投稿日 2026/01/02

お客さんが変われば、すべてが変わる。沖縄シェアサイクル 「CYCY」 に学ぶターゲットシフト戦略

#マーケティング #顧客定義 #戦略

自分たちのお客さんは、誰でしょうか?

ビジネスの成否を分ける最も重要な問いのひとつですが、その答えは決して普遍的なものではありません。市場環境や事業フェーズの変化に伴い、時には思い切ってお客さんそのものを変える決断が、成長への突破口となります。

今回は、沖縄のシェアサイクル 「CYCY (サイサイ) 」 の事例を取り上げます。当初狙っていた 「観光客」 から 「地元住民」 へと注力顧客をシフトさせたことにより、成功への道を切り拓きました。

お客さんが変わると、マーケティングの何が、どのように変わるのか――。この事例から、ビジネスに活かせる学びを深めていきましょう。

沖縄のシェアサイクル 「CYCY」 


沖縄県は 「マイカー依存社会」 です。

47都道府県でただひとつ鉄道路線がなく、モノレールも那覇市と浦添市を結ぶ一路線のみ。人口の8割が本島中南部に集中し、慢性的な交通渋滞が日常風景となっています。1世帯当たりの自転車保有台数は全国で下から二番目の0.491台。沖縄県民は自転車に乗らないというのが常識でした。

そんな中、IT 企業のプロトソリューションが運営するシェアサイクルサービス 「CYCY (サイサイ) 」 は、近年急速に利用を伸ばしています。


2019年のサービス開始当初は年間の利用回数が2000回に届きませんでしたが、2025年現在では月間2万回を超え、累計利用者は20万人を突破しました (参考情報) 。

沖縄の人は自転車に乗らないという社内の反対の声を乗り越え、新しい文化をつくるという気概で始まった CYCY の事業。その成長の裏には、コロナ禍をきっかけとした注力顧客のシフトがありました。

* * *

では、CYCY の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例の 「観光客向けから地元住民向けへターゲット顧客のシフト」 に注目すると、マーケティングへの示唆が得られます。

顧客が変われば、さまざまな要素が変わる


CYCY が注力顧客を 「観光客向け」 から 「地元住民向け」 にシフトしたことに伴い、マーケティングの各要素がどのように変化したかを詳しく見ていきましょう。

お客さんを定めると、お客さんを起点に、戦略や施策が一貫してつながっていく様子がわかります。

顧客の状況・ニーズ・便益

お客さんが変われば、その人が置かれている状況や、そこから生まれるニーズ、商品に求める便益 (価値) も、以前のお客さんとは根っこから変わります。

CYCY の事例では、観光客をターゲット顧客にしていた当初は、旅行という非日常的な状況に置かれた人が中心でした。

観光客の多くは土地勘がなく、電車以外の移動手段を探しています。観光地を効率よく巡りたい、短時間で周辺を散策したいといったニーズが生まれ、そのニーズに応える 「好きな時間に自由に移動できる」 という便益が求められていました。

注力顧客を地元住民に切り替えたことにより、フォーカスすべきは日常の課題へと移りました。沖縄の住民、特に那覇市周辺に住む人々は、慢性的な交通渋滞に悩まされ、車に依存した生活を送っています。また、自転車を保有していない世帯も少なくありません。

こうした状況から、通勤・通学や買い物といった日常の短距離移動を渋滞を避けてスムーズに行いたい、自宅から最寄りのバス停や駅までの最後のひと区間を手軽に移動したいといったニーズが生まれます。

こうしたニーズに対し、電動アシストによる坂道の快適な移動や、渋滞に巻き込まれないという時間的な正確性という、新たな便益が求められるのです。

お客さんの頭の中にある選択肢 (競合状況) 

お客さんが何かをしたいと思ったときに頭に浮かべる選択肢 (競合) も、注力顧客によって異なります。

観光客にとっての移動手段の選択肢は、レンタカー、タクシー、観光バス、モノレールなどです。CYCY は、これらの観光客向けの交通インフラと競合していました。

一方、地元住民の日常の移動手段は、自家用車、家族による送迎、路線バス、モノレール、そして徒歩です。

CYCY は、これらの選択肢と比較される存在になりました。ただし、ここで注目したいのは、CYCY は単に競合するだけでなく、シェアサイクルがバス停や駅までの移動を担うことにより、他の公共交通機関を補完する役割も果たしている点です。CYCY は、既存の交通インフラとも共存する存在でもあります。

商品・サービスを選ぶ基準 (優先事項) 

何を重視して商品を選ぶかという基準も、お客さんによって変わります。

CYCY のケースでは、観光客であれば、観光スポットやホテルの近くにステーション (シェアサイクルの自転車置き場) があるか、料金プランが分かりやすいかといった点が選択の基準だったことでしょう。

一方の日常的に利用する地元住民にとっては、優先順位が異なります。

重要なのは、利便性に直結するステーションの密度です。自宅や職場の近く、よく利用するスーパーやコンビニの前など、日々の生活動線上にどれだけ多くのステーションがあるかが、使い勝手を左右します。また、渋滞を避けられる時間的価値や、短時間で気軽に使える手軽さが、サービスを選ぶ上での重要な判断基準となるのです。

妥当な価格感

価格に対する価値観も、利用目的によって異なります。

旅行という非日常体験の一部として利用する観光客は、ある程度の出費は許容しやすい傾向にあります。

しかし、地元住民が日常の足として利用する場合、継続的に支払える低価格であることが求められます。CYCY が当初 「15分80円」 という料金設定でサービスを開始したのも、日常利用を意識したアプローチです。

顧客接点とコミュニケーション

どこで、どのように見込み客と出会い、既存のお客さんとの顧客接点を持つか、顧客接点でいかにメッセージを伝えるかも変える必要があります。

CYCY の場合、観光客が相手であれば、旅行情報サイトや観光案内所、ホテルでのプロモーションが主な顧客接点となります。一方で、地元住民にアプローチするには人々の生活圏に溶け込むことが大事です。

CYCY の場合、スーパーやコンビニ、公園、駅、バス停など、生活動線上に設置されたステーションそのものが、何よりも広告塔であり顧客接点となります。そして、情報はテレビ CM のようなマス広告ではなく、地元のメディアや地域コミュニティでの口コミを通じて自然に広がっていくことでしょう。

販売チャネル (ステーションの配置戦略) 

お客さんに商品を届ける場所 (チャネル) の考え方も、180度転換しました。

CYCY が観光客向けに展開していた当初は、観光地やホテルを中心に約 80km という広範囲にステーションが点在していました。しかし、これではステーション間の距離が遠すぎ、利用頻度が上がらず、事業として成り立たせるのは困難です。

そこで CYCY は注力顧客を地元住民に定めた後、コロナ禍を機に、人口が最も多い那覇市にステーションを集約しました。そして、利便性を高めるためにステーションの密度を上げるという 「密集戦略」 へと舵を切ったのです。この転換こそが、CYCY の成功の大きな要因となりました。

このように、CYCY の事例は、ターゲット顧客を変えるというひとつの意思決定が、提供価値から価格、プロモーション、チャネル戦略まで、マーケティングのあらゆる要素を連動させて最適化する必要があることを教えてくれます。

まとめ


今回は、沖縄のシェアサイクル 「CYCY」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客の置かれた状況やニーズが変われば、商品やサービスに求められる便益も根本から変化する

  • 顧客の頭の中にある選択肢 (競合) も変わり、それに応じて差異化や補完の戦略が必要になる

  • 商品・サービスを選ぶ際の基準 (利便性, 価格, アクセス性など) が顧客によって異なる

  • 同じ価格でも顧客文脈によって受け取られ方が人や企業によって異なるため、注力顧客に応じた価格設定と価値訴求が重要になる

  • 顧客接点や販売チャネルも生活動線や情報接触に合わせて最適化する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。