#経営 #新規事業 #資金調達

新規事業を次々と生み出し、会社を急成長させるには何が必要なのか。
そして、成長の勢いが増すほど、経営では何に意識を向け注意すべきなのか。

書籍『社長失格』は、1990 年代のインターネット黎明期に「ハイパーネット」という会社を急成長させ、その後倒産を経験した板倉雄一郎さんが、自らの経営を克明に振り返った本です。

今回は『社長失格』のストーリーをたどりながら、事業をつくり成長させるときに経営者が何を見ておくべきかを読み解きます。

『社長失格』が描く急成長と破産

あらすじ

著者の板倉雄一郎さんは、1980 年代から通信関連の事業を手がけ、1991 年にハイパーネットを設立しました。

ハイパーネットでは、電話を使った「ハイパーダイヤル」、電話経由で消費者の反応を集めてマーケティングに活用する IMS、インターネット上でユーザーのプロフィールに応じた広告を表示するハイパーシステムへと事業を広げていきます。

なかでもハイパーシステムは、ユーザーの属性データと広告を結びつけ、広告収入によってインターネット接続料金 (ネットプロバイダー料金) を無料にするという構想でした。1995 年という時期を考えると、後のネット広告やデータマーケティングを先取りした発想です。

ハイパーネットはアスキーとの提携、アメリカ進出、韓国での事業展開へと急速に規模を広げます。ニュービジネス大賞を受賞し、Microsoft のビル・ゲイツから面会を求められ、アメリカ NASDAQ での株式公開も視野に入りました。

ところが、1997 年に入ると状況が変わります。ハイパーシステムの広告収入は期待した速度では伸びず、既存の IMS やアメリカ事業でも問題が続きました。

会社の資金繰りが厳しくなる中、重要な融資先だった住友銀行が短期融資の回収に動き、他の銀行も追随します。ハイパーネットは 1997 年 12 月 24 日に破産宣告を受け、板倉さん個人も翌 1998 年 1 月に自己破産しました。

『社長失格』が出版されたのは、板倉さんが自己破産した同じ 1998 年の 11 月です。創業から絶頂期、資金繰りの悪化、破産までを、人物とのやり取りも含めて記憶が生々しいうちに細かく書き残しています。

読んで思ったこと

私が強く印象に残ったのは、前半と後半の極端なコントラストです。

前半では、板倉さんがふと得た着想をすぐに事業計画へ落とし込み、社員、取引先、大企業、金融機関を巻き込みながら実現していきます。新しい事業が次々に形になるスピード感があり、読んでいる側にも高揚感があります。

後半に入ると、それまで順調に回っていた歯車が一気に逆回転するようでした。市場の伸び悩み、システムの問題、社員の離脱、海外事業の苦戦、銀行の融資回収が重なり、それぞれの問題が次の問題を呼んでいきます。

特に壮絶だったのは、資金繰りが悪化してからです。金融機関や取引先との関係が変わり、会社への風評は社員にまで及びます。板倉さん自身は自宅にいられなくなり、友人宅に身を寄せるようになり、最後は山一證券の自主廃業を伝えるニュースを見て、「自分の会社ももうだめだ」と気持ちが切れた経緯が描かれています。

前半で板倉さんを押し上げていたスピード、行動力、自分の構想への強い確信、人を巻き込む力は、ハイパーネットを短期間で大きくした原動力でした。会社が大きくなるにつれて、財務や組織、日々の経営管理などの仕事が急激に増え、そこに追いつけなかったという本人の振り返りも印象に残りました。

偶発的なきっかけから次の事業を生み出す

『社長失格』の前半を時間軸で追うと、ハイパーネットの新規事業は連鎖的に生まれています。

板倉さんは国際ボイスリンクで電話会議サービスを経験し、その知見を引き継いでハイパーダイヤルを始めました。ところが、ハイパーダイヤルが利用していたダイヤル Q2 への規制が強まり、事業の先行きが厳しくなります。

営業を続ける中で、顧客との会話から電話を広告への反応を集める仕組みに使う着想を得ます。そこから生まれた IMS は、テレビ CM などを見た消費者から電話でアンケートや応募を受け付け、集まった情報をマーケティングに活用するサービスでした。IMS は Interactive Marketing Service (インタラクティブ・マーケティング・サービス) の略称です。

IMS は成長し、1995 年には年間経常利益 2 億円を上げる事業になります。

板倉さんは同時に、インターネットが普及すれば IMS の役割も変わると考えていました。自分の事業が将来どんな技術によって置き換えられるかを考える中で、ブラウザの横にユーザーごとに異なる広告を表示するハイパーシステムのアイデアが浮かびます。

電話サービスを運営した経験、消費者の反応を集める仕組み、ユーザーデータベース、広告・マーケティングの知識が社内に蓄積されていました。そこへ顧客からの要望や規制、インターネットという新しい技術が加わるたびに、板倉さんが新しい事業の形を見つけています。

本人は本書の中で、アイデアが生まれるときには、日々蓄積された情報や経験が最後のきっかけによって有機的につながるという趣旨のことを書いています。ハイパーネットの事業の変遷は、その過程を具体的に見せてくれます。

板倉さんには「小さくテストして大きくスタートする」という新規事業の進め方がありました。モックアップをつくり、手応えを確かめると、商品、販売、開発、組織、資金まで事業計画を具体化し、必要な人や企業を一気に巻き込んでいきます。

新規事業を考えるときに参考になるのは、顧客から届くまだ曖昧な要望や、既存事業を揺さぶる環境変化を見逃さないことです。

そのとき、自社が過去の事業から何を蓄積しているかを合わせて見ると、次の可能性を探しやすくなります。

信用の連鎖が逆回転したとき

ハイパーネットの成長では、信用が大きな役割を果たしました。

ハイパーシステムの立ち上げ時、住友銀行の国重さんが板倉さんと事業を評価し、融資を実行します。住友銀行が支援していることを見た他の金融機関も融資を申し出るようになり、本書によると 1996 年だけで銀行から約 20 億円、リースで約 10 億円を調達しました。

それ以前の借入は数千万円規模でした。短期間で使える資金が大きく増えたことにより、ハイパーネットはシステム開発、設備、マーケティング、海外進出を一気に進めます。

板倉さん自身も、当時は資金の心配をしなくなり、開発とマーケティングに意識が向いていたと振り返っています。

板倉さんは、金融機関がハイパーネットを評価して融資していると受け止めていました。しかし本人の回顧では、他行の中には住友銀行が融資していることを強く意識していた銀行もありました。住友銀行との関係も、国重さん個人との強い信頼に支えられていた部分がありました。

1997 年になると、銀行を取り巻く環境が厳しくなります。自己資本比率を改善するため貸出資産を圧縮する動きが強まり、住友銀行もハイパーネットへの融資を回収する方向へ動きました。

ハイパーネットのメインバンクだった住友銀行の姿勢が変わると、他行も回収へ向かいます。資金繰りが苦しくなるほど金融機関は慎重になり、追加の資金を得にくくなる。前半で信用が次の信用を呼んだ流れが、後半では反対方向へ進みました。

板倉さんは、国重さんとの関係についても強い反省を書いています。親しい仕事相手として信頼していた一方、国重さんは住友銀行の支店長であり、最終的には銀行の立場から判断します。板倉さんは、大きな組織がどんな論理で動くかへの理解が足りなかったと振り返っています。

自社の成長が外部からの信用に支えられているときは、次の 3 点を確認しておきたいところです。

  • 金融機関や取引先は、自社の何を評価しているのか
  • 特定の人物や企業の信用が、他の取引にどう影響しているか
  • その人や企業の判断が変わったとき、どこまで連鎖する可能性があるか

未来が来るまで会社を生かす資金調達

ハイパーシステムの構想を今振り返ると、板倉さんが見ていた方向は非常に興味深いものです。

実際、ハイパーネットが破産した後、日本のインターネット広告市場は拡大していきます。ハイパーネットが狙った領域には、その後、大きな市場が生まれました。

ここで問題になったのは時間です。

ハイパーシステムには、サーバーとクライアントのソフト開発、データベースの運用、プロバイダー設備、会員獲得、広告営業など、多くの先行投資が必要でした。アメリカ進出まで重なり、売上が十分に育つ前から現金が出ていきます。

銀行からのハイパーネットへの融資は短期でした。本書の後半では、板倉さん自身も、風向きが変われば返済を求められる短期融資の危うさを認識し、アメリカの NASDAQ で株式を公開して自己資本を厚くすることを急ぐようになります。

公開への意味も変化していきました。当初は「日本企業としてアメリカの NASDAQ に挑戦する」という夢が大きかったものの、後半では会社を存続させる資金を得る必要性が強くなっていきます。結局は NASDAQ への株式公開は実現せず、銀行が融資回収に動いたことで会社に残された時間が急速に短くなりました。

新しい市場を狙う事業では、市場がいつ本格的に成長するかを正確に当てるのは難しいものです。

事業計画をつくるときには、売上が計画通りに伸びるケースとともに、「市場の成長が 2 年、3 年遅れたら会社はどうなるか」を置いてみるといいです。手元資金、毎月出ていく現金、借入金の返済時期、追加調達の必要額を見れば、未来を待てる期間が具体的になります。

見えていた未来へ猛スピードで突き進み、次々と事業を生み出したハイパーネット。その成長を支えた信用と資金の連鎖が逆回転し、膨らんだ借入と資金繰りの悪化によって資金が尽き、破産に至ったのです。

未来を読むことにおいて、そこへたどり着くまで会社が生き続けられる時間を見通すことが重要です。新規事業を進めるときには、「市場が想定より遅く成長しても、今の資金の持ち方で待てるか」を具体的な数字で確かめておきたいです。

まとめ

  • 『社長失格』は、急成長したハイパーネットが 1997 年末に破産するまでを、板倉雄一郎さんが自己破産直後の 1998 年に自ら振り返った記録。新規事業の誕生から資金繰りが尽きるまでの経緯が、当事者の視点で詳細に描かれている
  • ストーリーの前半では新規事業が次々に形になる高揚感があり、後半では歯車が逆回転するように破産へ向かう。会社を押し上げた勢いが、環境の変化とともに違う作用を生み始める極端な落差が印象に残った
  • ハイパーダイヤル、IMS、ハイパーシステムは、顧客からの要望や環境変化をきっかけに、それまで蓄積した技術・データ・マーケティングの知見が結びつき、次の事業へ連鎖していった
  • 住友銀行を起点に広がったハイパーネットへの信用は、資金と事業機会を呼び込み急成長を支えた。しかし 1997 年に銀行の融資姿勢が一転して変わると、信用と資金の流れも逆向きに変わり、資金繰りが急速に悪化した
  • ハイパーネットが見ていたネット広告市場は、その後実際に成長した。新しい市場に挑むときは、市場の成長が想定より遅れる可能性まで織り込み、その未来が来るまで会社を生かせる資金を持てるかが重要になる