投稿日 2026/02/19

恩返しと利他。小説 「TEN (楡周平) 」 が示す働く意味の逆転

#マーケティング #ビジネスキャリア #本

自分の仕事は、いったい誰のためになっているのか――。日々の業務に追われる中で、ふとそんな気持ちを抱くことはないでしょうか?

ご紹介したい小説 「TEN 上 (楡周平) 」 は、その答えを示してくれます。


私たちに、働くことの本質を問い直すきっかけを与えてくれる本です。

本書の概要



小説 「TEN」 は、戦後日本を舞台にした立身出世の物語です。

あらすじ

物語は戦後の横浜ドヤ街から始まります。

主人公・小柴俊太は、動物の貂に似ていることから 「テン」 と呼ばれる中卒の青年。当たり屋稼業で日銭を稼ぐその日暮らしの生活を送っていました。

転機は幼馴染である麻生寛司との再会でした。

寛司の紹介で高級料亭の下足番となったテンは、言われずとも客の靴をすべて磨き上げます。この真摯な働きぶりが、巨大ホテルチェーン 「ムーンヒルホテル」 の次期社長・月岡光隆の目に留まります。

月岡はテンを運転手として雇い、やがて社内へと引き入れます。

しかし学歴もコネもないテンは、当然のごとく社内で異物として扱われ、冷ややかな視線に晒されます。

ですがテンは、その逆境を圧倒的な才覚で乗り越えていきます。回収不能とされた未収金の回収、ホテルの閑散期対策として前代未聞のキャンペーンを成功させるなど、常識外れの発想と行動力で次々と実績を叩き出し、異例のスピードで出世の階段を駆け上がっていくのです。

小説 「TEN」 は、以下の全九章からなる各章のタイトルが、すべて 「てん」 と読む漢字で構成されています。

 「貂」・「転」・「典」・「展」・「電」・「澱」・「玷」・「㤁」・「天」 

イタチに似た小型の小動物を意味する 「貂」 から始まったテンの人生が、最終的に高みである 「天」 へと至る。この構造は、テンの波乱万丈の軌跡を雄弁に物語ります。

テーマ

この本が描き出すテーマは多様です。

■ 出世と嫉妬

本書が興味深く読めるのは、「人の嫉妬」 を組織を蝕む最大の脅威として正面から描いた点にあります。

テンの社内での異例の抜擢や出世は、同質性を重んじる組織でまわりの人たちからの嫉妬を呼び込みます。テンは実績を重ねるほど軋轢は強まり、敵は外より内に増えていきました。

次第にテンの存在と成功そのものが、既存の秩序と伝統的な出世コースを歩んできた者たちの自尊心を根底から揺るがし、組織全体を崩壊させかねない破壊力を持ち始めます。

■ 組織での生存戦略

嫉妬という名の悪魔が、いかにして増殖し、組織全体を崩壊させかねない力を持つのか。本書での描写は、すべての組織人にとって他人事ではありません。

同時に、「人事が硬直し、権力が集中しすぎた時、その組織はダメになる」「資金繰りよりも人繰りの方が難しい」といった経営の本質を突く洞察は、組織で生き抜くための実践的な組織論としても読み解けます。

■ 誠実さと信頼獲得

テンのキャリアにおける最初の一歩は、壮大な戦略はなく、目の前のお客さん一人ひとりの靴を磨くという地道で誠実な行動からでした。

テンの振る舞いには主体性、仕事への責任、そして相手への敬意があり、これが恩師となる月岡の目に留まるきっかけとなりました。小さな、しかし基本的な仕事で期待以上の成果を出すことが、より大きな仕事と責任を任されるための信頼を築きます。

■ 働くことの意味

本書を読むと、「仕事に夢を持てるかどうかで、ビジネスパーソンのキャリアや人生は大きく変わる」 という真理を突きつけられます。

テンは与えられた業務の範囲を超えた仕事に従事し、ハングリー精神と誠実さ、そして結果へのこだわりを持ち続け、結果を出します。そして何より、自分のためではなく、まわりや人のために働きます。

テンのこの姿勢は、学歴や年功序列による既得権益に安住し、変化や挑戦よりも現状維持を優先するサラリーマン的な姿勢との対比を描きます。

働くとは何か


本書が突きつけるのは、働くことの意味合いです。

自己実現やキャリアアップ、あるいは金銭的な見返りを第一の目的に掲げる人に対して、テンの原動力はまったく異なる場所にありました。テンの行動原理は驚くほどシンプルです。自分の欲ではなく、自分の世話をしてくれた恩人のために働く 「恩返し」 でした。

幼少期の自分を我が子のように育ててくれた 「安田の婆ちゃん」 に楽をさせたい、学歴も何もない自分を信じ引き上げてくれた月岡社長の恩に報いたい。純粋な感謝の念が、命懸けで仕事に打ち込む原動力でした。

恩義という自分の外に置いた目的が、テンの判断をブラさず、難しい局面でも腹を据える芯になっています。テンの意思決定は 「自分のための得点稼ぎ」 ではなく、「相手の勝ち (価値) 」 にもとづきます。

上司・同僚・現場・取引先・顧客という相手が本当に欲しい果実を代わりに取りに行く姿勢が信用の蓄積につながり、それが任される領域が自然に拡張していくという信頼にもつながるのです。

テンは決して自分の手柄を誇りません。成功は社長のおかげ、仲間たちの手柄はみんなのがんばりのおかげと公言します。テンのこうした姿勢が、社内に渦巻く嫉妬や足の引っ張り合いといった逆境の中で、テンのことを本当に支えてくれる協力者を生み出していきます。

テンは、できないと最初からあきらめるのではなく、どうすればできるかを考えるという姿勢を貫きます。恩人などの大切な人たちのために今自分は何ができるかを常に考え続ける姿勢が、創造的な解決策を生み出す源泉となりました。

働くとは、自分の欲を満たす行為ではなく、誰かの課題を引き受けて結果で返すことです。

仕事への優先順位


本書は、テンの生き様を通して、仕事で成果を上げ人生を豊かにするための優先順位の哲学を示します。

重要なのは、これから見ていく 3 つのバランスと順番です。

相手の成功を第一に

まず、いちばん相手の人を勝たせます。

小説 「TEN」 では、主人公のテンは、宿泊客にとっての最高の体験、現場スタッフにとっての働きやすさ、上司にとっての意思決定の精度など、相手の困りごとや望みを自分の課題として引き取ります。

テンが企画するサービスは、どうすればお客様が心から喜んでくれるかという問いから始まります。利益や効率は二の次で、まずはお客さんの想像と期待を超える感動を提供すること。そして、その目標に向かって共に働く仲間が、誇りとやりがいを持って働ける環境を作ることです。

この徹底した姿勢が、結果としてお客さんからの信頼と、仲間からの熱い支持を勝ち取ることに結びつきます。

信頼は相手の目に見える結果からしか生まれません。自分の成績や評価ばかりを気にするのではなく、まず相手の成功を優先する。それが結果として、自分への信頼と評価につながるのです。

世の中・社会をより良くする

目の前の相手に価値を提供し、個別の成功を積み重ねた先に見えてくるのが、会社全体、さらには業界や地域、社会へ広げ、より良くすることです。

テンの意思決定は、短期の打算だけでなく公共性への目配りが効いています。

テンの視点や視野は、ひとつホテルの成功に留まりません。日本のホテル業界、ひいてはサービス業全体のレベルを世界一に引き上げるというビジョンを抱いていました。

小説での戦後復興期から高度成長期という時代背景の中で、ホテル事業を通じて日本の国際化に貢献し、物語では多くの雇用を生み出していきます。

短期的な打算ではなく、その仕事が社会にとってどんな価値を持つのかという問いを持つことの重要性を教えてくれます。

自己実現は最後にやってくる

そして最後に来るのが自己実現です。

相手の成功、社会への価値創出、自分の成功という順で積み上げるから、自己実現が独りよがりになりません。

テンにとって自己実現は最も優先順位が低い要素でした。しかし、目の前の相手と社会のために働いた結果として、自己実現を達成していきます。テンは最初からホテル王になろうと思っていたわけではありません。恩人のために、お客さんのために、社会のためにと無我夢中で走り続けた結果、人々が彼を押し上げ、気づけば業界の頂点に立っていました。

これは 「まず自分ありき」 の価値観に対するアンチテーゼです。自己実現を最優先にすると、かえってまわりからの嫉妬を招き、組織内での軋轢を生みます。テンが異物扱いされながらも最終的に成功できたのは、自己顕示欲がなく、常に謙虚であったからこそです。

テンは恩返しという利他の姿勢で走り続け、その帰結として自分の物語が後からついてきました。遅れてやってくる自己実現が、いちばん輝きます。

人は自己実現を第一に掲げ、自分の成功や欲望のために行動するものです。しかし小説 「TEN」 は、その考え方では真の成功も、深い人間関係も得ることはできないことを示唆します。

まず与えること。目の前の人を喜ばせること。その先にこそ、想像を超えた未来が待っています。

まとめ


今回は、書籍 「TEN 上 (楡周平) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 働くことの意味合いを、自分の成功よりも、大切な人や周囲の人々への 「恩返し」 に置く。他者貢献が判断軸となり、たとえ困難な状況でもブレずに立ち向かう力を発揮する源泉となる

  • 仕事を進める上で、まず顧客や仲間といった 「目の前の相手の成功」 を最優先に考える。相手の困りごとを解決し望みを叶え、価値を提供し続けることが、結果として自分への信頼をつくる

  • 自己実現は最初に目指すものではなく、他者や社会への貢献を追求した結果として、最後にやってくるもの。自分の手柄を誇らず、成功を他者のおかげとする姿勢を持つ


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 2 ~ 3 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。