投稿日 2025/10/13

博多 「ダニーチュロス」 。Get / Do / Be の3層で捉える顧客ニーズの階層構造と価値創出

#マーケティング #顧客文脈 #顧客価値

自社の商品やサービスが 「なかなか売れない」 という状況になるのは、もしかすると、売り手視点でのみ商品・サービスのことを捉えているからかもしれません。

お客さんが求めているのは、商品の 「便益」 や、さらにはその裏にある 「意味」 です。

ご紹介したいダニーチュロスの 「推しチュロス」 は、推し活という文脈で意味を持つスイーツです。

今回は、顧客ニーズを 「Get (手に入れたい) 」 「Do (やりたい) 」 「Be (こうありたい) 」 の3層で見出し、顧客文脈に寄り添った価値創造とは何かを紐解きます。

推しの名前をつくる 「ダニーチュロス」 



博多のキャナルシティ博多にある 「ダニーチュロス博多店」 は、連日150組近い客が訪れる人気店です (参考情報) 。

ダニ―チェロスの看板メニューは 「推しチュロス」 です。自分の好きな歌手やアイドルの名前などの文字がチュロスで形作られているというチェロスです。漢字やハングル、記号など幅広い形に対応し、色も9種類から選べます。

推しチュロスが特に人気なのは、推し活を楽しむ20 ~ 30代女性とのことです。ライブ会場近くの店舗では、公演日に全国からファンがダニ―チェロスにやってくるそうです。推し活仲間と一緒に推しの名前やメンバーカラーのチュロスを注文し、食べるのを楽しめます。

* * *

この事例がマーケティングの観点で興味深いのは、お客さんのニーズを解像度高く捉え、商品に新たな意味を与えることにより顧客価値を生み出していることです。

三種類のニーズ


ビジネスでは、顧客ニーズを理解することはお客さんに響く商品やサービスをつくるために重要です。

カタカナにした日本語での 「ニーズ」 という言葉は意味する範囲が広く、顧客ニーズを的確に捉えるためにはニーズへの解像度を高めることが大事です。

そこで、ニーズを大きく三種類に、すなわち 「手に入れたいニーズ (Get) 」 、「やりたいニーズ (Do) 」 、「こうありたいニーズ (Be) 」 に分類し、それぞれの特徴と相互関係を詳しく見ていきましょう。

手に入れたいニーズ (Get) 

人が 「これが欲しい」 や 「あのブランドのものがいい」 と具体的な対象への入手や所有 (Get) を求めるニーズです。

ダニ―チェロスの 「推しチュロス」 の例では、次のようなものが挙げられます。

  • 推しの名前が入ったチュロスが欲しい
  • メンバーカラーのチュロスを手に入れたい
  • 他では手に入らない、自分だけの特別なチュロスが欲しい


手に入れたいというニーズは、具体的でわかりやすいですが、裏を返せば同じ目的を満たす多くの選択肢が市場に存在します (例えば他のスイーツやグッズ) 。そのため、Get のニーズを満たすためには 「なぜその推しチュロスが欲しいのか」 という奥にある気持ちまで掘り下げることが大事です。

やりたいニーズ (Do) 

三種類のニーズの2つ目は、人が 「これをやりたい」 や 「こうしたい」 という行為 (Do) を求めるニーズです。やりたいニーズは、行為そのものが目的化しています。

推しチュロスへの Do ニーズは次のようなものです。

  • 焼き立てのおいしいお菓子を食べたい
  • 友達と推し活を楽しみたい
  • ライブ会場近くで特別な体験をしたい
  • SNS で映える写真を撮って投稿したい


これらの 「やりたい気持ち」 を満たすために、推しチュロスは魅力的な体験消費の受け皿となります。

こうありたいニーズ (Be) 

人が 「こうありたい」 や 「こうなりたい」 と願う、自分自身やまわりとの関係性について状態や存在 (Be) に関わるニーズです。

推しチュロスにおける Be ニーズは以下です。

  • 推しへの愛を示し熱心なファンでありたい
  • コミュニティに所属しファン仲間との一緒にいる状態
  • 推し活の中でクリエイティブな自己表現をしている自分でありたい
  • 特別な体験を通して幸せでいたい


望ましい状態や存在を求める Be ニーズは、普遍的かつ深い動機から生まれます。推しチュロスは、ファンとしてのアイデンティティや所属意識、自己実現への欲求を満たす存在になっているわけです。

三種類のニーズの相互関係

ここまで見てきた三種類のニーズは互いに独立しているわけではなく、結びついた階層的な関係性を持っています。

具体的には 「やりたいニーズ (Do) 」 は、達成手段として 「手に入れたいニーズ (Get)」 を必要とします。そして 「こうありたいニーズ (Be) 」 は、「やりたいニーズ (Do) 」 と 「手に入れたいニーズ (Get) 」 によって最終的に満たされることが多いです。

例えば、「推しへの愛を示し自分は熱心なファンでありたい」 や 「仲間とつながりたい推し仲間の同志でいたい」 という Be ニーズの下には、「友達と推し活を楽しみたい」 、「ライブ会場近くで特別な体験をしたい」 という Do があり、そのために 「推しの名前入りチュロスが欲しい (Get) 」 と思うという流れです。

このように 「こうありたい Be ニーズ」 が根本にあり、Be ニーズを満たすための具体的な手段として 「手に入れたい Get ニーズ」 や 「やりたい Do ニーズ」 が発生するのです。


お客さんにとっての価値をもたらすために


ではお客さんのニーズを満たし、顧客価値をつくるためにはどうすればいいかを掘り下げてみましょう。

そのためにまず大事なのは、顧客起点になることです。

顧客起点になるとはどういうことか

ビジネスにおいて顧客起点になることの重要性は、今さら声を大にして言うことではないかもしれません。

しかしあらためて今回の議論を踏まえると、顧客起点になるとは、お客さんの 「状況」 「状態 (心理状態と身体的状態)」 「ニーズ」 を起点として、こうした顧客文脈に沿った価値は何かをお客さんの立場になって考えることです。

ニーズを 「点」 として見るのではなく、背景にある状況と状態を結ぶことで、ニーズをストーリーのある 「線」 として理解することが大切です。

例えば、あるファンが 「推しチュロスが欲しい (Get) 」 という手に入れたいニーズを持っている場合、その背景に 「ライブ遠征で福岡に来ている (状況) 」 で、「推しの誕生日を推し仲間と一緒に祝いたい (状態) 」 があるかもしれません。

そう考えると 「顧客価値とは何か」 が見えてきます。

商品の顧客価値とは、文脈に意味を与えること

お客さんにとっての商品やサービスがもたらす顧客価値とは、その状況でその状態にあるお客さんにとっての 「意味のある便益」 のことです。

今回の推し活の例を続けると、注力顧客の置かれた状況とそのときの状態までわかれば、売り手にとっては、推しチュロスを提案する際にはライブ期間中の高揚感や、誕生日のお祝いというお客さんにとっての特別な顧客文脈に寄り添い、推しへの愛を形にする特別な体験という価値を伝えることが効果的です。

点ではなく線としての顧客理解は、的確な価値提案を可能にします。このアプローチは、次のような重要なポイントがあります。

  • 状況に合った価値提案: お客さんが特定の状況 (例: ライブ遠征中, 推しの誕生日) に置かれたとき、その状況に寄り添った便益 (推し活の記念にできる, お祝いができる) を提供する

  • 状態をより良く変える価値: お客さんの感情 (例: ライブ前の興奮, 終わった後の余韻, 推しへの愛) をより良い状態 (喜び, 足感、仲間との一体感) に変える価値をつくり出す


大事なのは、商品そのものに価値があるというよりも、商品がお客さんの文脈において使われたり保有されることで意味を持ち、初めてお客さんにとっての価値が生まれるということです。

ダニーチュロスの推しチュロスは、普通のチュロスにはない 「推しの名前が入った特別なチュロス」 への Get ニーズ、焼き立てのおいしいお菓子を食べたい、仲間と推し活を楽しみ推しへの特別な体験をしたいという Do ニーズ、そして、推し活による自己実現 (幸せになっている自分) 、推し仲間とのつながりや界隈への所属感という Be ニーズに応えています。

お客さんにとっての文脈において価値という意味を与えることが、ニーズに応えるということの本質なのです。

顧客文脈を理解することが価値創出の源泉

売り手や作り手が、お客さんの状況や状態と結びついたニーズを深く理解することは、お客さんにとって 「価値とは何か」 を見極めるために重要なことです。

置かれた状況や状態というお客さんの文脈を理解しないままでは、自社商品やサービスが本当にお客さんにとって意味を持つかどうかを判断することはできず、当然ながらニーズを満たせません。顧客文脈までの理解こそが 「お客さんにとっての価値」 を定義する起点になるのです。

ダニーチュロスは、推し活という顧客文脈を理解し、チェロスに 「推しへの愛を表現するツール」 や 「ファン同士の共感を呼ぶアイテム」 、「SNS で共有したくなる体験」 としての意味を与えました。

文脈を把握し、お客さんのニーズとその背後にある状況と状態に寄り添うことが、顧客起点でマーケティングを行うということです。

まとめ


今回は、ダニ―チェロスの 「推しチェロス」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ニーズは大きく 「手に入れたいニーズ (Get) 」 「やりたいニーズ (Do) 」 「こうありたいニーズ (Be) 」 の3つに分類される

  • 3つは階層的に関連し、「こうありたいニーズ」 が他の2つのニーズの原動力となる

  • ニーズは結果であり、背景には 「状況」 や 「状態」 が存在する。状況と状態まで理解することでニーズを 「線」 として捉えられ、顧客文脈を立体的に把握できる

  • 同じ商品でも、お客さんの置かれた状況と状態によって意味する価値は異なる。商品やサービスの価値は、その商品自体ではなく、お客さんの文脈 (状況と状態) で求められる便益によって決まる

  • 顧客文脈を理解しないままでは、お客さんにとっての意味のある価値を実現することはできない。よって顧客起点のアプローチからお客さんの具体的な状況と状態に寄り添い、顧客文脈に即した価値を提案することが重要


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。