投稿日 2026/01/15

キリン 「20年後に届くウイスキー」 。コンセプトをヒット商品に変える5つのステップ

#マーケティング #商品コンセプト #顧客価値

キリンビールが2025年6月に発売した 「20年後に届くウイスキー」 は、11万円という高額商品にもかかわらず、わずか7時間で2500本が完売しました。

成功の鍵は、ウイスキーのことを 「人生を共に歩むパートナー」 として再定義したことにあります。

今回は、コンセプトを起点にお客さんの熱狂を生み出す、商品開発とマーケティングを紐解きます。

キリン 「20年後に届くウイスキー」 


出典: Makuake

キリンビールが2025年6月、20年後に届くという 「人生を共に生きるウイスキー」 をクラウドファンディングサイトの Makuake で販売を開始しました。

キリンディスティラリー富士御殿場蒸留所 (静岡県御殿場市) で、20年かけて熟成されるウイスキーの原酒を、あらかじめ 「熟成0年」 の段階で予約するというものです。

熟成前のウイスキー原酒を予約購入すると、20年後に完成したシングルモルトウイスキー (700ml) が届きます。

さらに、20年までの間で計6回、蒸留途中のウイスキーの小瓶 (50ml) の各2本が送られてきます。6回というのは、0年・3年・7年・10年・13年・16年目の節目のタイミングで、購入者はウイスキーが時間と共に変化していく熟成の過程を体験できます。

価格は1本11万円 (税込) と高額にもかかわらず、クラウドファンディングの受付開始からわずか4分で目標金額の1億円を達成。用意された2500本も約7時間で完売するという結果を残しました。

* * *

では、キリンの 「人生を共に生きるウイスキー」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、商品の中核となるコンセプトを定め、コンセプトからの商品開発とマーケティングの一連の流れで示唆があります。

コンセプトを起点にした商品開発とマーケティング


キリンの 「人生を共に生きるウイスキー」 は、お客さんの 「人生」 という時間軸を商品価値に組み込んだ事例です。

異なる点と点をつなげる商品コンセプト立案

20年後に届くというウイスキーは、「成長記録としてのタイムカプセル性」 と 「ウイスキーの熟成」 という、一見すると無関係なふたつの要素を結合させ、新たな価値につなげています。

着想の原点は、企画担当者が自身の子どもの誕生時に抱いた 「子どもの成長を何らかの形で記録として残したい」 という個人的な思いでした。パーソナルな感情を、自社の製品であるウイスキーの 「時間と共に価値を増す」 という特性に重ね合わせたわけです。

タイムカプセルには、未来の自分や大切な人へメッセージや思い出の品を残すという意味合いがあります。時間の経過、未来への期待、過去の追憶という感情的なエモーショナルな価値が含まれます。

ウイスキーの熟成は、樽の中で長い年月をかけて香味を変化させ、価値を高めていくプロセスです。これもまた時間の経過が本質的な価値を持ちます。

タイムカプセルとウイスキーの熟成というふたつを結びつけることにより、ウイスキーが熟成する20年間を、子どもが成人するまでの20年間や夫婦が歩む20年間といった、購入者自身の人生の時間と重ね合わせるコンセプトが生まれました。

ウイスキーが嗜好品にとどまらず、人生の物語を共に刻むパートナーへと昇華されるようなコンセプトです。

コンセプトの検証

ウイスキー製品として前例のないコンセプトが消費者に受け入れられるかを確認するため、キリンは徹底した定性調査を行いました。

親世代の消費者に 「子どもの成長記録を残す」 というテーマでヒアリングを重ねたところ、高い共感を得られました。

ある消費者からは 「家の柱に子どもの身長を刻み、家の建て替えの際にその柱を新居に組み込んだ」 というエピソードを聞くことができました (参考情報) 。これは、人は意味性や物語性のある形で思い出を残したいという気持ちを持っていることを示します。

人生の物語を記録として残すウイスキーというような新しいコンセプトは、アンケートなどの定量調査だけでは 「よく分からない」 「 (コンセプトを十分に吟味せず値段だけを見て) 価格が高い」 といった表面的な反応しか得られない可能性があります。

しかし直接対話することで、注力顧客がコンセプトや期待できる体験にどのような感情的な価値を見出すのかを理解でき、企画への確信を深めることができます。特に今までにないプロジェクトを推進する上では拠り所となります。

コンセプトから商品設計への落とし込み

優れたコンセプトを、顧客が欲しいと感じる具体的な商品へと見事に落とし込んでいます。

 「人生を共に生きるウイスキー」 という商品名は、コンセプトの意図を表現しています。購入者は20年熟成のウイスキーを買うだけではなく、自分の人生の物語の一部を買うという意味合いを持つことができることでしょう。

また、熟成途中の小瓶が収められる辞書のようなハードカバー箱は、タイムカプセルという感覚を補強するデザインです。書棚に並べることで、家族の歴史を記した一冊の本のように感じさせ、20年後の未来へと思いを馳せることができます。

 「人生を共に生きるウイスキー」 の価格は11万円ですが、これは多角的な視点から慎重に決定されました。

ウイスキー市場に詳しいファン層には20年熟成のシングルモルトとしては良心的と感じさせ、ライト層には家族の一生の記念にかける価値として納得感のある価格をアンケートで探りました。原価や20年間の品質管理コストに加え、他にはない体験価値を反映させた結果、11万円という価格設定に至りました。

20年間ただ待たせるだけでは、購入者の熱量も次第に下がっていくことでしょう。

そこで、キリンは中間サンプルを定期的に発送する仕組みを構築しました。具体的には、0年 (子どもが生まれた直後) 、3年 (七五三) 、7年 (小学校入学) 、10年 (1/2成人式) 、13年 (中学入学) 、16年 (高校入学) と、我が子のライフイベントと合わせたタイミングです。

購入者は家族の節目ごとにウイスキーの熟成を実感でき、自分の人生と共に、ウイスキーも歩みを進めているという感覚を持ち続けられます。20年の間、お客さんとのつながりを維持する仕組みです。

プロモーション

キリンは 「人生を共に生きるウイスキー」 の発売前に事前プロモーションを行い、成功をほぼ確実なものにすることを目指しました。

発売1ヶ月前に専用のランディングページとデジタル広告を展開し、LINE の友だち登録へと誘導しました。商品に関心を持つ熱量の高い見込み顧客を約3万人獲得しました。このリストが、発売直後の爆発的な売上につながる母体となったのです。

また、Instagram では 「人生で記憶に残る乾杯のエピソード」 を募集する企画を実施。商品の宣伝色を出さず、商品が持つ 「人生の節目」 や 「思い出」 という世界観をユーザーと共有し、共感を醸成する活動でした。

この段階で 「必ず買う」 という声が寄せられたことは、コンセプトが消費者に伝わり、購入意欲を生み出していた証拠です。

発売後の成果

事前の周到な準備とコンセプトの魅力が、結果となって表れました。

クラウドファンディングサイト Makuake で、受付開始からわずか4分で目標の1億円を達成し、7時間で2500本が完売しました。

購入したのは、当初想定していた 「子どもの誕生」 を記念する顧客層だけではありませんでした。他には、結婚、定年退職、起業といった、様々な人生の節目を迎えた幅広い世代が買ってくれました。

特に、「20年後にこのウイスキーを飲むことを目標に生きていく」 という高齢層からの声は、記念品としてのウイスキーにとどまらず、これからの人生や未来への希望を抱けるという顧客価値をもたらしたことを示します。

汎用的な示唆


では最後のパートでは、コンセプトからの商品開発とマーケティングという観点で、汎用的な示唆を整理しておきます。

異質なもの同士をつなげ、時間や感情の物語に転換する

今回の事例の 「タイムカプセル × ウイスキー」 のように、遠い世界にある点と点を結び付けると、全く新しいアイデアや着想が生まれます。

コンセプト段階では、異なるもの同士の何と何をかけ合わせれば、お客さんの感情が動くか、これまでにはなかった顧客価値をつくりだせるのかを大胆に発想することが大事です。

調査で心が震える瞬間をつかんでから次の投資を決める

少人数でインタビュー等を行い、これなら絶対に欲しいという声が取れるまでコンセプトを磨き込みます。

大規模なアンケート調査ではなく、少なくとも実在する人から熱量の高い反応が得られれば、コンセプトの検証となり、以降の開発・資金投入の意思決定の拠り所になります。

ストーリーを体験に落とし込む設計を徹底する

商品名でコンセプトや世界観をわかりやすく一瞬で伝え、パッケージや同梱物でコンセプトを視覚化し、モノとサービスを組み合わせて継続的にコンセプトを伝えていく。

このようにストーリーを五感で感じる顧客接点を多くつくり、コンセプトをストーリーや体験に翻訳してはじめて、コンセプトが生きた商品体験になります。

発売前にコミュニティや直接チャネルを築き、熱量を蓄える

専用 LP → LINE 登録、SNS で物語を共有など、商品の発売前からお客さんと双方向で語り合う場をつくるといいでしょう。

これは必ず買うと宣言するようなコア層の存在は、ローンチ後の初速が付き、SNS やメディア露出、店頭配荷の加速度が高まります。

まとめ


今回は、キリンの20年後に届く 「人生を共に生きるウイスキー」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 異なるもの同士をかけ合わせて新しい価値を生み出す。一見無関係な 「タイムカプセル」 と 「ウイスキー熟成」 のように、違う分野の概念を結びつけることにより、新しいアイデアからコンセプトの着想を得る

  • コンセプトが注力顧客の心に刺さるかを検証する。少人数でもインタビューを行い、コンセプトや顧客体験への期待、熱量の高い反応が見られるまでコンセプトを磨き込む

  • コンセプトを五感で感じる体験に翻訳する。商品名、パッケージ、サービス設計など、あらゆる顧客接点でストーリーを体現し、一貫した世界観をつくり上げる

  • 時間軸を活用した継続的な顧客エンゲージメントを高める。お客さんのライフステージに寄り添う長期的な顧客接点を設計し、深い関係性を構築するとブランドが構築される

  • 発売前からコミュニティを形成し熱量を蓄積できるといい。例えば LINE 登録や SNS など、商品リリース前から見込み客との双方向の対話を重ね、必ず買うというコア層とつながる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。