していく選手たちの姿が見どころです。見せる側では、社内政治や視聴率のプレッシャーのなかで、スポーツの本当のおもしろさをどう伝えるかに悩む現場の判断が丁寧に書かれています。

実在の大学名や監督・選手の名前も登場するので、リアリティも十分です。実際、日本テレビのあるアナウンサーが、あまりのリアルさに驚いたというほどです。

箱根駅伝を見る私たちのほとんどは、テレビの前や沿道で応援する 「見る側」 にいます。本書は、ふだん見えない走る側と見せる側の苦悩や葛藤、情熱を具体的に描いているので、箱根駅伝の舞台裏を自分ごととして読むことができました。

2 つの立場を少し抽象化すると、「つくるプレイヤー」 と 「届けるプレイヤー」 という関係に置き換えられます。たとえば YouTube や Netflix で動画を見ているとき、何も考えなければ私たちはただの視聴者のままです。

そこで、動画をつくったクリエイターはどんな思いでこの内容にしたのか (走る側) 、プラットフォームはどんな意図でその動画をおすすめ欄に出しているのか (見せる側) と考えてみると、同じ動画でも見え方が変わってきます。

ビジネスでいえば、戦略フレームの 3C (Customer, Company, Competitor) に近い考え方です。

顧客、自社、競合という 3 つの立場から市場を眺めると、ひとつの立場からは気づけない課題やチャンスが見つかります。少なくとも 3 つの視点を持って物事を見るクセは、仕事でも役に立ちます。本書は、箱根駅伝を題材にそうした多角的な見方を体験させてくれる内容でした。

まとめ

池井戸潤さんの小説『俺たちの箱根駅伝』を取り上げました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • 物事を複数の立場から見ると、ひとつの視点では気づけない課題や背景が見えてくる
  • 挫折や失敗はその時点では 「負け」 でも、次の成長につなげられるかどうかで価値が変わる
  • 寄せ集めの集団をひとつのチームにまとめるには、目的の共有と一人ひとりとの対話が大切
  • メンバーが自分で考えて判断できるように育てると、想定外の事態にも強いチームになる
  •  「つくる側」 や 「届ける側」 など、自分とは違うプレイヤーの視点を持つ習慣は、ビジネスにも応用できる