#マーケティング #盲点 #ジョブ
お客さんが本当に求めているのは、商品そのものではなく、それを使うことで得られる "進歩" です。
今回取り上げる事例は、ムダ毛の処理に使うカミソリです。貝印の女性向けカミソリ 「マイネス」 は、消費者が本当に求めているのはカミソリではなく 「背中をラクに美しく保てる方法」 だと捉えました。
この事例は、マーケティングの 「ジョブ理論」 の活用してヒット商品をつくることへの示唆があります。
引き算のカミソリ 「マイネス」
各部位に合わせたデザイン
貝印の女性向けカミソリ 「マイネス」 は、身体のどの部位にも使えるという一般的な汎用タイプのカミソリとは異なるのが特徴です。背中・ボディ・腕・足・わき・VIO (デリケートゾーン) といった部位ごとに異なる特性に合わせて設計されています。
例えば背中用のマイネスは、持ち手を約 21cm と長くし、肌の凹凸に合わせてヘッドが前後左右に動く360度回転構造になっています。
背中という見えにくく、手の届きにくい箇所をストレスなく剃れるよう配慮され、"孫の手" のようなデザインです。
他には、わき用は卵型のハンドルを採用し、圧のかけやすさや左右どちらの手でも使いやすい設計です。VIO 用もデリケートゾーン特有のカーブに配慮し、肌への刺激を最小化しながら剃り残しを減らす工夫がされています。
マイネスはどのカミソリも、形状が部位に即した作りです。
ニーズの盲点をついて特化させたカミソリ
マイネスの中でも人気が高い背中用は、"盲点" をつき、特化することで人気になったカミソリです。
背中のムダ毛を剃りたいというニーズは、露出が増える夏場やパーティドレスを着るシーンなど、一定数存在していたことでしょう。
- ニーズがある (背中のムダ毛をきれいに剃りたい)
- カミソリカテゴリーに背中用が供給されていない (背中用に特化した商品がほぼ存在しない)
- 既存製品では対応できない (汎用カミソリでは持ち手が短く背中に届きにくい, 刃の角度が合わせづらい)
こうした市場環境が消費者を "困った状況" に追い込んでいたのです。
貝印のマイネスの背中用は、持ち手を長くしてフックも付け、刃が自在に動くヘッド機構を備えることにより、背中専用の 「スペシャリスト」 として登場しました。市場で競合がほぼいないニッチなニーズという "盲点" を見つけ出し、そこに照準を合わせたわけです。
このように、あえて狭い領域、今回の事例で言えば、背中剃りに特化した製品を打ち出したことによって、背中を剃るときの不便さをなくし、消費者は 「自分が本当に求めていたのはこれかも」 と実感してもらえたということです。
汎用品ではカバーしきれない課題にフォーカスし、最適解を提供したことがマイネス人気の要因です。マイネスは発売開始からわずか数か月で高い売上目標を達成し、特に背中用は発売4ヶ月で年間出荷目標の 90% に到達しました (参考記事) 。
「ジョブ理論」 から学ぶマイネスのマーケティング
消費者ニーズの盲点をついた特化するアプローチを、さらに掘り下げていきましょう。
補助線としてご紹介したいのが 「ジョブ理論 (Jobs to Be Done Theory) 」 です。
ジョブ理論とは
ジョブ理論は、商品・サービスがどのような消費者やお客さんのジョブを片づけるために 「雇われるか (選ばれるか) 」 を考えるマーケティングの概念です。
ジョブの定義は 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。
もともとの英語では "Jobs to Be Done" と表現されますが、日本語を直訳すれば 「済ませたい仕事」 や 「片付けたい用事」 という意味です。マーケティングの文脈でもう少し踏み込むと 「人が置かれた状況で達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題」 を指します。
ジョブ理論で大切なのは、商品を買う動機は商品そのものが欲しいのではなく、「ジョブを終わらせるためである」 という視点です。
商品は 「ワーカー」 として雇われる
ジョブ理論では、消費者は商品やサービスのこと 「雇うもの」 と捉えます。お客さんが商品という働き手 (ワーカー) を雇い、ワーカーが任務を遂行することでお客さんのジョブが完了されるという考え方です。
商品がうまく仕事をこなせばお客さんは満足し、その商品を再び雇用したいと思うでしょう。一方、うまくジョブを終わらせられなければ 「このワーカーは役に立たない」 と判断され、解雇 (買い替え) されてしまいます。
背中剃りにおける 「状況」 と 「ジョブ」
ここで話をカミソリのマイネスにつなげます。マイネスの背中用カミソリをジョブ理論に当てはめてみましょう。
消費者の 「置かれた状況」 は、自分では見えにくい背中をきれいにしたいが、普通のカミソリでは届かない、うまく処理できないという不満、剃り残しへの不安といったものです。ほぼ放置されてきた難題がユーザーにのしかかっていた状況でした。
こうした状況下で生じていた 「ジョブ」 は、夏に水着を着るために背中まできれいにすること、ドレスを着たときに背中のムダ毛を目立たなくすることなどです。
一般的なカミソリは、どの部位も剃れる汎用的な 「ジェネラリスト」 なワーカーです。それに対して、マイネスの背中用カミソリはジェネラリストではなく、背中を剃るための 「スペシャリスト」 として雇われるワーカーになろうとしました。
お客さんが買うのは 「目指す進歩」 である
ジョブ理論を活用するために大事なのは、「お客さんが本当に欲しいのは商品そのものではなく、その商品を使うことで得られる進歩 (ジョブ) である」 という考え方です。
マイネスの場合で言えば、消費者は 「背中用カミソリを欲しい」 というより、「背中をラクに安全に剃れて、後ろ姿を美しくできている自分」 を欲しているのです。これは裏を返せば、もし将来的に背中をきれいにする全く新しい解決策が登場すれば、消費者はそちらを雇う可能性もあるということを意味します。
製品やサービスそのものではなく、消費者やお客さんが 「その状況で求める進歩」 にフォーカスすることが重要です。
ジョブの文脈を深く理解する
ジョブ理論を取り入れた商品開発やマーケティングを行うためには、対象とする消費者や注力顧客が片づけたいと思っている 「ジョブの文脈」 まで理解することがポイントです。
マイネスにおいては、次のような文脈が見えてきます。
- 背中が気になる季節やシチュエーションがもうすぐ来る
- 今持っているカミソリでは背中を剃りにくい
- 無理にムダ毛処理をしようとして誤って背中の肌を傷つけしてしまうか心配
- 不安ながらに無理やり剃るか、あきらめて背中のムダ毛は放置してしまっている
こうした消費者の文脈をしっかり捉えているからこそ、貝印のマイネスは背中用に特化したデザインとして、360度回転ヘッドや長いハンドル、フック付きで乾かせる形状にするなど、ジョブを遂行できる一番のワーカーとなる背中用のマイネスが生まれたのです。
個別のニーズに寄り添い、柔軟な商品開発を
同じ人でも、ライフステージや好み、環境の変化によりジョブが変わっていきます。
カミソリの例では、今は背中を剃るジョブを重視していても、ある段階で 「できるだけ肌へのダメージを減らしたい」 というジョブが重要になるかもしれません。そのときに肌ダメージを抑えることを得意とするワーカーになろうとするのか、あるいは部位に加えて肌質の違いに合わせたワーカーの道を歩むのか、戦略を組み替えることが必要になるでしょう。
こうした柔軟な発想を持つためにも、ジョブ理論を取り入れ自社商品やサービスがどんな状況において、どのようなジョブのために雇われたいのかを模索し続ける姿勢が重要です。
世の中の消費者が自社商品に対して、どんなワーカーとなってジョブの完了と進歩を期待しているのかをつかむ。企業が長く愛されるブランドであるためにも、欠かせないアプローチです。
変化に合わせて 「状況」 と 「ジョブ」 を捉え続ける
ジョブ理論を活用することのメリットは、消費者やお客さんの 「状況」 、その状況の下で発生している 「ジョブ」 を見出すことで、時代や流行の移り変わり、ライフステージの変化などが変わっても変化に柔軟に対応できることです。
売り手が 「うちのお客さんはこういう人」 や 「自社製品の強みはここ」 と今までの固定観念にとらわれるのではなく、常に 「今、お客さんはどんなジョブを片づけたいのか?」 「新しい状況で消費者が抱えているジョブは何か?」 、「そのジョブを片付けるワーカーとしてどんな能力を持てばいいか」 を問い続ける姿勢が、お客さんの進歩を実現することにつながります。
まとめ
今回は、貝印のカミソリ 「マイネス」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 商品やサービスを選ぶ際、消費者が本当に求めているのは商品そのものではなく、その商品を使うことで達成できる進歩や成果
- 消費者は置かれた状況において持つジョブ (達成したい進歩) を完了させるために商品やサービスを必要とする。商品は 「ワーカー」 としてお客さんに雇われる存在
- 優秀なワーカー (商品) は繰り返し雇用 (リピート購入) されるが、期待に応えられなければ解雇 (他の商品へのスイッチ) される
- 自社商品が雇われるために、想定顧客がどんな状況で、どのようなジョブを片付けようとしているのかを理解することが大事。ジョブだけでなく 「そのジョブはどういった状況で生じているのか」 を掘り下げることで、より適切な解決策を提供できる
- 人々のライフスタイルや環境の変化により、状況とジョブの内容も変わる。企業は固定観念にとらわれず、新しい状況とジョブを見出し、顧客理解にもとづいて商品やサービスを適応させる
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