#マーケティング #ペインポイント #ジョブ
お客さんが本当に求めていることは何でしょうか?
商品やサービスの表面的なニーズに応えるだけでは、ビジネスが成功し続けるのは簡単ではありません。そこで注目したいのは、お客さんが本当に達成したい 「ジョブ」 は何かです。
マーケティングの 「ジョブ理論」 を使って、お客さんの本当のニーズを理解し、潜在的な課題を見つけ出し、新たな市場機会をとらえる方法を紐解きます。
KINCHO 「シンカトリ」
大日本除虫菊 (KINCHO) が2024年2月に発売した 「シンカトリ」 が好調です。
最大の特徴は、電源不要な蚊取り器というところです。
従来の電子蚊取り器にイノベーションをもたらしたような画期的な製品です。シンカトリは電源不要で、室内の自然な空気の流れを利用して薬剤を拡散させる新しいタイプの蚊取り器です。
6畳用で1日12時間の使用では、120日間または200日間で使えます。
発売から2ヶ月程度で250万個を出荷し、4年連続で縮小傾向にあった蚊取り器市場を 15% 成長させるという成果を上げました。従来の電子蚊取り器に限ると前年比 91% でしたが、シンカトリを加えると前年比 115% に上昇しています (インテージの SRI+ (全国小売店パネル調査) から。対象期間は2024年1月 ~ 6月末)。
成熟市場における潜在的不満を捉える重要性
シンカトリの事例は、成熟市場や縮小市場においても、お客さんの潜在的な不満やペインポイントを適切に捉えることで、ビジネス機会を見出せることを示しています。
「当たり前」 の再検討
成熟市場では、既存の製品やサービスの特徴が 「当たり前」 として受け入れられていることがよくあります。シンカトリの事例では、電子蚊取り器に電源が必要であることは長年にわたって常識とされてきました。
しかし、市場での当たり前を疑い、根本から捉え直すことで、電源不要の蚊取り器というシンカトリが生まれました。
ビジネスで大事なのは、社内の常識、業界の慣習を積極的に疑う姿勢を持つことです。「なぜこの方法でやっているのか」 「他の方法はないのか」 といった問いを投げかけることで、新たな機会をつくりだせます。
潜在的不満の発見と解決
人は必ずしも自分の不満を明確に表現できるとは限りません。特に長年使い続けてきたモノは、多少の不便さがあっても 「そういうもの」 や 「仕方ない」 となかば諦めていることも多々あることでしょう。
電子蚊取り器では、電源コンセントを占領してしまう、設置場所がコンセントのまわりという制約などは、消費者は黙って受け入れてました。シンカトリはこうした潜在的な電子蚊取り器の 「不」 を的確に捉え、解決したわけです。
ジョブ理論で見るシンカトリの成功要因
それでは、シンカトリの事例をマーケティングの 「ジョブ理論」 を使って、さらに学びを深めていきましょう。
ジョブ理論
ジョブとは 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。
提唱したのはクリステンセンで、もともとの英語では "Jobs to be done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。
クリステンセンのジョブの定義を次のように説明しました。
the progress that the customer is trying to make in a given circumstance — what the customer hopes to accomplish. This is what we’ve come to call the job to be done.
ある状況において顧客が行おうとしている進歩、つまり顧客が達成したいと考えていること。これが、私たちが 「やるべき仕事 (job to be done) 」 と呼ぶようになったものだ。
ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。
ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスはジョブを終わらせるために 「雇うもの」 ととらえることにあります。人 (雇用者) が商品を 「被雇用者」 として雇い、ワーカーとして働いてもらうことでジョブが完了し、状況が進歩するという考え方です。
ではシンカトリの事例をジョブ理論に当てはめていきましょう。
シンカトリが捉えたジョブ
シンカトリの前に、まずは一般的な電子蚊取り器が果たすべきジョブとは何でしょうか?それは 「蚊がいない快適な住居環境をつくりたい」 というものです。
しかし、従来の製品は、このジョブを果たす役割を完全には担っていませんでした。既存製品の使いにくさなどのペインポイントが潜在的にあったからです。
シンカトリは、蚊がいない快適な住居環境をつくりたいというジョブをより効果的に遂行する 「ワーカー」 として開発されました。具体的には以下の点で、ジョブの遂行能力を向上させています。
- 設置の自由度: 電源コンセント不要でどこにでも置ける
- 使用の簡便さ: 電源操作が不要で、本体を逆さまにするだけでオン・オフができる
- 安全性: コードがないので子どもやペットにとって安全
- 省エネ: 電気を使わないので電気代の心配がない
これらの特徴により、シンカトリは 「蚊がいない快適な住居環境をつくりたい」 というジョブをより的確に、かつ副作用 (不便さや安全性の懸念) がなく遂行できるワーカーとなったわけです。
ジョブを起点としたマーケティング
シンカトリの事例から、ジョブを起点としたマーケティングの重要性と、その方法についてに学ぶことができます。
お客さんのジョブの理解
お客さんが本当に達成したいことは何かという 「ジョブ」 を把握し、そのジョブはどういった 「状況」 で生じているかまで理解することが重要です。
シンカトリの場合は 「蚊を駆除する」 にとどまらず、「快適で安全な生活空間を作る」 というより広い文脈からジョブを捉えています。
ジョブという視点を持つことで、お客さんの表面的なニーズだけではなく、本当の意図や欲求を理解することができます。
ジョブの完了を阻害する障害
既存の解決策 (= 競合商品) がジョブを完全に遂行できない理由を探ることもポイントです。
蚊取り器では、電源をつなぐことによる設置の制約や使い勝手の煩わしさが潜在的に存在していました。KINCHO は、従来の製品の限界を認識し、電源不要の蚊取り器であるシンカトリによって解決します。
消費者にとってわかりやすいメリット、ジョブ理論で言えばジョブを済ませるワーカーとしてより魅力的に見えたことで、シンカトリが雇われるのです。
競合と市場の再定義
ジョブ理論にもとづくと、競合商品には、同じカテゴリーの製品だけでなく、想定するお客さんのジョブを遂行するあらゆるワーカーの選択肢が含まれます。
シンカトリの場合は、電子蚊取り器だけでなく、虫除けスプレー、網戸なども競合に含まれます。こうしたワーカーの候補たちに比べて、いかに自社商品が最適なワーカーであるかという比較優位があるかが問われます。
競合をジョブを起点に捉えることで、既存の市場範囲を超えた新しい機会を見出せます。シンカトリは、従来の蚊取り器市場を超えて、より広い 「快適な生活空間創造の市場」 に進出したと言えます。
そして既存の市場定義にとらわれず、ジョブを中心に顧客と競合から市場を再定義することが大切です。
シンカトリは、設置、使用、メンテナンスなど、製品のライフサイクル全体を通じて顧客体験を向上させています。マーケターは、お客さんがジョブを遂行する際の全てのタッチポイントを最適化することが求められます。
商品開発やマーケティングの方向性の明確化
ジョブの遂行は、お客さんが商品を使う時だけでなく、購入から廃棄までの全プロセスに関わります。
ジョブを起点にすることで、顧客価値につながる商品開発とマーケティングの方向性が明確になります。シンカトリは 「電源不要」 というコンセプトが中心になっています。
ジョブを活用するマーケティングは、お客さんの本当のニーズを理解し、顧客ニーズに応える商品を開発し提供するために有効な方法です。
シンカトリの事例が示すように、このアプローチは成熟市場においても効果を発揮します。
自社の商品やサービスが本当に解決すべき 「お客さんのジョブ」 と、「そのジョブはどんな状況で生じたのか」 を問い、ジョブをより適切に遂行するためのワーカーになることを追求し続けることが重要です。
まとめ
今回は KINCHO の蚊取り器 「シンカトリ」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ジョブを起点としたマーケティングでは、お客さんの置かれた 「状況」 と本当に遂げたい 「進歩 (ジョブ) 」 という顧客文脈を理解することが大事
- 同じお客さんのジョブの解消を狙う競合商品を把握し、また、ジョブの完了を阻害する障害を解決することで、自社商品・サービスが、お客さんからワーカーとして雇われやすくなる。お客さんから選ばれ続ける状態をつくるのがマーケティングの役割
- 市場を再解釈することで、新たなビジネス機会を発見できる。ジョブを起点に顧客文脈と競合を見直すことで、既存の市場を超えた事業領域の再定義につながる
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