投稿日 2026/01/14

当たり前の不満が宝の山。「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 学ぶ、消費者の "諦め" をヒット商品に変える技術

#マーケティング #潜在的な困りごと #ニーズの顕在化

ヒット商品の中には、消費者や顧客が 「言われてみれば、これが欲しかった」 と後から気づくような商品があります。

花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 は、その事例のひとつです。

多くの人の日常の 「諦めていた困りごと」 に光を当て、消費者の欲しいという気持ちを生み出したこの事例から、マーケティングのおもしろさを紐解いていきましょう。

クイックル 洗面ボウルクリーナー


出典: 花王

花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 は、2024年に花王から発売された、洗面台の掃除に特化した洗浄剤です。

開発の背景には、多くの生活者が洗面台掃除に満足していなく、確立された掃除方法や専用の製品が存在しないという調査結果がありました。

製品の特徴は、洗面台のフチに立てて置ける筒状のボトルとスポンジが一体化した、今までにはありそうでなかった形状にあります。汚れに気づいた時にすぐに手に取って掃除できるという、これまでにない新しい掃除習慣を実現します。


発売直後から計画を上回る売れ行きで、出荷停止になるほどの反響を呼びました。

学べること


では、クイックル洗面ボウルクリーナーの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、消費者の潜在的な困りごとをいかに見つけ、潜在ニーズを顕在化させるマーケティングに示唆があります。

日常化し 「諦められていた困りごと」 の発見

ヒット商品は、消費者やお客さんの問題発見から始まります。

ここで重要なのは、お客さん自身もはっきりとは意識していない潜在的な困りごとをいかに見つけ出せるかです。

家庭での洗面台の 「なんとなくの汚れ」 は、その典型でした。

水アカ・石鹸カス・歯磨き粉・皮脂などが混じり合った複合的な汚れです。多くの家庭でこの汚れは日常の一部と化し、「まあ、こんなものだろう」 「掃除してもすぐ汚れるし仕方ない」 と、半ば放置されがちな問題ではないでしょうか。

花王が注目したのは、まさにこの点でした。

消費者心理を深掘りすると、そこには 「いつも起こるが、確立された対処法がない」 「不満はあるのに、解決を諦めてしまっている」 という潜在的な不満が存在していました。

他の誰もが見過ごしていたこの名もなき不満を、花王は 「解決すべき問題である」 と定義したのです。これが、すべての始まりでした。

 「不満の強さ × 規模の大きさ」 を定量で確かめる

自社のビジネスとして成立させるためには、発見した困りごとや問題が一部のニッチな悩みで終わらないことを検証する必要があります。そこで大事になるのが、客観的なデータにもとづく市場性の検証です。

花王は、社内外の定量調査から、洗面台の汚れを実はなんとかしたいという消費者の潜在的な不満のポテンシャルを測りました。そこから見えてきたのは、主に2つの事実です。

ひとつめは不満の強さについてです。

花王の洗面ボウルそうじに関する実態調査では、洗面ボウルに使う洗剤や用具もさまざまで、それぞれが、思い思いの方法で洗面ボウルをそうじしていることがわかりました (2023年5月 花王調べ 20 ~ 49歳女性 5000人超: リリース) 。

また、約7割が洗面ボウルのそうじに満足感を得られておらず、「適切なそうじ方法がわからない」 「そうじに向けた道具などの準備が面倒」 「毎日使用する洗面ボウルは、そうじをしてもすぐに汚れが目立つ」 「洗面ボウルのそうじは手が濡れる・汚れる」 など、不満の内容が挙げられていました。

それだけ不満の強さを物語っています。

もうひとつ調査からわかったことは、不満の規模の大きさです。

内閣府の消費動向調査を見ると、洗面化粧台の100世帯あたりの普及率は 2020年の 81.2台から 2025年には 84.6台へと拡大していました。市場のパイそのものが大きく、不満を抱えている人の多さがデータで示されました。

洗面ボウルの汚れという問題は、不満が強く、かつ、その不満を抱えている母数も大きいことがわかったわけです。

ビジネスにおいて 「課題の強さ × 課題の大きさ」 の総量が自社にとって十分に大きければ、魅力的な進出先になります。

利用シーンを絞り込む戦略

潜在ニーズを、消費者や顧客が 「欲しい」 と思う顕在ニーズへと転換させる――。カギを握るのは、「あれもこれも」 という発想を捨て、商品の利用シーンを絞り込むことにあります。

花王が取った戦略は、万能型の真逆を行くものでした。ターゲットとする場所を洗面台のみに限定したのです。

キッチンや浴室も洗えるような汎用性は、あえて持たせず、洗面台専用と潔く振り切ることにより、洗面ボウルへの日頃の汚れをなんとなく気にしていた消費者にとって 「これは、まさに自分の悩みを解決するための商品だ」 と強く自分ごと化を促します。

使われる場所と置き場所から逆算した製品設計

花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 の成功をもたらした要因は、商品が使われる場所と置かれる場所から逆算した製品設計にあります。

消費者が洗面台の掃除を面倒だと感じる理由は、「道具を収納している場所から準備するのが面倒」 という点にありました。

そこで花王は、洗面台のフチに常設できるスタイリッシュな筒状ボトルとし、洗剤とスポンジを一体化させた 「手に取って2秒で掃除開始」 を実現しました。

掃除道具の置き場所を汚れの発生現場に近づけることにより、道具を準備するという消費者の行動への負担を滅らします。利用者の行動導線まで含めて設計された、製品デザインです。

製品の利用用途を特化したことで、製品のスペックを最適化できます。

洗面台に必要なのは、油汚れに強いわけでも、カビに強いわけでもありません。

水アカ、ヌメリ、黄ばみ、歯磨き粉カス、皮脂汚れなどの、これらの洗面台固有の汚れにだけ、最大限の効果を発揮すればよいわけです。機能と性能を必要十分に絞り込むことにより、軽くなでるだけでしっかり落ちるという、消費者にとって最も価値のある体験を実現できます。

コミュニケーションで "気づき" を生む

どんなに優れた製品が完成しても、それが解決する問題が潜在的である限り、消費者はその価値に気づけません。製品の価値を伝え、眠っている潜在ニーズを呼び起こすのが、コミュニケーションの役割です。

花王は、店頭の POP 、テレビ CM 、 SNS など、あらゆる顧客接点で一貫したメッセージを発信し、消費者からの 「あ、それ私も困ってた」 という気持ちを生み出しました。

ここでのポイントは、消費者が感じていた洗面ボウルの汚れを実はなんとかしたいという 「名もなき不満」 を、一つひとつ丁寧に言語化して見せたことです。

消費者の不満のひとつは、掃除方法がよくわからないということでした。

花王からの提案として、スポンジでなでるだけの分かりやすい動画デモを見せ、泡を出してあとはなでるだけという簡単さを視覚的にわかりやすく訴求しました。

消費者の持つ別の不満として、洗面ボウルは掃除してもすぐに汚れるというのもあります。

花王は、汚れを見つけた瞬間に掃除する新しい習慣を提案しました。これなら見つけた瞬間にサクッときれいにできるというメッセージです。

他にも消費者の不満には、洗剤や道具の準備が面倒という気持ちも抱えています。

花王は、洗面台の端に製品が置かれているビジュアルを繰り返し見せ、邪魔にならずフチに立てておくだけという掃除に使わないときの利便性も訴求しました。

これらの情報に触れると消費者の心の中で 「私も困ってたことだ」 「面倒だと感じていたのは、自分だけじゃなかったんだ」 という気づきが生まれることでしょう。

奥に眠っていた潜在的な不満が、「この商品で解決したい」 という具体的な購入動機へと変換されていくことが期待できます。

顧客起点の商品開発とマーケティング


花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 は、発売直後から想定をはるかに超える購入が起こり、一時的に出荷停止という事態に至りました。

うれしい悲鳴は、花王のマーケティングがいかに的確であったかを雄弁に物語ります。

花王の成功は、偶然の産物ではありません。次のような流れが、有効に機能したことを示しています。

  • 消費者自身も諦めていた 「潜在的な困りごと」 を発見する
  • 困りごとの 「強さ」 と 「大きさ」 を裏付け、市場性を検証する
  • 利用用途を絞り、提供価値を必要十分に絞り込む
  • 置き場所や行動導線まで含めて製品を設計し、困りごとを解決する製品をつくる
  • コミュニケーションにより、潜在的な困りごとを顕在ニーズに変える


この一連の流れは、商品開発からマーケティングまで、すべてが顧客起点で貫かれています。

花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 は、ビジネスにおいて、いかにお客さんのことを文脈から深く理解し、お客さんが本当に求めていることにいかに応えるかを教えてくれる事例です。

まとめ


今回は、花王の 「クイックル 洗面ボウルクリーナー」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 日常に埋もれた 「諦め」 を発見する。消費者が 「仕方ない」 と受け入れてしまっている日常の不満や、解決方法が確立されていない困りごとこそビジネスチャンスが潜んでいる

  • 潜在ニーズが本当にビジネスになるかは、「不満度の深さ (強さ) × 不満を持つ人の数 (大きさ) 」 で自社にとってビジネスとして成立するかの市場規模を見極める

  • 利用用途を絞り込む。あれもこれもではなく、特定のシーン・置き場所・用途に特化し、消費者や見込み顧客に 「これは自分のための商品だ」 と思ってもらう

  • 潜在的な困りごとを言語化してニーズを呼び起こす。お客さん自身も言葉にできなかった不満を、CM 動画や SNS などで具体的に示し、自分ごと化してもらう。潜在的な不満を欲しいという気持ちにつなげる


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 2 ~ 3 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。