投稿日 2025/10/14

SmartHR の 「カルチャーブランディング」 。組織文化が最強のブランド資産になる理由

#マーケティング #企業文化 #ブランディング

会社の企業文化は、ただの "社風" ではありません。

目に見えないカルチャーこそが、社員の力を最大限に引き出し、お客さんに価値をもたらし、競合が模倣できない 「最強のブランド資産」 となりえるからです。

ご紹介したいのは SmartHR の事例です。「カルチャーが成長エンジン」 だと捉える SmartHR から、強い組織文化がブランドになる秘訣を紐解いていきましょう。

なぜ SmartHR は 「カルチャー」 で CEO を選出したのか


労務業務を効率化するクラウド人事労務ソフトのサービス提供を事業とする SmartHR 。

SmartHR の CEO 芹澤雅人さんのインタビュー記事 (参考情報) で、企業の成長エンジンとしての 「組織文化 (カルチャー) 」 の重要性が語られていました。

組織能力を支えるカルチャー

芹澤さんが CEO に選出される決め手となったのは、事業計画や財務戦略ではなく、カルチャーへの深い理解と継承・発展への意志でした。

芹澤さんは、SmartHR が優れたプロダクトをスピーディーに開発し、販売できている理由を組織能力の高さだと分析したそうです。そして、その組織能力を裏打ちしているのが 「カルチャー」 であると。

芹澤さんの前任の CEO であった SmartHR 創業者の宮田さんからカルチャーを引き継ぎ、さらに良くしていきたいというプレゼンは、取締役会から高く評価されました。良い雰囲気の会社にしたいという話にとどまらず、カルチャーこそが SmartHR の事業成長の根幹であるという戦略的な視点を持っていたからです。

カルチャーは 「手段」 ではなく 「目的」 そのもの

一般的に、企業カルチャーは社員のエンゲージメント向上や離職率低下の 「手段」 として捉えられるものでしょう。しかし SmartHR の事例は、カルチャーが組織能力そのものを高め、ひいては事業成果に直結する 「目的」 となり得ることを示唆します。

優れたカルチャーがあるからこそ、

  • 意思決定の質とスピードが上がる: 情報がオープンで心理的安全性が確保されていれば、建設的な議論が生まれやすい
  • 自律的な行動が促進される: 社員一人ひとりが会社の価値観を理解し共感していれば、自ら考えて動くようになる
  • 部門間の連携がスムーズになる: 共通の価値観があれば、部署の壁を越えた協力が生まれやすい


これらが組み合わさることにより、高い組織能力が形成されます。

強い組織文化は 「独自ブランド資産」 に


強い組織文化は、社内だけでなく社外、すなわち消費者や顧客、ステークホルダー、他には採用候補者に対してもブランドメッセージとなります。独自ブランド資産としても役割を果たすわけです。

独自ブランド資産

独自のブランド資産 (Distinctive Brand Asset (DBA) ) とは、ブランドが他のブランドと区別され容易に識別されるための独自の特性のことです。

具体的には、ブランド資産には、ブランド名、ロゴ、スローガン、パッケージデザイン、色、音、キャラクターなどです。社長や従業員の振る舞いからつくられる企業イメージも含まれます。ブランドを連想したり特定するために生活者が関連付けるさまざまな要素を含みます。

人の記憶ネットワークの中にブランドにひもづく認識、印象、解釈、体験したことの連想イメージが強化されていくことで、独自ブランド資産は人の頭の中でできあがっていきます。独自ブランド資産に一貫性があればブランドイメージは強化され、お客さんはブランドを容易に思い出すことができます。

独自ブランド資産を効果的に利用することによって、競合からの差異化やお客さんから記憶に残り思い出されやすいブランドになるのです。

CEO や社員が体現するブランド

ブランドは、その企業で働く人を通じても形成されます。

SmartHR では、社員が自社のカルチャーやプロダクトについて積極的に情報発信することが推奨されているとのことです。ブログ記事や SNS での発信は、企業広告では伝えきれないリアルな会社の雰囲気や価値観を伝えます。

採用候補者は、こうした社員の生の声に触れることで 「この会社で働きたい」 と感じることでしょう。顧客もまた、社員の情熱や誠実さを感じ、プロダクトへの信頼感を深めてもらえることが期待できます。

CEO などの経営層だけではなく社員一人ひとりがブランドの体現者 (アンバサダー) となることにより、ブランド認知と好意的なブランドイメージが形成されていくわけです。

組織文化が発する 「らしさ」 

ブランドには、特有の 「らしさ」 が備わっています。らしさとは他社にはない、その企業や商品ならではの個性や世界観です。

SmartHR の場合は、以下のような 「SmartHR らしさ」 をカルチャーとして醸成してきました。

  • 情報の透明性: 経営情報をオープンにし、社員が自律的に判断できる環境
  • 建設的な対話: 反対意見も歓迎し、議論を通じてより良いものを目指す姿勢
  • 働きがいと働きやすさの両立: 成果を追求しつつも、社員が安心して長く働けるバランスのある雰囲気


こうしたカルチャーが、SmartHR という企業としてパーソナリティを形作っています。SmartHR らしさに共感する人材が集まり、共感する顧客に選ばれることで、カルチャーが他社には真似できない持続的な競争優位性を生み出す独自ブランド資産となっています。

組織カルチャーをブランド資産にするために


では、自社の組織カルチャーをブランド資産として高めていくためには、何が必要なのでしょうか?

SmartHR の事例からヒントを探っていきましょう。

価値観の言語化と浸透

自社が大切にする価値観 (コアバリュー) を明確に言語化することが出発点です。

SmartHR では 「情報の透明性」 や 「働きがいと働きやすさの両立」 などが、具体的な制度や日々のコミュニケーションによって社員に共有されています。

価値観という目に見えない存在が明文化され、社員に深く浸透することで意思決定や行動の拠り所となり、組織全体に一貫性が生まれます。

トップのコミットと体現

トップダウンからの働きかけも重要です。

SmartHR では CEO である芹澤さんがカルチャーの重要性を語り、自ら積極的に社内外に情報発信を行っています。経営トップがカルチャーへの強いコミットメントを示すことの大切さを物語ります。

トップが率先して価値観を体現し、カルチャーを重視する姿勢を見せることによって社員の意識も高まります。コアバリューのことが朝令暮改のようにトップの方針がブレていては、社員は何を信じていいかわからなくなってしまいます。トップのコミットと一貫性のある体現がカルチャーをつくります。

心理的安全性の確保

社員が安心して意見を言える、失敗を恐れずに挑戦できる環境づくりもポイントです。

SmartHR では、CEO が社内で重要事項を発表したり全社プレゼンを行った後には、社員にアンケートをとり反対意見も歓迎しています。反対意見は組織の進化に不可欠だと捉えるのです。

こうした心理的安全性が担保されてこそ、社員は主体的に考え、発言し、行動できるようになります。活発なコミュニケーションとイノベーションの土壌となるわけです。

称賛とフィードバックの推奨

SmartHR では、ローパフォーマーにフォーカスするのではなく、活躍している人材を称賛する文化を大切にしています。

ポジティブなフィードバックや称賛は、社員のモチベーションを高め、さらなる成長を促すことでしょう。また、成功事例を共有することで、組織全体の学びにもつながります。

採用と育成への接続

SmartHR の新卒採用に見られるように、カルチャーに共感する人材を採用し、入社後も価値観を共有し続ける育成プログラムを用意することも大事です。

自社の組織文化に合うというカルチャーフィットを重視した採用と入社後の継続的な育成を通じて、組織文化は次世代へと受け継がれ、より強固なものになっていきます。

カルチャーは一日にして成らず

ここまで見てきた SmartHR の事例からわかるのは、強い組織カルチャーとは一朝一夕にはできないということです。創業期からの積み重ねによって築かれ、カルチャーが企業の成長を支える強力なエンジンとなり、同時にかけがえのない独自ブランド資産となるのです。

自社のカルチャーを見つめ直し、戦略的に育てていく――。短期的な売上を追うこと以上に、持続的な成長と競争優位性を確立するための、最も確実な投資と言えるのかもしれません。

まとめ


今回は、SmartHR の組織カルチャーの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 組織カルチャーは競争優位の源泉。優れた組織文化は、模倣困難な 「らしさ」 を生み出す

  • カルチャーは強力な独自ブランド資産として機能し、持続的な競争優位につながる

  • インナーブランディングが外に効く。社員が自社の価値観に共感し誇りを持って働く環境が、結果的に社外へのポジティブなブランドイメージを形成する

  • CEO を含む全社員がカルチャーの体現者 (ブランドアンバサダー) となることで、企業の 「らしさ」 が社内外に一貫して伝わり、ブランド価値を高める

  • カルチャー醸成は戦略的な投資。価値観の言語化、トップのコミットと体現、心理的安全性、称賛文化、採用・育成への接続など、組織文化を意図的に育て維持することは、長期的な戦略的投資となる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。