投稿日 2026/01/18

ChargeSPOT の価格改定から学ぶ、Why・What・How をつなげた顧客目線での価格設定

#マーケティング #顧客目線 #価格設定

価格設定は、ビジネスにおける永遠の課題です。特に、値上げはお客さんの反発を招きやすく、顧客離れのリスクをはらみます。

では、消費者や法人顧客に受け入れられ、納得してもらえる価格設定はどのようにして実現できるのでしょうか?

今回は、モバイルバッテリーのシェアリングサービス 「ChargeSPOT」 の料金改定の事例から、そのヒントを探ります。一度目の価格改定の失敗と、その後のすみやかな軌道修正には、私たちが学ぶべき教訓が詰まっています。

ChargeSPOT


出典: ChargeSPOT

ChargeSPOT は INFORICH 社が提供するモバイルバッテリーシェアリングサービスです。

大事なメッセージを待っているのに、スマートフォンのバッテリーが残り 10% しかない。モバイルバッテリーも家に置いてきてしまった――。こんな時に役立つのが ChargeSPOT です。

コンビニや駅、商業施設など身近など全国に5万台のチャージスポットが設置され、モバイルバッテリーを借り、別の場所で返却できる借り捨て型のサービスです。

2025年3月末時点で年間利用者数は約500万人、ユーザーの7割が30代以下という若い世代に支持されています (参考情報) 。利用者の6割が自分のモバイルバッテリーを所持しているとのことで、ChargeSPOT ユーザーは普段は自分のバッテリーを使い、充電切れや忘れた時の緊急用として活用されていることがうかがえます。

* * *

では、ChargeSPOT の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ChargeSPOT の価格改定のプロセスと結果は、価格設定の難しさと大切さを学べます。

ChargeSPOT の料金改定


では、ChargeSPOT が経験したふたつの料金改定、つまり一度目の失敗と二度目の成功した軌道修正について見ていきましょう。

売り手の論理が先行した最初の価格改定



変更前の ChargeSPOT の最低利用料金は30分未満165円でした。それ以降は30分単位で追加課金をするという料金体系でした。

これを最低利用料金を1時間未満で330円とし、また、30分未満の区切りを廃止しました。

ChargeSPOT が2024年7月に実施した最初の料金改定は、一見合理的に思えました。

30分未満で165円だったところを1時間未満と時間を倍にし、料金も165円から330円と2倍にしました。根拠として、「利用者の6割以上が1時間以内に返却している」 という実際のユーザーデータ、「30分だと返却が間に合わない」 という声にもとづき、30分未満の区切りを廃止して1時間未満330円に統一したわけです。

しかし、これは部分的なユーザーの声にすぎませんでした。

問題の核心は、データの解釈が一面的だったことです。

6割が1時間以内に返却というデータから30分未満のニーズは低いと ChargeSPOT は結論づけましたが、実際には残りの4割のユーザー、特に緊急時に 「とにかく安価に短時間だけ使いたい」 というユーザーの存在を結果的に軽視してしまったのです。

改定後、ユーザーからの不満が噴出しました。

165円という100円台の低価格での手軽さを求めるユーザーにとって、最低料金が330円になることは明らかな値上げでした。ChargeSPOT が 「1時間利用なら改定後の方が安い」 と説明しても、緊急時の短時間利用を想定していた顧客には響かなかったのです。

ユーザーからは 「100円台で手軽に使えるのが魅力だったのに」 という不満が噴出し、ユーザー数の伸びも鈍化してしまいました。

データ分析から導いた良かれと思っての変更が、お客さんが大事にしていた価値観とずれてしまい、反発を招いたのです。

2024年下期からユーザー増加ペースが鈍化するという事態を招きました。売り手都合の値上げによる顧客離れでした。

顧客の声に耳を傾けた迅速な軌道修正

その後の2025年5月の再改定で、ChargeSPOT は30分未満165円を復活させました。

この判断は企業にとって勇気のいる決断でした。なぜなら、短期間での料金体系変更は企業の迷走と受け取られかねないからです。

しかし、ChargeSPOT は顧客満足度を優先に考えて料金体系の軌道修正をしました。データだけでなく、実際のユーザーの声にもっと耳を傾けるべきだったという思いから、迅速な対応を行ったのです。

これはデータと声の両方を活用した判断で、価格の再改定では、利用データに加えてユーザーからの具体的な声を重視しました。

スマホのバッテリーが切れた緊急時に安くモバイルバッテリーを今すぐに使いたいという強いニーズがあることを認識し、こうした利用用途を持つ消費者層を切り捨てるべきではないという考え方です。これで顧客離れを防ぎ、ChargeSPOT は再び成長軌道に戻すことができました。

お客さんからの納得感を生む価格変更


ChargeSPOT の事例が示唆的なのは、お客さんからの納得感をいかにして醸成するか、そのための価格戦略においてです。

ここでは、Why (理由) 、What (価格設定) 、How (伝え方) の3つの観点から掘り下げます。

[Why] 値上げの正当な理由の明確化

ChargeSPOT は3時間以上の長時間利用について値上げを行いましたが、その理由を明確に説明しています。

具体的には、「充電が終わったバッテリーはそれ以降は価値を生まない」 「早く返却してもらえば次のユーザーが利用できる」 「回転率が上がればコストを抑制でき、結果的に利用料金の増加を避けられる」 という説明です。

こうした説明はサービスの売上向上のためではなく、ChargeSPOT というサービス全体の効率化と持続可能性のためという、ユーザーや消費者にとって納得できるものでした。

なぜ価格を変えるのか、その背景にある正当な理由を誠実に伝えることが、信頼への第一歩となります。

[What] 段階的で理解しやすい価格設定

ChargeSPOT の価格改定には、料金体系そのもの (What) も工夫されています。

短時間での利用者には手軽な165円を維持しつつ、長時間利用者には適切な価格をいただくという価格設定です。さらに、従量制課金だけではなく定額プランのサブスクという選択肢も用意することにより、ヘビーユーザーにはより良い条件を提供します。

1時間以上の利用なら従量課金プラン430円よりもサブスクプラン390円の方が料金的にはお得になるよう設計されており、ユーザーは自分の利用頻度やパターンに応じて最適なプランを選べます。

ChargeSPOT は多様な選択肢を提示し、ユーザー自身が自分にとっての最適なプランを見つけられるようにすることで、価格に対する納得感も向上することでしょう。

[How] 社会的意義を前面に出したコミュニケーション

重要なのが伝え方 (How) です。

ChargeSPOT は料金改定のプレスリリースで 「自分だけでなく、次に使う人のために」 という表現を使いました。値上げに伴って、あらためて世の中全体の利便性向上のための協力をユーザーにお願いするというメッセージです。

この伝え方により、値上げが企業の一方的な都合ではなく、サービスを持続可能にし、みんなが使いやすくするための価格変更として受け入れられやすくなります。

価格変更の背景にある社会的な意義を伝えることによって、ユーザーは消費者としての存在にとどまらず、サービスを共に支える協力者として、価格変更を自分ごととして捉えてもらうことを目指しました。

得られる教訓

ChargeSPOT の事例から学べる教訓は、データとお客さんの声の両方をバランスよく活用することの重要性です。

前者のデータだけに頼ると、数字に表れないお客さんの本当のニーズを見落とす危険があります。一方、お客さんの声だけに頼りきってしまうと、全体最適を見失う可能性があります。

データとお客さんの気持ちの両方を組み合わせ、多角的な視点から意思決定を下すことが大事です。

また、もうひとつの教訓は失敗を認めて迅速に修正する勇気も重要であるということです。

ChargeSPOT は短期間での価格の再改定から生じるサービス継続への不確実性 (リスク) を冒してでも、顧客を優先しました。

価格変更において、Why (目的) 、What (価格) 、How (伝え方) の三位一体の重要性は明確です。

正当な理由 (Why) があっても、価格設定 (What) や伝え方 (How) が不適切ならお客さんや消費者に受け入れられません。逆に、3つが調和すれば、値上げという本来はネガティブに映りやすいことでも、お客さんからの理解と協力を得ることができるでしょう。

まとめ


今回は、モバイルバッテリーシェアリングサービスの 「ChargeSPOT」 の価格改定の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • データと顧客の声・気持ちの両方を汲み取る。ユーザー利用データだけではなく、実際のお客さんの声や本当のニーズを多角的に把握して判断する

  • 価格変更の 「なぜ (Why) 」 を明確にする。たとえば、サービスを持続させるため、あるいは利便性を向上させる価値向上のためといった、お客さんが納得できる顧客目線での理由を見出す

  • すべてのお客さんを無理やりにひとつの価格に当てはめるのではなく、利用頻度や使い方に応じて選べる複数の料金プラン (What) を用意し、顧客自身に選択の機会を用意するといい

  • お客さんからの納得感や共感につながる伝え方 (How) を工夫する。自分だけでなく、他の利用者のためにもなるといった社会的な意義なども込めることで、価格変更を顧客が自分ごととして捉え、協力してもらいやすくする状態を目指す

  • 顧客の反応を常に見て、失敗だと判断すればすみやかに軌道修正する。一度決めた価格に固執せず、お客さんからのフィードバックを真摯に受け止める。もし判断が間違っていた場合は、ためらわずに見直しや修正を行う柔軟性を持つ


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。