投稿日 2025/10/08

ユナイテッドアローズのアプリ刷新。「負けない」 と 「勝てる」 を両立する POP & POD 設計

#マーケティング #差異化 #POPとPOD

多くの企業が陥る 「差別化の罠」 、その原因は基本価値と独自価値の関係性を見誤ることにあります。

まずお客さんの不満を解消する土台づくりがあってこそ、その上の差異化要素が輝きます。この 「負けない基盤 (POP) 」 と 「勝てる要素 (POD) 」 の両輪をどう構築するか――。

今回は、ユナイテッドアローズのアプリ刷新事例から、POP と POD からお客さんに選ばれる秘訣を紐解きます。

ユナイテッドアローズのアプリ刷新



アパレル大手のユナイテッドアローズが、自社アプリを刷新し、オンラインとオフラインを融合させる OMO (Online Merges with Offline) 戦略を推進した結果、成果を上げています。

ユナイテッドアローズの OMO の実現でカギを握ったのが、EC 機能や会員証機能を併せ持つ自社アプリでした。

ただし、従来のアプリには解決すべき問題がありました。具体的には、画面の表示速度が遅くユーザーにストレスを与えていたこと、機能が限定的であった点です。

そこでユナイテッドアローズは、2024年から2025年にかけて、3段階に分けてアプリの大規模な改善を実施 (24年6月, 24年10月, 25年1月) 。表示速度の向上、UI / UX の刷新、パーソナライズ化と店舗連携強化という流れです。

アプリ刷新の結果、アプリ経由の EC 売上は前年同期比で約 40% 増という伸びを記録しました (参考情報) 。

* * *

では、ユナイテッドアローズの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ユナイテッドアローズのアプリ刷新の事例からは、差異化について示唆が得られます。POP (Points of Parity) と POD (Points of Difference) に分けて設計し、取り組むことの重要性を学べます。

POP と POD


POP (Points of parity) は、あるカテゴリーにおいて商品やサービスが 「最低限として満たすべき基本的な要素」 を指します。

POP は自社だけではなく競合も同じように満たすものです。たとえば、自動車であれば安全性、食品であれば味が POP に該当します。

POP はお客さんがそのカテゴリーの商品・サービスを買うかどうかを考えるときに必須の条件となります。

一方の POD (Points of difference) は 「自社商品を競合から差異化する要素」 です。その商品が市場においてユニークな特徴を持ち、お客さんにとって独自の価値になるので、お客さんから競合商品ではなく自社商品が選ばれる理由となります。

たとえば、他には決してないほどの高コスパ、高い技術に裏打ちされた使いやすさ、自分好みに合わせたカスタマイズ性です。

POP と POD を整理すると、次のようになります。

  • POP (Points of parity) : カテゴリーにおいて、商品やサービスが最低限で満たすべき基本要素。他社には "負けない" こと
  • POD (Points of difference) : 自社商品・サービスの差異化になり他とは違うユニークな価値になり得る要素。他社に "勝てる" こと


アプリ刷新に見る POP と POD


では、ユナイテッドアローズのアプリ改修を、POP と POD に当てはめてみましょう。

[POP] 表示速度の向上

ユナイテッドアローズがアプリ刷新で最初に取り組んだのが 「表示速度の向上」 でした。サービスが最低限で満たす基本要素となる POP に該当します。

アプリの表示が遅かったり、操作中に頻繁に待たされるというのは、アプリユーザーにとって基本的な利用体験を損なうストレス要因です。アプリにおいてサクサク動く快適な操作感は、ユーザーが期待する当たり前のレベルであり、最低限で満たしたい基本です。

いくらアプリの見た目のデザインが良くても、また便利な機能があっても、アプリの表示や動作反映が遅ければユーザーは使うのをやめてしまうでしょう。

だからこそユナイテッドアローズは、まず最優先で 「表示速度の向上」 という POP を強化したわけです。

具体的には、従来ブラウザ表示だった EC 機能をアプリのネイティブ実装 (アプリ内に最初から組み込んでおく実装) に切り替え、データ読み込み時間を短縮しました。アプリの利用体験が心地よいものになり、ユーザーの離脱を防ぐ土台ができあがりました。

ユナイテッドアローズが表示速度の改善を最優先事項としたのは、競合に劣らない、ユーザーが離脱しないための 「負けない」 ための POP を確立する取り組みです。

[POD] UI と UX の刷新 & パーソナライズ化と店舗連携強化

表示速度を向上させ使いやすくなったアプリとした上で、ユナイテッドアローズは独自のブランド体験をつくり込みました。勝てる要素となる POD の段階です。

具体的には、次のような改修です。

  • アプリホーム画面のデザインや操作フローにブランドイメージを反映させた UI / UX の刷新
  • お気に入りや閲覧履歴をもとに、おすすめ商品やスタイリングを提示するパーソナライズ機能
  • 店舗在庫の取り置きや、バーコードスキャンで商品情報を即座にアプリに登録できる機能


ユナイテッドアローズは、EC アプリに 「ユナイテッドアローズだからこそ感じられるオシャレさ」 や 「店舗とオンラインを往来できる便利さ」 をもたらしました。

POP と POD の相乗効果


ユナイテッドアローズの事例から学べるのは、POP と POD を両立させることの重要性、そしてその相乗効果です。

土台としての POP 、付加価値としての POD

ユナイテッドアローズは、"負けない要素" として POP となる 「表示速度の向上」 に注力しました。

ユーザーがアプリを使う際の基本的な不満を取り除き、快適な利用体験の土台を築きました。POP となる最低限で満たす基本的な顧客価値がなければ、どんなにすばらしい機能を追加しても意味がありません。家を建てる時に、基礎工事がしっかりしていなければ、その上に立派な建物は建てられないのと同じです。

もし、表示速度が遅いまま (POP が満たされていない状態) で、いくら魅力的なパーソナライズ機能 (POD) を追加しても、ユーザーはその機能の価値を体験する前に、アプリの遅さに嫌気がさして離脱してしまうことでしょう。

逆に、表示速度 (POP) だけが非常に速くても、機能や体験が他社と代わり映えしないという POD がない状態であれば、わざわざユナイテッドアローズのアプリを選ぶ強い動機にはなりません。

ユナイテッドアローズはアプリの表示速度の向上にまずは注力し、その後で POD (独自の UI / UX, パーソナライズ・店舗連携) という、ユナイテッドアローズならではの価値を付加していきました。基礎部分となる POD の上に差異化要素となる POD があるからこそ、消費者は数あるアパレルアプリの中から、ユナイテッドアローズのアプリを選び、使う理由が生まれるわけです。

POP と POD で 「選ばれる理由」 をつくる

ユナイテッドアローズのアプリ刷新による成功は、POP によって 「最低限の顧客体験」 を確実に保証し、さらに POD によって 「他にはない独自の魅力」 を提供するという両輪を効果的に回した結果によるものです。

POP でお客さんの期待に応え (マイナスをゼロに) 、POD で顧客の期待を超えた共感や驚きを生み出す (ゼロをプラスに) 。POP と POD のかけ合わせによって、他とは一線を画す優れた顧客体験をつくり出します。ユナイテッドアローズの場合は、アプリ経由の EC 売上が前年比で 40% 増という成果につながりました。

事業戦略や商品・サービス開発においては、まずカテゴリーにおける基本的な顧客体験 (POP) を確実に満たし、競合に負けない基盤を固めます。そして、POP 上に自社ならではの強みや独自性 (POD) を打ち出し、差異化要素を磨き上げることによって、お客さんから 「選ばれる理由」 をつくります。

POPで 「負けない状態」 をつくり、そのうえで POD を追求し 「勝てる状態」 にする――。POP と POD の二段階を踏むことにより、他にはない独自の価値をお客さんに届けられるようになるでしょう。

ユナイテッドアローズの事例は、POP と POD の考え方を実践に移し結果を出した好例として、示唆を与えてくれます。

まとめ


今回は、ユナイテッドアローズのアプリ刷新を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • POP (Points of Parity) はカテゴリーで最低限満たすべき基本要素。競合と同水準を確保し 「負けない土台」 をつくる

  • POD (Points of Difference) は競合に対する自社の差別化要素。お客さんにとっての 「選ぶ理由」 や 「独自の価値」 になる

  • POP は顧客の不満を解消し (マイナスをゼロに) 、POD は顧客の期待を超える感動を生み出す (ゼロをプラスに) という価値

  • POP が顧客体験の基盤を保証し、POD がその上に特別な価値を加える。POP が不十分だと POD の価値が活きず、逆に POD がなければ顧客に選ばれる理由が生まれない。両者は相互補完的な関係にある

  • まず POP で顧客の基本的な期待を満たし、その上で POD を提供する二段階の設計が効果的


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。